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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
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 そこは頑張れよ永現!! 第19話。そうかぁ、スタチャに怒られるんじゃしょうがないよなぁ……警察よりも怖いかもしれないからなぁ、スタチャ……。

 少ハリ名物、堂々と臆面もなく作中作シリーズ。第2期に入ってからは初めてのことだが、1期にも「エアボーイズ」で度肝を抜き、「ときめきミュージックルーム」でさらにその上を突き抜けてみせた。2期だってやっぱり来るだろうと思っていたわけだが、ようやくトミー出演ドラマでそれが実現したわけだ。ただ、1期の2作とは違い、今回はちゃんとメタ視点として事務所でテレビを観ている他の少ハリメンバーが映るシーンも割と多い。いつものように徹底して作中作を作品と同化させて倒錯的な状況を作らなかったのは、今回の場合はトミー1人だけの出演作なので、それだけで全部の尺を使い切ってしまうと「少年ハリウッドの物語」として機能不全を起こしてしまうためだろう。やすっぽいホラーテイストで必要以上にびびる生馬の情けない姿や、トミーを上から目線で評価するキラなど、少ないながらもきちんとメンバー全員が「仲間の出演したドラマを見る」体勢が描かれているのは、きちんとけじめをつけた結果といえる。

 そして、そんなドラマの中身だが……すげぇじゃん。トミーが出るとは言ってたけど、拘束時間がそこまで長くなかったから(いや、分からんけど)大した役じゃないのかと思ったら、ダブルトミー共演でがっつりとメインを張っている。もし今回の放映で人気が出たら、もうトミーはライブそっちのけで役者業に専念してしまいそうな露出の多さであった。これで人気が出るか……どうかねぇ。すげぇドラマだったからなぁ……。最初は「ありがちなサスペンスのテンプレートをなぞって、大して面白くもないなんちゃって刑事ドラマで一本埋めるのかよ」と思いながら見ていたが、どんどん変な方向にねじ曲がるシナリオ、そして訳の分からない結末と、メンバーに明かされるこのドラマの衝撃の中身。なんやねんそれ。絶対そんな作品人気でないわ。いや、確かにすげぇ試みだと思うけども……数年続くのが前提のドラマシリーズって、今の苦しげなテレビ業界だったら絶対に不可能だよな。いや、いつの時代だって無理だとは思うけどさ。あの大人気だった古畑任三郎にも時系列シャッフルという小ネタが仕込まれており、視聴者はシリーズを通してその並びを推理するというサブイベントはあったが、流石に1シリーズ内で完結する試みだった。この「渡り鳥コップ」の場合、それが数年規模で進んでいくという……いやぁ、無理だろ。もう誰もそんなもん覚えてないよ。有志の人たちがこつこつWikiとか作ってるだろうけど、後で確認すりゃいいんだから視聴率は絶対伸びないよ。あんな一瞬のどうでもいいオチのために毎週長時間のドラマ(しかもオチ無し)を見るなんて、拷問じゃないのか。あー、でもドラマ観る層のユーザーって案外これでいいのかなぁ。すごい世界である。

 そんな謎作品に出演していたトミーだったが、絶妙に「下手ではないかもしれないけどやっぱり新人だから演技がたどたどしい」というギリギリのラインで放映されているのが非常に面白い。これ、中の人である蒼井翔太も頑張ったと思うのだが、「演技してる演技」のバランスの取り方がなかなかうまい。ご丁寧に元祖トミーの方も微妙にそういう路線で合わせてるあたりは流石である。こんな支離滅裂なドラマでも熱演できる先輩、格好良いわ。

 結局、あの渡り廊下の女将は何を企んでいたのだろうか……。数年後に放送される少ハリ内で明かされるのだろうか。

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 「ケーキなんてどうでもいいですよ」→「ケーキに人生をかけている人もいるんですよ!」っていうシャチョウのレスってなんかクソリプっぽい、第18話。そんなこと言われてもしらねぇよ、って思うけどね。まぁ、あの会話の流れだとシャチョウが言ってるのはまた意味が違うんだけどさ。

 2期目が始まった時点で、いつかは来るんじゃないかと思っていたものがついに訪れた。そう、その名は「慢心」。ホールが埋まるようになり、固定ファンが付くようになった少ハリ、そろそろ自分たちが「人気者だ」という認識は肥大化し、悪影響を及ぼし始める頃だ。いや、普通ならもっと前の段階で訪れていることだろう。昨日までは単なる平凡な男子高校生だったり、ヤンキーだったり、ミュージシャン志望だったり、そんな連中がすったもんだの末にステージに上がり、いつの間にか女の子に黄色い声援を浴びせられるようになっている。もう、とっくの昔に天狗になっていてもおかしくないシチュエーション。それでも、少ハリの面々は独特のメンタリティとシャチョウやてっしーの教えのおかげで「謙虚さ」を忘れず、これまでまっとうなアイドルとして活動してこられた。

 颯は元々よく分からない精神性の持ち主であり、未だに自分がわーきゃー言われることにピンと来ていない。彼は慢心とはほど遠い。キラはある意味常に慢心しているようなものだが、自分がやるべきことをメンバーの中で一番分かっている男。どんなときでもシャチョウたちの決めたことは守ろうとしているし、客の前では完全に「アイドル」になりきることが至上命題であるから、決してそこに慢心は無い。トミーはアイドル活動が出来ることに喜びを見出しており、ステージ上で歌えること、パフォーマンスを見てもらえることに多大な感謝の念を持っている。客への感謝を忘れない彼も、慢心にはほど遠い存在だ。ちょっと危なっかしいのは生馬であるが、彼はメンバーの中では一番スキルが覚束ないという負い目がある。単純な性格なので「もっと練習しなくちゃ」という向上心は常にポジティブな効果をもたらし、上からの締め付けに対しても、嫌々ながら義理堅く従っている。元々ヤンキーってのは集団の中でのルールは守る傾向が強いのである。そうなると、最初に「慢心」に取り憑かれてしまうのは、残った1人、春であった。

 春の場合、少ハリとして活動しているモチベーションも多大な影響を与えた。元々「ミュージシャンになりたい」といってギターを買うという、この年代の青少年にありがちな方向に突っ走ったのが始まり。そこから音楽で一度つまづいて、あまり望まなかったアイドル路線を気付けば何となく歩いているだけ。そんな状況で半端に人気が出てしまうと、モチベーションは崩れ、「もうこれで充分じゃない?」という慢心と諦観が生まれる。颯とはまた違った意味で将来への展望が見えずに悩んでいた春は、現在の「アイドルとしての地位」にぬるま湯のような居心地の良さを覚え、それを全て自分の世界、自分の功績だと過信してしまったのである。てっしーにどれだけ怒られても、「自分がやって、自分が出した結果に、なんの文句があるものか」と反発してしまうのはそういう理由からだった。

 しかし、現実は甘くない。ルールがあるのは、守った方が良いからだ。勝手な行動をし始めた春は、まずはてっしーに目を付けられ、次にメンバーからもいい顔をされなかった。それだけならばまだ問題は小さくて済んだが、ついに、ファンの前でも勝手な行動に出てしまい、自分が築き上げてきたと思っていたものが、どれだけ脆弱だったかを思い知らされることになる。ステージ上でのパフォーマンス失敗と、その後の彼の表情は、最初は爆笑してしまったものだが、見ているうちになんだか泣きたくなってきた。この客の反応は……流石に可哀想だよなぁ。いや、そりゃ毎回毎回同じことをやる「決まり事」があったのを勝手にぶち壊した春が悪いに決まっている。ファンだって「いつものコールが来るぞ」と思って待ち構えていたのに肩透かしをくらい、慌てて修正しようと墓穴を掘る春を見たら二の句が継げないのは仕方ないだろう。でも、もうちょっと何か、頑張ってやれよ……。あんなん、メンタル弱かったらもう二度とステージにあがれねぇぞ。その後の生馬のコールはちゃんと反応があったのがことさらね。まー、あの1回のステージとして見た場合には生馬のナイス(?)フォローのおかげでやけどは小さくて済んだみたいだけども。うーむ、こういうところで油断していると突然ぶん殴られるあたり、やはり少ハリは油断出来ない。

 こうして痛めつけられた春を修復するのは、毎度お馴染み先輩の役目。今回登場したのは、引退後にケーキ屋を営んでいるという風原乱である。まぁ、細かいやりとりについては「なんかよくある大人の訓話」なのではしょるが、とにかく打ちのめされた春にとって、笑いながら悩みを聞き、ケロッと受け入れてくれる度量の大きな大人の存在というのは割と効果的だったようだ。自分の人生を何となく既定路線として設定してガッカリしている春に対し、「そんなもん、若僧が分かるわけねぇだろ」と一蹴してもらえれば、それはそれで元気が出る。その結果、「分からない方向性をもっと思い切りぶっ飛ばしてみよう」という開き直り方になったのはどうかとも思うのだが……元々内側にこもりがちな春なので、ちょっと弾けてみるくらいがちょうどいいのかもしれない。あのグラサン、かえって目立つ気もするけどな。

 これで2期目の春のお当番回は終わり。1期目の担当回が割と適当だったので、今回はそれなりに内情まで突っ込んでもらえて何よりであった。でもまぁ、最後のサングラスライブは後で確実にてっしーに怒られてると思うけどな……。

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 「こんがらがる」の語源は不明だという、第17話。せっかくなので軽くネットで調べてみたけど、だいぶあやふやな説がいくつかある状態で、あんまりはっきりと出自は判明していないようだ。あと、僕は「こんがら『か』る」だと思ってたんですけどね。これも諸説あるみたいで、ひょっとしたら地方によっても違うのかもしれません。あぁ、こんがらかってきた。

 今回はもう、サブタイトル通りのお話でした。トミーメイン回ということで、1期同様になんだか不思議と明るいイメージになるお話。他のメンバーだとひょっとしたらこんな風にポジティブな終わり方は出来なかったかもしれない。特に颯あたりは必要以上に難しく考える傾向があるからな。最後もこんがらがってたし。

 トミーが今回置かれた状況ってのも、ちょいと微妙なものである。まず、「1人抜擢されてドラマ出演」は当然誇らしいことだろう。少ハリはシャチョウやてっしーによってどのように売り出しが行われているのかは定かじゃないが、1期の頃にはライブ以外にも歌番組やバラエティに出演していたわけで、ハリウッド東京を出てもそれなりに知名度のある「アイドル」にはなっている。そんな中、そこまで個々のスキルに差はないだろうし、実績にも差はない(キラだけちょっと特殊だけど)ところから、トミーだけが俳優業をやるということになった。どうやら先代トミーの声がけもあったようだ。この、言ってしまえば「出世のチャンス」で、トミーはどちらかというと浮かない顔で、劇場の方を心配してみたり、上手く演技が出来ずにへこんでみたり。その落ち込みの原因の1つに、「自分は先代トミーのように上手く出来ない」という負い目がある。先代トミーは現在でもきちんと役者業をこなしており、現トミーもそうした先輩に憧れてこの道に飛び込んだだけに、なんとか真似をして上手く役者業をこなしたいと思っている。しかし、もちろんまだまだ素人に毛が生えた程度のもので、そう簡単に上手くは行かずにへこんでしまうのだ。

 更に、自分がいないことで少ハリのメンバーに「迷惑をかけている」とも考えている。アイドル業と兼任出来ずに片方で手一杯の自分に限界を感じ、こんなことをしていていいものかと悩んでしまう。5人で少年ハリウッドというのがこれまずっと維持してきた形なわけで、それが崩れてしまうことに拒否反応を示すのは致し方ないだろう。

 しかし、そうしたトミーの悩みも、大きく2つの方向から解決することになる。1つはもちろん、先代トミーによるありがたいお言葉。現場で先輩から「アイドルじゃないけど、アイドルだ」というサブタイトル通りの言葉を貰える。これにより、必死に先輩の影を追っていたトミーも目から鱗。多少なりとも気は楽になり、メンタル面が軽くなれば役者業も上手く回りやすい。そしてもう1つは、色々と思い悩んでいるトミーを他所に、平気で盛り上がっている残りの4人の脳天気さである。フォーメーションの変更など、面倒なことにも文句を言うメンバーはおらず、むしろ普段と少し違う空気を楽しんでいる節すらある。実際、キラなんて楽しんでるのは間違いないし。基本的に行き当たりばったりな連中なので、割とこういう局面は平気のようである。

 こうして「トミー抜きの少ハリ」が回っているところを見ていると、状況が状況なら割と不安な展開にも見える。「ひょっとして自分は少ハリにいらないのでは?」と居場所が無くなったように感じるかもしれないし、他のメンバーだって、「トミーばっかりソロで仕事があってずるい」と思いはじめるかもしれない。そういうドラマだって充分あり得る話。ただ、幸いこの面々はそういうシリアスとは無縁だった。4人はケロッとした顔で「トミー頑張れよ」と言ってくれているし、トミーはトミーで、自分のいない少ハリのステージを観ても「うわぁ、良いステージだぁ」と感心するばかり。うーむ、やっぱりこいつメンタル強いな。いや、実際に普段自分が中にいるはずのステージを外から観たら新鮮に映るのだろうけど。全ての要素はトミーにとってプラスの方に転がり、無事に「アイドル」としての意識を取り戻せたトミー。相変わらず「運気上昇担当」らしい安定したハッピーエンドであった。

 それにしても、そんなトミーを見ていてもなんだかもやっとしてる颯の野郎がな……あんな可愛い妹がいるのに、何を悩むことがあるんや。

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 本物の握手をすればてのひらにタコが出来るもんなんだよ! 第16話。なお、ソースはキン肉マンの模様。友情のシェイクハンド!

 前回シャチョウが不満げにしていた内容がそのまま1話分のシナリオになったお話、それが「安請け合いで握手するアイドルってどうなの?」問題である。まぁ、どことは言わないけど、握手することでCD売ってるどこぞの大軍アイドルとかにも関係してくる問題よね。ただ、「ファン心理」というものを考えた時に、意外にこれが難しい問題でもあるのです。

 シャチョウ側の意見は、「待ち構えてする握手って嬉しいですかね?」というもの。確かに、手頃なスキンシップである握手という手段は、憧れのアイドルとの接触が図れるので嬉しくないわけがない。ただ、それが毎回となると単純に希少価値が薄れてくるし、それを目当てで来る客でライブ会場が埋まってもなんだかなぁ、という話である。「パフォーマンスでお返しをするべき」というのはアイドルの理念としては至極正しいものであり、握手が恩返しだとするなら、その先に求められるのは更なる接触になってしまう。それってホストクラブと一緒なわけで、1対1ではなくてたくさんのファンを楽しませなきゃいけないアイドルという存在には必要ない方向性なのではないかと。シャチョウの言うことはいちいちもっともである。

 ただ、「握手会でファンが喜ぶ」というのも事実なわけで。颯以外のメンバーたちも楽しんでやっていたし、ファンとの距離がダイレクトに近づくイベントであり、反応が直接返ってくるのも達成感があるので良い部分だろう。それでステージパフォーマンスへのモチベーションがあがるのなら、決して悪いことではない。ただ、もちろんそれだけに終始してしまっても困るし、このままファンが増え続けるのなら、直接的なコミュニケーションにも限界があるだろう。「現時点での暫定的活動」としての握手会ならば価値はあるが、そこにアイドルの目標を打ち立ててしまうのは危険であると、そういうことなのではなかろうか。

 そして、そんな面倒な問題に直面し、更に面倒くささをこじれさせるのが、未だにスタンスの定まっていないことでお馴染みの颯だったわけだ。「握手されても、相手の目的がわからねぇから対処に困る」という素人根性の抜けない颯。ただ、彼の言うことにも一理あって、ファンの目的はどうあれ、それを受け入れる体勢が本人に出来ていないのであれば、そこに達成感はないだろう。そんな颯の様子を見て、シャチョウは「とりあえずアイドルにとっての握手とはなんぞや」を見定めるために、ヘンテコイベントを開催するのである。このイベント、実際に開催したらどれくらいの暴動になるんだろうな。少ハリの場合、毎週のイベントで会場が埋まるくらいになってきているので、イベント参加者は数百といったところだろうか。熱心なファンからすればメンバーがどの辺にいるかってのはおよそ予想も出来るだろうし、今のご時世ならネットで位置情報の拡散も早い。数百のファンのうち半分が握手を求めてきたとするなら、大体1人あたり50100人くらいは相手にしないと駄目な気がする。……町中でやるのはちょっと怖いな。まー、少ハリくらいのレベルならばそこまでひどい事態にならずにすんだが。ちなみに具体的な被害としては、「キラと生馬の関係性が妙なことに」と、「春の財布にダメージ」の2点である。「外でもアイドルやる」のって確かに大変そうだよなぁ。まぁ、キラは本当にそのへん割り切ってるからいいんだろうけど。春は改めて自分がどう見られているのかを認識する良い機会になったかもね。

 そして、久しぶりに主役っぽい働きをしてくれた颯は、今回のことで「自分の目指すべきもの」が幾らか見えてきたようだ。相変わらず「進路きまらねぇなぁ、俺、何したいのかなぁ」とぶらぶらしているモラトリアム気質であるが、握手のおかげで少しは自覚も出てきたみたい。相当訓練された精鋭のファンだったようなので、ものすげぇはっきりアドバイスくれた彼女に感謝しないとね。あとは、なんか不可解な認識を持つおかんを説得するだけやな。「塾や習い事と同じ感覚でアイドル」って、すげぇ家だな。

 ちなみに「〜」の名称は「波形」、読みとしては「なみせん」「カラ」などでいいそうです。「にょろ」も分からんではないが。

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 この期に及んでまだまだ想像の埒外、第15話。まさかのキャットメイン(?)回である。押し寄せる字幕の嵐に、こんなアニメってどうなのよ、という感嘆の声が。主に俺の中で。

 普通に考えたら、2期が開始された1話目に入れるべきお話だったような気もする今回の「ミミズク語り」。守り神キャットが誕生するまでのお話が描かれ、その中で、まさかのミミズク視点で見た過去・現在の少ハリを描くことで、各キャラクターの復習になるとともに、現在の少ハリがどうなっているかを語っていく。他のアニメならばこういう構成にした時点でキャットにしゃべらせて全部語りを設けるところだろうが、このアニメはそういうところで妥協しない。キャットはあくまでキャットであり、絶対に人間の言語でもって意思疎通なんかしない。あくまで彼の脳内に浮かぶ言葉は「何となく漂っている」だけであり、決して具体的な言葉にはなっていないのだ。もちろん、生馬はそんな彼の考えていることなど分かるはずもない。

 キャットが生まれたのは、今から15年以上も前。初代シャチョウがたまたま森で発見して拾ってきたもので、その時代には初代少年ハリウッドはまさに全盛期を迎えた時期であった。その後すぐにシャチョウは逝去。まるで自分の死期が分かっていたかのように、置き土産として「守り神」のキャットを残していったのである。その後、すぐに少ハリは解散。キャットはてっしーと一緒にしばらくは静かなままでハリウッド東京を見守ることになる。ミミズクってそんなに長生きするのかよ、って思って調べたら、なるほど、頑張るやつは割と長生きのようだ。幸せな環境で育っているキャットも、まだまだ守り神として頑張って生きてくれるのだろう。

 そして新たな時代を迎え、現在のメンバーが揃ってハリウッド東京は再始動したわけだが、もう、キャットは完全に保護者目線である。全てを悟りきったかのようなモノローグで丁寧にメンバー紹介してくれているキャットは、本人曰く「精神的サポート」である。生馬の肩には決してのらず、春の肩だけは無性にのりたくなる。猛禽類だったらその気持ちも分かるのだろうが、残念ながら人間にはよく分からないな。そして、彼の評するメンバー考察は、何故か颯の評価が不思議と高い。他の連中にはわりかし厳しめのコメントをしていたようなのに、一番ぼんやりしている颯については「未知の可能性」を見ているようなのだ。なんだろう、この扱い。単なる思い過ごしなのか、それとも信頼のおける猛禽類の直感なのか。キャリアを考えたらキャットのアイドル識別眼はそれなりに頼りになりそうだよなー。

 しかし、こうして20年近い推移をみていると……キャットも随分な貫禄だけど、やっぱりてっしーの存在感が異常だよな。あいつこそ「守り神」っていうかハリウッド東京に取り憑いた守護霊とか地縛霊の類なのではなかろうか。何一つ変わってないし、1人で動けるバイタリティも半端じゃないし。握手会を始める時の段取りで、ライブが終わった後に慌ててテーブル出しているところを見ると、ライブ中はおそらくてっしーも手が離せないってことだろう。つまり、音響やら照明やらメンバーの着替えのサポートやら、全部てっしーが1人でやっているということだ。この世には一体何人のてっしーが存在してるのか? そして、初代少ハリがステージを去ってから現在までの空白期間。てっしーはハリウッド東京が眠っている間、次の世代を待つ守護霊として一緒に眠っていたのかと思っていたのだが、「何組かのアイドルを取り上げたが鳴かず飛ばずだった」とのこと。なんだ、ちゃんと活動はしてたんやな。そりゃなぁ、15年も人っ子一人来なかったらいくら立派な劇場でも朽ち果てるよな。てっしーが毎日毎日、次の光を待ちながら整備してたんだろうなぁ。

 こうしてめでたく昔の活気を取り戻しつつあるハリウッド東京だが、新たに始めた握手会戦術にはシャチョウが渋い顔。「このままでは終わってしまう」とまで言われてしまった。シャチョウの目指す理想のアイドル像とは一体どんなものなのだろうか。まだまだ厳しい戦いは続きそうである。

 それにしても、エンディング凄かったな。多分シリーズナンバーワンエンディングですわ。歌の「作詞」じゃなくて「ポエム」ってなってたのが笑える。まぁ、歌ってないからな。

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 妹ちゃん、良い子だった、最終話。流石は永遠のアイドル(中の人)、流石は永遠の17歳!(中の人)

 まさかの分割2クールだったためにまだまだ終わるというわけではないが、一応はこれが1つ目の区切り。しいて名付けるなら「デビューまで編」ってことになるんだろうか。クリスマスライブが成功したのか、さんざんな結果に終わったのかは定かじゃないけど、そこを語るのは野暮というものでしょう。生馬の友達が「やっぱいかねぇわ」で、颯の家族も来る気配はなく、キラも「自分で客をなんとかする」みたいなことを言うなど、全員が「会場に客入らない」フラグを乱立させていたけど、多分そんなの関係無いよね。既に客入りがどうこういう次元はクリアしているのだから。一体どんなライブになったかは、もし機会があれば2クール目で語られることもあるのでしょう。

 ひょっとしたら2クール目あたまに「1話まるまるクリスマスライブ」まであるかもしれない。というのも、今回放送前には「最終話はまるまるクリスマスライブの可能性すらあるで」と思っていたから。結局「ライブ前まで」という最終回になったわけだが、小ハリ全体をまとめて描くよりも、こうして「前日まで」をしっかりやることで、カウントダウンの気持ちの高まりと、個々の成長がそれぞれに見えるのは良い収め方だったのかもしれない。サプライズイベントのシャチョウ誕生日もあったことだし。さて、奴は今一体いくつなのか……いや、てっしーの年齢の方が気になるけども。シャチョウはまだ外見からして年齢不詳だが、てっしーはどう見ても30行くか行かないかのレベルだからな……あれで40過ぎてたら確実に波紋の修行が必要。

 さておき、そんな「クライマックス前」に確認できる各々の成長物語。何故か相変わらず春だけは扱いが悪いのは、おそらく彼の回りには小ハリメンバー以外にメインで絡んできたキャラクターがいないためだ。おかげで、春だけは「シャチョウのお誕生会の買い出しメンバー」程度の扱いである。で、その他の面子はというと、まず生馬は「ヤンキー、遊びに来る」。生馬は本当にそういう人間だったんだなぁ、というのを改めて確認できるワンシーン。「ヤンキーの友情って……」と言われていた通り、やっぱり1人だけ異次元の生物であった。まー、本人は楽しそうで何よりであるが、「こないだまでヤンキーだった奴が1人でメイクまで始めやがった」とか考えると、なるほどちょっと面白い。

 キラのテーマは「親との関係・自分の夢」。短いシーンだったが、お仕着せだった親の夢である「子役あがり」から、きっちり自分の夢である「アイドル」へとたどり着いたことを伺わせる。まぁ、その辺のあれこれは既に4話の時点で大体片付いてはいたのだけれど、キラは個別回が早かったし、その後は基本的にずっと優等生のままで来ていたので、そのあたりのバックグラウンドを改めて確認することになった。

 トミーのテーマは「憧れって何?・神様の存在」。ひたすら無心に、あの頃の少年ハリウッドの背中を追ってここまで頑張ってきたトミー。その純真さは変わることはなく、いつものように全力でライブを迎えるだけだが、気付けばその背中を追って、次のアイドルもトミーの後ろについてきているのかもしれない。「受け継がれるもの」というトミーの持つテーマ性が非常に分かりやすい一幕。

 そして本作の主人公(?)、颯については、「ちょっとした自覚・家族との対話」のお話。今までなんだか煙たい存在にしか見えていなかった家族だったが、いつもと変わらぬテンションの父親が妙に近しく感じられたし、今まで部屋に乱入してくると「うるさい!」しか言わなかったので完全に「敵キャラ」だった妹に対し、今回は積極的に融和を持ちかけ、結果的には妹ちゃんも大人しくアニキの我が儘を聞いてあげているという。普通に考えたら、突然自分の兄貴があんなん始めたら妹さんは発狂するだろうに、最終的には適切なアドバイスまでくれちゃって、本当によく出来た妹さん。将来的にはマネージャーにするといいと思うよ。どこかの「永遠の17歳」も実姉がマネージャーやってるはずだし。

 こうして、5人が5人ごとに「本番」を迎えて、いよいよ物語はクライマックスへ。……否、これが始まりなのである。さて、2クール目って何が始まるんですかね……。

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 丸く収まってるのかよ、第12話。前回のギスギスムードのままでライブに行くとは思っちゃいなかったけど、いくら何でも生馬の溶け込み方があっさりしすぎじゃないのか。それだけミミズク偉いってことかね。

 「1話まるまる○○」シリーズとはちょっと違うが、今回もほぼ「1話まるまるステージの練習」。アイドルアニメならばあってもおかしくないシチュエーションなのかもしれないが、「30分ず〜〜〜っと薄暗いステージの上で振り付けの練習してる野郎たちを眺めるだけ」っていうのは今まで見たことがないかなり異質な雰囲気である。そりゃそうだよな、普通「アイドルアニメ」っつっても、画面に変化を出さなきゃいけないって考えたら、まるまるステージ練習だけで終わらせるはずがない。こんな地味な画面が1話ぶっ続けなんて、普通は耐えられないと思うからだ。でも、それをやってしまうのがこの作品なのである。途中で楽屋に引っ込んだり、エンディングテーマに合わせてこれまでの回想が流れたりはしたが、基本的にはオンリーステージである。この「ものすごく狭い世界の中で若者があれこれ悩んでいる」感は凄まじい。メンバーとてっしーを「ステージの中の世界」とすると、「外」にいたのはシャチョウ(とミミズク)のみ。つまり、この世界を俯瞰視点で見られるのはこの世界ではシャチョウのみなのである。何とも象徴的なシチュエーションだ。

 結局、前回のもめ事についても「アイドル観」の統一を図れば自然に収束するものであったようだ。各々が自分の夢を語り、信念を見据えて練習に取り組んでいたが、「夢ってなに?」という部分が決定的にバラバラな5人。そんな連中が簡単にまとまるわけないのだが、今回は「夢ってなに?」ではなく、もっともっと根源的な部分。「結局アイドルってなに?」である。答えの模範的な部分はシャチョウやてっしーの口から語られたものであるが、今回もっとも主張が強かったのはようやく前に出てきた主人公、颯であった。彼の訴える「頑張ってればいいじゃない、アイドルだもの」理論はあまりに安易で、甘っちょろい戯れ言でしかない。これまでのイデオロギーを考えれば、キラあたりとは決定的に決裂する考え方である。しかし、どうやら今回の議論は実際のハードトレーニングの後だったこともあり、もう一歩進んだところに論点がある。「頑張っている姿をお客に見せることこそが、最大のファンサービス、ファンの望むものである」と。

 なるほど、そう言われれば一応筋は通っている。続いて生馬も「息を合わせるのはメンバーではなく、客の視線である」という案を出して議論を引き出した。そう、結局、誰が頑張るでもなく、何が完成形でもなく、「偶像(アイドル)とは、お客に永遠に終わらない物語を見せるだけのものである」というシャチョウの箴言の通り、あくまでも目指すべきは「ファンの見たい物」なのである。それならば、「完璧な振り付け」でなくとも良いという理論は成り立つ。颯が散々悩んでたどり着いた答えは、そういうものだったのではないだろうか。まー、一体どのあたりからそういう結論にたどり着いたのかはいまいち分からなかったが……単に「いくら何でも生馬が下手下手言われすぎじゃないかな」っていうんで同情したくなっただけかもしれん。同じサボり仲間としてね。一応チーム内でのユニット編成でも生馬と颯は2人組みたいだしなぁ。

 まぁ、すったもんだはありながらも、今回の最後の台詞は「揃った……」である。ついに揃った少年ハリウッド。次回はいよいよクリスマスライブ? ……次回予告に初詣での様子しかなかったんですがね。何が起こるか、何も起こらないか。

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 「年齢不詳」「ピアノ弾ける」「歌える」「アイドル哲学に精通している」「運動神経も抜群」←New! てっしー伝説が更に増えた第11話。そうか、ダンスレッスンも全部てっしーでまかなってるんだもんな。マジでハリウッド東京に宿りし精霊とか、そういう存在なんじゃなかろうか。

 ラスト前のギスギス展開といったところだろうか。これまでやたら上手くチームとして盛り上がっていた小ハリだったが、ここにきて突然の空中分解。しかしまぁ、その理由も何となく分からないではない。問題の中心はクリスマスに控えたファーストライブである。既に舞台だったら1回こなしているし、テレビ出演は何度もこなしているのだから、今更ファーストライブだから何を緊張するものか、という気もするのだが、どうやらこの場合は単純な緊張感というだけではないらしい。中途半端に知名度が上がったことで、客から返ってくる声が一体どんなものになるのか、想像出来なくなっているというのが1つ。テレビ慣れしていっても、直にお客の目に晒される機会はこれで2度目。そして、最初の舞台は「どうせ誰も知らないだろ」という駄目もとの精神でやっていた部分もあり、たとえ客が入らずとも、とにかく自分たちの役割を言われた通りにこなすだけで精一杯だった。しかし、今回は「ある程度客に来て欲しい」という欲が出てしまっている上に、なまじレベルが上がった分、下手な真似が出来なくなっている。定石を覚え始めたあたりが一番怖いと言われる由縁である。

 そして、こうした特別なマリッジブルーならぬ「ライブブルー」の中で、小ハリの持ち味でもある、「5人がバラバラ」というファクターが大きく働き始める。まとまったように見えていて、全員が見ている先は実は全然違う5人。その彼らが1つの目的意識でライブを成功させるためにはまだまだ課題が山積みなのだ。それは技術的な面でもそうだろうし、精神的なものも大きいだろう。

 「冷静な優等生」側に位置しているのは、トミー、春、そしてキラの3人。この中で一番今回の騒動の影響が薄いのはトミーだろうか。常に天真爛漫、真っ直ぐな目的意識だけで突き進んできたある意味一番「アニメの中のアイドルっぽい」トミーであるが、そんな彼ですら、家族の期待を背負うと多少なりともブルーになってしまう。やはり、この時間は特別なのだ。ブルーというのはちょっと違うかもしれないが、相変わらずの唯我独尊のために軋轢が生じたのはキラ。彼の冷静な「芸能人魂」は、引き続き与えられた任務を黙々とこなすことだけに費やされる。客が多かろうが少なかろうが、今の彼には大きな問題ではないし、彼が望むのは、自分が立つ舞台の質をとにかく上げること。それが、彼の華々しい芸能人生の門出を飾る上で欠かせないものだからだ。そのために、まだ甘っちょろい素人根性の抜けないメンバーにはどうしても厳しくなってしまう。

 同様の傾向は春にも見られる。元々歌が専門だった春だが、前々回目が覚めた通りに、とにかく全力でアイドルのいろはをたたき込むところからスタートすることになった。ダンスに関してはまだまだ至らない部分があると内省しているために、誰に言われずともストイックに自主練を続ける。それ以外に、彼の不安を取り払う術が無いことを知っているからだ。そのため、自分と違う価値観でライブへの不安を漏らす生馬に対しては真っ直ぐに反感を抱いてしまう。「しゃべっている暇があったら練習しろ」と思ってしまう。また、彼の目的のためには、キラのように「客なんてどうでもいい」と割り切るわけにもいかない。客がいなければ、見てくれる人がいなければ、自分の頑張りは報われないと思ってしまう。だからこそ、客がいないというてっしーたちの話を立ち聞きしてしまったために「気分が乗らない」のである。

 客の反応については、颯も非常に気にしている。それは、「何人の客が入るか」ではなく、「少年ハリウッドは本当に求められているのか」というキツい疑問から生まれてしまった悩みだ。確かに、何年も前に持てはやされたアイドルグループが、同じ名前でまったく違うメンバーを送り出してきたら、当時のファンは反感も持つだろう。そんな現状を目の当たりにしてしまい、元々目的意識の薄かった颯は怖じ気づいてしまう。「客のためを思って」というアイドルの大義名分が成立しなくなってしまう。技術的にも拙い部分の残る颯にとって、「頑張っても見返りのない、反感を生みかねない」ライブは、既に恐怖の対象になってしまっている。

 そして、そんな閉塞感を独自のアプローチから打開しようとしているアホこそが、リーダーの生馬である。キラや春に言わせれば「一番下手」なリーダー。駄目なんだったら練習すればいいのだが、どうも生馬はヤンキーあがりの根性論が身体に染みついており、リアリストの2人とは意見が合わない。「頑張って徹夜気分で練習すればきっと上手くいくし盛り上がるんじゃね?」なんてのは根性論の非常に馬鹿馬鹿しい考え方だし、甘っちょろい現状認識なのは間違いないのだが、てっしーの言うような「パッション」に関しては、生馬のテンションが一番良いものとも言える。「根性で上手くいく」という安易な解決はこの作品には似合わないので、生馬の「下手さ」はおそらく今後も影響を及ぼすだろうが、彼の妙な方向性の行動力は、最終的にチームをまとめる原動力になり得るのかもしれない。……それにしても、ひどいビラだったけども。

 5者5様、今は繋がらない少年ハリウッドのスピリッツであるが、はたして、どういう形でライブが結実することになるのか。ひとまずの締めくくり、楽しみに待ちたい。

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 俺たちが想像もしないことを平気でやってのける! そこにおぞけるちょっとひくゥ! 第10話。すげぇな。もう、想像の斜め上の斜め上だよ。もう真上だよ。

 5話のエアボーイズに続く、「作中ずっと○○」シリーズ第2弾。今回は一体どんな顛末でこの番組に出ることになったのかさっぱり分からないが、少ハリが歌番組に出演。そんなときめきなミュージックが30分まるまる放送されるという奇跡が起こってしまった。もう、あらゆる意味でチャレンジである。多分番組を見ている間の視聴者の心理の移り変わりはおよそみな同じようなものだったのではないだろうか。冒頭、CMあけでいきなりのミス・モノクローム。もう、この時点で脳の処理能力を超える「???」が乱舞する。「あれ? おれチャンネル間違えたかな? 違う番組に差し替え?」とマジで思う(オープニングあけなのに)。しかし、そこから謎のアイドルが紹介され、やっと少年ハリウッドの文字列が出てくる。そこから演歌歌手、大崎さんと出演者が紹介され、ようやくここで「あぁ、エアボーイズの時と同じように作中作で歌番組やってるんだ!」と気付く。「なるほど、少ハリもちゃんと活動を続けていたおかげで、春の念願だった歌番組に出られるようになったわけだね、これはちゃんとしたお話になるんだろう」と思っているのもつかの間、さっそく歌い始めるミス・モノクローム。そして、この歌が一切の妥協無しの最初から最後まで歌いきりである。「え? ダイジェストじゃないの?」と。しゃきしゃき踊る謎ダンスを見ながら「ま、まぁ、多分時間をたっぷりかけたギャグだよな。なんてったってミスモノクロームだしな。この後で少ハリが出てくるんだ」と納得するも、続くよく分からないアイドル、高杉ちえりもそのままステージに上がり、これもフルコーラスを熱唱。もう、この時点で「やっぱりこの作品のスタッフは鬼や」という思いが確信に変わる。何しろ、番組冒頭では5組のアーティストが紹介されていたのだ。もう、これ明らかに全部やる流れやないけ。

 しばしのトークパートを挟んで、ようやく少ハリのライブ。曲は即興で新しいのが用意出来なかったということで先代のものであるが、流石にてっしーの指導の下でちゃんと練習していただけあって、ダンスにしろ歌にしろ、一応テレビにあげられるくらいのものになっているのは安心。エアボーイズのときみたいに誰かが失敗するくだりがあるかと思ったが、別にそんなこともなく無難に終わらせることが出来た。そして残るのは謎の演歌歌手と、大崎大先輩のソロライブ。ここまで全てを放送しきって、何事も無かったかのように番組は終わりを告げるのである。

 エアボーイズの時にも確認したが、この作中作の演出は、「視聴者があたかも少ハリがリアルに存在している世界で少ハリを応援している」イメージを提供するためのデザインである。今回は少ハリが出るってことで歌番組にチャンネルを合わせ、何となく30分全部見ちゃったファン目線だ。それを実現するために、必要があることもないことも、全てをひとまとめにして1本のエピソードとして放り投げてくる。そのあまりの妥協の無さには、戦慄するしかない。普通、本当に音楽番組を見るファンだって、お目当てのアーティストが出てくるところ以外は飛ばすだろうに……我々「少ハリ」視聴者はそれを許されない。何しろ、歌番組雰囲気全てを合わせてこの世界なのだ。全部見なければならないのだ。ちょっと古くさいセットデザインとか、大物歌手を呼んでるくせにアーティスト数が少なくてすぐ終わっちゃう番組構成とか、端々でチープなところに、なんだか緊張しながらも挑んでいく少ハリ。この「無駄にしかみえないリアル感」こそが、少ハリの存在をグッと我々の側に押し出すための舞台設定として機能しているのである。まぁ、だからといって見ていて楽しいかと言われたら多分違うと思うのだが……。

 ミス・モノクロームは完全にネタだろうが、それ以外のところには色々と細かい工夫というか、よく分からないこだわりがちりばめられている。結局最後まで謎だった高杉ちえりというよく分からないアイドル。キャストに表示されている「杉浦弥代子」という名前も含めて謎に包まれているのだが、どうやらこれ、原作者の別作品からのスピンオフ(?)らしい。分かるわけないやんけ。そして演歌歌手の歌っていた「三島限界線」。これ、颯が友達といったカラオケで歌ってた曲なんだよね。謎が謎を呼ぶ5組のアーティストのセッティングであるが、こうして並べて見ると、何となく「少ハリワールド」を形作るピースとしては馴染んでいるものなのである。大崎さんは歌うまいしなぁ。

 またしてもアニメとして許されるギリギリのところを狙ってきた少ハリ。この貪欲さは一体どこからくるものなのか。後はもう、ここから先どうなってもおどろかねえぞ。もう何も怖くない。

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