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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
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「ゲゲゲの鬼太郎」 6→6

 これも終わるよ……ロスだよ、大ロスだよ……「ピカちん」の終了と合わせて、朝アニメの沢城成分が一気に失われることになってしまった。いや、別に即座に命に関わる事案ではないが……なんか、やっぱ辛い。

 こちらも「ピカちん」同様、約2年間のお付き合い。そして2年の長きに渡り、一切方針をブレさせることなく、「現代朝アニメとしての鬼太郎」を提供し続けてくれた。そりゃま、伝統ある作品なので色々と弄ることには賛否両論あったことだろうが、もともと水木しげる御大はそこまで細かいことを気にしない人である。面白けりゃいいだろうし、鬼太郎が鬼太郎として、現代社会を飄々と生き抜いていれば、きっと草葉の陰で笑って見守ってくれていたんじゃなかろうか。最終回ではねずみ男の口を借りて「戦争なんて腹が減るだけ」というあのメッセージも唱えられているし、緊迫感溢れるバトル展開の合間にも、どっか人間社会を小馬鹿にしたような滑稽さが盛り込まれている。こうして様々な姿を見せてくれるのも、鬼太郎ワールド、水木妖怪ワールドの良いところではなかろうか。

 そう、まさに今作の良さはそのバリエーションの豊富さだ。放送が始まった時、「現代風アレンジは別に構わないけど、ちゃんと妖怪としての『怖さ』みたいなものは残してほしいなぁ。このアニメで初めて鬼太郎に触れる子供達に、トラウマを残すようなエピソードもみたいなぁ」と要望を出していたのだが、きちんとそれに応えるような正統派の怖い話もあり、そこから教訓めいたものを残す話もあり、徹底して後味の悪い話もたくさんあり。それでいて突き抜けたギャグの話も多いし、現代文化を余計なまでに取り入れて突き抜けた妖怪たちの姿にこの上ないたくましさを感じたり。最終回では必死に演説動画をアップロードする砂かけ婆の姿が確認できて、いつの間にか妖怪軍団のIT担当になってたのが面白かった(仲間のためにFXで増やした資産をつぎ込んであげる優しい砂かけとか、誰が想像しただろう)。

 妖怪ってのはもともと「現象に名前をつけたもの」であるはずなのだから、それは怖いものもあり、楽しいものもあり、困ったものもあり、どうでもいいものもあり。そうした有象無象をひとまとめにして飲み込んでしまえるだけの度量のあるアニメだった。東映作品ってことで作画クオリティは大して期待してなかったのだが、長期シリーズの割には案外安定した供給体制になっており、格好いい、不気味、そして可愛いとキャラの個性は引き立っていた。当然、その中では「可愛い」についてがダントツで気になるところでして……ねこ姉さんとまなちゃんの関係性がガンガンに掘り下げられたのは……これまた世相を反映したものでしょうかね(素直に視聴者のニーズに応える製作者の鑑である)。いいぞもっとやれ。いや、単に定型句としてじゃなくて、マジでもっとやって。

 終わるかぁ……まー、きちんと長期スパンでのシナリオラインも作っている作品だったし、エンドレスで垂れ流すっていうデザインに切り替えるわけにもいかないしなぁ。願わくは、またこうして鬼太郎が時代に合わせて戻ってきてほしいところである。まぁ、その時はまたキャストが変わって別な作品にはなるんだろうけど……目玉のおやじさん、いつまでいけるかなぁ……。

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「地縛少年花子くん」 6→6

 シンプルに好き。こういう作家性がバリバリ発揮されるアニメは他の作品で補填できない分、やっぱりありがたみが違うわね。

 「作家性」って言葉を使ったけど、漫画原作のアニメ化なので当然この言葉には2つの意味が出てくる。1つは当然原作の「作家」で、第一印象でも書いたけど丸っこくて枠線の太いデザイン性はとても好み。見てて気づいたけど、近いデザインってきゆづきさとこかもしれない。丸っこい目に、個性の強い色の塗り方。1枚絵として映えるデザインをそのまま漫画で展開しているような贅沢な仕様である。

 そうして個性の強い漫画の絵ってのはアニメにしにくいもので、アニメ化に際して良さが失われてしまう場合が多々あるわけだが、今作はそこを見事にアニメの魅力に転換している。そこが2つ目の作家性、つまりアニメ監督のセンスである。最近どんどん好感度が上がってるけど、やっぱり安藤正臣はうまい作家だと思うのよね。得意の「コマ割り演出」のおかげで、上述の「漫画絵を動画に転化しにくい」っていう問題を大胆に解消しているし、止め絵要素が多い方がシンプルに見せられるっていう作品の性質に綺麗にフィットしている。いや、別にもっと動くデザインでも面白いものは作れるのかもしれないけど、おそらく動画部分で多少なりとも省エネしているからこそ、今作の最大の特徴であるエキセントリックな色彩や、個性的なキャラ造形をアニメとして展開できているのだ。無理に背伸びせずに長所を伸ばせるディレクションは、それだけで「アニメ化」に価値を生み出してくれる。

 まぁ、ここまで本当に技術的な良さばっかり書いているので「お話の中身はどうやったんや?」って話になるけど、まぁそこは普通よね。最近だとこういう「ガンガン系」みたいなお話も減ってきた気がするけど、ちょっと幽霊、ちょっと冒険。そしてちょっとラブコメ。最大の特徴となるのはメインヒロイン寧々ちゃんの設定で、ここまで大々的に「別に可愛くないよ」って言われてるヒロインも珍しいよね。アニメとしてみてたら充分可愛いんだけど、作中では主に足の太さにしか触れられておらず、「可愛い」ポジションは圧倒的にライバル(?)の七峰の方に回っているという。まぁ、メインヒロインは実は花子くんの方と言えなくもないからね……。そう、やっぱりねちっこすぎて胃もたれするほどの緒方恵美劇場ってのが一番の濃い味ですからね。この設定で、あの声で2役やるんだもんなぁ。よくもまぁ、鬼頭明里は押し負けずに対抗できたもんだと思うわ。

 強いて不満をあげるとするなら、やっぱり未完の漫画原作だから一旦終わっても座りが悪いって部分くらいですかね。テーマが七不思議だから、続けられるとしてもそんなに長くは引っ張れないと思うんだけど、どんな最終回を迎えるんだろうね。できれば2期もみてみたいところだけど……アニメ化されるかなぁ。ちなみに今作で一番気になったところは、チビ妖怪役に吉田有里と森永千才が一緒にキャスティングされてたところ。そこ……分ける意味あるか?!

 

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「虚構推理」 5→4

 欠損萌えの新たな発生地。ここから新たな性癖に目覚めてしまう青少年がいたらなんとも罪深い話である。いや、でも欠損痴女はなかなか見ないジャンルだな……。

 これまたご多分にもれず、「推理もののアニメ化は難しい」という宿命に則った作品である。終始画面が地味なものになりがちで、ひたすら説明を続けられるだけなので「別にアニメじゃなくてよくね?」という感想で事足りてしまう。わかっちゃいたことだろうが、そう簡単にブレイクスルーできるものではないだろう。それでは何故、今作がわざわざアニメ化されるに至ったのか、その部分はなんとなく察することができる。

 1つは、今作が狙ったコンセプトに一定の新奇性が感じ取れること。単なるミステリではなく、「嘘でもいいから相手を説得してレスバで勝てばそれが真実」というセッティングはそれなりに興味深く、例えばそのために探偵は超常的な方策でもって最初から事件の真実を知った状態でスタートするし、荒唐無稽な推理であっても、「聴衆が興味を持ち、面白いと思ってもらえたら勝ちやすい」なんてのも既存のミステリとは一線を画す設定だ。そのあたりの世相というか、ネットで沸き起こる噂やデマの類をミステリの真相と絡めるというのはチャレンジに違いない。

 ただ、残念ながらそのチャレンジは成功しているとは言い難い。「どこまでいっても推理は虚構」というのは、実はミステリ業界でも永遠のテーマではあり続けており、結局は探偵側に集められた手がかりを都合の良いように解釈して「一番ありえると読者が思える解答」を導き出すのが探偵の役目。例えば突然透明な宇宙人がやってきて被害者を暗殺する可能性は絶対に考慮されない。なればこそ、そこに「虚構」を大胆に持ち込むことも許されるのではないか、というのが本作のチャレンジだと思うのだが、やはりそこには視聴者側の認識に大きな隔たりがある。

 結局、ある程度の暗黙の了解がある状態で互いに「分かってて」書かれ、読まれるのがミステリであり、そこを大胆にぶっ壊して、新たなルールを設定しましたと言われたところで、なかなか折り合いをつけるのは難しい。そのために必死に「未来決定能力」などの補助装置を用意しているわけだが、現時点ではそうして設定をして回った分の労力に見合うだけのペイが出ているとは言い難い状態だ。暗黙のルールをぶっ壊して設定されたものは結局「作者に都合のいいルール」でしかないわけだし、想定された「ネットの聴衆」の動向にはロジックはない。そのあたりにもっと厳密なルールを課せば正当性は上がるのかもしれないが、そうするとせっかくブレイクした部分の妙味が薄れてしまう。どうにもコスパの悪い設定である。

 ちなみにもう1つ、今作がアニメ化された要因だと思われるのは非常にわかりやすい側面で、「そりゃ、女の子が可愛くコミカライズされてんだから、アニメにしてもウケるだろ」という判断である。こちらはまぁ、至極正しい判断であり、実際、おひいさまはかわいい。私はどっちかというと紗季さん派であるが(中の人の影響も大いにあるな)、非常にキャッチーな設定のヒロインがあけすけに主人公とイチャイチャしながら突拍子も無いことをやっていく基本設計は、まごうことなき萌えアニメのフォーマット。そりゃアニメにしたくなる気持ちもわかる。ただ、如何せんベースが「推理もの」であるため、いざ話が始まると頑張って整えた萌えの文脈を活かす場面に乏しく、結局1話目とか最終話とか、おひいさまがイチャイチャするシーンが多い方が面白いという本末転倒な結果になってしまう。延々顔のない妖怪と殴り合う主人公の図がダラダラと流されるだけの画面は、不死設定も相まってまったく緊迫感がなく、せいぜいスクリーンセーバーくらいの扱いである。そうしないと画面が保たないという時点で、やはりアニメの映像としては力不足の感は否めない。

 キャラデザを含め、萌えキャラ方面の強度は充分なクオリティに仕上がっていたので、なんだかもったいない話である。「推理とかいいから、もうずっと下ネタトークを続ければいいのでは?」という身も蓋もない結論になるな。

 結論・上坂すみれがアイドルになるとだいたいイロモノ。

 

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「22/7」 4→3

 で、なんやったん? 俺の好きな四文字熟語は、「支離滅裂」だぜ!(CV村川梨衣)

 まぁ、正直第一印象は悪かったですよ。主に中の人の凄まじさが原因だけど、そもそも秋元系プロジェクトに対しては偏見に近い印象しかもってないし、此の期に及んでまだ「アイドルアニメ」を繰り出してこようってんなら、そりゃ色眼鏡で見てしまってもしょうがないだろう。その上で、「壁の設定とかがあまりに突飛だし、突き抜けたら『AKB0048』みたいに変な方向に化ける可能性はあるな?」という期待もあった。しかし、今作は残念ながら突き抜けることはなかった。いや、確かに突飛な要素はたくさんあった。ただ、それは本当に理解できないだけであり、「支離滅裂」でしかないのだ。このアニメは、一体アイドルという職業の何を伝えたかったのだろうか。一番読み取りやすいメッセージは、「アイドルは超越的な存在から命令されることをただひたすら機械的にこなすだけのシステムなのだ」というどうしようもないものだけだ。最終回ではそれをぶち壊すことでカタルシスを得ようとしたのだろうが、「壁」という存在がそれまでのストーリーで成立すればこその「破壊」である。なんだか分からないものをなんだか分からないうちに壊されたところで、「まぁ、こっち系のアイドルってなんかぶっ壊してアナーキーなイメージ出すことあるよね」くらいにしか響かないのである。

 結局、アニメファンは「アイドルアニメ」に何を求めているんだろうか。私は少なくとも今作におけるアイドルの扱いに楽しさは一切感じなかった。よく分からないうちに集められたこと、ろくに意思疎通のフェイズも設けずになあなあで結びついたこと、1年の活動期間で国民的アイドルになった理由がさっぱり分からないこと、そして分からないままに解散騒動で友情が深まった気分を醸し出したこと。要素としては何も間違ってはいない。過去のアイドルアニメと同じ「事象」を辿っているはずだ。しかし、我々が見たいのは事象ではない。内実なのだ。アイドルという総体ではない。個々のキャラクターであり、人間が起こすドラマなのだ。「壁」のシステムは、お手軽に事象を連ならせ、その間にあるはずの最も重要であるはずの要素を廃却した。これで、何を楽しめというのだろうか。

 まぁ、一応キャラクターデザインに力が入っており、キャラ絵などは独自路線で魅力を生み出そうとしていたことは伺えるのだが……流石に今回のアニメを見て、「よし、このアイドルは是非応援したいな!」と思う酔狂な人間は現れないのではなかろうか。まぁ、これ以上推しコンテンツが増えても困るだけだけどさ。

 それにしても、中尾隆聖はよくアイドルユニットに迷惑かけるよな……(参考・WUG)。

 

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 こんな時期ですが、劇場に行ってきました。だってしょうがないじゃん、2週間限定公開だよ? このご時世じゃ、映画館がいつ封鎖されるかもわかったもんじゃない。さっさと観に行かないことにゃ、夜も眠れないってもんだい。まぁ、アマプラで配信しているらしいけど……俺は観らんないからなぁ。アマプラで観られる人はちゃんと観て。地上波版の3を全部観た人はさっさと観て。これ観ないとおわんないから。観たらちゃんと終わるから!

 

<流石に今回は多大なネタバレ要素を含む可能性が高いので、みんなさっさと観ろ>

 

 


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「推しが武道館いってくれたら死ぬ」 6→6

 オタクってのはつくづく幸せな生き物だよなぁ、ということを感じさせてくれるアニメ。これだけ暗澹たる世の中なだけに、生きるための糧は多いに越したことはない。些細なことでも天上の快楽を得ることができるオタクは、たとえ周りからどう見られていようとも幸せな生き物に違いない。

 素直に気持ちの良いアニメになった。原作の時点でそれなりに好きなつもりの作品だったんだけど、アニメになってキャラクターデザインがシュッと見やすくなったおかげだろうか、もしかしたら原作よりも馴染みやすくなっていたかもしれない。もちろん原作絵には原作絵の良さもあるだろうが、アニメ化するに当たって作られたキャラデザは線を少し減らし、それでいて原作絵の持つ細やかさを体現できるバランスになっていて、アイドル連中が本当に「あ、これは現実にいたら可愛いやつだな」ということが納得できる。まぁ、この絵だとモトイさんの妹の玲奈ちゃんだってめっちゃ可愛いし(一応アイドルにそっくりっていう設定だし)、なんならえりぴよさんが可愛くも見えるのだから困ったものだが。まぁ、我らが主人公・えりぴよさんは、そうした外見の些細な要素など吹き飛ばすくらいに歪んだパワーに満ち満ちておりましたが。

 今作の良いところは、「クソオタク」という題材を決してネガティブな文脈で描いていないところである。世にオタクを題材にした作品は数あれど、そのほとんどは主人公サイドに引け目や負い目があり、こそこそと日陰の生活を送っていたり、逆にそんな鬱憤を変な形で発散させてしまったり、基本的にマイナスのステータスからスタートさせることが多い。それに対し、今作では(確かにえりぴよさんの生活には色々問題はあるが)決してオタク活動が後ろ暗いものとは見なされておらず、人生の全てを費やすに値するものとして、非常に前向きに描かれているのだ。その結果としてアイドルとの恋愛感情なんかにもつながっていくので「オタクの妄想」の極致といえばそれまでなのだが、何故だろう、あまりそうした臭さというかいやらしさを感じさせず、「あぁ、楽しそうだなぁ」ということだけを伝えてくれる。私はドルオタでこそないものの、こうして1つのコンテンツに振り切った愛着を示す心持ちは理解できるつもりだ。やってる本人は本当に楽しいし、周りで同じように熱を持っている人間は皆幸せだからそうした活動に邁進できる。そんな前提があるだけで、今作は気持ちの良い作品なのである。

 そして、そんな「オタクもの」の中に遠慮なく混ぜ込まれていく百合成分。原作ではあんまり感じなかったのだけど、チャムの内部の関係性も色々すごいことになってるので、かなり濃密な感情のやりとりが行われる世界であるな。これ、別にえりぴよさんが男性だとしても問題なく成立するお話ではあるのだが、そこの性別が逆転するだけで、何故か「都合の良すぎるオタクの妄想」という印象が薄れてしまうから不思議なものだ。最終回エンディングとか、思いがけないところから膝を撃ち抜かれてもんどり打ってしまった。そこでのデュエットは卑怯やろがい……しかも、デュエットで二人して「片思い」を歌いあげるのがこの2人なんだよ。ちくしょう、なんてことしやがる……。

 そのほかにもぐう聖というしかないくまささんのまっすぐさとか、ドルオタ入門編ながらも着実に沼にハマる様子が初々しい玲奈ちゃんの様子とか、見ていて楽しい要素がそこかしこに散りばめられていて、ラブコメもの・オタクもの・シュールギャグなどなど、多方面に楽しむことができる作品でございました。そして、やっぱりそんな作品の中心になって引っ張ってくれたのはえりぴよ役、ファイルーズあいだったんじゃなかろうか。このパワー、やはり何かオンリーワンなものがある気がするな。

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「マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝」 6→5

 「おっ、この世界線のマミさんはなかなか頼りになりそうやんけ!」→「あっ(察し)」。

 こうして数年越しで絶望にまみれるマミさんが見られるというだけでもありがたい話ではあるが、さて、結局この世界は本編とどんな繋がりがあったのか。そのあたりの整合性はあんまり考える意味はないのかしらね。とりあえず、本編のことは忘れて観るのが正しい、と割り切って受け止める。

 本編とのコネクションがなくなってしまえば、結局本作は「ソシャゲアニメに成功無し」の一例として並ぶことになってしまう。「まどマギ」ワールドの持つ凄絶なドラマ性はどうしたって薄まってしまうし、芯となるシナリオは結局わかりやすいバトルものの構図だ。どうしたってゲームのシステムにのせるにはこういうシナリオにする以外にない。本編の持っていた最大のセールスポイントは、ほぼオミットされてしまったとみていいだろう。

 その上で、「アズレン」「FGO」ほど点数を下げなかったのは、一応シリーズ作品として片足を突っ込んでいたおかげだろうか。最初からどういう作品が来るのかという気構えがあれば、どれだけ肩透かしだったとしても、持ちうる美点を受け入れることは可能である。本作の場合、アートデザインを作成するイヌカレーは本編からの引き継ぎであり、世界設計に関しては充分に既存の作品に肩を並べられるものになっている。また、この世界の魔女の造形などはハナから「訳のわからないもの」としてデザインされており、シナリオを追いかける上で「訳がわからない」という部分があまりネガティブな印象を与えない。むしろこのトリッキーな演出こそが最大の見せ場であるから、「何が起こってんねん」と思いながらもそんなカオスな情景を楽しむことは可能だったわけだ。まぁ、現代芸術みたいなものを美術館に見にいて「あー、完全に理解したわー」って言ってるのと構図としては大して変わらん気もするけど。

 あとはまぁ、「町の怪談話」をテーマとしてその出どころを1つ1つ当たっていくっていう構造(おそらくゲームではこれがステージとか章の概念になるのだろう)が細かく区切りになるので、何もわからない部外者でもシナリオを追いかけやすかったってのはあると思う。あんまり謎や伏線をごっそり抱えた上で進まれると「もう何がなんだか」ってんで放棄したくなるけど、ステージ構造さえ理解できれば、そのエピソードでまとまった要素が理解しやすいのでね。元がアニメから始まったソシャゲってことでそのあたりは移植しやすい部分があったんじゃないかな。

 とりあえず、お話は全然すっきりしないところで一旦休止。2期目がいつ始まるのかは定かでないが、多分その頃には今回の設定全部忘れてそうな気がするな。まぁ、世界のあり方を揺るがす中原麻衣がいることさえ覚えておけばいいか……(平常運転)。

 

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「異種族レビュアーズ」 5→6

 とにもかくにも、制作スタッフにはお疲れ様といいたい。規制に負けずに、よく戦った。その戦いに意味があるかはまた別の話。チャレンジあってこそ進歩は生まれる。チンポも擦れる(うまいこと言うた)。

 これの評点あげることで人間性を疑われたりはしないだろう。アニメを観る人間は、きちんとアニメと現実の区別がついているお利口な人たちばかりなのだ。まさか今のご時世で、数々の放送局からお断りを入れられて放送できなくなるアニメなんてあるわけが……うぅん。我らがKBS京都はきちんと最後まで放送をやりきったのだぞ。さすが京都、悠久の歴史の中で、この程度の放送は造作もないことよ! まぁ、俺はAT-X版で観てたから関係ないんだけども……。とにかく、そうしてきちんと「やるべきこと」に踏み込んだ結果の放送規制。いわば名誉の戦死。それだけでもまず頑張ったと讃えてあげていいだろう。

 で、そんな作品が楽しくなっていたのは、別に「うわー、エッチなアニメだ〜! おっぱいだ〜! ×××だ〜!」なんて中学生みたいなはしゃぎ方ができたからではない。踏み込むべきところに踏み込んだ結果、きちんと新しい扉を開けることができたからである。本作はエロ要素が真っ先に目に入るわけだが、そのエロを目新しいものにするための「異世界」要素も抜かりない。というか、そもそもの制作理念が「ダンジョン飯」の風俗バージョンなわけで、「いろんな種族がいたら性風俗はどうなるんだろう?」というもしもの世界を、面白おかしく、時には意外な形で描いてみせる手管に抜かりはない。もちろん中心にあるのはギャグなので「いや、それは世界観としておかしくない?」みたいな要素もちょいちょい挟まってはくるわけだが、それこそ「こまけぇことはいいんだよ」の精神。とにかくエロに特化した異種族のお店がたくさんあったら、男たちが夢見るどんなプレイができるんだろうね、という妄想日記をひけらかし、そこに個性が出ていれば目的は果たされるのである。人間には三大欲求があるのだから、「ダンジョン飯」が評価されてこれが評価されないというのは不公平というものだ(ダンジョン飯のファンから怒られそうだな……)。そのうち睡眠欲を満たす異世界ファンタジーが出てくるかもしれませんね。いや、多分俺が知らないだけで既にあるんじゃねぇかな。

 「異世界モノ」としてのファンタジー要素をきっちり果たしながら、あとは下世話なネタ回しで楽しむだけである。まぁ、絵柄が絵柄なのでこれを見ただけでシコリティが止まらない、なんてことは全然ないし、ぶっちゃけAT-Xでおっぱいが見えたからってそんなに差があったわけでもないのだが、「複数人のレビュアーによる様々なお店の解釈の差」みたいなものが出てくるので紋切り型の評価で終わっていないのは面白い。人間社会だけでもこれだけの性癖があるのだから、種族が広がればその可能性は無限大。まぁ、おかげで毎週のようにミツエ嬢が出てくるのは勘弁して欲しかったが……わざわざ毎回登場するサキュ嬢にはちゃんとオリジナルでキャストを当ててくれていたり、本作のメインコンテンツたる女の子の描写に力を入れてくれているのは良いところだ。

 せっかくなので個人的な性癖から評価しておくと、一番興奮したのは間違いなくメイドリーちゃんのゴーレム回ですね。あれだけを突き詰めた設定が多分一番良い。キャラクター単位で分けると一番刺さるのがメイドリーちゃん、時点はクリムきゅん。……結局、一発勝負じゃなくてキャラクターってのは積み重ねですからね……いえ、決して「顔文字ネキの喘ぎ声が聞けるだけでたまんない」とか「富田美憂にこんな仕事させてる罪悪感だけでご飯3杯は軽い」とか思ってるわけじゃないですよ。えぇ。

 さぁ、この漫画の薄い本を出すのです(意味あるか?)

 

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「ポチッと発明 ピカちんキット」 ー→6

 おい、嘘だろ、お前、終わるのかよ……流石にこんだけ長い作品だとロスがキツい……。

 確認したら、放送開始が2018年の1月期。つまりまる2年以上のお付き合いになったわけだ。毎週毎週、だいたい適当に流し見するだけの作品だったが、そうして付き合い方の方がかえって依存性も高まるのかもしれない。来週からエイジに、ポチローに、そしてギバさんに会えなくなるという事実は如何とも受け止め難い。誰か助けて。なんで朝番組ってこうも喪失感が強いんだろう。

 本当にしょうもないアニメである。朝アニメに特有の「遠慮ない狂気」が見え隠れする時もあったが、それでも「ヘボット」みたいな爆発物ではなかったし、ピカちんキットの新作が出なくなってからは、そこまで刺激的な内容が多かったわけではない。特に後半戦のバッジシューター編になってからはだいぶ惰性で動いてる感があり、ピカちんロボの出番が減ってしまってからは微妙な印象の回も多かった。しかし、それでも毎週ピカちんワールドに触れ続けているという事実は大きかった。どうでもいいYoutuberとのコラボ企画でもなんでもいいので、とにかくピカちん博士の茶番が見られるだけでよかった。我々はもう、二度とジミー君の悪そうな笑みを見ることができないのである。なんてこった。

 喪失を嘆くことは思考の停止だ。ここは無事に2年もの放送に幕を下ろし、大団円を迎えたことを祝す方向に舵を切るしかなかろう。最終回ではたくさんのキャラが総出演してこれまで溜めに溜めたギバ君シナリオのクライマックスを迎えた。プロポンまで出てきたのに他のピカちんロボがあんまり出てこなかったのは納得いかねぇが……まぁ、ピカちんロボって全部呼ぼうとすると地味にものすげぇキャスト呼ばなきゃいけないからしょうがないか。とにかく最終回っぽい雰囲気をそこかしこで醸し出しながら、きちんとエイジの人生の伴侶に答えを出した。考えてみりゃ、「未来からきた少年の手で、メインヒロイン(と思しきキャラ)と主人公がくっつかないことが確定している世界線」ってすごい設定だよな。巡り巡って、最終的に真ヒロインとサポートキャラとラスボスのCVが全部寿美菜子っていうわけのわからない世界になってしまったわけだが、最初からギバさん派だった人間からしたら、2年がかりでようやくたどり着いたトゥルーエンドである。エイジもきちんとそのあたりの判断ができる男でよかったよ。

 この2年間でいろんなことがあった。エイジの中の人が産休とったのはもう随分前のことになるし、なぜか少しの間だけポチローが声変わりしたなんてこともあった。最終回を迎え、気づいたらギバさんの中の人がイギリスに留学したりもする。時代が流れ、ピラメキは次の世代へ受け継がれていくのである。また、新たな世代で次のピカちん作品が生まれることを願っております。

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