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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
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「ユリ熊嵐」 6→9

 終わってしまったのだなぁ。こうして振り返ると今期はアニメ史でもまれにみる刺激の多いシーズンであった。富野由悠季と幾原邦彦作品が同時に放送してるクールって、凄くないか? (個人的にはこれに大森貴弘とかあおきえいまで噛み合ってくるのがすげぇと思う)。

 本作については毎回の感想で書き殴ってきたので改めて最後に語るべきことも無いのだが、ひたすら我が道を突き進み続ける幾原監督が、また新しい結果を残した記念すべき1作として記録にも記憶にも残るものになっている。正直、わたしゃ熱心なイクニ信者ではないし、ウテナすらまともに見ていないような人間ではあるのだが、「ピングドラム」でおののいたその技巧の高さが、今作ではまた別な形で実を結ぶことになったということは声高に主張しても問題無いと思う。最大の要因は「尺の短さ」だろうか。ウテナが3クール、ピンドラが2クール、そしてこのユリ熊は1クール。ただでさえ難解で敷居の高いイクニ作品において、1クールで詰め込まれたらもう何がなんだかわからねぇぞ、というのが最初の恐怖感であり、「ピンドラ」換算にすればこどもブロイラーすら登場していないくらいの話数である(この換算もどうかと思うが)。一体どうやって見られるものかと身構えていたのだが、そんな素人考えは杞憂でしかなかった。1クールを与えられたのなら、そのスパンの中で出来る最大限のことをやり、まざまざと見せつける。それが出来てこその映像監督である。

 そして今作の恐ろしいところは、その「短さ」までもを武器にしてしまったところだ。今まで通りの間尺でやったら流石に保たない。だから短くする、というだけの方法論ではなく、制限された中で表現をより洗練し、概念を精緻化し、より効率よく、効果的に伝播する方法を模索する。元々イコン性の強い演出傾向にあったところに、この間尺の問題が加わり、より端的に、それでいて暴露的なものに頼らない画面構成、シリーズ構成が極まったのである。誤解を恐れずに言ってしまえば、今作は「ピンドラ」に比べて、随分「素直に」見られるものになっている。タイトルにユリの名を冠し、12話を駆け足で見て「2人の女の子のラブロマンス」であると読んでも問題無く理解できるのだ。おそらくこれは、1クールの尺の中で描きたいものを敷き詰めるために、最初に作られたキャンバスのようなものだろう。そしてそこに、盛り込んで盛り込んで、熊と、嵐が掛け合わされて、「ユリ熊嵐」になるわけだ。そこには、見る人によっては「ユリ」が見えるし、「熊」が見えるし「嵐」が見えるという複層構造が出来上がる。象徴性の強い演出方向といえば、個人的には尾石達也や小滝礼といった名前を思い出すのだが、本作での幾原演出のすさまじさは、表層にまずベースとなる意味を与え、そこからカット割り、相互連関などを用いて意味を拡大していく過程だ。紅羽と銀子がかわした「本当のキス」の持つ意味、「最初からあなたたちが大嫌いで、最初からあなたたちが大好きだった」という文言の意味、さらには「透明な嵐」で表される存在など、いくらでも意味を重ね合わせ、有機的に物語と結びつかせることが出来る。そして、それはあまりに平易な形で、ほいと我々の前に投げ出されるのである。

 もちろん、だからといって安易になったとか、陳腐になるなどと言うことは決してない。1秒たりとも油断出来ない詰め込みは相変わらずの傾向であり、油断すればその真意は彼岸に消えるし、悩もうと思えばどこまででも考えられるだけの含意にも富む。「素直な」見方が容易になった分だけ、こうした重層構造の複雑さはより根を深くしたとも言えるかもしれない。私のような初心者が表層を追うだけでも普通に「物語」の存在を認識出来るし、重度のイクニ病患者にとってみれば、おそらく手放せない禁断症状を引き起こす劇薬にもなっているだろう。この期に及んで自己流を更に磨き上げ、被害領域を拡大させた幾原邦彦の世界は、現代アニメにおいては異端であり、「観る」ことを求める視聴者にとっての救いになっているのである。

 まー、そんなことを考えるか考えないかは個人の勝手なんですけども。わたしゃそういう泥沼のような多幸感に加えて、純粋に画を観てるだけで好きすぎたんです。百合が好きで、小動物が大好きな人間にとっては、「これ、俺のために作ってるの?」みたいな感情が出てきてすげぇ申し訳なくなるんです。ピンドラの時のペンギンだってすごく可愛かったけど、今回はあれよりも更に「熊」が出ずっぱりで、最終的には熊が主人公で、熊による熊のためのお話でしたからね。なんであんなユルいデザインなのに可愛いかなぁ。そして、これまたイクニ作品でお馴染み(あと榎戸脚本でもお馴染み)、「何かよく分からないフレーズのインパクトが強すぎる」現象。今作は1話目から「クマショック!」が登場したし、他にも「ゴリゴリゴリゴリゴリ」とか、るるたちのつける「ガウ」の愛らしさとか。キャラを愛でているだけでも満足出来るのが良いなぁ。個人的には蜜子が一番好きだったんだけど、最終話のこのみを観てどうしたらいいか分からなくなった。あと蝶子さんも最終話まで駆け抜けて一気に株が上がった子。精一杯生きてるキャラってのは、それだけで綺麗に見えるもんだ。

 中の人については、そういうわけであおちゃんとかりえしょんに目がいくのだけれど、今作ならではの働きをあげるなら、るる役の生田善子がお気に入り。ちょっと変な声ではあるんだけど、るるのキャラの良さとも相まって、大きな代表役になったんじゃなかろうか。あと、一撃の破壊力ならみるん王子かな。くぎゅう元気でショタがいい。

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コメント
無題
とても良い作品でした。12話トータルでの完成度はちょっと驚くべきものだったと思います。
シンプルなストーリーをドンと軸に据えて、そこにメタファーを盛り込みつつ各キャラのエピソードを絡めることでテーマ性を浮き上がらせる手法はご指摘のとおり1クールゆえの産物かもしれませんが、リズムも含めて心地よく、演劇的な場面転換や台詞回しとの相性も非常に良かったと思います。
惜しむらくは頭の1、2話で難解、もしくはサブカルっぽいとの「誤解」を受けてしまったところでしょうか。普遍的なテーマに正面からぶつかっていった作品なのに。
クマ可愛いですよね。ほっぺたとか。
【2015/04/04 17:15】 NAME[NONAME] WEBLINK[] EDIT[]
Re:無題
>惜しむらくは頭の1、2話で難解、もしくはサブカルっぽいとの「誤解」を受けてしまったところでしょうか。普遍的なテーマに正面からぶつかっていった作品なのに。

確かに、1話目での印象は人それぞれにあったみたいですね。「露骨な百合作品」に見えて忌避した、なんて話も聞きますし。そういうところも含めての導入ってのはなかなか敷居の高いもので。でもまぁ、個人的には「難しい」とか「分からない」ってのもモチベーションとして機能させることは出来てると思うんですけどね。分からないレベルが度を超えてればかえって気になるというか。今後評価が固まって改めて1話目から見てくれる人が増えるといいなぁ。
【2015/04/04 20:29】


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