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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
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 1時間があっという間……最終話! きっちり節目節目で盛り上がりが用意できている全体構成もすげぇな。

 あたしゃ原作読まずにずっとアニメを待っている身なので、一番びっくりしたのは続編が「Final Season」になったことですね。なんならこのまま最終回なのかしら? くらいに思ってたので、こっからまだ1シーズン分の内容があるというのが驚き。そして昨今の流行りに流されずに「クライマックスは劇場で!」みたいにならずに最後までテレビシリーズでやってくれそうってのは嬉しいとこですね。

 てなわけでどう収まるか分からなかった最終話でしたが、ちゃんとこの節目に相応しいビックイベントとして「アクアとルビーの前世判明」のくだりを持ってきた。アクア側は漠然と「そうかも」くらいに思ってたのでそこまで大きな衝撃ではないのかもしれないが、ルビー側からしたら天変地異。人生に悩み、打ちのめされそうなこのタイミングで切り出された特大のサプライズで、ルビーもそうだし、視聴者側の情動も大きく揺さぶられることとなった。この「前世と現世の複層構造」が今作最大のギミックであり、一番大切にすべき部分。その辺のなろうみたいに「前世は前世でもういいじゃないですか」なんてことには絶対ならない。今回のルビーのエピソードはまさにそんな前世とのすり合わせ、2つの人格の統合の儀式とすら言えるもの。ルビー役・生駒ゆりえの熱演もあり、最終話に相応しい印象深いワンシーンになったのではなかろうか。まぁ、残念ながらルビー(天童寺さりな)はまだ「実母との関係性」という大きな闇が残っているのでこれが全方位にハッピーエンドと言えないのが辛いところだが……。

 やっぱね、僕は「母親」というモチーフにはとことん弱いのでどうにも困ってしまうのですよ。ルビー/さりなが抱えた「天童寺まりなと星野アイ」という2人の母親の存在。振り返ってみればルビーは頑なにアイのことは「ママ」としか呼ばず、「お母さん」とは区別していたのだった。彼女の人生を振り返れば前世の辛い記憶などすっぱり忘れてアイこそを「母親」と認識してしまえば(別に間違っていないのだし)楽になったものを、それができないあたりがやはり二重生活の難しいところ。アイへ向ける熱愛とアイから与えられた「本当の愛」を思えば、対比的にまりなとの関係性がより辛い記憶になってしまう。今後、ルビーはこの大きな山を越えなければいけないわけだが、きちんと「母親」という存在に折り合いをつけることができるだろうか。

 そしてルビーにはもう1人の母親としてミヤコさんという「育ての親」もおりまして。第3クールラストエピソードはまさかのミヤコさん主役回であり、旦那を引っ張り戻して苺プロ再始動まで持っていくお話。突如始まるミヤコさんの生い立ち話で「最終話で何してんだ?!」とちょっと戸惑ったが、なんかね、女細腕繁盛期としてこちらもグッとくる話ではあったわね。このアニメ観てると芸能界も怖いけど東京も怖いよ。

 すったもんだの末に無事元サヤに収まることができた斉藤家のお話はめでたしめでたしで、一番のポイントはアクアに対する唯一のブレーキになりそうな元社長が戻ってきたこと。彼はある程度内実を理解しながらアクアの計画に加担してきた部分もあり、彼の一番奥底の暗い部分に気づいてやれるのは(あかね以外では)彼しかいない。そんな壱護をわざわざ呼び戻したのは「ルビーのサポート」というのが一番大きな理由だろうが、アクアはもしかしたら計画遂行の足止めになりかねないことも理解しているのかもしれない。もう止まれない一本道の、最後の選択肢として。

 最後のお話でもちゃんとテキトーな白MEMちょが見られて幸せでした。これから事務所に何が起こったとしても、MEMちょだけは幸せでありますように(最終結論)。

 

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 ジャイアントもレッサーもどっちも可愛いじゃん、第34話。かなはどう見ても愛嬌でいえばレッサーの方が近い気がするけども。ちなみに声優業界でパンダといえば井口裕香です。(個人の認識です)

 さぁ、一気に映画制作が加速する。主演女優を決める「個人間オーディション」は試みとしてもだいぶ無茶だし、その内実もだいぶエグい。不知火フリルはルビーの実情も、なんならあかねとアクアの地獄の関係性すらもろくに認識せず、ほんとに個人的な興味と都合からこの2人を呼びつけたものだと思われる。役者としては優秀な人物なのだろうし、ルビーたちの「友達」としてもそれなりの配慮はしてくれているだろうが、それでもなお、このキャスティングでかかる負担は彼女の想像の埒外。まぁ、もし全てを理解していたとしても、そんな状況で役を受けられたかどうかは微妙だが。

 ルビーは何も知らずにオーディションに加わったので、最初の演技については本当に「嘘つき」と言われて思うがままに出てきたものを表現したのだろう。しかし、その状況ですらあれが「滲み出て」しまう時点で彼女は役者としては大きなビハインドを抱えている。いや、役者としてはむしろ武器になりうるのかもしれないが……何かを演じるたびに精神がゴリゴリ削れていく彼女の生い立ちは、やはり役者ではなくアイドルとしての分かりやすい「嘘」をかぶっていた方がマシだったのではなかろうか。

 そして間の悪いことに、あかねは持ち前の洞察力(と事前のアクア情報)によってフリルの企みを看破。演じるべきが星野アイであることを突きつけ、フリルの真意を引き出す。あかねの目的はあくまでもアクアに対してアクションをかけること。彼とよりを戻そうとまでは思っていないかもしれないが、一時は「代わりに泥を被ろう」とすら思っていた関係なのだし、何か取り返しのつかないことをやろうとしているならなんとか止めようというのは後でアクアにも告げた通りの本心だろう。そのために、映画の中になんらかの役で食い込んでおきたいとは思っているが、それは別に主役のアイじゃなくてもいいとのこと。

 そうして利害が一致したからこそ「個人間」のオーディションではルビーが選出されたわけだが、後から考えれば、ここであかねが何としても止めてくれていた方がよかったような気もする。ただでさえ「嘘」をつき続けなければいけないルビーが、まさかのアイ役で色々なものを背負い込みすぎることでこれまで以上の摩耗を強いられる。あかね目線ならこのルビーのピンチにも気づいて止められたかも、と思うのは流石に買い被りすぎだろうか。結局、アクアから三行半を叩きつけられてしまったことで、あかねという有用な人材が活かしきれない「異分子」になってしまったことは各所に与える影響がでかい。

 ルビーはアクアの「復讐」の突端をつかみ、再び揺れている。アイを私利私欲で利用したと思っていた兄だったが、どうやら根幹は自分と同じでずっとブレていない。そして残念ながら、ルビーの目からはアクアの企みの奥底まで見通すことはできない。どのような形で関わったらいいのかを決めかねる状態では、「役者として」「娘として」「妹として」最善を尽くすしかない。何より、ルビーの立場であれば半端な「星野アイ」を作り上げることは許されないだろう。

 しかし、その結果どんどん自我がぐちゃぐちゃになるルビー。自分は星野ルビーなのか、星野アイなのか、はたまた天童寺さりななのか。「母」の面影がミックスされ、幼少期の記憶は「自分」なのか「役」なのかもあやふやな状態に。果たして、この状態のルビーにアイ役を受け止めるだけの余裕があるのだろうか。そして、まさかのスポンサーで登場した人物の名前は「天童寺」……。まだまだ波乱は続きそうだ。

 

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 公民館ってそんな安く借りられるんだ……第33話。いや、本筋と全然関係ない話だけどさ、なんかこぅ、普段レンタルスペースとか借りてること(マダミスとか、ドラフトとか)に使ったりできないものかと……。

 さておき、サブタイトルの「拝金と情熱」は主に前半パートの大人たちについて言及したものになっている。これまでアクアが出会ってきた様々な人脈の中でも一番濃いのは当然五反田監督。そしてそんな五反田が頼りにしている鏑木Pという2人のおっさんが現代日本の映画事情について熱くクールに語ってくれる。流石にアクアたちが映画制作の中枢部分に食い込むわけにはいかないので「全てアクアの思惑通り」とはならず、だいぶ表面をなぞったような描写になっている。それでもこれまでの「2.5次元舞台」や「恋愛リアリティショー」のように、芸能界絡みのあれこれについて読者に端的に示そうという姿勢の表れには違いない。「映画には金がかかる」「金が絡むのでキャスティングやらにもいろんな思惑が絡む」。まぁ、ちょっとでもエンタメに興味がある人間であれば誰しもが何となく知っているような話を改めて裏付けてくれたってことで。

 重要な要素として、アクアの思惑については大人2人はよく分かっていないことには気をつけねばならない。アクアはおそらくこの映画を通じてアイの事件を世間により広めることで神木輝への包囲網を敷くようなイメージでプランを練っていると思われるが、少なくとも五反田は「いい映画を作りたい」と思ってそれだけで頑張っている。アクアは「たまたま映画が作れる子供」という表現をしていたが、そんな子供に「刺激的な企画」というおもちゃを与えて、最大限に遊んでもらおうというのが狙いだろう。そして、そんな五反田の才能について理解している鏑木は「情熱」を受けて「商売」へと転化。「拝金」は言い過ぎかもしれないが、とにかく三者三様で己の思惑のために動いているのである。

 そうしてアクアは着実にゴールへのラインを引きながら、それ以外の道をガンガンに削ぎ落として後戻りできなくしている。かなとの関係性が改善したのはちょっと嬉しい副産物かもしれないが、その裏には間違いなく「あかねとの破局」が関わっているのだし、もはやアクアの方でもかなとの関係性を以前のようなものにしたいとはあまり思っていない。表面だけを見て浮かれているのはかなだけ。あとはまぁMEMちょだけど……今週もくねくねMEMちょは可愛かったです。でも、多分まだまだ心労は絶えないでしょう。

 しかし、そんなアクアにちょっとした誤算。ルビーのここ最近の成長っぷりを見せつけられた五反田が、主演のアイ役によりによって実の娘を起用したいといい出した。「真に迫る映画」を撮るなら確かに最善の方法なのだが……鏑木は当然反対。数字が出せるトップ女優の不知火フリルを推している。そしておそらくアクアとしても自分の身勝手な復讐劇に「何も知らない」ルビーを巻き込む気はないはずで、プランの中にルビーが関わってきそうなことを好ましくは思っていないだろう。

 そしてさらに悪いことには、どうやら不知火フリルはちょいとタガの外れた人物だったようで、上がキャスティングで揉めているのをいいことに、ルビーやあかねなど「ふさわしい」キャストを勝手に選びだして五反田の映画に刺激を与えようと画策している。この何も知らずにやっちゃってることがアクアの計画にはプラスになるように見えないのがが……さて、誰がどこから出てくることになるだろう。

 今回さらに「アクアとルビーに贈られたDVD」の存在も発覚。これが兄妹の関係修復に繋がるのか、さらなる分断の象徴となるのか。死してなお、アイは世間を振り回し続ける。世紀の嘘つきは、まだまだ真の姿を見せてくれない。

 
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 「今をときめく名優」役に長谷川育美を配置して秒で退場させるアニメ、第32話。まぁ、この起用法はインパクト抜群だしヤな納得感があるんだけど。

 完全にこじつけだが、今回の話には「return」というキーワードが関わっているように見えてしまった。五反田が脚本を書き始める際に押したreturnキーだ。returnって場合によってはenterなんだけど、PCのキーボード入力では何かの決定を表すキーとして用いられている。今回は色々と決定的な「計画」が「決まって」いく過程を描いており、全てはアクアの匙加減で進行している。もちろん、彼の一世一代の賭けに異を唱える者もいる。妹のルビーである。兄が独断で行ったセンシティブな「家族の問題」、しかしルビーは実際には「家族」ですらない時代から強く強くアイと結びついており、アクアの下した決断に納得いっていない。かなを助けるため、という大義名分もあるし、いつかどこかで公にすべきことだった、という主張もある程度納得いくものではあるのだが、それにしたってやり方がある。そして何より、アイの「墓を暴く」行為は今のルビーには決して許せるものではなかった。復讐という目標を同じくし、アイへの執着も同等のこの兄妹の中で、決定的なすれ違いが生じてしまった。2人がお互いの「生まれ」を理解していたらこの軋轢は起こらなかったのだろうか。いや、2人が違う人間である限り、どこかで微細なズレは生じてしまうもの。それが早いか遅いかの違いだけだったのではなかろうか。

 アクアの決断のおかげでかなは一命を取り留め、無事にB小町に戻ってくる(return)ことができた。アクアとルビーの周りでは騒動が続いているが、だからとて事務所全体に負の空気が流れているわけではない。ある程度は元通り、現時点ではかなはそれで納得するしかない。どれだけ足掻いたところで、結局あの兄妹の本当の執念など外野が理解できるはずもないのだから。

 アクアは壱護の下へ行き「計画」を持ち出す。彼は言う。もはや全てを公にしたことで道は決まっている。すでに分岐(point of no return)は過ぎている。ここまできたら、あとは同じ志を持ち合わせる「これまでの人脈」の全てを使い、何がなんでも幼い頃から持ち続けていた大願を成すだけだ。アクアにはその覚悟がある。壱護はすでに何もかもを捨ててそのことだけで生きている身なので問題なかろう。あとは五反田・鏑木あたりがどこまで乗ってくるかだが、今回の描写を見る限りでは五反田はreturnキーを押している。鏑木はまだ打算的な部分は多そうだが、彼なりに何かしらの信念を感じ取っての行動だろう。アイの死を追求するムーブメントは確実に業界内で巻き起こっている。「戻ってくる(return)」場所は、やはりあの事件だ。全てはアイというたった1人のアイドルに回帰するのだ。

 さて、そうはいってもまだアクアの真の狙いはわかっていない。何が悩ましいって、復讐相手の神木輝。彼についての情報がまだ少なすぎるのだ。なんならアクアはまだ出会ってすらいないんじゃないか? 相手側の情報がない状態で、アクアはどこまで「計画」を押し進められるのか。ここから直接両者のコンタクトはあり得るのか。

 神木は神木で、どうやら「単なるやべーやつ」らしく、「光を消す」ことにご執心の様子。そういう情景が好きでただただ殺人を繰り返す異常者かと思ったが、今回の殺人の後で明確にアイの名前を出していたということは、彼もまた、星野アイに焼かれてしまった1人でもあるのだろうか。彼の妄念がアイに返ってくる(return)限り、必ずどこかでアクアとはぶつかる運命。

 最終章は、案外短いのかもしれない。

 
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 骨身を断たせて薄皮を庇うが如く、第31話。皆が皆、過ちと分かっている道行き。それでも尚、止められはしない。

 人生を左右する大失態。その禊ぎはなんとか果たさんと克己したかなであったが、もちろん一介の高校生が贖えるわけもなく、話は進むし記事だって出る。しかし、かなは人生を台無しにしてしまったと思っていたスキャンダルでも、周りの人間は意外と冷静だ。ことに社長は「この業界ではままあること」と飲み込んでいる様子で、「自分に謝る必要はない」と言っていたことからも、別にかなが不品行な行いをしたとも思っていない(おそらく周りの誰もが思っていない)。ちょっとした気の緩みと経験不足からきたつまずき。そこに業界の悪意が重なってしまい、事態が拗れただけだ。痛みは小さくはないが、ここから丁寧にリカバリーの方法を模索して、またB小町は進んでいくしかない。かなという少女の人生を請け負った社長には、そういう現実的なプランもあっただろう。

 メンバーのMEMちょも、かなのこれまでの苦悩を知っていただけに、救いになれなかった自分を恥入り、共感からひたすらにかなをかばって涙を流す。大天使MEMちょとはそういう人なのである。彼女に抱きしめられたことで、かなはいくらかでも救われただろうし、久しぶりに自分が大切に思われていたことが実感できただろう。こんなことで台無しになるような、生半可な絆ではないのだ。

 ……といえたかどうか、それはルビーの表情からは推し量れない。「なーんかやっちゃったね」程度の反応のルビー。もちろんかなのことを可哀想だと思う気持ちもあるだろうが、彼女の人生の大望を考えれば、今はかなのケアよりもB小町の行く末を考えるべき。それとて流石に自分の力では特効薬じみた魔法の解決など思い浮かばないわけで、ここまでがむしゃらに培ってきたコネの躍進ルートに一旦休憩を入れる頃合い。それくらいには思っていたかもしれない。もちろん救えるものならかなを救うこともやぶさかではないだろう。

 そして、そんなかなに手を差し伸べた最後の1人が、あろうことかアクアその人だったというわけだ。あまりにも大きな代償を払ってかなの事件をもみ消すことに決めたアクア。それは、ここまでMEMちょたちからかけられたプレッシャーによって「かなを救ってやる義務がある」と考えたからでもあるだろうし、妹に尋ねたら(絶対にルビーはそんな意図で返事をしていないが)そうするべきだと背中を押されたからでもある。あの時、ルビーの目に一瞬だけでも白い星が宿ったのは、彼女の中に残った善性の表れなのか、それとも「嘘つき(前世)」の表れなのか。少なくともルビーはそんなに大きな決断をしたつもりはなかっただろう。しかし、結局アクアの背中を最後に押したのは、自分の人生を捧げた大望が、未だ果たされていないという現実に向き合えという内なる声だったのではなかろうか。その道中で、ついでにかなを救えるなら安いもの。致命傷の1つや2つ、軽く負ってやろうではないか。

 もちろん、ルビーはそんなこと願っちゃいなかっただろう。まさかのアクアの行動により、ルビーが積み重ねてきたものが大きく意味を失った。業界で上り詰めて「目標」に辿り着くに際し、「星野アイの娘」という公然の事実は大きな壁になってしまう。そして何よりも、かなを散々に痛めつけたマスコミの刃が、再び星野アイという偶像に新しい傷をつけて回っている状況。ルビーからしたら寝耳に水。とても許せる状況ではない。しかし、そんなとんでもない状況を生み出したのが、実は同じ目標を持ち続けていた兄だったのだ。ここから兄妹が終生の目標に向かって手を取り合うことはあるのだろうか。まぁ、仮に繋がったとしても、その手はすでに血にまみれているのだろうが。

 「手を汚す」。そんな決意を腹に据えた連中ばかりが登場する今作であるが、アクアは余計な犠牲を望まない。いや、自分の「夢」を他人に簡単に明け渡したくなかったのかもしれない。ここにきて真っ先に「切った」のはあかねだった。結局、これまでの蜜月関係は仮面でしかなかった。喧嘩別れの形になった2人の対話は「嘘つきはお互い様だろう」という論調で進んだが、やはりどう考えてもアクアの「嘘」の方が悪質だし、本質的なものである。あかねは「人として見られていなかった」と訴えた。いかにも役者らしい大仰な言い回しだが、存外本質を捉えたものだ。結局、アクアの人生には「アイ」しかいなかった。周りの人間など道具以上の役割がなかった。そんな事実を突きつけられて、あかねの夢が終わった。

 長かった恋愛リアリティショーが終幕し、次の番組はサスペンスか、これまで以上のヒューマンドラマか。道は定まった。あとはただ、絵図を描く何者かが人の心を持つことを願うばかりである。

 
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 提クレバックが全部MEMちょだったのかわいい、第30話。この荒みきった世界に降臨した唯一の大天使ですからね。もう、ずっとMEMちょだけ映しといてくれないかな。

 前回の引きから予想される展開をゆっくりとなぞっただけで終わってしまったお話。おかげであんまり感想は無いんだよな。ねるねるねるねで例えるなら(なんで?)前回パッケージを開けたところで終わって、今回は「1の粉と水だけ入れて混ぜた」くらいの段階なので、取説読まずともどうなるかは分かってたけど、この先どのように変化していくかはよく分からない。そのため、単発のエピソードというよりは「やっぱどう考えてもアイドル界隈の恋愛事情って頭おかしいだろ」ということくらいしか分からなかったという。

 なんかね、考えてみりゃ「そういう文化」って醸成されてからの歴史もそこそこ長いのでしょうか。「アイドルは恋愛しない」って昭和のアイドルあたりから生まれたものなのかな。それが現在と地続きのアイドルブームでファンたちの声がどんどん大きくなって、「暗黙」だったものがやたらと顕在化し、一種の宗教じみた狂気にまで繋がっていった。私個人で言えばアイドル界隈は分からんが、今回ルビーも語っていた「女性声優」に関して常に見守り続けていた身であるので、その薄気味悪さはよく分かっているつもりだ。そんでいまだにその辺の感覚がよく分かってない部分でもある。「アイドルが恋愛したら許さん」っていう感情って、結局「もしかしたら自分はそのアイドルと付き合えるかもしれない」っていう気持ちがわずかでも存在しないと成立しないはずなんだよなぁ……いや、そうでもないのかな。「アイドルとしての自覚をもて」とか「最後まで責任を取れ」みたいな言説を見ることもあるのだが、それって「アイドルは無数のファンに対し、1ミクロンでもあるかもしれない『付き合えるかもしれない』の芽を摘んではならない」っていう不文律があるってことでしょ。……流石にそんなレアケをケアしてたら盤面破綻するわよ。個人の権利や多様性が認められる時代だというのに、その辺りの狂気じみた「前提」がひっくり返るのはいつになるんでしょう。

 なんてことを色々と考えながら見てしまったのは、作中での「ヤなファンの罵詈雑言」がやたらリアルで実態を伴ってたせいかもしれない。まぁ、ネットを漁ればこの手の言説のサンプルなんて腐るほど出てくるしな。ルビーやかなたちも「そういう不文律がある」ことは前提に身の回りのことを考えているわけで、最終的な結論としては「そこまで分かっててやらかしたかなが悪いのでは?」になっちゃうあたりが可哀想。業界に風穴開けてからでないと好き勝手できないってのは構造矛盾だよなぁ。そして、いうてかなもほんとに18歳の女の子でしかないので、いざ自分が渦中に放り込まれたらものの見事にテンパった。割と最悪の形でパニクった。記者から逃げ出すまではしょうがないにしても、道中でスマホ放置はまずいやろ……まずは事務所に報連相。そこがおろそかになったのはかなの失点ではある。

 でもまぁ、ありがたい事務所の仲間たちは必死にフォローしてくれていますよ。そこで出てくるのが大天使MEMちょってわけ。まぁ、別に彼女の行動がプラスに働いた様子もないんだけどさ……今作のエグいところは、普通に考えたらここまで落ち込んでボロボロになったかなが「助けてアクア」と漏らしたなら、そこに颯爽とヒーロー・アクアが登場してこその漫画作品だと思うのだが、そこで寸止めすることでますます「かなとアクアの間の溝」を際立たせる展開にしていること。「絶好の関係修復ポイントだー!」と思ったら、まさかの逆転現象で「かなに自分は必要ない」とアクアにより強く意識させる結果になるという……その反応もどうかと思うよ。さらにアクアに関して気になるのは、今回MEMちょに説得されて「かながアイドルやってるのはあんたのためだろが」と言われた時にはっきりと「ハッ」って顔したことである。こいつ、そんな大事なことも忘れてたやん。もうかなの人生が自分と切れたもんだと思ってたやん。そこは流石に薄情すぎやせんか? まぁ、それだけかなが強い女性であることを買っているのだろうが……。

 結局、まだ2の粉も残ってるしトッピングも分からない。奮起したかなはここから逆転劇が用意されているのでしょうか。流石にここから入れる保険はなさそうに見えてしまうが……。

 

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 クリエイターってのはろくでもない奴ばっか、第29話。今回登場した映画監督はそこまで悪い奴でもなさそうだったけど……この言説はもしかして漫画原作者とか、アニメ制作周りにも適用されるんでしょうかね?

 なんてことを思わず考えてしまうくらいにドロドロ重たい展開。アクア・ルビーの兄妹の話がじわじわと闇を広げているだけでも胃が痛いというのに、次にスポットが向けられたのは有馬かな。彼女は今、作中のキャラの中でもかなり「下の」方に落ち込んでいる。そんな彼女に更なる追い討ちをかけようってんだから……そりゃろくでもない脚本ですわ。

 かなの幸福パラメーターの8割はアクアが握っており、2割はルビーが握っている。前回よりにもよってアクアが一番ダメな時に接触してしまったもんでその8割が全損。さらに事務所ではルビーのわがままから改めて「芸能とは」「アイドルとは」という有馬かなの人生航路を考え直すような話が出てきてしまい、何かに目をつぶって突っ走ろうにも、その目標がなくなってしまった状態だ。かながB小町として立ち行かなくなっている現状、そりゃルビーの躍進のせいで色々と苦しい部分ができてしまったのは事実だろうが、それ以上にかなが今のルートを進んでいた元凶にはアクアがいる。「あんたの推しの子になってやる」の思い出が指し示す通り、かなが元々やるつもりもなかったアイドル路線に進んでしまったのは、目の前のアクアをやりこめてやろうという対抗心、そして認めてもらおうという向上心からだ。しかし、アクアはアクアで勝手に人生設計をあれこれいじってしまい、(本人が望むと望むまいと)世間的には黒川あかねという立派なパートナーを手に入れて順風満帆。そうなってしまったら、かなにはこれ以上アイドルとして頑張る動機が無くなってしまう。

 そしてそこにルビーの台頭もあり、アイドルとしての才には限界しか感じない。私個人としては「そっかぁ、まだMEMちょの方が人気あるんだぁ」っていうのが嬉しいやら悲しいやらだが、かなからしたらそんな状態だとMEMちょから慰められても救いにならないという底値。元々プライドも強い子なので、こないだの2.5次元舞台みたいな本領を発揮できる場所がないと燻ったエネルギーがどんどん負の方向へと加速してしまう。

 そして訪れる転機。知り合いのタレントに誘われた怪しい空間からのあれよあれよの「転落」劇は、いっつも引き合いに出す言葉としては「エロ漫画の序盤」である。いや、今回は話次第ではふつーに本番まで行ってた可能性もあるわけで、もはや序盤でもなんでもない、鬱系エロ漫画である。監督が(最低限の)いい人でギリ踏みとどまれた形。

 でもまぁ、「腐った業界はこれが当たり前」と言われたのならもはやしょうがない。現実世界でもマスコミ・芸能界隈の膿を出すような動きは少しずつ進んでいる気もするが、今ここで一介の役者崩れでしかない有馬かながどれだけ頑張ったところで、急にその体制を変えられるわけでもない。それなら、知っている範囲で何とか有効利用してやろう、というのがかななりの生存戦術。実際、途中まではそれでうまく行っているかのようにも見えたし、一応「なんか監督には気に入られる」というところまでは進めたのだから、最後の1カットさえなければ「ちょい頑張って次につないだかなちゃん」のお話である。

 しかし残念ながら「エロ漫画の続き」は容赦なくやってくる。芸能界で友達づきあいって選べないんでしょうかね。かなの周りに彼女を貶めてやろうと考える知り合いしかいないとしたら……もはや救いはない気がするんですが。ここから先、ルビーはどう動くのだろう……。

 

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 嵐のおさまる気配もなく、第28話。各々が進む地獄の道行き。

 本当に不穏さを出すことにかけてはピカイチのアニメ。今や嵐の中心となったルビーからの幕開け。前回、私は感想で「作り物めいた匂いが強い」という感想を書いた。アニメ作品(ひいては原作の漫画作品)としてお利口さんに着地させたというニュアンスもあったが、それ以上に作中における「成功譚」がうまくいき過ぎているという話。そこにどこまでルビーの意思が介在しているかでおっかなさが変わってくると思ったわけだが……ご丁寧にアクアに向かって洗いざらい話してくれましたね。「兄妹のよしみ」とのことでこの2人の絆はもちろん「血の絆」なわけだが(前世の話も考えるとさらに面倒くさくなるが)、同じ方向に歩いていなければその絆は強固なリード線となり、他方を引き摺り回す束縛と化す。今回のルビーの独白はまさにそんな「地獄への強制連行」である。

 実際、先日の事件はある程度の可能性の下で進行していた話ではあった。プロバビリティの犯罪なのでこうならない未来もありえたわけだが、どうやらルビーの中ではかなり「勝算」は高かったようだ。「ADじゃなくDを直接」というストレートコースプランに、漆原Dという適任の人物。そしてそこにぶつけるメイヤの素行。ほぼ読み切った上でのキャスティングが綺麗にルビーの手のひらの上で踊った結果である。アクアが震えていたのは、このキャスティングの結果、どこかで噛み合わせが狂って不幸になる人間が出てくるかもしれなかったという部分。痛み分けから和解と発展につながったのは本当に幸運だっただけで、漆原Dは業界から干されていた可能性が高いだろうし、メイヤだって騒動に巻き込まれてレイヤーとして再起不能になったかもしれない。そのリスクを天秤にかけられたのは、「ルビーにデメリットがない」というその1点のみである。

 およそ人の心が無いそのプラン。しかしアクアは面と向かってルビーを叱責するわけにはいかない。ルビーの中の黒い星は、かつて自分の中にも宿っていたもの。形こそ違えど、似たようなメンタリティで動いていた時期がアクアにもあったわけで、ルビーだって「お兄ちゃんの真似をした」とはっきり言っている。それを咎める権利はアクアには無いのだし、さらにはルビーの目指す大願は、どうやらアクアも未だ心の奥底でジクジクと燻っている「宿願」に繋がっている。血のリード線により、アクアは再び、あの地獄へと引き上げられるようとしている。一歩先をいくルビーは、非常にわかりやすい三叉路で闇へと姿を消した。道の向こうにぼんやりと見えるネオンの明かりは、栄光の果てか、夢幻か。

 ルビー周りの動きの大きさを見て流石に動かざるをえなくなったアクア。ガードの甘い妹を追跡し、あっさりと元社長のところへたどり着く。かつては同じ宿願を宿したどうしの「復讐者」たる2人の再会。アクアは自分の復讐は果たされたものだと信じていた。いや、信じたかっただけなのかもしれない。熱を帯びた2人の口論は感情を溢れさせ、壱護は思わず「仇が生きている可能性」を漏らしてしまう。そんなことをしてもアクアの幸せには絶対につながらないと、分かっていたからこそ一線から身を引いて沈んだはずなのに。結局、彼の中でもまだアイは死んでいないのだ。

 アクアは、ルビーを評して「人の職業すら変えさせる力を持つ」と語った。しかし、その母であるアクアは、死してなお人を動かし続けている。ルビーを、壱護を、そしてアクア自身を。結局、星野アイという呪いから逃れられた人間など誰一人いなかったのだ。黒い星を宿した幼き日の自分、そして雨宮吾郎。2人の「自分」に追い詰められ、アクアの目の「星」が疼く。自分はその可能性に気付きながら見ないふりをしていただけなのかもしれない。実の母への不義理が内面からアクアを締め上げていく。そして本当に最悪のタイミングでしか接触できないかなの不幸……。もう、どうしようもないのか。

 かなが打ちひしがれる中、同時に大きな動きを見せる黒川あかね。やはり彼女が目に星を宿す時、何かが起こる。自分の中に取り込んだ「アイ」が何かを伝えようとしている。アクアが見ようとしなかったその可能性。地獄の先にあるその終着点。

 復讐は、まだ始まってすらいなかった。

 

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 出来すぎた手練手管、第27話。何かしらの「成功譚」を謳ってはいるものの、どうにも作り物めいた匂いの強いお話。ただそれだけに、裏に横たわっているものの不気味さも同時に匂わせるわけだが。

 問題発生から解決までをギュッと1話に押し込んだこともあり、ドラマの筋書きが綺麗すぎる、というのがどうにも気に掛かる点。「コスプレイヤー」というテーマを取り上げた上でそこに何かしら汚ねぇ業界のネタを入れ込んでスキャンダラスな持って行き方をしつつ、最終的にこの作品全体でどこにも喧嘩を売らずに穏便にまとめる、そういうデザインだ。

 それはまぁ、素直に見れば綺麗なまとめ方ではある。筋立てとして成立してるのよ。視聴してて意外だなぁと思ったのは漆原Dのキャラ造形で、前回までだったら本当に単なるクズのパワハラ&セクハラ野郎だったし、問題を起こしたところまでは「はいはいそうなるよね」で済んだのだが、その後の社内会議のシーンで彼の持論が展開されると、どうにも単なる悪者1人の構図とも言い切れないぞ、みたいな雰囲気が出てくる。いや、こいつがクズであることは変わりないし、後からどう弁明しようと許されるものではないのだが、後出しジャンケンのような「こっちにもこっちの事情がある」という言説に、いくらかの説得力も感じてしまった。これが私の老害としての現状からくる感情じゃないことを願うばかりだが……。

 社会派を気取っている今作のこと、全ての問題は「社会」という漠然としたものに押し付けられている。Dの悪さは「数十年前なら許されていた」という免罪符にもならない免罪符があり、時代の変化についていけず追い詰められた男の苦し紛れの言い訳がどこか物寂しくも見えてしまう。「テレビマンが必ずしも悪者というわけじゃない。現代のテレビメディアがこうなってしまったのは社会の変化によるところが大きいのだ」という弁明も、幼い頃からテレビで育った世代からすると同情的に見てしまう部分もあるのだ。そうして「なんか汚いけど綺麗な話」にまとめあげた今回のお話は、あまりにルートが決まりすぎていたもんで、「各方面に喧嘩売らずに見せるにはこのシナリオラインしかないのかなぁ」という消極的な納得感があるのだ。

 ただ、これが本当に「テレビメディアの苦悩」を描くだけの物語であるなら話はそれで終わりなのだが……今回のお話の中心はそこにない。視聴者目線でのもやもやが残るのはまさに最後のアクアの一言が全てで、「どこからがルビーの仕込みだったのか」という話になってくる。

 ルビーの目的は「自分の出世」である。短時間で業界のトップに上り詰めてアイの仇を探す、それがルビーの最終目標。そのために自身の露出を増やし、業界内での評判を上げて味方を増やす。そうして取り上げられることで爆速での出世街道を突き進みたいというのがルビーの動機。そのためには業界人とのつながりをどんどん作れというのが元社長からのアドバイスであり、ルビーは今回そんな「コネづくり」のために最善の動きをした。しかし、この「よく動くためのフィールド」のどこからが、ルビーの仕組んだものだったのか。

 最初にAD吉住に声をかけたところは「ADは将来のDだから」というアドバイスに従ってのものだろう。そして彼からコスプレ関係の企画が出ていることを聞き、自分の知り合い連中に声をかけて番組が成立できる方向に持っていった。ここまでは単なる「評判を上げるための行為」なので不思議なものではない。しかし、仮に今回の騒動が全て「仕込み」だったとするなら、渦中のコスプレイヤーであるメイヤを引き込み、Dのセクハラを誘発し、さらにそこにメイヤが反発して炎上するところまでを想定しなければいけない。メイヤとの関係性がどの程度のものだったのかはさっぱり分からないが、果たして読み切れるものなのだろうか。

 あくまでもプロバビリティの犯行だったというのがシンプルな考え方で、炎上が起こらないなら起こらないで、単にルビーには「番組成立の手伝いをした」という実績だけが残る。もしメイヤの怒りが強すぎてルビーごときの奇策で鎮火できないほどの大騒動になったとしても、ルビーは単に「ちょっと知り合いを紹介しただけ」で、責任が降りかかることはない。であれば、何をどうしようとルビーにマイナスはない。そういうプランだったのかもしれない。

 ただ、その場合には最悪、メイヤは大きく傷ついて今後の活動に大きな影響を被る可能性があり、さらに吉住は直接的に責任が降りかかって追い込まれていた可能性も高い。今回「たまたま」うまくいったから美談になったものの、どこかでちょっとでも歯車がずれていれば、関係者全員が不幸になって終わりだった可能性も決して低くない。それをルビーはどの程度考えていたのか。騒動の中にみなみを巻き込んだのも気になるところで、友人に累が及ぶことはどこまで想定していたのだろう。自分の目的のために、どこまで犠牲にできるのだろう。

 このルビーの才は、果たして「星野の血」なのだろうか。黒い星は、何か取り返しのつかない罪禍の象徴なのかもしれない。

 

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