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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
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 じんわりいい話、第20話。とりあえずからしとマスタードの違いを利用したトリックの詳細が知りたいところだが……。

 冒頭数分であっという間に真希のチャレンジは失敗。前回の時点で「多分これは真希がオーディションに受かって町を離れる流れになるんだよな」と決め込んでいた身としては意外や意外。ただ、改めて見てみると、「町に入ってきた者」としての早苗との対比は、最終的に凛々子の役割になりそうなんだよね。つまり、東京に勝負を挑んだが挫折した真希のスタンスは出る入るという対比で描かれるものではなく、おそらく早苗と同様に「東京がどうあるものか」を知った上で間野山に残り、町を少しずつ変えていく「半・外様」としてのスタンスで固まることになるのだろう。流石に今回の結末から改めて真希を外に引っ張り出す理由もないだろうしなぁ。まぁ、萌ちゃんがちょっと可哀相ではあるが……。あのオーディションの告知形態の嫌らしさを考えると、もう真希だってあんな業界に戻りたくないよな。

 真希のチャレンジという遠大に見えていたテーマはあっという間に収束。そうして間野山は新たに「完全なるガテン大臣」を手に入れた。次なる仕事は中学校の保全と再利用だ。雪もちらつく季節となり、半年の経験を積んだチーム国王は一度企画を立ち上げたらそこからの進行が実にスムーズ。事務や実務でも滞りなくプランを進められるだけのスキルを身につけており、今回だけでも「給食会の失敗」→「閉校式の立案」→「イベント内容の吟味」→「閉校式から開放式への誘導」→「祭りへの布石」と数多くのギミックを容易くこなせるようになっている。イベントごとに関しては真希のスキルが割とチート気味ではあるのだが、重要なのは彼女があくまでも「地元民」であり、その人脈を利用して演劇が成立したという部分だ。この辺りは「余所者」の由乃や早苗では成し得ないアドバンテージと言えるだろう。

 また、今回のイベントは単に中学校の校舎という有効な武器を手に入れたというだけでは終わらない。あまりにもサラッとやっていたのでうっかりすると流してしまいそうだが、今回のイベントは、実は観光協会という名前で行っているものの、町の外の人間へのアピールが一切無い、完全に身内向けの企画なのである。以前は由乃達が何か企画を立ち上げても、それは身勝手な町興しの一部として住民達からは白い目で見られるものばかりだったのに、気付けばこうして「町民のための」イベントを自然に執り行うことが可能になり、その催しに、町民達が喜んで駆けつけるようになっている。懐かしの母校という大きな舞台設定のおかげではあるが、例えば並んで座ったジジイと千登勢さんのように、気付けば町の中にあった意見のすれ違いや、住民達の無気力が少しずつ消えつつあることが描写されているのだ。少し前までならば由乃達だけでは成し得なかった功績だろう。

 半年という短い滞在時間できちんと住民達のニーズに応えられるようになったのは純粋に由乃の才能である。彼女は「帰れる場所」というキーワードを町興しの中心に据えたが、今回の学校復興などはまさにその信念の表れ。町に新たなものを産み出すことも大事だが、まずは住民達に受け入れられる「間野山だからこそ」をつかみ取る必要がある。そして、他のスタッフたちもそうした由乃の狙いを十全に把握して活動出来るようになっており、田舎町の中だけで考えればハイスペックを持つ真希のような人材がフル回転出来るだけの仕事が揃ったということなのだ。

 「真希の人生は間野山を出ることでしか完成しない」とこれまで何度も書き続けてきたのだが、どうやらそれは誤りだったようである。確かに、彼女が役者の夢を断念するというのならバッドエンドに違いない。しかし、今回のオーディションはあくまで彼女の中ではけじめである。由乃が言うように、彼女は自分を偽って好きなものを投げ出したわけではなく、自分の「好き」と向き合って悩み抜いた末、その中で「東京に進出すること」が必須次項でないことに気付いたのだ。彼女が幼い頃に役者としてのきざはしを見せたのは、あまりにもキレの良すぎる木の役をやっていた学芸会だという。その映像は父親の手によって映像に残っており、このビデオテープの少女は、東京へ飛び出すために必死にこれまで我を張ってきた。しかし、最終的には彼女の「好き」が純化し、改めて、同じ学校の、同じ舞台で全力の「演技」を見せつけた。あの時と同じように、彼女の雄姿を記録に焼き付けるのは父親の役目である。あの体育館のステージは真希にとってのスタートであり、ゴールである。そしてまた、「閉校式」が「開放式」になったように、彼女の新たなスタートの一歩目でもある。本当にきれいにまとまったシナリオライン。細かいところだけど、親父さんが客席に着席した時点ですでにカメラの肩紐が見えており、今回のオチの伏線が張られていることは要注目です。もちろん、親父さんの「地方の行政はコネが大事」というお話も伏線。一体どんな人脈があれば太鼓の修理なんてもんが依頼できるのかは分からないですけどね。

 真希の物語はこれにて決着。東京を知る2人の女性が、これでIT大臣とガテン大臣として正式にチュパカブラ王国での拝命を生涯の仕事に定めた。後は「町を出る」可能性が高い凛々子のお話がどうなるか(しおりさんは、まぁ、あのまんまだよね)。残る神器はあと1つ。クエストもそろそろ佳境だ。

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 実家に猫がいるなら帰れやぁ! 第19話。猫がいるのに撫でに行かぬなど信じられない。真希さん、甚大な機会損失ですよ。

 第2クール「祭り実行編」を進行させつつ、個別エピソードも2週目で決着を見せる展開。前回までの教授編では早苗が生き方の手掛かりを見出したわけだが、次は真希の番だ。常々「真希は間野山にいる限りゴールにたどり着けない」という話をしていたわけだが、流石にそのあたりはきちんとけじめをつける展開になった。おそらく、これまでの流れを考えるに真希はオーディションに受かるだろう。早苗が「間野山に来る者」であり、真希は「間野山を去る者」という対比になるはずだ(凛々子も出ていく可能性はあるが、その話はまだ先だろうか)。

 今回は何とも愉快な緑川家の様子がしっかりと描かれており、真希のバックグラウンドを補強するとともに、「家族もの」のドラマとしても完結するシナリオラインが構成されているし、真希が外へ飛び出すためのとっかかりとしても機能している。以前からちょこちょこ登場していた親父さん、「堅物だけど悪い人ではない」というぼんやりしたイメージがあった程度だったが、今回の活躍でめっちゃいい奴であることがはっきりした。もう、奥さんのこと大好きだし、娘のことも大好きやんけ。弟さんとの関係性も良好みたいだし、緑川家、ひょっとしてすごく微笑ましい良い家庭なのでは。跳ねっ返りの真希ちゃんだけがちょっとしたすれ違いでギスギスしているように見えているが、これって本当に真希の勝手な思い込みだけで、親父さんも、おふくろさんも、娘の幸せを願って精一杯応援している様子がとても微笑ましかった。親父さん、地元で放送してない深夜のバラエティ番組までどうやって情報を得ていたんでしょうかね……まぁ、駆け出しの役者の卵がテレビに出る機会なんてほとんど無いだろうし、全力でオンエアをチェックしまくればどうにかなったのかもしれないけども。

 親父さんの後押しが得られ、さらに萌ちゃんの紹介だったオーディションの一次審査も突破していた。おそらく真希の人生ではこれが最初で最後の大チャンス。これをものにするだけの実力が彼女にあるのかどうかは正直定かでないが、以前の映画エピソードでは一発で求められた芝居を見せていたし、凛々子に対するコーチングも的確だった。萌ちゃんほどではないかもしれないが、真希だって頑張ればやれる子なのではなかろうか。あとは一発でこのチャンスをものにできるかどうかだが……。

 難しいのは、12月という時期の問題である。もしオーディションを通過した場合、彼女は東京での活動を余儀なくされるため、間野山からは退去しなければいけないだろう。そのタイミングが、祭りの前なのか、後なのか。責任を持って仕事をすると言った手前、真希は絶対に祭りの準備を投げ出すことを良しとしない。二者択一の面倒な選択にならないことを祈るばかり。出来ることなら盛大に祭りを成功させて、最終話で町を離れる真希を見送るところで終わってほしいもんである。あと、こっそり真希の陰に隠れて自立心を育んでいる凛々子もどうなるかね。彼女の場合、飛び出すとしたらいきなり日本を飛び出す可能性すらあるからなぁ……。

 廃校になった中学校を舞台に更なる町興しも進行しており、王国の人間は通常通りの町興しプランに加え、完全に別枠で祭りの準備も進行させているのでなかなかの重労働だろう。真っ直ぐな由乃の思いが結果につながるとよいのだけども。あと、サンタはゴキブリじゃねぇ。

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 住むということ、第18話。前回に引き続き、今回はとても良いお話だった。「戦う」とか「生きる」なんていうテーマはアニメでもちょくちょく扱われているものだが、「住む」というテーマはなかなか扱えるものではない。このアニメならではの切り口から、しっかりと独自の問題をエピソードに落とし込むことが出来ていたのではなかろうか。

 前回の時点で、「全ては教授のてのひらの上」ということは分かっていたし、早苗によってインフラの整備が行われ、話題にのぼった時点で教授の目論見は果たされているというところまでは確実だった。あとは、そのゴールがどこに設定されているかという部分が問題だったわけだが、どうやら教授は全ての「終わり」までもをその計画に組み込んでいたようだ。集落の終わり、そして、自らの「終わり」。

 学問とは、常に予測と実践の繰り返しである。対象がどうなるかを事前に予測し、仮説を立て、それを実証するためにひたすらに実験や調査を繰り返す。フィールドワークを旨とした人類学の場合は、それが人の生活という対象に対して行われるわけだ。教授は雪国の生活というものに興味を持ち、その生活スタイル、文化基盤を調べるためにこの地にやってきた。その目的は、最上位に「保全」があるわけだが、今や日本中のあらゆる集落で様々な文化がひっそりと消えていることは専門家の教授が一番良く分かっていること。そこで次善の策として、「記録」というゴールを用意していた。デジタルアーカイブにのせられた集落の日々の記録。それは決して誰かが強要したわけでもないし、学術的な価値が証明されたわけでもない。しかし、教授は自らが抱えた「実践」の責任を果たすため、このアーカイブの自然生成システムを作り上げる事に成功したのである。「町興し」と言っても様々な切り口があるだろうが、今回教授が成し遂げた成果は、町という重要な文化基盤を「保存」するための起死回生の一手だったと言える。

 教授は「出来すぎだった」と言っていたが、そんな教授の目論見の副産物として、実際に集落の足となるバスの見直しが行われ、高見沢さんの尽力によって新たなシステムが完成した。確かに「出来すぎ」の話だが、まぁ、そのあたりはあくまでお話である。教授の成し遂げた業績も、あのまま老人達がひっそりと町から隔絶していくなんてオチじゃぁすっきりしないわけで、そこは「何もかもが上手くいく」というハッピーエンドの方が気持ちがいいだろう。別にあそこで高見沢さんが頑張らなくても、一応「集落の老人達もネットで町とつながっているからいざとなったら助けが呼べる」くらいでもそれなりに収束性はあるのだが、今回のエンディングの方がきれいだったのは間違いない。実際のところ、寄り合いバスという試みが実際に運用出来るかどうかもまだ結果は出ていないのだし、教授が言っていたように「集落はいつか無くなる」のもまた事実。長期的に見れば決して「ハッピー」な事ばかりではないのだが、とりあえず、今のこの段階では、彼の計画は成就したと言って良いのではなかろうか。

 こうして全てが教授の目論見通りに進んだわけだが、もちろん、これはしたたかな1人の老人が事を成したというだけの話ではない。彼が行動を起こすのに必要だったのは、積極的な町との接続と、何とか最低限の話題性を引き出すための起爆剤である。その任を求められた以上にこなしてみせたのが、我らが国王、由乃であった。彼女の脳天気な行動は、教授の目論見なんてほとんど気にしていない自発的なものだったが、少なくとも「集落と町を近づけたい」という積極的な動機を持つ第三者が現れなければ、教授の計画も机上の空論で終わっていたはずだ。由乃が現れ、チュパカブラ王国が成立したからこそ、教授は計画を前に進められたのである。今回の話の中で地味に重要なのは、そんな1つの目標に対し、ジジイも「ピンチはチャンス!」と言って援助を差し出し、更に千登勢さんも「面白いじいさんがいるもんだね」と言って快く支援していたことだ。2人とも気付いてこそいなかったが、まんまと1つのプロジェクトを一緒にサポートしていたのである。犬猿の仲だった2人の意志がつながっていたというのも、今回のプロジェクトの大きな一歩といえるだろう。

 そして、全てを成し遂げた教授はそのまま表舞台から退場してしまった。しかし、こうして「失われた」ことによって、かえって「残ったもの」が浮き彫りになるというのも興味深い。確かに聡明な仕掛け人は亡くなってしまった。しかし、彼が成し遂げた結果は村に息づいているし、彼が80年の時をかけて積み上げた学問的な成果だってノートの中にしっかりと残されている。そして何より、「町を見守り、保全していく」という教授の強い想いは、同じような立場から町にやってきた早苗の中に強く根付くことになった。あまりにも大きく、あまりにも偉大だった先人の全ての想いを引き継ぐことは流石に重荷ではあるが、これまで何となく町の活動に協力してきただけの早苗に、大きな1つの道しるべが与えられたことは間違いない。「住む」というのは、そういうことなのだ。教授と早苗の対話は、新たな「監督役」へのバトンタッチを表すものだったのである。もう、早苗さんも今後の人生に迷うことはないと思います。

 残りの面々は……なんか楽しそうにしてただけですけどね。真希さんにお酒与えちゃ駄目。正確には、真希(の中の人)にお酒与えちゃ駄目。ホンマに楽しそうに暴れるから。

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 確実にサブタイトルがMagicのカード名、第17話。どんな効果でしょう、カウンターとか、パワー下げるとか、そういう相手の邪魔する系カードな気はしますね。

 「祭りの支度編」とでも言うべき最後の山がスタート。ただ、おそらくこれまでの2話で1本のお話という構成は踏襲しつつ、そのバックグラウンドで祭りの準備が進行するという形になりそうだ。何しろ神器を3つも集めなきゃいけないですからね、それなりに時間は必要でしょう。とりあえず、今回の「バス路線と教授」ミッションをクリアすることで、教授からご褒美として1つ目の神器がもらえるという、そういうクエストになっているのである。

 というわけで今回初登場となる教授、名前を鈴原さんという。このキャラクターは、今作においてはある意味で究極の存在である。何しろ最初から「教授」という「正しいことを言う」設定が与えられており、「町興し」というメインテーマにもガッツリ絡み、とにかく彼にしゃべらせてしまえばどんな正論でもそのままの形で展開出来るし、破壊力も増すという。町興しというなかなか表現の難しいテーマについて、本作では様々な方向から直接的であれ、間接的であれ、手を変え品を変え表現してきたわけだが、今回はいよいよ、そんな町興しについて、ある意味でプロフェッショナルといえる人物が介入してきたのだ。

 実際、登場話数となる今回も教授の存在感は異彩を放つものとなっている。上から目線で文字通りの「ご高説」。間野山在住も20年と充分なキャリアであり、彼の分析力は由乃達も太鼓判。これまで様々なプロジェクトについて間野山の住民の「中からの声」というものが由乃たちの行動を評価する指針になっていたわけだが、教授のコメントの場合、「中からの声」であると同時に、冷静な余所者、第三者としての評価も兼ねており、説得力が更に増すのである。ここまでしっかりと間野山に息づいている人間ならば、由乃達に難題をふっかけ、即座に「可」「不可」と断じることも可能だろう。

 今回はそんな教授との対話のために「バス路線廃止」という分かりやすくも難しいミッションが課された。例によって人と金の問題にもなるので、単純に一発で解決する方法など存在しない問題である(もしあるならば教授がさっさと手を打っているだろう)。そこで教授は、自分にはない「若さ」と「人手」を由乃達に頼むことで事態の解決を図る。そのためにはまず由乃達を土俵に上げる必要があったわけだが、折りしも神器探しで接触してくれたし、更に集落のバス問題にも直接触れ、対策に乗り出したのだから渡りに船である。上手く彼女達を利用するため、教授は簡単な問答で若者たちを焚き付け、集落の生活を動かし始めた。

 今回の教授ミッションにおけるキーパーソンは早苗。実はこの中では一番の高学歴で、教授との問答にも一応耐性がある人間(由乃も大卒ではあるが、あの就活の様子から見て、あんまり学問を志した大学生ではなかっただろう)。書店で見つけた文化史のテキストをたまたま読んだことがあるとも言っており、おそらくそのあたりが彼女の間野山移住にも関わっていたことが想像出来る。真希なんかは何とももったいぶった教授の態度にすぐさま嫌悪感を示しており、一筋縄ではいかない学問の世界、その繊細さを感じ取れたのは早苗だけである(由乃も教授が正論を言っていることはきちんと認識している)。また、早苗と教授には「Iターンした人間」という共通項があり、言わば教授の現在の生活は早苗の「将来あり得べき姿」でもある。彼女がIターンを志した理由は必ずしも教授と同じではなかろうが、こうして町興しに手を貸し、間野山のために尽力する姿勢を見せているのだから、早苗だって将来的には間野山に「根を降ろす」のが理想だ。教授は20年という歳月をかけてそれを実現させた「先達」であり、早苗は自分の将来を考える上でも彼の動向が参考になる。

 こうしていくらかペダンティックな触れ合いを通じ、早苗は自分の仕事を思い出して集落の変質へと乗り出した。バスの本数を増やすことは出来そうにないが、それでも老人たちの生活スタイルに干渉することは出来る。孤立集落の問題の1つには「孤立」そのものがあるのだから、そこにネットをフル活用して「繋がり」を設ければ、問題の一部は打開出来るはず。前もって自治体がタブレットを配っていた、なんてよく分からないラッキーもあったが、早苗はさっそく行動を起こし、見事に老人たちの生活スタイルを変える事が出来た。間野山ってたまにこうして先駆的なこともやってるんだけど……変な町だよなぁ。

 ネットを手に入れた老人たち。こういう導入は「機械のぽちぽちは難しくて分からんよ」とサジを投げるじいさんばあさんも多いはずなのだが、間野山の人間はそのあたりに案外理解がある。というか、最近のハードはインターフェースが発達しているので年寄りの直感的な操作にもかなり対応出来るようになっている。基本的な操作方法をマスターしたじいさんたちは、七、八十年も生き抜いたタフな対応力でもって、ネット文化をフル活用し始める。そして、教授も言っていたように、90年代末からゼロ年代初頭にかけてのネット文化の勃興からの歴史をハイスピードで追従するのである。誰だよ、「わろた」とか教えたヤツは……まぁ、突然オーバーテクノロジーが流れ込んできたのだから、しばらくは技術に踊らされる期間が続くのはしょうがないところ。むしろまだまだ穏やかな方かもしれない。

 ネットが荒れている部分はそこまで大きな問題ではない。というか、おそらく現状くらいのネットの広がりはおそらく教授の想定の範囲内だろう。早苗を煽り、上手いこと「集落の老人」という生活スタイルをネット文化に接続することが出来たことで、教授はいよいよ集落を守るために動き始める。そう、バス路線の廃止に際し、対抗するには何が足りなかったのかといえば、「声」なのである。老人たちがよってたかって高見沢さんに詰め寄ったところで自治体は動けない。しかし、ここでネットを通じて『困っている老人たち』の様子がネットに流れればどうなるか。声が広がり、外部からも支援の声が届くことになれば、自治体とて無視するわけにはいかない。一度問題が議論の俎上に上がってしまえば、あとは万全の対策に至らずとも、行政は「考える」必要が出てくる。そうなれば、あとは落としどころを見つけるだけ。教授はおそらく、そこまでの流れを見越して、国王たちを利用したのだろう。

 「町興し」というテーマが難しいというのは再三確認していることだが、その中から、こうして「老人たちの生活を変える」という1つの試案を眺めるのはなかなか興味深い。もちろん現実にはここまで上手く行かないだろうし、もっと派生的な財政問題なんかも出てくるので一筋縄ではいかないはずだが、「こうだったら面白いかも」という、1つの「町興し」ファンタジーとしては、なかなか良いテーマ設定なのではなかろうか。さて、この問題はどこに辿り付きますか。

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 ババア可愛いやん! 第16話。今までずっと「ババア」表記で済ませてて申し訳ありませんでした。今後はちゃんと千登勢さんと記載させて頂きます。ジジイはまぁ……ジジイでいいや。

 ジジババ黒歴史編、後編。前回の予想通り、やっぱりジジイが必死になって隠そうとしていたことは本当にどうでもいいことだった。なんでよりによって池干しが始まってからあんなに慌ててたんだろうな。実際の関係者だったジジイなら、「池を干したらひょっとしたら神輿が出てきちゃうかも」っていう心配は真っ先に頭に浮かびそうなもんだけど。まぁ、大丈夫だと思ってたら実際に神輿っぽいのが見えたから慌てたんだろうけども。どーせ町の古い連中は知ってることなんだし、今まで50年間図太くこの町で生きてきたんだから、今回だって放っておけばよかったのにな。多分若い衆に過去を掘り下げられたくなかったんだろうなぁ。そう言うところで見栄っ張りだからなぁ。

 まぁ、「現在のジジババが」何を思うかというのは大きな問題ではないんだ。今回の物語で重要なのは、「当時の若者が何を感じていたか」という部分。50年前というと、大体1970年くらいということになり、歴史で言えば高度経済成長期の末期ごろ。日本は64年に東京オリンピックを成功させ、いよいよ先進国の仲間入りを果たそうという、最も華やかなりし時代と言えるかもしれない。ビートルズの来日がまさに1966年らしいので、若者達がロックミュージックに熱狂し、こぞってミュージシャンを目指したのもこの時代。旧態依然とした日本の文化を忌避し、「新しい時代」に飛び出そうとする若者は、きっとどんな田舎にもたくさんいたに違いない。

 そんな時代、ものすごくシンプルに感化されて世界を動かそうとしていた若者3人。ロックな牛松、美人な千登勢、そして便利屋のドク。ちなみに互いの呼び名は「ビフ(牛)」「オリーブ(織部)」そして「ポイズン(毒)」である。こいつら、やっぱり馬鹿だろ。千登勢さんは英語交じりの台詞を積極的に声に出したり、なかなかハイカラなことも嗜んでいたようだが……。結局、この当時の3人は「田舎の若者」でしかなかった。世界を変えることを望み、小さな田舎を飛び出すことを望んだ……のだが、実際に望んだのは希望を胸に抱いた千登勢だけだったようだ。ドクはおそらく他の2人の勢いに任せて何となく付いていっただけだろうし(まぁ、それでも楽しそうではあるが)、当時のジジイは、思い悩んだ末に、結局町を出ることはなかった。この時のジジイの心境は、なかなか理解しがたいものである。千登勢が「あいつは逃げたんだ」と一蹴し、そのまま犬猿の仲で50年が経過するのも致し方ないことかもしれない(それにしても長いが)。ただ、一応この作品全体のコンセプトから好意的に解釈するなら、彼は「自分の欲望のままに町を飛び出す」ことより、「自分の身を犠牲にしてでも間野山をより良くしようとした」という風に解釈出来る。というか、多分シナリオの流れからそういう風に見てほしいのだと思う。間野山を出ることは簡単だし、東京にいったらひょっとしたら成功したかもしれない。しかし、それでは間野山が変わらない。だからこそジジイは、ロックを訴え、因習を破壊するため、わざわざ神輿にギターを突き立てたのである。まぁ、その神輿も歴史で言ったら50年程度のものだから大したモンじゃないけど……。

 結局、今回のエピソードは「ジジイは本当に町のことを考えてていい奴なんだよ。やり方は間違ってるけど」ということを50年越しで伝えるためのお話だったのだろう。千登勢さんもジジイも「生まれてこの方間野山を出たことがない」という点は同じなのだが、千登勢の方は夢破れて出られなかったというマイナスの印象で、ジジイは「敢えて逃げなかった」というプラスの動機付けなのである。まぁ、根本的なところで間違えているせいであんまりプラスがプラスに見えないのだが……そんなジジイの執念を、少しでも若い衆に感じ取ってもらえればいいじゃん、というのが今回の意義。そして、めでたく「祭りを復活させる」という方向で、ジジイの意志は受け継がれることになる。いや、ジジイは別に祭りの復活なんて望んでないんだけど、第一の目標は「町の活性化」なのだ。そのためならば、かつてジジイが自ら潰した祭りを引っ張り出してでも、改めて間野山の結束力を見せつける必要があるのだ。

 他方、千登勢さんの方は「マイナスの過去」を持っていることが判明してしまったわけだが、彼女は彼女で充分強い女性なので、存外ケロリとしている。あの時の自分は間違っていたのだ、という結論を一ミリも動かすことなく堂々と今の自分を保っているが、だからといって他人の意見を聞かないという狭量な態度というわけでもない。孫の凛々子には、「あの時自分が町を出たいと思ったことは間違いだったが、その間違いだって若さの特権なんだ」という論法から、決して自分の「反省」を押しつけていない。てっきり孫を籠の鳥のように囲い込むかと思ったが、そんなことしないあたりはやっぱりよく出来た人である。ちゃんと年寄りらしい年寄りになってれば人間格好良くなれるもんですよね。ジジイに爪の垢を煎じて飲ませたいところだ。

 こうして、50年越しの「町への愛情」は現代の物語へと帰ってくる。さぁ、祭りの復活だ。まぁ、すでにここまでの話で祭りっぽいことは色々やってるんですけども……改めて、「間野山オリジナル」の祭りイベントを成立させられるかどうか、おそらく国王としての任務の1つのゴールがここになるんじゃないですかね。これまで、龍に関する伝承を婚活イベントで仄めかしたり、一応伏線ははってるんだよな。そして最後に突然事務局長がしゃべり出し、「サクラクエスト」の「クエスト」部分を急に思い出す。そういえば、今作は一応イベントをRPGっぽくたとえてる話なんだっけな。突然のお使いイベントにびっくりである。果たして、三種の神器は無事に回収出来るのか……いや、だからもとの祭りだって歴史は50年しかなかったんだから大したもんじゃないんだって……。

 とりあえず、千登勢さんの若いころは本当に恰好良かったので、そのままCDデビューとかすればいいと思います。ふわふわタイムとか、アガートラームとか絶唱したらいいと思います。

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 サンダルさんの快眠情報が本当にどうでもいい、第15話。まぁ、そりゃぐっすり眠れるでしょうよ。

 帰省話の後編、というよりは次のエピソードの前編……なのかな? 敢えて名付けるなら「池干し編」になるのかな。ジジババ連中が何を隠蔽しているのかが分からないのでまだ焦点がはっきりしていないのだが……メインの5人娘の問題は一通り片が付いたので、次にどこに行くかと思ったら今度はジジイのお話になるのかよ。まぁ、間野山という町のことを掘り下げるなら、おそらく商店街と観光協会の因縁の話は避けて通れないだろうが……でも、多分今回の話は因縁とは直接関係ないな。ジジイとババアの仲が悪くなったのはチュパカブラ事業の失敗が原因だと思っていたのだけど、「50年前」と言っていた「池の中の話」も、何か尾を引いているのだろうか。

 とりあえず、分かるところでジジババ以外の今回の要素をまとめておくと、5人娘のほとんどは問題がすっきり解決した状態になっており、元々大してやっかいごとが無かったしおりさんを始め、真希と早苗はもう今後メイン回は無さそうな雰囲気。以前から言ってるように、実は真希の問題は何一つ解決してないはずなのだが……最後にもう一捻りありますかねぇ。萌ちゃんが殴り込んでくる展開があれば、もしかしたら。その他、由乃も前回の帰省であらかた憑き物は落ちた状態であるが、一応「1年という任期」がそろそろ影を落とし始めるタイミングである。今回由乃は、間野山駅に降り立った際にはっきり「ただいま」と言っており、この半年ですっかり「間野山の人間」としての自分が定着していることが分かる。今回民泊の話が出た際にも、「建国祭の時の失敗は繰り返したくない」と慎重になり、「物事が間野山のためになるかどうか」という判断の軸が産まれていることも分かるし、そのことで足を止めて悩むようなこともしなくなり、どこか人間的にも成長していることを窺わせる。

 そして、まだ何かと問題ごとがあるとしたら、残る1人、凛々子である。彼女も「任期の1年」を意識したとき、「周りからもしも由乃達がいなくなった時、自分は一体何ができるのか」を考えている。これまでは何の疑問も持たずに祖母の庇護下でぬくぬくと暮らしていたわけだが、それ以外の人生設計があるということを「余所者」の由乃達から学び、自分にも色々と出来ることがあると考えるようになった。決定打となったのは今回登場した謎のスペイン系集団「クリプテッド12」の面々で、その中の1人から世界中を飛び回る写真なんかを見せてもらううちに、「外に飛び出した自分」を想像するようになった。凛々子が自信を持って断言できることと言えば「自分はUMAが好きだ」というその一点であろうが、そんなUMA好きの自分を裏付けるためには、間野山の地でただくすぶっているだけでは駄目なのだ。未知を愛し、謎を求めるのであれば、自分の足でそれを探すべき。クリプテッド12の面々からそんな衝撃を受けた凛々子は、いよいよ「町の外」へと意識を向け始めている。

 「町興し」要素としては、民泊云々の問題から町の宿泊施設の運用方法を模索することが今回の使命。ただ、どうやら間野山は空き家だけならナンボでも用意出来るようで、障害らしい障害もなしにとんとん拍子で話は進む。まぁ、今回のミッションはあくまでも一時的なものであるし、レベルが上がった由乃達5人が「スムーズに仕事を進める様子」を見せるためのお膳立てなのかもしれない。若者たちが成長して色々と試行錯誤出来るようになれば、後は年寄り連中がそれをジャッジするだけ。そして、そんな年寄りが一番面倒臭いのが間野山なのである。ジジイは……一体何を隠してやがりますかね……。ババアも知ってるってことはチュパカブラ関係の過去の失態とかではなさそうだけど、多分、ジジイのことだからどうせ大したことないんだろうな……。

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 中トロなんて満腹の時一番ヘビーなヤツじゃねぇか……第14話。それでも、それでもなお、中トロならばやぶさかではありません。

 2クール目に入ったが、ある意味でインターミッション、いや、ワンクッションかな。余所者チームは一旦県外に出て、自分と間野山の関係性を確認するよ、というお話だ。まぁ、由乃の国王在籍期間が1年と決まっていて、町興し自体は1年で終わるものではないのだから、ここで一度「その先」を考えて億のことは大切だろう。こうして3人とも間野山を離れても何となく平穏なのは、切羽詰まっていた緊張感が抜けて、現在の仕事にそれなりに満足出来ている証拠だろう。

 ほぼスタンスが固まっていそうなのは早苗。東京に戻ってきて、いかにもオッサレなレストランでいかにもバリキャリ風の仲間達との食卓を囲むが、それでも、早苗に特にやっかみや焦りも感じられない。「自分にしか出来ないことを!」とカッカしていた頃の早苗ならば、プロジェクトを立ち上げようとする知り合いを見て、必要のない負い目を感じたりもしていたことだろう。現在の早苗は良い意味で東京の毒気が抜けており、間野山で土や虫にまみれた泥臭い「IT大臣」をやっていることにも、しっかりと意味を見出している。1年契約の後に一体どうなるかは分からないが、元々早苗は自分から進んで間野山に移住したわけで、そのまま「間野山のITベース」として町民の信頼を得るパターンもありそうだ。

 真逆で、全く何も決まっていないのが真希。休みに東京にやってくるのは「帰省」ではないのだが、必死の役者生活を続けていた町にかつての繋がりを頼りに帰還し、面会したのはなんとあの萌ちゃんであった。映画撮影の時は本当にたまたまの再会だったのだろうが、あの時の繋がりから彼女の舞台に招待されたのだろうか。元々萌は「先輩」としての真希に最低限の敬意は持っていたはずだが、例のスタントチャレンジのおかげで「頼れる先輩」としての地位を確固たるものにしたのだろう。萌からすれば「真希先輩はきっと頑張れば輝ける人」であり、純粋に好意から役者の道を目指す仲間としてのお誘いをかけている。しっかりと「自分だけ落ちることを心配してるんですか?」とか聞きにくいことをズバッと言ってくれるあたり、単に甘やかすだけの身内ではなく、「役者仲間」であり「競争相手」としてとても頼れる存在。真希も萌の実力は心底認めているわけで、2人が並び立って切磋琢磨すれば、ひょっとしたらいい刺激になるのかもしれない。ただし問題は以前も書いた通りで、「役者業で一旗立てる」ことと「間野山で生活する」は絶対に両立出来ない。やっぱり真希のゴールは「東京進出」になるはずなのだが……彼女は今、何を思いながら生活しているのだろう。残念ながら今回だけではわからずじまい。

 そしてメインとなるのはやはり国王だ。建国祭での失敗とも言い難い失敗にぽっかりと喪失感を覚えいた由乃。夏休みをもらって何となく地元でダラダラするばかりだったが、例えば地元でしっかり目的を持って働く友達、そして何の迷いも無く地元での生活を選ぶ妹などを見て、「地元の良さとは?」ということを改めて考える。国王になってからこっち、ずっと「とにかく人を呼ばなきゃ」ということばかり考えてカンフル剤のような方法ばかりを試みていたが、結局、それでは意味が薄いことを先日の騒動で思い知らされた。ここで改めて、「町興し」の中の「町」という要素を考えなければいけない。

 今回の話で目から鱗だったのがこの由乃のターニングポイントとなった「地元愛」の話だろう。両親が永住人口を増やしたという地元の事実。そこで由乃は初めて、「町」というものが「住む場所」であることを認識する。人が住むというのはどういうことなのか、人がつながるとはどういうことなのか。結局、どんなパッケージを「町」と謳って用意したところで、それを機能させるのは人なのだ。人と人の繋がり、「家」としての場所。そんなことを地元から学び取り、国王は少しだけ大きくなった気がする。

 こうして、三者三様に刺激を受けた夏休み。地元で待つのは民泊プランを推し進めるしおりさんと凛々子だが……なんか、ヤバいことになってる。「安産」って書かれたTシャツ着た怪しい集団に襲われるって、完全にエロ同人ですやん。バッドエンド確定のやつですやん。なんであんな危ない絵面にしちゃったんだよ。誰か、謎外人たちの謎言語の翻訳をお願いします。

 今回は3人それぞれの過去の交友関係が描かれたことでキャストが多めに登場したが……ホント、北陸声優には優しいスタジオである。富山声優、福井声優、そして石川声優までもが揃い踏み。この共演、グランドクロスみたいな軽い奇跡なのでは。

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 モス饅頭が一番気になる、第13話。真っ黒だったんだけど、一体何を原料に使ってるんでしょうかね。

 建国祭編の後編。前回の時点で「失敗するに決まってるんだけど、果たしてどんな風に失敗するんだろう」とヤキモキしていたわけだが、その結果はいかにもこのアニメらしい、何ともモヤッとする「失敗」である。まず、イベント自体を単発で捉えれば「失敗」はしていない。集客もきっちりあったのだし、お客を巡るトラブルなども最小限。テレビ局の尽力もあり、慣れない大量の観光客を捌くのにも大きな失策は出なかった。「ライブに客を取られてクイズ大会がしょっぱくなる」という展開は予想通りだが、成立しないほどの客が削られたというわけでもないし、最後がグダグダになったのはお客さんのせいじゃなくてサンダルさんのせいである。あれ、どう見てもサクラを使って優勝賞品を回収する反則技にしか見えないと思うんだけど、そのあたりでの批判はなかったんですかね(そしてサンダルさんからはやっぱり没収したんですかね)。

 観光客はちゃんと呼び込めた。そして一時的なカンフル剤とはいえ、出店の稼ぎでしっかり商店街にも恩義を返した。1日限りのイベントとしては大成功の建国祭だったが、それでもお通夜みたいなムードが漂うというのが、今作の、つまりは町興しという目標の難しいところ。改めて「何故失敗ムードなのか」を確認すると、「テレビ番組が何か変な風に改変された」とかいう問題もあるが、まとめてしまえばただ1点、「再帰性が無かったから」である。一過性のバンド人気にあやかって人を呼んだところで、それはあからさまなドーピング行為でしかなく、強烈なバンド人気に目をやられた人にとって、商店街のクーポンなど文字通り紙くず同然。午前中には「間野山も面白い町じゃないか」と思っていた人たちも、強烈なライブの洗礼を受けてしまえば、些末な記憶として間野山のことなど忘れ去ってしまう。残されたのは、ただの「遠くのライブ会場」としての田舎町である。

 凛々子のところのババアもそうだが、およそ視聴者だってこういう結末になることは分かっていたのだ。しかし、失敗するなら失敗するで、アニメ的にはもう少し分かりやすい「惨敗」が出てくるのかと思いきや、「表面的には上手くいってるように見えて、結局目標には近づけなかった」という、嫌にリアルで、どうしようもない現実を叩きつけてくるのが今作なのである。「上手くいった。でも、それじゃ何の意味も無い」と、世の多くの「町興し」が経験してきた失敗を、そのままダイレクトに伝えてくれるのである。由乃もこれまで散々失敗を繰り返してきたが、それが「目に見える分かりやすい失敗」だったからこそ、トライアル&エラーで立ち直り、戦うことが出来た。しかし、今回のように「最善を尽くせたと思ったが無意味」というカウンターパンチをもらってしまうと、そこから立ち上がるのは難しい。完全に倒したと思った相手に実は一切攻撃が通用していなかった、という方が絶望感が大きいのだ。

 だが、冷静に考えれば、今回のイベントは「やらないよりやった方が良かった」のは間違いない。テレビを通じて名前を知ってもらったことは事実なのだし、広報の第一歩はとにかく認知してもらうこと。今は実利を伴わずとも、どこかで必ずやっておかなければいけない「導入」が行われたのだから、このことは確実にプラスである。そして、千人規模でのリピーターなど望むべくもないが、ひょっとしたら何人かのお客さんは興味を持ってくれたかもしれない。「一度来た場所」というのは実質的にも心理的にも再訪しやすくなる傾向があるので、とにかく来てもらえたというのも大きな効果である。今回の建国祭のイベントは、本来ならば町興しの一過程として大きな意味を持っていたのだ。

 しかし、持ち上げてから落とされたせいもあり、由乃はおそらくそのことに気付いていない。自分は浮かれていたのだと、ネガティブな部分ばかりが見えてしまっている。このまま国王は町を去ってしまうのだろうか? 1クール終了のタイミングでの転換点としてはなかなか衝撃的だが、ここで突然の逃走は流石にメインヒロインとしての責任感がなさ過ぎるように見えてしまう。まぁ、まだ「駅に向かった」だけで本当に何を考えているかは分からないが……。

 「奮闘し、結果を出した」。その結果が当初望んでいたものではなかったかもしれないが、事実は事実として受け止められた方が良い。国王は、この先の重たい一歩を踏み出すことが出来るかどうか。さぁ、後半戦のスタートだ。

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 海星ィィィ!!! 最終話! これだけたっぷり引っ張った結論が「海星可愛い」なのは最高ですね。何度でも繰り返すが、本作のヒロイン勢は本当に美狸揃いでこまってしまいます。

 全ての決着。それは狸の争いであり、天狗の争いであり、京都を巡る天狗・人間・狸のごった煮の戦いでもある。幕開け一発目から、寿老人の電車で二代目の邸宅にぶっ込みかますという大事件。そんなに動きの多くないはずのこのアニメにおいて、おそらく史上もっともスペクタクルなシーンである。流石の二代目も電車アタックに対する備えまでは出来なかったようで、この厳しい一発で邸宅はおしゃかになってしまった。

 ドタバタの中で正体を現す早雲。この期に及んでまだ上から目線で因縁の相手である矢三郎に対峙するが、彼が連れてきた海星を見て動転。聞けば天満屋に撃たれたという。天満屋は本来、早雲が金曜倶楽部に入るときに手引きをしたり、今回だって空気銃を手配して糸を引くように依頼したはずの人物なのだが、その天満屋がすでに裏切っていたことは先週明らかになっている。彼も何を狙っているのかはよく分からなかったのだが、結局、目先の一番儲かりそうな話に飛びついてただけなんだろうなぁ。人と狸が手を組んでの悪だくみなんてなかなか上手くいかないもんで。恨み骨髄で天満屋に飛びかかる早雲だったが、そこに飛び出したのは忌まわしき巨大な腕。弁天が面倒を片付けるためにあの地獄絵を開いたようだ。憐れ天満屋は再び地獄へ。そしてついでに早雲も連れて行かれてしまった。まぁ、以前は矢三郎を蹴り落としたこともあるのだから、まさに人を呪わば、といったところか。

 狸の喧嘩はひとまずこれで収束。いよいよぶつかる天狗の意地と意地。しかし、二代目は邸宅を失ったことで茫然自失。別に彼がそこまで家屋敷を大事にしていたというわけでもないのだろうが、全能を自負する二代目にとって、自分の予想がひっくり返り、願わぬ展開になっているという時点で受け入れがたいのだろう。京都へ戻ってきてからのフラストレーションがついにあふれ出してしまう。何が天狗だ、何が狸だ。結局、彼が引きずっていたのは過去に認められなかった女性との思い出だったようだ。父に認められなかった苦い思い出。そして、そんな悔しい記憶を嫌でも思い出させる弁天の容姿。全てが嫌になった二代目は燃え盛る炎となる。対する弁天は、触れたものを凍てつかせる氷の女として対峙。万能を得ながらも不器用な生き方しか出来ない、男と女の大喧嘩。

 その戦いには天狗らしい気位も品位もない。麗しい容姿もボロボロにし、仕立てた衣裳も無残に散らす。時に髪を引っ張り、時に噛み付き、ただ生の感情だけがぶつかる、実にみっともない争い。一応、戦いという意味では勝者は二代目の方。焼け付く炎で弁天を追い落とし、満身創痍で父との対峙を迎える。別に赤玉先生が勝ったわけじゃない。それでも、「思い通りにならぬ」という世の無常をこうまで叩きつけられた二代目は、すでに父を見下す天狗ではなくなっていた。父は知っているのだろう、息子が何故、弁天をあそこまで気にしているのかを。父はすでに天狗の矜恃とヒトの傲慢を並べて生きる道を選んでいる。しかし、若い息子にはまだそれが出来ていなかった。「強くなれ」と一言を残し、はた迷惑な親子げんかは、ここで終戦を迎えるのである。

 狸の喧嘩の結果は、矢一郎の祝言で幕を引く。綺麗な花嫁に尻尾も出てしまいますが、早雲がいなくなったことにより、夷川も下鴨も、また一から始められるだろう。本物の呉一郎は適度に阿呆なようだし、檻に入った反省のスペシャリストたちと、これからもはた迷惑な生活を続けていくのだろう。

 天狗の喧嘩の結果は、事実上の痛み分けである。激情に任せてみっともない姿を見せてしまった二代目だったが、矢三郎に対しては虚勢を張っても仕方ないと思ったのだろうか、思いの外柔和な態度で、今後も狸との関係性を維持してくれそうなことを臭わせていた。「私は天狗にはならない」。この言葉の2つの意味を、改めて噛みしめたいところである。そして弁天。あの日焼け落ちた髪は無残に、傷跡を残してただ一人ふさぎ込む。本当に面倒で、どうにも厄介なこの「天狗」を、救ってくれるヒトは現れるのだろうか。ヒトの世を抜け出したはみ出し者は、まだまだ孤独と戦わねばならぬ。

 2つの結末の果てに、京都の阿呆な日常は戻ってくる。つちのこ探検隊にやってくるツンデレ海星。変身を解かないように背中合わせで対話する時点でもうヤバいが、転がり込んできたお婆ちゃん狸は、そんな2人を縛り付ける真っ赤な糸が見えている様子。矢三郎の得意な化けの皮。それを少しでも抑えつけられるくらいが、女房役にはちょうどいいのかもしれない。「ふわふわするのが一番良いの」「狸なんだから柔らかいのだけが取り柄でしょ」と、お婆ちゃんは相変わらずいい事しか言わない。

 ズンズン立てた波風の果てに、相変わらずの騒動が待ち構えていようとも、矢三郎はこれからも変わらずに成るがままに。海星も、ちょっと距離をおきながら、それでもしっかりと、尻尾を握りながら。

 すべては、阿呆の血の然らしむるところでございます。

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