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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
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「メダリスト Season2」 ー→7

 「こんな思わせぶりないいところで終わりやがって、ふざけんな」という気持ちもゼロじゃないので腹いせに点数下げることも考えましたが、まぁ、流石にそれは野暮ってもんで。

 ただ、半端は半端なので正面から評価しにくいのも事実ではある。何しろ今期はアニメシリーズとしてはかなり少ない9話分しか放送されておらず、総量としても生殺し感があるのだから。とはいえ、こうして変則的な構成が成立しているのも昨今のアニメ放送スタイルの変化あってこそという気もするし、我々消費者はおとなしく与えられた分を粛々と受け入れていくしかないのだろう。求め過ぎはよくないのだ。

 改めて「たったの9話」という分量を考えると、その中で描かれた物語に不足はなかったように感じた。特にびっくりなのは冒頭で描かれた中部大会の描き方で、いきなりどこの誰とも分からないようなライバルキャラが大量に現れ、短い尺の中で精一杯主張をして消えていった。その詰め込み方はやはり尺の厳しさを感じさせるものではあったが、何かが足りなかったという気もしない。むしろ「これだけ短い時間で閃光のように少女たちの魅力を光らせるとは」という感心にすらつながっている。それを成しえたのは全力の滑走シーン描写のおかげであり、ここまで積み重ねた「フィギュアを見せる」構造に視聴者がついてこられるようになっているおかげでもある。結局どこまで行ってもスポ根はスポ根。競技シーンの熱を伝えるのが一番重要なのだ。このアニメは、その本質を決して見失うことがない。

 そしてやっぱり中心にいるキャラの魅力がとにかく鮮烈。ここ数年のアニメシーンにおいて、ここまで純正に「スポ根主人公」として情熱をあらわにして魅力に昇華した主人公はいなかったんじゃなかろうか。おまけにいのりと司の二人三脚の構図のおかげでそんな「熱血主人公」の旨みも二倍。実にお得で最終的にはラブコメ的なテイストまで楽しめちゃうお得パックときたもんだ。アニメに幼女はつきものであるが、本作におけるいのりちゃんの存在は、決して安易な幼女枠では終わらない、本物の「子供の夢」の体現者であった。

 引き続き、これから先の展開も楽しみにしています。(ただ、半年以上空くことは確定してるので、流石にそろそろ原作コミック読もうかとも思ってます)

 
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「東島丹三郎は仮面ライダーになりたい」 5→4

 2クール作品でそこまで退屈せずに走り切ることができたのだから決して評価の低くない作品だとは思うのだが、ちょいと自我を出させてもらった。身も蓋も無い話だが、これは純粋に「好み」の話である。

 点数を下げた要素はいくつかあるが、ぶっちゃけると「絵があまり得手じゃない」が一番の理由かな。「画」じゃなくて「絵」ね(これ、うちのブログを読んでる人は知ってるかどうか分からないが、私は意図的に静止画の意味での「絵」と動画全般を指す「画」は使い分けてます)。まぁ、つまり原作絵の時点で苦手な雰囲気なのである。多分、そのせいで原作者である柴田ヨクサル作品を積極的に追いかけてこなかったんだと思う。濃い目の絵の全部が嫌いってわけでもないんだろうが、なんか今作のクドいキャラ絵は生理的に受け付けない部分があり、そこはどう足掻いてもマイナス要素になる。ただ、これはどう考えてもほんとに「個人的な好み」でしかないので他の人から見たら理不尽にすら感じられる評価だろう。

 そして、今作については「馬鹿馬鹿しい内容を濃くてクドい絵で暑苦しくやり続ける」という部分が一番の面白みなわけで、その「雰囲気芸」の根幹部分で受け入れ難いとなると、作品そのものの評価が下がらざるをえないのである。大筋のシナリオラインについても、作品内でも言及されている通り、「その辺のおっさんがたまたまめちゃめちゃ強くて、単純な殴り合いで怪人と戦っていく」という内容であり、バトルの駆け引きとか、展開での意外性で魅せる部分はない。根性根性&根性の作品なので、勢いが合わなければ単なる「なんか叫んでる」アニメになってしまう。

 この、「シナリオにテンションを合わせられなかった」原因はもう1つあり、「ライダー」というモチーフ自体に私が思い入れを持っていないせいで理解が及ばないというのも足を引っ張る要因となった。戦隊ならついていけただろうし、もっと広く「ライダー文化全般」に触れてくれるなら一般論として飲み込めた可能性もあるのだが、ほんとに「初代ライダーからV3まで」への愛情を叫ぶことに終始していたので、流石にそりゃ知らなかったらどうしようもないよ。パロディ元がわからなければ、この世界におけるショッカーの立ち位置などもどう見たものかと決めかねるために単純な勧善懲悪ものとしてもノリきれない部分がある。まぁ、そもそもだいぶ序盤で「ショッカーも全員悪いわけじゃない」に話を持って行った時点で勧善懲悪にはなりえないのだけども。むしろショッカーサイド(中尾の物語)の方が共感を持ってみられる部分が多かったせいで、「ライダー愛」の物語としての主軸が霞んでしまったのももったいなかったかなぁ。

 ま、ほんとに「雰囲気を見せる」作品なので、合う人には合うのだろうし届く人には届くはず。そこは無理せずに「そういうもんや」と受け入れておけばいいと思った。

 
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「死亡遊戯で飯を食う。」 6→3

 すまねぇ……受け止めきれなかったんだ……ここまで初期評価と最終評価が分かれた作品も久しぶりだよ。まぁ、最近は途中でついていけなくなったらリタイアするからな。

 白状しちゃうと、2つ目のミッション(つまり3話目あたり)でだいぶついていけなくなっていた。多くの視聴者が同じ感想を持ったと信じたいが、あまりに観念的な描写が多すぎて内容が理解できなくなったためだ。1話目で思わせぶりに表示されてたカウントアップ、結局最後まで出しっぱなしだったし……あれも意味があったんだろうか。もし最後まで集中力を切らさずに見ていたら何かしらの答えが得られていたかもしれないが、残念ながら今作にはそこまで集中力を持続させられるほどの引力が無かった。

 苦しみながらも一応最後まで視聴を続けていたのは、監督の上野壮大氏というクリエイターは何かすごいものを生み出せる人物だと思っているから。こんな点数をつけておいてなんだが、未だその評価は変わっていない。それくらいに「義妹生活」のインパクトが大きかったのだ。しかし、今回も「義妹生活」に似たラインの演出方向で見せていたことが決してプラスには働かなかった。適材適所、作品内容と演出の噛み合わせ。そこへの配慮は正直足りていなかったと思う。この人がこういう演出一本でしか作品が展開できないとしたら……まぁ、何かうまいこと噛み合う原作を見つけるか、オリジナルを展開するしかないだろうね。でも、かつてクセつよ監督の代表と言われていた新房昭之だって、周りをねじ伏せてストロングスタイルで傑作を何本も世に出しているわけで、決して噛み合わない武器ではないと思っているよ。

 それでは、今作でなぜその「武器」がはまらなかったかということを漠然とではあるが考えてみると、「義妹生活」との大きな違いは「リアリティラインの差」である。いや、別に義妹との恋愛ドラマがそこまでリアルだとは思わないが、「妹がいる」「他者との愛情について考える」、ひいては「恋愛をする」は広く人類が理解できる通念なわけで、そこに前提条件はいらない。誰もが皆、どこかで自分も経験したかもしれないあれやこれやなので読み込みを深くすることが可能で、多分に観念的であったり、抽象度を上げたとしても、それを汲み取るだけの受容器官が備わっている。あまりに普遍的すぎるので普通にやったら「ベタ」になるかもしれない題材を、斬新な演出でもって真に迫ってみせるスタイルがハマったのだ。

 対して今作はどうだろう。原作を読んだことがないのであまり断定的なことは言えないのだが、やはり「デスゲームもの」はどこかアホっぽくはある。当然リアリティなんて置き去りランナウェイだろうし、多分今作の「デスゲーム」は過去の類似作品と比較してもかなりアホ寄りというか、適当なものだったようには思う。ルールも分からんし世界観も見えない。ましてそんなゲームに参加している少女たちの心情など、普通の人間はいくらも引き寄せて理解することはできないだろう。そこにさらに理解を困難にするような演出・ギミックを混ぜ込まれては、そりゃ「分からんもの」にしかならないのではないか。

 映像部分にしても、止め絵のインパクトの強さが初期配点の要素でもあったのだが、流石に「殺し殺されデスゲーム」の画面としては静的すぎる。多用された遠景の固定カメラからの長回しは切迫感を生み出せないし、カット割りのぶつ切り加減も緊迫感を寸断することになってしまう。監督が描きたかったのは狂った状況に身を置く1人1人の少女の内情なのだということは理解しつつも、それを追うために必要となる前提、「まず何が起こっているのか」を伝えるための情報が足りなすぎた。毎度毎度何か大切なものをすっ飛ばして偏執的な撮り方をされるのは、なんだかラーメンのうまさが知りたいのに延々メンマの断面だけ映されてるような、そんな違和感があるのだ。

 うーむ、強い作家性というのは評価したいし拾えるものなら拾いたいとは思うのだが……今作については、本当に題材との噛み合わせが悪すぎた。次作は仕切り直して頑張っていただきたい。

 
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「グノーシア」 6→8

 ちょいと下駄をはかせすぎじゃない? とは思うが、まぁ、私は人狼大好き民なので、その分の補正がかかっていると思っていただきたい。いや、でも純粋にシーズン中の興奮度合いで言えばトップクラスだったと思いますよ。

 評価ポイントは大きく2点、細かくするなら3点。まず1つ目はなんといってもその構成の妙である。元々番組がスタートした時に何も知らなかった私は「人狼ゲームってドラマのシナリオに落とし込むの難しいんだよな」とやや不安を示していたが、今作の向かうところはそんなちゃちな心配をするような場所ではなかった。いや、確かに1回1回の人狼ゲームとして区切った場合にはしょうもない回……というか凡ゲームすぎることも多々あったんだよ。「その進行はおかしいやろ」とか「素人考えにしても単純すぎるやろ」とかね。ただ、それだって人狼をあまり知らない人に見せるアニメだと考えれば親切なチュートリアルみたいなもんだし、どこまでいっても「普通の人狼ゲームとグノーシア探しは訳が違うんや!」という話なので、「純正人狼ゲームとして」楽しむなんて視点は早々にオミットされるべき。

 その上で、「人狼を繰り返すことによって周りの子と仲良くなるコミュニケーションゲーム」という身も蓋も無いゲーム構造がちゃんと魅力的に映るような筋運びになっていたというのが最大の評価点なわけだ。最初の数回は愚直に人狼を繰り返して主要メンバーとの交流を図りながら、「こいつらはどんな人間なのかな?」という興味を惹き、それ以上に「ユーリ君は何を考えてループを繰り返す人物なのだろう?」にも目を向けさせる。少しずつフラグを立てながら進んでいく多重世界を追いかける我々視聴者は、あたかも自身が鍵になったかのように、ちょっとつず蓄えられていく知識(情報)に一喜一憂。その変化を楽しむことができる。30分区切りという大きな制約を持つ地上波アニメで、毎回の緊張感をきちんと持たせた上で大局の物語を勧めていく手管は非常に計算高い。

 さらには合間に声優特番を挟むところまでもが構造の一部になっているというふざけたしたたかさ。いや、ゲームをやってる人からしたらバレバレだったのかもしれないが……私は素直に「なんじゃその構成!?」って驚いたもんね。そうして1週間引っ張られた怒涛のエピローグ3本がまさに真骨頂。一気にいろんなものを回収していくカタルシスは多幸感に溢れるものだった。

 そうしてお話自体がお見事だったことが大きな1点目で、それを支えるアニメーション映像の素晴らしさが大きな2点目である。ドメリカの作画は正直期待してなかっただけに、2クールの長きにわたって大きな崩れもなく、この個性的なキャラクターたちを動かしきったのは非常に大きな功績。まぁ「人狼アニメ」なのでそこまでモーション作画のカロリーが高くないってのはあるだろうが……それでも、これだけ細かいキャラ作画を選択した時点で1枚1枚のシーンを組むだけでも結構な責任を伴うはず。グノ顔のテンション感なども含め、きちんとこのふざけた世界観に没入できるだけの画面を作ってくれたことの恩恵は大きい。

 そうした作画部分の良さの下位分類にはなるかもしれないが、描かれるキャラクターたちの魅力が一番大事な屋台骨。ジリジリと真相に迫っていくドラマ脚本とキャラの個性に極振りしたキャラデザという両輪があって初めて、今作の15人はここまで「気になる」存在になったのだろう。いや、そりゃまぁ「結局しげみちってなんだったんだよ」「それ以上に夕里子はなんだったんだよ」などの疑問は残りますが、別に「その場にしげみちたちがいること」に何の違和感もなくなっていたし、登場した時にちょっと嬉しくなったりもしたでしょう。15キャラを描くのに2クール弱ってのは決して余裕がある尺ではないと思うのだが、配置のバランスも含め、「キャラゲー」としての魅力をしっかり伝えてくれていた。ま、やっぱり僕はラキオニキを推しますけどね!(女の子だったら断然SQちゃん)

 改めて「原作ゲームもやってみたいなぁ」と思えるだけのアニメでした。ゲーム原作でここまでハマっちゃったアニメは案外久しぶりかも。この先も、人狼文化に幸多からんことを。

 

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「青のオーケストラ Season2」 ―→6

 NHK名物、突発的にシーズンをずらしてやってくる最終回。他の作品にはだいぶ先駆けてになってしまうが、気づけば最終回シーズンにも近づいているのである。ちなみに、最終回のサブタイが「卒業」でシーズンの切り替わりがテーマだったので、もしかしたら卒業シーズンにわざわざ合わせて放送された可能性もある。その場合にはナイスNHK。

 終わりよければ全てよし、ってことでもないが、やっぱり晴れやかな卒業シーンを描いてもらうだけでスカッとした気持ちにはなれますよね。そうでなくてもなんだかんだで長い付き合いにはなっている作品、キャラへの近しさも感じられるようになっているだけに、少年少女の1つの節目にちょっとご祝儀をあげてもいいような気分である。

 実は1期と同じ評点になっているのだが、差別化を図るために多少細かく見ていくと、1期と2期では描かれるテーマがだいぶ変化している。1期は主人公・青野の家庭環境を筆頭に、音楽との向き合い方や他者との触れ合い方にも色々とギスギスした部分が多く、どんどん内省的になっていくお話だった。もちろん2期にもそうした要素はたくさんあるのだが、何よりも青野自身が成長して部内でもコントロール役に回れるようになったこともあり、視界が拓けて、より俯瞰的な視点から物事を観察できるようになった感がある。そのために取り扱う人間関係がより広く、たくさんの部員たちが絡むようになったし、問題解決には青野自身の強さが関わるようにもなった。あとはまぁ、女の子たちとの関係も……まぁ、こちらも日進月歩ですわね。

 より純粋にオーケストラ音楽に触れる要素も増え、特にオーディションではアニメーションとしては異例なくらいにたっぷりと尺をとって演奏シーンが流されることもあった。正直、私みたいな教養のない人間からすると「多分……いい演奏だったんだと思います!」くらいで演奏の良し悪しを判断する術はないのだが、少なくとも画面の雰囲気や見せ方で「どういう音楽が奏でられているか」を感じ取ることはできる。1期の頃から「演奏モーションがCGなのはどうしてもねぇ」という感覚はあり、それは最後まで完全に払拭されたわけではないのだが、今作についてはCGモーションにしてもそれがサボりだと感じられるようなものではないのだし、統制をとってその他パートとの親和性も高まっていたので大筋では問題ないレベルになっていたんじゃなかろうか。まぁ、そうは言ってもラストの作画演奏シーンのキャラデザはやっぱ嬉しかったけど。

 NHKはオーケストラ部アニメも吹奏楽部アニメもこれだけのクオリティで囲い込んじゃってるのが本当にズルいと思うのだが、青少年の音楽教育にもっと力を入れる活動とかをしてくれるんでしょうかね。いや、多分これまでも充分に社会貢献はしてると思うけど。今作を見てオケに興味を持つお子さんとかが出てきたらいいと思うし、出てくる可能性はある作品だったと思いますよ。

 
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「破産富豪 The Richest Man in GAME」 5→4

 すんごい変なタイミングでの番組感想です。……だってこれの後番組の「時光代理人」の感想を先にあげてるんだから。なんで終わった番組の感想が後に出るんだ、って話なんですが、これがいかにも私らしい間抜けな話でして。実は、「まだ最終回を観てない」って思い続けてたんですよ。どうやら放送枠のこれの最終話と「時光代理人」の間に1週のブランクがあったらしく、その週にレコーダーが録画失敗してたんです(番組が無かったからね)。ただ、私は勘違いして「あれ? 録画できてない……機材トラブルかな? 最終話だけ見られなかったのイタいなぁ」と思って番組ページを確認したら、幸い私が唯一視聴可能なオンデマンド、アマプラで配信してたんですよ。「これは助かった。アマプラにはまだ上がってないから、一週遅れかな? よし、最終回を確認してから感想出そう」と思って……ず〜〜〜〜っと待ってたんですよ。なんぼ更新しても最新話こないなー、って思いながら(普段アマプラ使わないから仕様すらよく分かってなかった)。まさか、そんな最終話が存在しないなんて思いもせずにね。

 こんな間抜けなミスが発生したのは何も私(だけ)が悪いわけじゃない。だって……視聴してた人なら分かると思うけどさぁ……どう考えても来週も続く話じゃん。最終話じゃなかったじゃん。調べてみると、どうやら本国では普通に放送されている内容なのに、日本語版は16話でぶつ切りにされてしまったらしいのだ。意味分かんないよね。放送するなら最後まで責任もってやってくれよ……せっかくここまで頑張って視聴してたのに、何一つ報われねぇよ……。というわけで、ぶつ切りで終わってしまったので「結論」も出てないし、放送枠としては印象が最悪になりました。

 でもまぁ、枠の話は作品の本質とある程度分けて考えるか……えっと、Funnyではあった。正直、何故か観ていて退屈はしなかったのだが、終わってみて「面白かったのか」と問われると、疑問符の大量発生がががが。

 まずもって、ほんとに筋立てが一本きり。「ヘンテコな悪魔契約で本当はすってんてんになりたいはずの主人公が、やることなすこと全部逆効果で大成功を収めてしまう」というたった1つのネタだけをひたすら繰り返してまさかの「拡大再生産」を行うという物語。私の勝手な分類としては「ラッキーマンパターン」よりも「カメレオンパターン(加瀬あつしパターン)」に近いもので、ヘタレ主人公がなんも考えずにやったことが周りから勝手にいいように解釈されて成り上がっちゃうというフォーマットが近い。

 別にこれだけで話を作るのは構わない。それこそ加瀬あつしなんて何十年とそのパターンで活計を立てているわけで、充分なファニーがあればそれだけで成立するデザインなのだ。そして、最後まで退屈せずに観られたということは、今作もその点においては成立していたような気はする。ず〜〜〜っとゲーム製作のみで4作品繰り返すパターンだったが、レースゲーム・TCG・FPS・シミュレーションゲームとちょっとずつ目先をずらしているおかげで完全なる天丼にはならなかったし、途中からはゲーム製作に加えて会社経営のあれこれも入ってくるので、どんどん話が大きくなって手に負えなくなるコントとしてみることができる。やれやれ系のなろう主人公と違ってほんとにただのダメ人間でしかないチェンが訳もわからず「成功」してしまいもがき苦しむ様を楽しむのは、それだけでエンタメなのである(奇しくも、どこぞの無能マスターと声が同じだったりする)。

 ただ、そうして「なんか最後まで見られちゃったな」という気持ちもありつつ、やっぱ面白くはなかったよな、という冷たい振り返り視点も出てきてしまう。最大の要因は作画のショボさ。チャイナアニメは超高品質と超やっつけ品質が極端だが(いや、それは日本も同じか)、今作は一目でそれと分かるやっつけ品質。このクオリティのアニメを手放しで面白いと言えるほど、私は作画に無頓着ではいられない。お話を語ることを優先させて、「なんでアニメにするんだろう」の部分にあまり考えが至ってないように見える。

 加えて、筋立て部分にしてももう少し説得力は欲しかったと思う。ファニーテイルなのだから不条理なままでいいだろ、という考え方もあるが、今作最大の焦点は「失敗しようと思ったチェンの打つ手が全て逆効果になって大成功してしまう」という意外性だ。最初のレースゲームが偶然ヒットしたあたりはその理由の反転が1つしかないので「偶然」で片付けてもいいのだが、会社経営&FPSゲーム開発あたりは要素が多くなりすぎて、それら全てが「偶然」成功っていうには説得力が乏しい。何か1つくらい、「失敗要素だと思ってたのに実際はとんでもない成功要素になる可能性を秘めていたのさ!」でどんでん返しが見られればグッと締まった気がする。そのあたりの「上乗せ」を期待した部分で「今一歩」という結論だ。

 でもまぁ、引き続きこうして中国文化が入ってくるのは(ご時世を考えれば特に)ありがたい話ですよね。ゲーム開発とかソシャゲの面白さ、不満なんかが日本も中国も同じだよな、ってのが分かったりするとちょっと嬉しいよね。

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「キミとアイドルプリキュア♪」 5→6

 終わりよければ事も無し。正直に白状すると、1年前に書いた通りに私の中では「わんぷりを終わらせた存在」である今作。逆恨みにすらなっていない言いがかりなのだが、そんな心情面から普段よりやや心は離れ気味の接し方になっていた気もするのだが、最終回を視聴して胸に去来するこの寂しさ。いわゆる「プリキュアロス」が思ったよりも大きく、なんだかんだで大切な存在になっていたな、ということを実感させられた。明るく元気に、ニチアサにあってしかるべきプリキュアであった。

 途中なおざりな視聴になっていたために要素を十全に拾えたとは言い難いのだが、それでも評価すべき点はいくつかある。個人的に一番のお気に入りは、これは戦隊シリーズの評価でよく取り上げる要素なのだが「わちゃわちゃしてる敵組織」である。端的に言えばチョッキリーヌ様、あとダークイーネ様。チョッキリ団の3人はそれぞれに個性的で敵だった時にも魅力があったし、光落ちした後の強火ファンとしての存在感もばっちり。ことに私は最近佐藤せつじ氏のファンになっているため、普段の氏のお仕事では絶対に聞けない裏声ぷりちー妖精役なんてのは楽しくてしょうがなかった。チョッキリーヌ様の最期(?)については今作における唯一の「闇深」案件で多少飲み込むのに手間がかかるが、その辺の要素についてはダークイーネ様の中の人、我らが佐藤利奈が自分なりの考えをTwitterで綴ってくれており、それでなんか納得してしまった。ざっくりまとめるとチョッキリーヌ様の親愛と責任感こそがダークイーネに自我を与え、話し合いの場に引き摺り出す最大要因となったという考え方で、いわばチョッキリーヌ様が此度の事件の最大の功労者だったという話。そのあたりの話も含めて、たった4人(+追加面子1人)の小規模な構成ながら、しっかりといい仕事をしてくれていたと思う。

 また、そんなダークイーネ様がらみでのもう1点として、本作タイトルにある「キミ」という言葉の重要性も注目したい。新番チェックの際に、私は「このキミって何なんだろね。テレビの前の大友たちも含んじゃうとインタラクションを強要されるけど、それって作品全体を通じて維持できるような概念なのか?」と首を傾げていたのだが、最終回のうたちゃんがことさらに「キミ」という言葉を強調していたためにこの問題も解決。あくまで私の中での考え方だが、「キミ」という二人称を持ち出して強調することは「観測者としての顧客を想起する」のではなく、あくまで「1と2」、つまり対等な関係にある「アイドルと対になるもの」を想起させるためのフレーズだ。

 昨今のアイドル活動といえば「推し活」なんて言葉が常に取り沙汰されるが、ここに「推し活なんて言葉使ってるけど、要するに搾取する側とされる側なわけだろ。推してるとか言ってる奴は実質何も生み出してない、単なる消費者だ」みたいな言説が付き纏う。プリキュアを「アイドル」に祭り上げた際、周りのみんなは、そしてテレビの前の視聴者は単なる消費者・搾取される側に回ってしまうのではないかというのは、一抹の不安としてあったのかもしれない。そこで「キミ」だ。アイドルたちは目の前のファンを「キミ」と定め、面と向かって対話すべき「二人称」を与える。これによってファン目線でも自覚的な活動が促され、アイドル側も常に支えてくれる人、伝えたいターゲットのことを考えていることが明示される。

 そして、今回はそんな二項構造に「光と闇」というテーマが重なった。実は今作の骨子はとてもよく似た作品があって、それが「烈車戦隊トッキュウジャー」である。あっちは「レインボーとシャドー」だったが、最終的に主人公が「闇」を取り込み、「闇も並んだレールを一緒に走っていいんだ!」という答えを導き出す。彼らのイマジネーションはいわば「キラッキランラン」なのである。ちなみにこの「光と闇の共存」を象徴するキャラクターとして、追加戦士枠にトッキュウ6号・虹野明がおり、彼は元々シャドーラインのいち兵卒だったところを、光堕ちする設定である。今作においても、厳密には「光堕ち」には該当しないが、文句なしで特大の闇を抱え、「黒」をシンボルカラーとしたキュアキッス・メロロンが非常に近しい役割を果たしたことは明白であろう。初代以来となる「黒と白」の組み合わせをここで持ち出したことが、「光と闇」「ワタシとキミ」を体現するための設定だったことが分かると、本作のシナリオラインが非常に端正なものだったと理解できるというものだ。

 ま、いうて私はこころちゃんが推しだったんですけどね……いやぁ、でも5人全員ちゃんと役割があってよかったな。やっぱり1年間の尺がある作品なので、全てのキャラの掘り下げがきちんと行われるのは強みですよ。是非とも、このプリキュア文化は絶やさずに続けて欲しいと思います。ねぇ、東映さん……(どうやら何かを恨んでいる様子)。

 さ、来週からは探偵だよ! すでに今週時点で矢野茜デザインのキャラのクドさが画面から浮いてて笑ってしまった。キュアっと解決!

 
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「ある日、お姫様になってしまった件について」 4→5

 とりあえず、ここで今期の最終評価枠は一区切りということにしておこう。今期はよく分からない構成の作品がいくつかあり、もしかしたらすぐにまた最終回を迎える作品があるかもしれないのだが……このまま放っておくと締まりが悪いのでね。今期執筆された最終評価は37本。前クールの53本はちょっと多すぎたが、その前が39本なので一応目標となる「40本前後」には近づいている(継続作品があるため試聴本数は当然これより多い)。このくらいが現在の私が処理できるギリギリのライン……いや、なおざりな試聴も増えているのでもっと削減しないと本来はキツいのだよな。引き続き、本数削減には努めていこう。

 さておき、最後に並んだのが中国アニメ2本というのもなんだか不思議な話だが(そして半端に残っているのも中国アニメ「破産富豪」である)、色んな形で提供される中国アニメの色んなトピックが浮き彫りになるラインナップである。奇しくも10年以上前に制作された「羅小黒戦記」はほぼベストと言っていい形で日本のファンにも適合する最高のアニメーションとして制作されている。これはWeb版も劇場版も大きな差はない。対して、露骨に作画リソースがヘナヘナな「破産富豪」は根本的なクオリティの面でいただけない作品なのだが、シナリオ部分に「日本にはないかもしれない」要素があってちょっと興味を惹かれるのが、過去の作品だと「この恋で鼻血を止めて」あたりに近い印象。

 転じて今作である。初期評点の4点から1点あげたのは、正直言って私が今作をちょっと好きになったから……ではない。「こういう制作体制も一定のニーズがあり、価値を認めるべきかもしれない」と考えを改めたためだ。あ、ちなみにこの記事において作品のシナリオに触れる気はあんまりない。なろう的ニュアンスもちょっと含んでるけどプリンセスストーリーとしては程よい刺激と程よいロマンス。正直そこまで印象に残らないが、決して悪い物語ではないというので「可もなく不可もない」評価で終わらせておきます。未完で終わっちゃったことも、もはやこの際あんまり問題じゃない。2期を待ち侘びるようなもんでもないしなぁ。

 俎上に上げるべきは当然映像部分。以前からずっとこの作品のような描画について「AIをふんだんに使ったような」と表現しており、近いニュアンスがあったのは「時光代理人」(の2期目)だった。今作も表面的には非常に細やかで「美しく」見える映像なのだが、絶対に「人の手によるものではない」部分が含まれており、私としては「動かすために動いているだけ」の動画の多さは受け入れ難い部分であった。

 しかし、ここで「AIというツールの是非」の問題が出てくる。法的な問題を全て度外視した場合、AIは純然たる「新しい創作ツール」となっている。これまで人が全て手作業でやっていた工程をコンピューターに任せるという、技術革新だ。その存在意義は、例えばペンタブを使って画面上で絵を描く「CG」の誕生の延長線上にある。「楽できる部分を楽する」ために人類は革新を続けているのだから、それを単に「今までなかったから」という理由で嫌悪するのは理論的におかしな話なのだ。「動けばいいじゃないか」という消費者層が一定数出てきている時代であるなら、それに適合する形で「手数を減らして、動きを減らさない」作劇に価値が生まれるのは必然ではあるだろう。

 ただ、あくまで個人的な感情の問題だが、私はやはり今作のような作劇法は好みではない。人の手が減るということは、つまり人の「考え」が減るということだ。作り手側の意志の介在が減り、そこに「描こう」という意識が減る。一介のアニメファンとして、私はその変化を望んでいない。だからこそ「認めなければいけないかもしれないと考える」という段階で留まっているのである。

 とはいえ、現在はAI技術に関してはまさに過渡期。もう数年もしたら、本当に人が自在にその創意を表出できてしまうくらいに優れた技術になっている可能性もある。否定ばかりしていてはその可能性を潰してしまうかもしれないという恐怖もある。この手の技術を貪欲に飲み込むのは、やはり隣国の方がエネルギーがある状態。中国アニメでこの方向性が進んでいるのは、なんとなく納得できる部分なのだ。古色蒼然たる伝統にしがみついて時代に置いていかれる愚を犯したくはない。さりとて、表面上の技術に溺れて魂を失うのも勘弁だ。さぁ、アニメ業界の未来はどこへ向かう?


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「羅小黒戦記」 6→6

 これは完全に泣き言なんですが……、さっき「ぼちぼち新シーズンのアニメの録画準備でも始めるかァ」って思ってレコーダーの整理と調査を始めたんですよ。ほんで、まだ残ってる前シーズンのアニメについて「残りどんなもんじゃろ」って調べていったら……なんと、今作についてはよりによって最終話を見逃していたことに気づいたのであった。

 なんかね、通常の日程だと水曜深夜(つまり年越しのタイミング)だったもんで日程が変わって数日前に放送されていたらしい……うちのレコーダーの追跡機能ではそういう調整までは追いきれず、哀れ私はラスト数話を見ないままで今作とお別れすることになってしまった。正直ショックである。まぁ、幸いにしてアマプラには入ってたので、録画ミスったことによる心のダメージは負いつつ、最終話だけアマプラでフォローすることになったのでした。

 というわけでちょい遅れてしまったが、今作をちゃんと吹き替えした状態で観ることができたのはやっぱりありがたかったですね。これまで日本国内だと基本的に劇場版1作目のみが気軽にアクセスできる媒体で、この度劇場作品の「2」も観ることができたわけだが、それだけじゃ、やっぱり元祖となる作品の雰囲気を全部伝えきれるわけじゃないからね。むしろ劇場版だけだとシリアス要素が強めになるので、元々の作品の理念からはちょっと外れた印象の方が強いんだよな。そんなことを10年以上越しで初めて認識することができました。

 視聴前と視聴後では色々と印象の変わる部分もあって、一番大きいのはやっぱり「カワイイ」が先行した作品だったんだな、って部分かな。デフォルメレベルも劇場版とは全然違うので、こっちを後から見ると「メインストーリーのスピンオフをゆるキャラでやってる」みたいに見えてしまうのだけど、元々こっちのちみキャラから始まったシリーズなのだと考えると見え方も変わってくる。10年以上前にすでに中国アニメでここまでの「Kawaii」が実現できており、動画クオリティも独自の技を見せていたと考えると、想像以上に今作がその後の中国アニメに与えた影響ってのは大きいのかもしれない。もしくは、我々が知らないだけで中国にはもっともっと試聴する価値のあるアニメがたくさん作られてるのかもね。

 その上で、作品世界全体を見るとどこかに「やっぱ中国っぽいな」と思える部分もあって、まさかこんなにがっつり「バーチャルなゲーム世界」に関わる世界観だとは思ってなかったのよね。中国アニメって、日本のアニメ以上に「ヴァーチャル」とか「ゲーム」を題材で扱うことが多くて、私がこれまで試聴してきた作品だと純然たる「仙界歴史もの」以外の現代劇はほとんどが「ゲーム」に関わってるんだよ。やっぱり「アニメを試聴する層」を考えるとそういうフィールドが多くなるんだろうか。そういう意味では、日本のアニメはまだまだ多様性に富むフィールドではあるかも。(なろうの台頭でイメージは薄れているが)ジャンルの多さはまだまだ保たれているだろうし。

 ま、こうして10年以上前の作品に今更何かを言ったところで全部時代遅れの言及にしかならないんですけどね。まさに「ひと昔」の世界、改めて、世界規模でのアニメのいく末を考えるきっかけになればいいね。

 
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