|
最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
「ラブライブ! 虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」 6→7 Q:現在最新のガンダムアニメといえば? A:ラブライブ。 推せるアイドルでしたね。もともと良い作品だとは思ったが、最終回で不覚にもうるっと来てしまったので勢いで加点。今期は割と良作が多かったので、多少贔屓目に配点して差別化を図ることにしましたよ。 今作でとにかく感心したのは、この構成そのものである。過去にラブライブシリーズは2組のユニットを世に送り出し、文句のない成功を収めている(Aqoursについては若干の議論の余地はあるかもしれないが、知名度と人気で言えばやはり一級品には違いないだろう)。そのような状態での3期だか2.5期だか微妙な新規プロジェクトを押し出すにあたり、普通は過去の成功をなぞったデザインで提供するのが安全策だ。しかし今作は、そうしたバントのような安全策を取らず、「1人1人がアイドル。全員がライバル」という新しいデザインを強く打ち出し、これまでに無い形でのシリーズ構成で魅せるチャレンジに出た。どうしても視聴者サイドは「1つのユニット」としてのラブライブ作品に馴染んでいるためにこうしたバラ売り感の強い配置では、下手をしたら空中分解してしまうおそれもあったのだろうが、そこをうまくつなぎとめるかすがいの役割を果たしたのが、「私」の具現化というこれまた斜め上の発想から生み出された侑ちゃんである。侑ちゃんの存在は見事に「個々のアイドル」をまとめ上げる同好会の主軸となり、さらに野放図に広がりかねない1クールアニメの方向性を定めるための縦軸の物語を構成する中心要因となった(そのおかげで歩夢があんなことになった)。とりあえず、このデザインが狙い通りにいったというだけでも興味深い部分である。 あとは、そうして用意された舞台の上で、個々のキャラクターがどれだけアイドルとして魅力を発揮できるかという勝負。お当番回が1回ずつあてがわれ、それぞれにソロ曲を持ってのライブを行うというのが大前提。これまたお仕着せであれば単なるルーティンワークになってしまいかねない部分なのだが、縦軸の物語との接続もそつなくこなし、「自己紹介」がわりのエピソードを並べたてた結果が綺麗に繋がっている。これまでのラブライブシリーズが大きなコース料理であるとするなら、このニジガクは次々と違う献立が試せるバイクング形式みたいなもの。そして、どの料理も互いに邪魔をすることなく、最後のメニューへの導線になっているのである。視聴者側が「どのように観るべきか」という体勢を早々に整えられるように分かりやすい作劇を徹底しており、シンプルに「次の料理はなんだろうね」とワクワクできるようになっているおかげで、たとえ1つ2つ好みに合わない皿があったとしても、あまり大きな瑕疵には感じられないのである。繋がりが密でないことを、逆に武器にしているともいえるだろう。 もちろん、こうしたライトな感覚を「物足りない」と感じる人もいるとは思うが、もともとがソシャゲから生まれたプロジェクトであり、これが「ソシャゲの販促」であることを考えるなら、現代のアニメ観・ゲーム観に即した面白い攻め方であるってのは認めても良いと思うんだ。常々書いている通りに、私はとりあえず見たことないことにチャレンジしてみるという作品作りが好きなのである。 あとはまぁ、個々のキャラにどんだけ推しができたかって話で……1人1人にスポットがたくさん当てられるおかげで、まっさらな状態から視聴した私からすると、もしかしたら過去3組の中で一番入り込みやすかったかもしれない。はっきりは覚えてないけど、アニメ1期目終了の時点って、μ‘sもAqoursも全キャラをきちんと把握できてた自信が無いのよね。のんたんが完成形に至ったのなんて2期後半だし。Aqoursに至っては果南とか今だにピンと来てない可能性があるし(ひでぇ話だな)。ニジガクで推したいのが誰かと言われると悩むところだが……かすみんが予想以上に可愛かったのがちょっと悔しい。矢澤なんて俺は全然刺さらなかったからあの手のキャラはどうでもいいと思ってたのに……。あとは璃奈と、愛さんのカップルかなぁ……果林さんの「お前、別に歳は大して変わらんのになんでそんなに熟練の空気出してんの?」感も割と癖になる。優木せつ菜がみせるポンコツムーブも捨てがたいしなぁ……うーむ。まぁ、こうして悩めるというだけでも幸せというものだろう。 今後もラブライブプロジェクトは続いていくだろう。ニジガクがアニメで今後展開されるかは分からないが、もし実現するなら、今度はちゃんと「わかった」上で追いかけられることを嬉しく思うよ。 PR 「ご注文はうさぎですか? BLOOM」 5→5 あいも変わらず、以外の言葉が見当たらぬ。でもなんだろ、今期はそこまでクリティカルに刺さった印象は無かったかな。いや、これまでも別に無かった気もするけど。 この手の作品の割には、一応それなりの進度で作中時間が進んでいるのは特徴で、3期目となる今回は割とそのあたりの「変化」がフィーチャーされているので「変わり行くもの」を忌避してしまいがちな私には何か抵抗が生まれた可能性はある。つまり、チノちゃんには永遠の中学生であってほしいという気持ちがどうしても作中時間との齟齬を起こしてしまうわけだ。でもまぁ、みんなして少しずつ自身の成長を感じて、変わっていこうとする様を見るのもそれはそれで劇的ではあるので、実に難しい問題だ。そして、難しい問題を考えながら観る作品じゃないやろ、ということを考えてしまうのが難しい問題だ。 まぁ、今後とも変わらぬパワーでもってこの世界は守り通してほしいとは思いますよ。正直、キャスト陣があれでナニなので、もうアニメの続編を頑張らずとも無限にドラマCDを作り続けるとかでもいいんですけどね。こんだけ甘ったるさに全振りしたキャスト配置って、なかなか無いよなぁ。甘兎庵に骨を埋めたい人生だった。 「安達としまむら」 5→5 個人的には「日野とながふじ」だったら7点くらいつけてたと思います。日野のお母ちゃんのCVとかでさらに加点が続くし、何よりも永藤が終わりなき永藤だから。そっち方向のスピンオフとか無いの? 色々と難しい作品である。真剣に向き合わなきゃいけない作品だとは思ったのだが、なかなか良いところを拾いにくい作劇になっていた気がする。一番の難点は、やはりアニメ化が難しいデザインそのもの。モノローグ中心の作劇になっているので、アニメーションにした時に画に見どころが乏しく、1枚画で引き込めるほど作画レベルが高くない。キャラデザなどの見栄えで勝負するべき作品だと思うのだが、どうにもデザインが安定せず、余計な心配ばかりが目について素直に「かわいい」と思いづらかった。そして、画で引っかかるとモノローグとの接続もノイズが増えてしまい、なかなかその精神性に寄り添いづらい。 そして、寄り添いにくさという意味では扱われているテーマそのものが正面から見辛い。というのも、他作品でも何回か言及している部分なのだが、わたしゃ(身につまされるからなのか)コミュ障がコミュ障部分で悩んじゃうというテーマがどうにも苦手なのである。「ひとりぼっちの○○生活」みたいに完全にネタ扱いしてるのもキツいのだが、今作における安達は間違いなく疾患に近い精神的な問題を抱えている。思春期の情動の一種だと思えばそこまで深刻に考える必要もないのだろうが、彼女が内へ内へと入り込んで煩悶している様子を見ると、恋愛ごとで思い悩む可愛らしい少女という以前に、社会に溶け込めずに忌避してしまうドロップアウターの懊悩が見えてしまうのである。そして、安達はそうした社会との断絶を救済する存在としてしまむらを置いてしまっている。単純な恋愛要素で処理するならば(ほぼ)対等であるはずの「恋人」関係になるはずだが、この2人の関係においては、常に「しまむらが救うもの、安達は救われるもの」という構図がちらつく。実際にそうではないとしても、そう見える部分がある。そのことがどうしても気がかりになってしまった。 まぁ、最終的には安達はそうした障壁を乗り越えて大望を成し遂げることになるのだから結果オーライだし、安達の精神性から逃げずに描き続けた「世界と、恋心と」という2つの命題を結びつける百合ドラマってのはむしろ私好みの設定ではある。これで宇宙人がちょろちょろ出てきて話をわけのわからない方にかき回すような要素がなければ、もう少し入り込みやすくもなったし、真正面から受け止める覚悟もできたのだろうが……肝心なところでのはぐらかしが、「ずるい」と思ってしまうのである。最後の最後で決めるまでの「溜め」の部分が、なんとももどかしく見えてしまうのである。極まった世界を作っているのは間違いないので、ほんのちょっとベクトルがずれていれば大ハマりした可能性もあるのだが……。 まぁ、好きなものだからこそ、身構えて「騙されないぞッ!」みたいな姿勢で観てしまうのは悪い傾向なのかもしれない。素直に漏れ出してくるエッセンスを飲み干せばそれでいい作品だったのかもしれない。じゃぁ、永藤おかわりもう一杯。 b 「アクダマドライブ」 6→6 最終評価をどうするかは割と悩むところではあるのだが……個人的に「他がやらないことをやってやろう」っていうエッジの効いた攻めは好きなので、そのあたりを好意的に解釈してこの評価にしておく。 だいたいのテンションの変化は感想を書いていた流れの通りで、1話目を見て「うひょー、好きなやつー!」ってなったのは良いのだが、そこから2話3話と続けるにつれ、本当に「適当にその場で設定を作ってなんとなくそれっぽいことをやっているだけ」みたいな印象に。だいたいシンカンセン争奪戦のあたりまでで「行き当たりばったりだし、結局みんなして同じような行動しかしないから盛り上がらんなぁ」というので消沈していた。それが盛り返してくるのが喧嘩屋の晴れ舞台のあたりで、人死にが出るので情動的にも動かされるし、それぞれのキャラが個別に動き始め、「アクダマ」の「アク」の部分にもいくらか意味を見いだせるようにはなった。詐欺師の可哀想すぎる人生遍歴や、そんな彼女の必死の成長にも感じ入る部分はあったし、面白いことに2回目のシンカンセン争奪は今作のクライマックスになっていたと思う。同じ舞台を2回使うことによる「重ねがけ」の効果である。 そして、いざカントウに出向いたところで「なんか見たことあるけどしょうがないかー」くらいの展開が待ち構えており、ラストの大オチも、とりとめのない形ではあるが一応それっぽくまとまった。手堅さと破天荒さが行ったり来たりして、どうにも座りの悪いデザインだったのは間違いない。冷静に筋立てだけを見たら、「オリジナルで思いついた企画を適当にやり散らした感じ」と言われても文句は言えないところだろう。 ただまぁ、そうしてオリジナルで「散らす」というだけでもなかなか勇気のいることではあるだろうし、何よりも作品の雰囲気を維持することには全力が注がれており、ゴリゴリに独自テイストを打ち出した画面設計は間違いなく価値がある。最後までこの世界観で映像を維持し、目がチカチカするような画面を提供し続けてくれていたので、その部分については素直にご苦労様と言うべきだろう。画面を見ていて理屈抜きでテンションが上がるってのは、やはりアニメを見る上ではとても大切なことだと思うのだ。 あとはやっぱりほら、ともよ的概念をたっぷり詰め込んだ被害者ヅラの一般人って最高だよねっていう。なんでこんなに被害者役が似合うんだろうなぁ。
「ストライクウィッチーズ ROAD to BERLIN」 6→6 これが伝統芸能である。全くブレないその世界観、その作品観。熟練の職人たちの手で、1つ1つ丁寧に手作りされています。 まぁ、毎週感想書いてたのであんまり追加で書くこともないのだけども、やはり501の活躍を見ているだけでも嬉しいものだ。馴染みのキャラがいつも通りに元気に動きながら、それでも少しずつ時代の流れを感じさせてドラマを膨らませていくその様子は、3クール目(+α)という時代の重みが成せる業。坂本少佐の引退、そして迫り来るミーナさん、バルクホルンさんの引退。残酷な時代の流れの中でも、新しい服部静夏という才能が現れてくる世代交代の妙味。そんなところに物悲しさや興奮が得られるのも、間違いなく、この作品の歴史のおかげなのだ。 そして、そんな感慨も感傷も全てを吹き飛ばすパンツではない何か。もう、おそらく視聴者の中で「ストパンは下着みたいなズボンが丸出しでエロいなぁ」なんて思いながら見ている人間は多くないだろう。我々視聴者の中でも、あのズボン(ズボン)はもう日常的な光景であって、そこに劣情を催したりはしないのである。たとえ謎の液体燃料で服だけが全部溶けたとしても、それはちょっとした事故であって、そこにエロさは特にないのである。それくらいに、我々の日常はストパン世界にある。いや、どうだろう。流石にそれは嘘じゃねぇかな……。 まぁいいや、とにかく芳佳ちゃんが元気で何よりでした。着実に時代に合わせたレベルアップを果たしつつ、まだまだウィッチはネウロイと戦い続ける。次なるパンツはいったいどこだろう。のんびりと次の戦果報告を待つことにしようじゃないか。それだけが、私にできること。
「キミと僕の最後の戦場、あるいは世界が始まる聖戦」 5→5 いやぁ、ラノベすなぁ。もともと「ラノベアニメ」って蔑称じみて使ってた傾向があるのだけど、最近は数も減ってきたので、どこか郷愁を伴って見ている気もしますね。素直に「続きが気になるなぁ」って思えるアニメでしたよ。 卒のない仕上がりになったな、という印象。1話目で感じたようなパリッとした映像部分での鮮烈さはそこまで際立たなかったが、シーズンを通じて作画が大きく崩れることもなく、それなりの映像でそれなりの内容。当然キャラ萌え要素で女の子が可愛ければ加点であり、今作はラノベ的ハーレム要素はありつつも、そこまで女の子が多くなかったので視線がとっ散らかることもなく、それぞれの女の子に「かわいいじゃないか」と思えるくらいに収まっていた。唯一の難点をあげるとするなら、メインヒロインのアリスが一番可愛くてイスカとの悲恋(?)を演じる部分が見せ場であるはずなのに、そんなアリスを追い越してミスミス隊長の方が可愛さで突き抜けてしまったことくらいだろうか。メイン2人のロミジュリ要素よりも、ミスミス隊長の「刻印できてもうた……」の方がよっぽど悲劇度合いが強くて、応援したいのは隊長になっちゃったんだよな。帝国内部でくっついとけばわざわざ中立国でドタバタ起こさんでも済むんだけどな。まぁ、そうなっちゃったら作品コンセプトが根底から覆るけども。 2国の最強戦士が互いに偶然が重なって交流を深めるっていうデザインのせいで「どないやねん」と思うような展開も多いし、露骨なラッキースケベ的なネタも豊富なのでそのあたりはいかにもラノベ的ではあるのだが、魔王討伐みたいな太い主軸があるわけではないので次の展開がどこに転がるのかが予想できない部分もあり、割と毎週「さて、次どこ行くんだろ?」みたいな興味を引いてくれたのは嬉しいところ。そりゃま、その結果がやっぱり「どないやねん」だったりはするのだが、そうして適度に抜けた雰囲気もありつつ、イスカは基本的にどこまでも真面目に生きてるだけのキャラなので最低限の緊張感は持続できる。勝手に周りの女の子たちがコロコロと余計な方向に転がっていく様子を見守っているだけでも楽しくて、個人的にはメイドのリンのコロコロ具合が一番どないやねんで楽しかったですね。こっちのハーサカもダメ要素が見えた時の小悪魔的な可愛さがありますね。結局感想のどこを切り取っても「女の子が可愛かったね」になるのだが、まぁ、そういう作品ってことでいいんじゃなかろうか。 ちなみに本当にどうでもいいことだが、皇庁側の始祖様がキュアサンシャイン、元女王がキュアムーンライトだったとわかった時点でほっこりしたんだけど、さらにその娘がキュアスカーレットだったので笑ってしまった。カロリーの高い一族だな……。 「池袋ウエストゲートパーク」 4→3 考えてみりゃ大変な時代だよな、カラーギャングだってクラスター作らないようにディスタンス保って活動しなきゃいけないんだもんな(活動すんな)。 なろう系作品とかで「なんでこれがアニメ化されたんだろう?」と首をかしげることは多いが、今作はそうしたコンセプトとは別次元で「なんでアニメ化にこぎつけたんだ?」と思う作品である。少なくともアニメを観る層に熱烈なファンがつきそうな作品には見えないだろうし、最近はやりのネット配信による海外需要を見込むような性質でもないだろう。国内だけで分かるようなデリケートな話も多いし、なんなら国民だってわからねぇような話だって出てくるのである。やはり、「どこに向けたアニメなんだろう?」というのが本当に分からない。 同じような「ドラマ脚本」という部分では今期は「GREAT PRETENDER」とのつながりがあるが、今作の場合、あれとは真逆で「アニメ化することの意義」がほとんど見出せない。画面は常に地味な状態だし、単なるヤンキー同士のもっさりした殴り合いや抗争の様子は、別にアニメで見てて楽しいもんでもない。テーマとなっている問題意識はやけに卑近だったり、救いがないような現実感を求めているくせに、カラーギャングの設定なんかは全く現実感がなくてふわふわしているのでどの程度のリアリティレベルを見込んでいるのか分からず、アニメ的な「嘘」の混ぜ込みが難しくて、いちいち浮いているように見えてしまう。設定や社会情勢を半端に現代にリブートしているために、現実感と古臭さが喧嘩して腰が座らないのである。 多分近い製作理念だったのは前クールの「富豪刑事」だった気がするのだが、あちらは突き抜けて「嘘」に走った作品なのでアニメにして囃し立てることがプラスの材料になり得た。しかし、地べたを這うようにして貧困の問題や人種の問題を扱う作品設計は、どう考えても深夜アニメで解体したいものではないのだ。そこんところの齟齬を製作者たちはどのように考えていたのか。それが最後まで分からなかった。脚本・映像のどちらかに思い切り寄せて開き直ってしまった方が見せ場ができたと思うのだが……。いや、それにしたってラストの適当な処理はどうかと思うんだけども……。まぁ、とりあえず怖いのでしばらく池袋には近づかないようにしましょうね(自粛要請)。
「ギャルと恐竜」 3→3 まず、最終回までちゃんと観てた私を誰か褒めてほしい。いや、ごめん、ちゃんとは観てないけど……まぁ、とにかく観てたことを褒めてほしい。 何しろこちらは4月期新番である。コロナの影響で7話まで放送した後に力尽きて製作延期。結果、半年ずれた秋クールの番組としてもう一回放送して無事にこの度最終回にたどり着いたのだ。そのあまりにインパクトの強いスタートダッシュのおかげで春時点でも相当な数がふるい落とされたはずで、そこからさらに半年のブランクが空いたことで、放送していることを認識していない人間だって多数いたはず。たぶん、原作のファンでもアニメを知らんという人間は多かったのではなかろうか(ちなみにテレ東以外だと地上波放送はほぼ無い)。 そんな作品を何故私が覚えていたかといえば、単に7話までの録画がずっとレコーダーに残ってて「邪魔やなこれ……」って思ってたからなんだけど(こういう時に半端に消したり出来ずにコンプするのをひたすら待つA型気質)。まぁ、とにかく無事に最後まで見届けることができた。そして、もちろん見届けたからと言って評価が変わるなんてことも特になく。いや、でも多分春にそのまま放送してたら観なくなっていた可能性すらあったと思うので、一旦冷却期間をおいて半年ぶりに観られたのはよかったかもしれない。なんか、普通に観てたし。なんならちょっと面白くなってたし。多分、アニメパート部分は悪くない作品なんだよね。実験的でアバンギャルドな画面が多かったり、制作側が何を考えているかわからない展開だったりはするのだが、別に実験的なことをするのは悪いことではないのだし、そもそもシュール系のギャグ漫画なのだから、多少攻めたデザインでも記憶に残れば勝ち。その結果が「Eテレで昼間にやってる教育番組みてぇだな」という印象でも、それはそれで意味があるのだ。ギャルはちゃんと可愛かったのだし、正直、そこだけ観たら平均点くらいのアニメである。ただ、残念ながら尺の半分がさらに意味のわからない実写パートだったおかげで「時間の浪費感」が尋常ではなく、平均点を時間で割って、半分のコスパなので2.5点くらいの配点である。残り0.5点分は「やっぱり島袋ボイスのギャルいいよね〜」っていうところです。 「くまクマ熊ベアー」 4→3 画面にクマが映っていたことだけ覚えている。それ以外には特に覚えてない。最終話の内容はあれでよかったんでしょうか。あれは百合とは呼ばねぇ。単なる幼女の拐かしだ。 まぁ、なろうテイストを隠そうともしない作品である。特徴は、主人公が女性であるという部分と、あとクマ。クマについては単なる装飾であり、別にそこは熊でなくてもいい。猫でも犬でもハダカデバネズミでもアマビエでも変わらん。まぁ、子供たちが好んで寄ってきてくれる方が良いのだろうけども。結局今作は「クマでひたすら画面を覆い、その奥にあるなろうのベース部分をなるべく見せないようにする」という作品である。主人公が女性ってのも(すでに現在のなろうでは珍しくもなんともなかろうが)そんなクマの「かわいい」要素と拒絶反応を起こさないための措置であり、やってることは黒衣のイキリ勘違い剣士でも別に変わらないだろう。 そして当然、クマで覆い隠せるかといえば、別に隠せてない。「イキってんなぁ」「チートで特に説明もなく勝っていくなぁ」「悪者たちがバカすぎるなぁ」「その程度の知識でドヤ顏されてもなぁ」という、私のアップロードが遅れているなろう観でも辟易するような展開。そこに何一つ新しいものはなく、画面を観ていると「クマと幼女が戯れてるだけの内容の方が面白いのでは?」という疑念しか出てこない。まぁ、何故かそんな幼女代表が獣の肉を引き裂く解体業者ってのは謎なのだが……。今のロリは求められるものがハイレベルすぎるな? 「女の子が活躍してればなんでもええんやろ?」と思われるかもしれないが、残念ながら今作のユナに関してはイライラこそ覚えても、決してかわいいとか楽しいという感情は湧きおこらなかった。ヤレヤレ言いながら「また何かやっちゃいました?」っていう奴には、是非とも男女平等に鉄拳制裁を見舞ってほしい。自分の力の大きさを理解した上で自重しない奴って、道徳的に考えても最悪なのでは? そしてこれ、2期があるの? ……ねぇ、まだこれ続くの?
|
ブログ内検索
リンク
最新記事
(01/28)
(01/27)
(01/26)
(01/26)
(01/25)
(01/25)
(01/24)
(01/23)
(01/23)
カテゴリー
プロフィール
HN:
Thraxi
性別:
男性
趣味:
声優のこと全般
自己紹介:
関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
大原さやか 桑島法子 ーーーーーーーーーー ↑越えられない壁 沢城みゆき 斎藤千和 中原麻衣 田中理恵 渡辺明乃 能登麻美子 佐藤利奈 佐藤聡美 高垣彩陽 悠木碧
アーカイブ
|

