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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
鬼のような作品であった。脚本家泣かせで監督泣かせで、アニメーター泣かせで、そして視聴者泣かせ。ここまで身を切る覚悟が無ければ完成を見ないアニメ原作というのも、希有な存在である。
個々のエピソードについてはくどいほどに各回の感想で書いているので総論のみになるが、終わってみればかなり楽しめた作品であったのは間違いない。キワモノ作品にありがちな「特異な演出だけは見応えがあった」とか、私の感想にありがちな「中の人の声だけ聞いてれば幸せだった」とか、そうした一面的な価値ではなく、きちんと総合技術としての「アニメーション」としての完成度が高い、見どころの多い作品であったと思う。 この作品をアニメ化するにあたって、最も苦労したのはシリーズ構成・脚本を組み立てる人々であろう。月一の1時間枠というのは、普通のアニメシナリオになれてしまった熟達者であればあるほどに異質に見えたであろうし、30分という枠に慣れてしまった視聴者にとっても、1時間の「長丁場」をダレることなく見続けられる脚本の線など分かるはずもない。そんな中で、「原作本まるまる1冊分」からアニメ脚本を再構築する作業は、並大抵の苦労ではなかったはずだ。当初は「月一で発売されてた本を月一のアニメにすればいいんだから楽じゃない?」とか考えたりしたのだが、この作品は残念ながら、西尾維新の作品なのだ。通り一遍の技術でアニメになるはずがないのである。シリーズ構成の上江洲誠氏を始め、脚本を担当した待田堂子氏、長津晴子氏にはとにかくお疲れ様と言わねばなるまい。 その上で、脚本をどのようにアニメに落とし込んでいくか、という部分は、実にチャレンジングな物作りが試みられている。最も顕著だったのは田中基樹の手による第7話だったと思うが、それ以外にも小松田大全や小林智樹など、多芸な演出家たちの手によって「台詞アニメ」であったこの作品に艶と味が付け加えられ、毎回異なった楽しみ方が出来た。もちろん、統率者としての元永慶太郎監督は言わずもがな。画面の質についてはあまり触れられる機会のない作品ではあったが、癖の強いイラストレーションを毎回安定した質で提供してくれたWHITE FOXの1年のがんばりにも賛美を送りたい。とにかく、スタッフの実力と、愛に恵まれた作品であった。 1ヶ月ごとに1時間枠で1本、というスタイルは色々な事情と思惑があって実現したスタイルではあると思うが、その試みは充分成功していたと見ていいだろう。ステロタイプな王道パターンを心得ながらも常に捻くれる西尾維新の作品そのものが、「区切らずに1話を1本で」やる前提のスタイルになっており、その意志を十全に再現するには、この方法しかあり得なかった。時間的な余裕もあって質が落ちなかった部分もあるだろうし、今後のアニメ放送のスタイルサンプルとしては興味深いものだ。昨今は、WEB配信などの様々な形態が模索されるアニメ業界の過渡期とも言える時代。その1つの先例として、悪くない結果を出したのではなかろうか。放送本数や放送時期など、財政的な問題で不必要な労苦が多いアニメ業界において、「無理を減らして作品の本質を掘り下げられるスタイル」というのはそれだけで価値があった。なかなかこれに追従することは難しいと思うが、今後もこうした「既存のスタイルに縛られない」作品作りに期待したい。 少し作品内部のことにも触れておくと、「一月に1本の刀を手に入れるために、一月に一人の敵キャラを倒す」というシンプルな構成のおかげで、各々のエピソードに魅力的なキャラクターを丁寧に配することが出来たのが根源的な強み。刀の所有者であげると、2話で登場した宇練銀閣と10話で登場した彼我木輪廻が印象深い。全てのキャラクターが、ちゃんと「七花の成長物語」という大きな縦のラインにちゃんと絡んでいるという構成も心得たものである。全てのキャラが愛らしかった真庭忍軍の中でも、初登場でインパクト絶大だった蝙蝠は最高の敵キャラだったし、人鳥と鳳凰は最後まで作品を盛り上げてくれた名バイプレイヤー。そして、メインキャラクターである七花・とがめ・否定姫・右衛門左衛門。七花は最初「あんまり魅力的じゃないなぁ」と思っていたのだが、とがめとの相乗効果からか、終わってみればなかなか味のある「主人公キャラ」に成長していた。個人的にお気に入りだった否定姫も、ぶれない生き様が実に魅力的。こういう阿漕なキャラを作らせると、悔しいけど西尾維新のセンスってのは妙に刺さる。そして、そんなキャラクターたちの中でも一番のお気に入りは鑢七実である。男の子はね、やっぱり最強キャラには無条件で惚れるもんなんですよ。 当然、キャラが盛り上がったということは、私の視点は「中の人大フィーバー」ということ。本当に毎回名前を挙げているのでよく飽きないものだと我ながら感心するが、戸松遥、田村ゆかり、小山力也に置鮎龍太郎。こんな異様な世界の中で、よくもまぁ、活き活きと動いてくれたものです。でもMVPはやっぱり中原麻衣のもの。次点は……インパクト重視で鈴木千尋かな。ちーくんは本当にお気に入りなんですよ。 のんびりと1年間付き合ってきた全国行脚の12話分。終わってしまうのはとても寂しいが、長丁場で引っ張っただけの意味は充分にあったし、期待以上に楽しませてもらいました。是非とも、このスタッフでまたこうしたチャレンジングな作品が見たいものです。 PR
「薄桜鬼 碧血録」 4→5
今期1番最初にゴールテープを切ったのはこの作品。2期目としてはわずか10話分という短期決戦の作品であったが、なんだかんだで気付けば最後まで観ていた、珍しい「乙女ゲー」作品である。 元々の視聴のモチベーションは徹底的に中の人。雪村千鶴嬢の声、つまり桑島ボイスにはみるみる人を不幸にする魔力が込められており、彼女を守る為に奮戦していた新撰組の面々は、ものの見事に全滅エンドを迎えることになった。今回はキャラクター自体が死ななかったことを喜ぶべきかもしれないが、この救われないエンディングは予想通りとはいってもやはり切ない。新たな桑島伝説の1ページと言ってしまっていい出色の出来である。 とまぁ、茶化してみてはいるものの、1期では「鬼(羅刹)」だのなんだのとファンタジー要素強めで展開していたこの作品も、2期目になると時代の荒波に押し流されていき、存外しっかりと戊辰戦争の顛末を史実に基づいて描いているのには驚かされた。もっと考え無しな「腐女子向け」展開になるのかと思っていたのだが、特に軍略面、実際の新旧幕府軍の攻防などについては、お茶を濁さずにきちんと設定として活用している。その結果として新撰組の隊士たちは帰らぬ人となってしまっているわけだが、下手な逃げを打たずに、真正面から歴史の悲劇を描いているのは感心させられた。「一人の女性と危険な薬物のせいで人生を狂わせた男達の物語」といえばそうなのだが、ちゃんと各キャラクターたちが信念を守って生き抜き、絶えているために、そこにはお仕着せの悲劇だけではない、ひとかどの物語が存在しているのである。最終回ではエンディングバックで各隊士たちの想い出が流され、不覚にも目頭が熱くなってしまった。 もちろん、難点も多い。最大の問題点は、「軍記物」として戦争の行方を克明に描こうとしてしまったために、どうしても進行が駆け足になり、中盤以降は、戦局の趨勢を全て千鶴のナレーション1本で片付けてしまっている。もちろん、細かい局地戦の様子を事細かに描かれても視聴者側としては訳が分からなくなるだろうが、全てが同じようなテンションでただ流されていくだけというのはいかにも味気ない。その中で、例えば近藤さんの死のような大きなドラマが挟まれているはずなのだが、どうしても「死ぬために死んだ」ような部分も目立ち、あまりに無感情に戦争が進行するため、ジワジワと負けを重ねる旧幕府軍の連中が全員馬鹿に見えてしまう。策も何も無しに突っ込んで部下を見殺しにした近藤さん、そして最終回では激情に身を任せて突っ込んでさっさと狙撃される土方。そのへんの「格好悪さ」を軽減してくれれば、もう少し物語への没入度も上がったような気がするのだが。話数の尺も半端だし、もう少しシリーズ構成の仕方があったのではなかろうか。 でもまぁ、最終的にやりたいことは軍記物ではなくてラブロマンスだからね。あれだけツン状態だった土方が最後にはさらりと千鶴に愛の言葉をささやけるようになっており、無骨ながらも精一杯愛情を表現する様には、腐女子でなくてもココロときめくものがあるのだ。三木眞一郞ボイスのイケメンと、桑島法子ボイスの一途な子女。どっちに告白されてもくらくらしますがな。千鶴嬢は最後の最後まで甲斐甲斐しく、実に可愛らしかった。私の桑島ライブラリーに1キャラ追加です。 その他個人的には風間役の津田健さんがお気に入り。最終バトルはミキシンVSツダケンですよ。無闇に格好良かったし、最後の最後でお互いを認め合い、「薄桜鬼」というタイトルの言われが判明するシーンなんか、ちょっとサムいくらいのやりとりのはずが、この2人だと不思議と絵になるのである。やっぱり乙女ゲーキャストは男性陣が充実してるなー。 最初から最後まで、グラフィックの質が落ちなかったのも評価出来る部分で、「乙女ゲーならディーンにお任せ!」みたいなよく分からないセールスポイントが確立された感がある。嘆美な演出が実に絵になっていて、最終回を例に取れば後れ毛を描き上げてうなじを吸い上げる二人のインモラルな雰囲気とか、舞い散る桜の下で眠りにつく「薄桜鬼」の末期なんかは、本当に「絵のような」シーン。他のキャラクターについても、男性キャラがどれだけイケメンに描かれてもしったこっちゃないが、見れば見るほど千鶴嬢が可愛らしくなっていくのがたまりませんでした。彼女には、人里離れた山奥とかでひっそりと土方さんの喪に服しながら人生を全うして欲しいです。原作ではどういうエンディングなのかね。 結論として、この作品を一言でまとめると「やっぱり桑島法子は不幸が似合う」。以上。
○「けいおん!!」 6→9
今期最後に感想を書くことになったのは、奇しくもこの作品である。粗製濫造の時代が一区切りし、作り方、売り方のモデルの転換を迫られ、中心となるコンテンツを失ってしまった感のあるアニメ業界。そんな不安の声しか聞こえてこないジャパニメーションの中で、この作品は、1つの答えと言ってしまっていいのではなかろうか。 元々アニメなんてものは「子供の娯楽」だったものであって、どれだけ大河ロマンを描いた作品が崇高な志を抱こうとも、なかなかそれが正統に評価されることはない。全く同じものを書いたとしても、おそらく小説やドラマよりもアニメは「低俗なもの」として扱われてしまうのだろう。そんな中で生み出されたのが、オタクの文化、拠り所としてのアニメーション。一言で区切ることは出来ないだろうが、いわゆる「萌えアニメ」という名を冠した製作スタイルである。他の媒体と同じ土俵に上がっても勝負をさせてもらえないならば、いっそアニメにしか出来ないものを標榜すればいい。それがシンプルで絶対的な解答となった。アニメにしか出来ないこと。それは、「非現実が」「動く」という2点である。 存在しないものを、あたかも存在しているかのように動かす。このこと自体に価値を見いだしたジャンルの最右翼が、「日常系4コマ」のアニメ化ジャンルだ。何せ骨子となる明確なシナリオラインの存在意義が薄く、「筋を追う」ことの価値が相対的に低い。となれば、目的はとにかく「動いていること」以外に無い。「非現実」に現実感を持たせるために舞台設定を行い、シナリオを作り、それを「現実的に」動かす。それこそが、「日常系」に与えられた最大の目標である。 こうしたジャンルが成立したと仮定すると、実に強力な後押しを受けた企業が1つある。「執拗さ」を最大の武器とするアニメスタジオ、京都アニメーションだ。この「けいおん」が受ける最大の理由は、とにかくその「執拗さ」「こだわりの根深さ」にある。例えば唯たちのクラスメイト全員に名前と顔と属性を与え、ほとんど出番もないのにそれを1つ1つ厳密に描写していくことや、どんな些細な小物でも徹底的にリアリティを追求して「あるべきもの」を再現させること。もちろん、1人1人のキャラクターの動作、表情に「魂を込める」ことも忘れてはいけない。とにかく、そこにあるのは純然たるフィクションでありながら、視聴者が望めば、それがどこまででも現実に近付く。ある意味新たな形態のリアルの体現とも言えるもの。最終話での「思い出」の扱いなどはその最たるもの。世界に「物語」を与えずに「日常」を得ることで、全く新しい1ジャンルとして成立させたのである。 そう考えると、この作品は非常に罪作りだ。何しろ、このジャンルにおいて、「けいおん」を上回る「執拗さ」を実現させるのは、信じられない困難を伴うようになってしまったからだ。ユーザーの望むリアルとフィクションの配分の妙、ひたすら時間と労力を割くことだけによって実現される入念な映像、ライブなどのイベントを配することで実現するインタラクションの手法。この作品を巡る諸々の要素は、ほとんど理想型に近い形で実現してしまっている。「日常系」を極めるにはさらなる多幸感をユーザーに提供する必要があるわけだが、現時点で、それを実現させる手段は思いつくはずもない。ガンダムやエヴァが1つの時代を作り、1つのスタイルを完成させて終わらせてしまったように、この「けいおん」も、アニメ業界に残された数少ない鉱脈の1つを最奥まで掘り尽くした、集大成といえるのではないだろうか。 以上が、個人的にこの作品の「良さ」を評価するための基本論旨である。こういった作品を全く評価しない向きがあることは重々承知しているし、実際、そうした視点を持つ人たちにとって、この作品は恐ろしくつまらなく、無価値なものに違いない。しかし、価値なんてものは、受け手次第でいくらでも変動するもの。私個人は、上記のようなかけがえの無い価値を、この作品に見いだしてると、ただそれだけのことである。純粋に「質の高い」アニメーションが見られればそれだけで満足なのだから、この作品に不満の出ようはずもない。本当に、半年の間ありがとうございました。映画版、今から楽しみで寝られねぇな!
○「世紀末オカルト学院」 6→8
毎週感想を書いていたので繰り返しになってしまうのだけど、いやぁ、面白かったですね。「アニメオリジナル」「1クール」っていうくくりでここまでの結果を出せた作品って、ものすごく珍しいんじゃなかろうか。 改めて振り返ると、何が面白かったかを取り出すのは案外難しい。現時点では最終話のインパクトが強かったので構成の妙ばかりが印象に残っているんだけど、各回の感想を見返してみると、その時その時で面白さの形式はコロコロと入れ替わっている。1話2話あたりは、思い切りのいいオカルトネタ……というか、ネタオカルトの扱いがギャグとして面白かった。1話のこずえのノリは本当に忘れられないし、モスマンが登場するあたりまでの文明とマヤの掛け合いは分かりやすいボケ突っ込みだけのはずなのに、顔芸などの映像面での見せ方がうまかったおかげか、ネタ以上に面白さが出ていた。 馬鹿馬鹿しいネタの飛ばし加減では、こずえ回でピーク。世界一緊張感のない臨死体験に開いた口がふさがらず、その後の亜美エピソードでもネタの深刻さとそれに対するキャラクターの適当さ加減の温度差が面白い。5話〜8話あたりのネタっぷりは本当に毎回楽しみでした。 飛ばしきったオリジナリティが多少トーンダウンするのが9話10話。ただ、あとになって振り返れば、やっぱりこのあかりエピソードも、最終回でマヤと文明の心情を描く上では必要不可欠なものだったことが分かる。2人の距離が縮まる部分でもあるし、各々の家族観があかりという1人の子供を加えることでさりげなく伏線として提示される。毎回メインキャラはマヤでも文明でもないのだが、他のキャラに目線を振っておいて、その間に2人のキャラクターを掘り下げて回りを固めていっているのが、今になってみるとよく分かる。 そして問題の11話、12話。このあたりまで来ると視聴者によって賛否両論が出そうな展開だが、これまたラストを見れば「もうこれはこれでいいや!」という流れに。魔法合戦なんて話の中身としては本当にどうでもいいし、画面もそこまで目を見張るような要素もないのだが、それまでに張り巡らされた馬鹿馬鹿しさの複層構造のおかげで、何となくこれでいい気がしてくるのが恐ろしい。確実に製作側にダマされているのだが、ここまで憎らしい騙しがおおっぴらに行われるなら、それはそれでいい気がするのだ。何があっても、最終話ではぎゅぎゅっとまとめてしまったのだから。終わり良ければ全て良し。先人達も良いことをいう。 改めて振り返ってみて分かることだが、この作品は1話1話振り返り、その意味をきちんと図ることが出来る。それはつまりシリーズ構成がうまくいったということで、オリジナルとしての様々なビハインドを全て克服したことを意味している。全体がまとまったが故の視聴後の爽快感と、1話1話が突出していたからこその、また見たくなる中毒性。この2つの要素が両立している作品は、昨今ではほとんど記憶にない。13話のサブタイトルを苦もなくそらんじることが出来る作品など、過去のアニメでも1,2本しかないと思われる。それだけ、各話のインパクトがあったということだ。 とにかく褒め倒しているこの作品。指揮を執ったのは伊藤智彦という人だが、正直いうと、全然知らないクリエイターであった。一応調べてみると「サマーウォーズ」の助監督をやったりしているらしいのだが、地上波アニメの重要なポジションで名前が出るのはほぼ初めてのようだ。あの印象的なオープニングのコンテも監督の手によるものらしいし、今作の全体像を見れば、今後に期待が持てるアニメーターの1人といえるのではなかろうか。次回予告に流す懐メロのチョイスやらも含めてなかなかキャッチーな売り方も心得ているようだし、次に名前を見かけるのが楽しみです。 最後は当然、中の人のこと。今作はメインを張った中の人全員が素晴らしいとしか言えない。まず名前を挙げなければいけないのは当然日笠陽子。ぴかしゃのおかげで、マヤのキャラクターが完成した。同様のことは水島大宙にもいえるだろう。だいちゅうだからこそのヘタレ力は、そんじょそこらの若手じゃ無理だぜ! その他サブヒロインに花澤・彩陽。彩陽はエンディング歌唱も担当しており、今作では陰の立て役者といえる。実写混じりの妙ちきりんなエンディングだったが、最終話はBGMとしても機能し、印象的な幕引きを効果的に演出することが出来た。良かった良かった。他にも子安、高橋広樹、画伯に茅原実里、ちょい役の久川綾に島香裕まで、みんなみんな、実に印象的な松代市民でした。そういや神代純一郎の中の人なのだが、お名前を矢島正明さんという。声を聞いて「よくCMで聞く人だー、アニメの声とか珍しいなー」と思って調べたら、なんと御年80間近の大ベテランであった。おみそれいたした。
「セキレイ pure engagement」 5→5
結局、可もなく不可もない。そんな結果と相成りましたこの作品。嫌いじゃないし、毎週それなりに楽しんで観てはいたんですが、終わってしまうと、多分2ヶ月後くらいにはあんまり記憶も残ってないような気がします。 評価出来る点をあげておくと、やっぱり最終話の鴉羽戦に代表されるバトルシーン。拳を振り回す女性キャラクターというのが真正面から描かれるだけでも希有だが、それに作品独特のエロ要素が絡み、実に馬鹿馬鹿しい画面を提供してくれる。原作の売りからしてエロ要素多めなので、そこでちゃんと評価出来るように作られているのは、見るべき点だろう。また、デスゲームものという本来ならばシリアス一辺倒になってもおかしくないはずの設定にも関わらず、終始とぼけた雰囲気が漂っている手頃なギャグテイストも悪くない。今期は鈿女のエピソードが入ってきたのでどうしてもシリアス寄りになってしまっていたが、鈿女との試合についてさえ、結の天真爛漫な「もっと強い奴と戦いてぇ」属性のおかげで、そこまでどっぷりと悲劇に浸かるわけではなく、あくまでハーレムもののいちゃいちゃ設定からの延長として、結たちセキレイの成長を見守る物語の骨子が成立している。どれだけ真剣になろうともおっぱいボインボインのエロアニメは真剣になりきれるはずもないのだし、このくらいのぬるいバランスを維持してくれているのは素直に有難かった。 ただ、逆に難点をあげる場合にも、実は同じ要素を取り上げなければいけない。せっかくデスゲーム設定にしているのに、ここまで緊張感が無いと企画倒れに見えてしまうのである。鈿女のエピソードはようやくデスゲーム設定が活きたシーンであるが、それだって1対多の奇妙な構図が浮き立ってしまい、「殺されてセキレイを失う」という喪失感はあまり画面上には出てこない。最後の帝都タワー登頂戦もそこまで命がけでバトルをやっていたという感じもなく、結局出雲荘メンバーは理由もなしに生き残ってしまう。ギャグ含みなんだからそういうノリでもいい、と言われればそれまでだが、やはり「バトルを見たい」と思っている身としては、そこに命を削る真剣さを読み取りたいとも思ってしまう。製作の底力はあり、ある程度画面に反映させられるだけの下地が見えるだけに、その部分を追究しきれなかったのは勿体ない部分だった。 でもまぁ、まだ終わってない作品の骨組みの部分にあれこれ言っても仕方ない気はしますけどね。以下は、この作品で真に楽しむべき要素、つまり中の人のことである。まず、メインを張った早見沙織。たしか彼女を一番最初に認識したのはこの作品(と「我が家のお稲荷さま」)だった。今期も主人公として、そしてメインボーカルとして安定した活躍を見せてくれた。相変わらず競争の激しい若手枠だが、案外彼女みたいな立ち位置の役者は少ないような気がします。今後とも自分をしっかり持って活動していってほしいものです。そして出雲荘の回りを囲む井上麻里奈、花澤香菜、ゆかな、甲斐田ゆき、大原さやか、生天目仁美といった面々。安定感抜群のこの布陣が、一番の胆だった。花澤を除くといかにも「中堅どころ」ってな陣容なんですが、やっぱりこのあたりの層が我が青春な気がします。 そして、今期はかなり活躍のシーンが増えて嬉しかった松役の遠藤綾。彼女も本当に変幻自在でいかにも「声優らしい」声優である。本人もなんだか謎めいた(妙な)キャラクターだしね。もっと露出増やしてしゃべってくれても面白いのになぁ。 個人的に今回一番好きだったセキレイといえば、やっぱり紅翼。御前は「委員長キャラ」が多いけど、中の人を知ってると、どうしてもこういう役の方が楽しく聞けます。ギャグのノリもよく、近年まれに見る、やられ役として輝く素晴らしいキャラ。「ヤッターマン」であの3人組の演技を聞き続けたいたことが活きたんでしょうかね。今後の活躍も楽しみです。 ま、最終回を見て分かる通り、やっぱりこの作品の中心は関俊彦だったわけだけどね。やっぱりたまらないです。聞くだけで濡れるのも致し方ない!
「生徒会役員共」 6→5
初期配点をやや高めにしてあったのは、確認したら「1話目でまさかこうなると思ってなくてびっくりしたから」。13話終わってみて、ま、そこまで褒めるようなものでもないかと思って平均点まで戻した。ただ、別につまらなかったというわけではない。充分楽しめたし、2期目が作られても一向に構わないくらいの気持ちではあります。 氏家ト全の4コマがアニメになる。これほどの衝撃と誰得展開は無いと思っていたが、アニメ自体は至極まっとうなものとして作られており、思いの外俺得なものになった。もちろん作品の性質上、どう頑張っても素晴らしい動画で見せるスタイリッシュアクションアニメになんかはならないわけだが、ネタを間断なくつなげることで1話1話のリズムを維持し、気付けばあっという間に1クールが終わっていた。「みつどもえ」といいコレといい、割とあっさりやってのけたように見えるが、基本的にブツ切りであるはずの4コマ、ショートギャグにこうした自然な流れを付けるのはいう程簡単なことではなかっただろう。 「みつどもえ」と比較して違う部分は、こちらの方がよりネタの尺が短いこと、そして、オチの種類が本当にワンパターンしかないこと。明らかにビハインドなわけだが、この作品で白眉だったのは合間で連発した印鑑によるアイキャッチだろう。あれによってネタの切れ目を明確にすることで「落ちた」感じが良く出るし、さらに文面次第ではネタを被せたり、捻ったりと自由自在。加えて音声までのせられるので、あのアイキャッチ画面にタカトシの突っ込みをいれることも可能。アイキャッチ部分は「みつどもえ」にもあったが、定型で固めるのではなくネタにあったリズムを毎回考えて挿入していくことで、ブツ切りで本来ならリセットされるべき熱を有効に利用出来ていたと思う。 あとは画面そのもののバリエーション、ということになるが、この作品の場合、そこは基本的になげうってしまっている。どうせ「画面にはお見せできないようなネタ」が大半だし、それをわざわざ見せたからとて喜ぶ視聴者もおるまい。それならもう、原作の淡泊な感じをそのまま活かして、台詞のみの下ネタ、台詞のみの掛け合いをベースにおき、あくまで生徒会室でしゃべっている面々の画はおまけ程度に。極論すればドラマCDにしてもいいくらいのものだが、この作品の場合にはそれで正解だった気がする。 ただ、制作者側はそれでは矜持が許さないだろう。そのため、新人アイドルのPV風の画面を作ってみたり、突如マジモードのラブコメ風にしてみたり、修学旅行に行ってメンバーを隔離してみたり、シナリオ上、画面構成上変化を付けようとあれこれ策を弄している。ただ、この辺は正直言ってあまりプラスの効果が得られなかった気がする。突如テレビ画面の中のテレビ画面でお話が進み始めたり、魔法少女番組の次回予告をしてみたり、色々とチャレンジしている間、「別にそんなんいらないからいつも通りにやってくれりゃいいのに」と思ってしまった。結構ショックである。いや、別にそうしたものが気に入らなかったことは別にいいのだが、「早くいつも通りのアレを見せてくれよ」と思ってしまった自分がショックだ。なんだかんだで、いつも通りのタカトシと女性陣の掛け合いを楽しみにしていたということだ。あんだけワンパターンなのにねぇ。 とはいえ、そうした画面の変化を評価する向きの視聴者もいるだろうし、本当に原作そのままで延々繋がれたら流石に飽きそうなのも事実。少なくとも「スタッフはなんとかアニメにした時点で付加価値を生みだそうとしていた」ということは理解出来るので、そうした理念の部分は評価すべきかもしれない。最終回の流れとか、嫌いではなかったです。 で、「いつも通りでいい」「ワンパターンネタのオンパレード」となると、じゃぁ何が楽しかったんだよ、ということになるのだが、個人的には、もう中の人以外にいない。日笠陽子がメインを張るアニメは名作。今のところ案外信憑性のある仮説だ。そして今回はぴかしゃだけではなく、しゅが美もいるのである。しゅがぴかがいちゃいちゃする作品、というだけでもこの作品は終わらずに永遠に続ける価値があると思います。 そして、そんな素晴らしいしゅがぴかコンビだけでなく、この作品は残り2人のメインも素晴らしかった。1話目の時点で感心した浅沼晋太郎。やはり彼の力なくして、この作品の「氏家ト全っぽさ」は出せなかっただろう。この手のハーレムものの主人公はどうしてもナヨっとしたり影が薄くなったりするものだが(実際原作のタカトシの存在価値ってよく分からないのだが)、アニメの中では、気付けば「タカトシを中心とした生徒会」というモデルが確立していた。これだけ個性的なキャラ、キャスト揃いの中で、確固たる芯を作り上げた彼の功績は大きい。そして、スズ役の矢作紗友里。もうおはぎしか無い、という素晴らしいフィット感。ギャーギャー喚いてるときの彼女の存在感は神がかっている。役に入り、その上で存在感を発揮できるというのは、替えの効かない役者の本質であろう。 他にも、もうどうしていいか分からない小林ゆうのいつも通りのノリ、原作版の畑さんのイメージがどこかいびつに変形した気がする新井里美の怪演など、画面はどうなろうとも耳に楽しくて良い作品でした。そう言えばオープニングを歌うトリプルブッキングの絡み方も良かった。ぴかしゃはこういう歌い方も良いね。特別巧すぎるという程の歌唱力があるとは思わないのだが、何故か何度も聞きたくなる不思議な魅力がある。 作中では1年きっかりが経過しての最終回。でも、この作品なら余裕の2期もあり得るでしょう。再びパワーアップした生徒会役員共に出会える日を楽しみにしております。
「GIANT KILLING」 4→3
今ひとつ盛り上がりきらなかった作品、とでも言うべきか。ただ、当方サッカーには欠片も興味がないので、そのせいでいくらかマイナス方向にバイアスがかかっている可能性はありますが。 序盤のうちは、「なんかぱっとしねぇ画だな」という印象が先行。どうしてもフィールドをたくさんの選手が動き回る時のうねうねしたCGが浮いてしまうし、細かいサッカーのモーションにしても、特別力を入れているというのでもない。別にアニメにせんでも……というのが第一印象。 ただ、それでも「個々の選手の能力だけに焦点を当てるのではなく、監督目線でチーム全体の作戦を主軸に据えた新しい切り口のサッカー漫画」という立ち位置は少しずつ理解出来るようになった。達海のキャラクターがどこまで真面目に考えていて、どこまでセンスがある監督なのかは最後まで分からずじまいだったが、負けまくりの弱小チームが「監督のすげ替え」という転機から少しずつ強くなっていくというシナリオラインは悪くない。どこかをいじるとすぐに勝っちゃう、みたいに短絡的な内容でもなく、1人1人の選手の意識改革から始めて、少しずつチーム内部から変化を促すというのもリアルな部分だ。そういう「ゆるやかな強化」を描いていくという意味では、原作のエッセンスはきちんとアニメに反映されていただろう。 しかし、それでもやっぱり、魅力を維持し続けるというのは難しい。端的に言ってしまえば、いくら何でも遅すぎた。どれだけこだわろうにも視聴者にはフィールド全体など見えるわけもなく、そこで起こっている細かい変化、事件を描写しようとすると、作中の数秒という時間が何分にも、下手したら何話にも渡って展開されなければいけない。ワンプレーに説得力を出すための下準備にも同じくらいの時間がかかると、もう、それはドラマのための描写ではなく、描写のための描写でしかなくなってしまう。サッカーアニメには躍動感が求められる、というのが至極単純な思い込みとしてあるのだが、この作品には、そうした胸躍る動きというものを感じ取ることが出来なかった。偏狭な見方になってしまうが、それでは面白くないのだ。 また、ものすごく気になったのは、外国人監督、外国人選手の台詞を、いちいち英語などの母国語で入れているという部分。リアリティを出すためには必要な演出と判断したのだろうが、おそらくアニメを構成する上で、これは全くいらない要素。何しろ、アニメを視聴する際には、まずどこを見るかと言われれば、画面を、画を見なければいけない。実写の映画ならいざしらず、アニメで1枚1枚、折角アニメーターが丹精込めて作ってくれた動画を見ているのだから、その視線をわざわざ画面下部に固定させて長ったらしい字幕スーパーを読む気にはならないのだ。一部シーンでは英語台詞にオーバーラップさせて日本語版の台詞を被せる、という演出もあったのだから、雰囲気を出すためだったら全編通じてそれで良かったのではないか。ただでさえ画面に情報が多いのに、台詞まで文字情報として提示されると、それは手間という名の責任の押しつけである。「閃光のナイトレイド」の中国語でも思ったのだが、やはりある程度のフィクションをいれてでも、なるべく音声はシンプルにすべきである。複雑な多言語を使う時には、もっと明確な「その言語を用いる理由」がほしいものだ。 かてて加えて、何故かこの作品、毎回放送頭に入る回想(前回の復習)がやたら長い。2クールもあると尺が長すぎたから引き延ばしたのだろうか。今時のアニメで、たかだか2クールでそんな管理をやられては興が冷めますがな。あんまり面白いシーンがリピートされるわけでもなし……何だったんでしょうね。 トータルで見ると、新機軸の作品性というのは分かるし、評価出来る部分ではあるのだが、それをアニメにした時のロス、デメリットがはっきりと出てしまった形。サッカーは野球と違ってドラマの流れが散逸的になってしまうので、こういうリアルタイム形式の作品化は本当に難しいですね。
「戦国BASARA弐」 5→4
んー、ま、終わったと言えば終わったわけですが……我々の求めていたバサラはコレじゃない気がします。 多分どこの感想でも似たようなことが書いてある気がするのだが、1期にあって2期に致命的に足りていないものは、馬鹿さ加減であろう。戦国時代だかなんだかしらないが、とにかく賑やかな「パーリー」が出来てりゃいいじゃん! という1期のセールスポイントは、とにかく人智を越えた、ギャグとしか思えないバトルの数々。元々格闘メインのゲームが原作なのだから当たり前だと思うのだが、装飾過多のバトル画面のアクション、エフェクト、そして掛け合いが、頭空っぽの状態で観ても愉快になれるというのが、バサラの最大の売りだったはずだ。だからこそ、あんないい加減で単純な筋立てでも楽しんで見ることが出来たのだ。 残念ながら、2期にはそれが無い。いや、無いとは言わない。1話の信玄ジャイアントスイングに始まり、最終話は小十郎対半兵衛、幸村対元就、そして正宗対秀吉。同時に行われるどのバトルも各々ユニークなぶつかり方をしていたし、1期の頃よりも大人しいかもしれないが、充分見るべきレベルだったと思う。ただ、残念ながらこれが最終話までお預けだったのだ。 ドラマを見せたい、という意識が製作陣にあったのは間違いないだろう。今回ほとんど戦闘に参加しなかった慶次がうろちょろしてたのも秀吉の悲しい背景を語ろうとしたためだし、半兵衛もそれを臭わせつつ、ついでに自分自身も病身の苦闘を演じてみせる。幸村は小山田の死や島津との交流で器が一回り大きくなり、正宗も一時的な小十郎との別れで自らの足りない部分を知る。色々とやるべきことはあったのだろうが、それらの要素は、どうしたって「馬鹿バトル」との相性がよろしくない。その証拠に、最終話で大爆発した幸村も正宗も、結局その時に考えていることは1期と全く同じ、いつも通りの2人でしかないのだ。そんな輩に、悲喜こもごもと日本の未来を背負った秀吉が訳もなくやられてしまうのでは、折角の馬鹿迫力バトルも魅力半減である。 さらに今回は、日本全土を幸村と正宗が別々に走り回ることになり、どうにも視座が落ち着かない。最終回の戦いが多局同時中継だったことからも分かる通り、あらゆる戦が、あらゆる戦場で巻き起こり、結局力点がどこにあるのかが見えなかった。実際の戦争なんてのはそんなものなんだろうが、アニメで理屈抜きのガチバトルを見せるのなら、もう少し「見どころ」を集中させてくれても良かったと思うのだが。今回サブで登場した長宗我部や毛利にしても、ゲームで知ってたからまだいいけど、そこまで出番が多くなかったので初見ならイデオロギーが見えにくくて大変だったろう。どうせだったらどこか一局くらい戦場を捨象してでも、他のシーンでのバトルをもっと派手にしたり、キャラの心情をシンプルにしたりした方がこの作品に向いていた気がするのだ。 結局、秀吉が瞬殺され、続きだかなんだか分からないものは劇場版へ持ち越し。それじゃ、このアニメシリーズは何だったのかと。繋ぎの役割としても不充分だった感は否めないし、たとえ盲目的なバサラファンでもすんなり満足できるようなものじゃなかったのではなかろうか。実際、知り合いに1人いる腐女子は終わって即「なんじゃこのラスト?」と不満げでした。そらそうだよなぁ。 こういう勢い任せの作品は、2期ともなるとなかなか作りづらい。今回は特に、1期から監督が替わっていまいちニーズに応え切れていなかったのでなおさらだ。ま、まだまだゲームは続いているようだし、この消化不良の気持ちを一掃してくれるような楽しい続報を待ちたいと思う。
「みつどもえ」 6→6
良かったんじゃないでしょうか。正直、この作品がアニメ化すると聞いて、ここまで楽しいものになるとは想像していなかった。やはりアニメは偉大だ。 まず、先に気になった点から上げてしまう。この作品は原作がショートギャグということで、アニメの方もサブタイトルこそ1話につき1つだが、基本的には短いネタを重ねてアイキャッチで繋ぐという、ショートギャグをそのまま活かした構成になっている。短いネタを連打する分、1回1回に選ぶネタのチョイスや、重ねることの工夫が必要になってくるわけだが、折角変態しかいない作品世界の中で、どうもネタが被る。基本的に2人のキャラクターの台詞の勘違いを拾って、そこからどんどんおおごとになっていく、分かりにくくいうと(なんでだ)アンジャッシュのネタみたいなのがベースになっている。中にはそういうネタでうまいな、という回もあったのだが、流石にこれだけ重ねられると、オチも読めてしまうしマンネリ感は拭いきれなくなる。会話劇で進めるにしても、もう少し演出面で差異を強調してみるとか、オチにバリエーションを持たせるとか、一工夫欲しかったところ。ま、原作がそうなっているのだから致し方ない部分ではあるのだが……最後はキャラの属性に着地させればこの作品独自の色は出るんだし、何かアニメでいじれる部分はあったと思う。個人的には杉崎がみつばに「パンツみて下さい」ってお願いするオチなんかが、この作品らしくて好き。 また、パンツもそうだけど、この作品は小学生が主人公であるがエロがメイン、という、今のご時世ではちょっと危険な場合もある作品。もちろん小学生そのものがエロの対象にはなっていないわけだが、あまりにキツい下ネタをやられると少々浮いて見えるときがあった。まぁ、はっきりいえば2話の尿回とかなんだけど、あくまで「勘違いの上で生まれてしまったねじれた映像」が下ネタだからこそ矢部っち絡みのネタなんかは活きてくるわけで、ストレートに下品なものを使ってしまうと、その後のネタの繋ぎがやりにくくてしかたない。ま、この辺は個人個人での好みもあるのだろうが……最終的な落としどころに「3つ子の交流」というテーマがあり、時折「いい話」も見せてくれるのだから、そうした路線に繋ぎやすいくらいのレベルを維持するのがベターだったのではなかろうか。 とまぁ、不満は並べてみたが、これだけ小ネタを並べるスタイルなのだから、出来不出来に差があるのは仕方ないこと。全体的なレベルで見れば、原作よりよっぽど面白くて、飽きさせないものに仕上がっていたのではなかろうか。スポットの当たるキャラクターのどぎつい個性はストレートに伝わってきたし、動きのある画面作り、掛け合いのテンポもいい。正否はどうあれ、無声劇などの様々なスタイルを試していたのも好印象だ。個人的に、原作絵はごみごみしていてどうしても細かい情報を見落としてしまいがちなので、アニメになって時間の流れに沿った「ネタの披露」を作ってくれただけでもありがたいものだった。 個々のキャラクターについていちいち拾っていくと面倒なので流石にそれはしないが、メインとなる要素として、三姉妹と杉崎くらいは見ておきたい。あ、男子勢も良かったですが。 まず、ふたば。実は三姉妹ものとは言っても、この作品においてふたばだけは他の2人と全くスタンスが違う。ギャグはボケと突っ込みで成立するわけだが、ふたばは決して突っ込みには回らず、いわば「災禍」としての意味しか持たないからだ。そして、そんな振り回し役としての任務を、これ以上なくまっとうしてくれるキャラクターであった。なんと言っても8話のメイン回が印象的だが、その他にも周りにいる人間なら平等に被害を与える、ある意味「最もこの作品の中心にある人物」なのだ。そこに迷いがあっては作品が成立しない。また、見のがしがちであるが、三姉妹の間に「良好な関係」が仄めかされる場合、必ずそこにはふたばの存在がある。ひとはが、みつばが、「姉妹のために何かをしよう」と思う場合、必ずそれはふたばなのである。あれだけ迷惑をかけながらも他の姉妹からは可愛がられる存在、そのあたりの絶妙なさじ加減を維持していたことは、シリーズ構成の采配の賜物だろう。 ひとはについては、アニメを見てかなり好感度があがった。一番動きがないキャラクターだと思っていたのだが、作中で最も感情の揺れ動きが激しかったのは彼女だろう。動物に対する愛着が人一倍強かったり、ガチレン関係で憤ったり、傷ついてみたり。そのせいで普段の毒舌クールとのギャップが悩ましいのだが、ギャグの基本は「落差」であるから、いわば彼女は存在そのものがギャグみたいなものである。あれだけ人嫌いに見えて、何故か矢部っちの足下に常駐しているってのもギャップの一つですかね。保健室での松岡との激闘と、体育倉庫での「ぶあああか」は今期でもベストエピソードの1つに数えたい。 そしてみつばである。ふたばは「災禍」でしかないと書いたが、逆に、みつばは最終的に「被災者」でしかない。あれだけのキャラクターなのに(なので?)、最終的には必ず泣きを見るのがみつば。これもまたギャップの1つだろうか。ただ、みつばについて不満点、というか釈然としない点があるとすれば、それは普段のドS設定と、姉妹への愛情のアンビバレントである。「表面的にはドSだが、実は根はいい人」という設定では、ギャグが完全に活ききらない。何せ最後に泣きをみるのはみつばなわけで、「いい人がひどい目に遭いました」ではギャグとして笑えないのは当然だろう。もちろん製作陣もそのへんは分かっていて、あくまでみつばは真性のドSであると強調している。ただ、それでもやっぱり「ドSみつば」と「姉としてのみつば」の両面を描く必要があったために、なんだかちぐはぐな部分が出てしまっていた。体育倉庫エピソードみたいに他のキャラクターの「ギャップ」を活かすためのツールになってくれていればいいのだが、それだとなかなかメインを張ることが出来ないのだ。 そんなみつばが、しがらみを取り払って表情を表に出せる相手が、杉崎だ。やっぱりクラスメイトで一番印象に残ったのは彼女だったと思う。この2人の絡みについても、なんだか微妙な感情(恋愛感情?)があるので単純に割り切っては見られないのだが、余計なことを考えずに徹底的に悪役たろうとするみつばが見られるのは杉崎のおかげ。ありがとう杉崎。お母さんもいいキャラクターだったよ。 で、こうしたたくさんのキャラクターたちに命を与えるのが、中の人の仕事でして……、もう、今作は本当に中の人のおかげで幸せでした。三姉妹は本当に素敵。ふたば役の明坂聡美に関しては「まぁ、いつも通りに」としか言いようがないが、高垣みつばと戸松ひとはは、本当に聞いているだけで楽しかった。本当にいい空気を出すんですよね、この2人は。 そして回りを固める面々、豊崎、茅原、三瓶、山本和臣。宮なんとかさん役の大原桃子とか松岡役の葉山いくみあたりも、ちょいちょい名前は見たけどようやくそれなりの知名度の名前有りの役がゲット出来ました。 で、千和ですよ。歪みねぇなー。杉崎は「弟の面倒を見つつ、面倒な母親に振り回される長女」っていう立ち位置のキャラなんですが、ものすごく中の人とかぶるんですよ。杉崎も将来弟のために携帯電話の料金を支払ってやったり、母親がヒアルロン酸注射をするために毎年出資したりするようになるんだろうかね。頑張れ杉崎。いや、齋藤千和。 |
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