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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
いいギャルゲーやないけ……第11話。やっぱ主人公に「繰り返しプレイ前提のギャルゲ主人公」の自覚があるとプレイがスムーズでいいですよね。 今回は人狼ゲームがサラッと終わったのでまずはそちらの結果から。
・第12卓(11話)9人2狼 ユーリ:共有 ククルシカ釣→ジョナス噛→しげみち釣 初日 しげみちとレムナンが占CO 2日目セツが霊媒CO →結果● 人狼:しげみち、ククルシカ 占:レムナン 霊媒:セツ 騎士:夕里子 勝敗○
9人2狼で共有ありなのでグレー幅がかなり狭い、引き続き狼が窮屈なレギュ。ただ、共有はいわゆる「共有者」設定ではなく、ゲーム開始時にGMからアナウンスが入る形なので、うっかり初日に共有襲撃で詰むとかいう盤面は無いのが救いなような、そうでもないような。村側も余縄多くないから普通に成立する盤面か。今回の2-0盤面も、初日縄回避できれば2日目から占ローラー入って(出来れば2日目に黒出した方から釣って)最終日に決め打ち。もしくは2日目黒が出たならそっちから釣って翌日決め打ちも可能。ただ、完グレが狭いので黒出しはかなりリスキーな状況なのよな。 今回は残念ながら初日にククルシカがCO無しで釣られてしまい、COしたしげみちだけが残ったので狼側の負け確盤面。夕里子が検討した「セツ・レムナン狼」パターンも縄余裕があるからケアできてしまう。狼としては初日になんとかして霊を噛む以外に勝ちパターンがなかったので御愁傷様であった。ちなみに余談だが、セツはやたら高確率で霊媒を引く傾向にあり、過去に霊媒があるレギュは5卓行われているが、なんとうち3回がセツの霊媒である。これがほんとの人狼ゲームだったら生存日数が短めの可哀想な奴だ。あと、しげみちもそれなりに狼を引く確率が高い気がするのだが、今回はよりによってククルシカとの2狼。初日内通で絶望したんじゃないだろうか。 さておき、今回は人狼なんて割とどうでもよくて(え?)、明確に「SQルート」のお話。こないだのククルシカのくだりあたりからはっきりと「情報収集」のルートどりを意識し始めたユーリくん。目線は完全にフラグ回収を目指すギャルゲプレイヤーのそれであり、「初日ククルシカ釣りとか、ルート分岐でねぇじゃん!」と悔しがったりするあたりはもう1回1回のループごとの運命はそっちのけの神の視点である。 しかし、そんなドライなプレイスタイルに待ったをかけるかのように、我らがSQちゃんが艶かしくアプローチをかけてくれる。都合の良い共有設定のおかげで初めてSQを疑う必要がなくなり、相変わらずのらりくらりした態度の奥底に潜む彼女の真実を探っていく。まぁ、初手でコミュニケーション間違っちゃうあたりはまだまだユーリンちーも慣れてるとは言い難いが。持って生まれた堅物根性のおかげで、ちょっとずつSQの内情に迫ることに成功した。 ククルシカの正体もまだ分かってない状態なのでこの世界の技術レベルは確定的なものではないが、なんと「人形」に続いて登場したのは「クローン」。単なる製造番号で呼ばれていたという衝撃の事実が明かされたSQだが、さらに「そのオリジナルがレムナンの『飼い主』である」「ループによってオリジナルの記憶や性格の引き継ぎ具合が違う可能性がある」などの刺激的な情報がザクザク出てくる。バグで豹変したククルシカと同じように、ループごとにキャラクターに付与されるパラメーターが「狼/村」以外にもあるとしたら、それらを全て精査していくのはとんでも無い作業量になりそうである。 とはいえ、SQの場合はデフォで友好度が高い人物ではあるので、接し方さえ間違えなければ都度関係性は構築しやすそう。なんなら次に彼女がグノーシア化した時に「クローンの身の上でありながら、グノーシアの力を得たらこれからどんな生き方がしたいのか」をインタビューしてみたい気もする。そうなんだよな、このゲームってこないだの沙明の時みたいに、グノーシアどうしになって内通できるタイミングが一番情報得やすいのよね。次のお友達は誰になるでしょうね。 人狼要素の重要性は下がってきたが、それに反比例してアドベンチャーゲームとしての面白さは着実に上がってきている本作。SQちゃんとの絡みだって、真に迫ったコミュニケーションは今回の30分だけのはずだが、これまでのちょっとずつの積み重ねがあったおかげで案外深い繋がりができたように感じられる。これこそがまさに、ループを繰り返す中で「知識」を蓄えていくプレイヤー目線の成果である。最初は珍妙だと思っていたこの設定、案外うまいことできてるもんですね。 PR 「友達の妹が俺にだけウザい」 4→5 意外や意外、これはね、成立した作品なんですよ。 世の多くの人がそう思ってるだろうし、私の第一印象もそうだった感覚に「『だんじょる』と同じノリの作品じゃないか」というものがある。あまりに鈴代紗弓の影響が大きすぎる気もするが、メインヒロインの「ウザさ」を主軸にストーリーが進行し、くっついたり離れたりしながら、最終的に「ウザいけれど放っておけないアイツ」に収束していくラブコメラノベなのは事実。そして「だんじょる」は別に面白くなかったし、特にヒロインはウザさがマイナスにしか働かずにずいぶん損をしていた残念な作品になった。 対して今作は、入り口こそ同じように「うわ、ウザっ。なにこのムカつくヒロイン」からスタートしたが、そこでヒロインの属性付与が終わらず、いかにもラノベらしいファンタジックな属性を盛って盛って盛った。イロハの持つ属性の数々は現実感も無いし、いかにもな「ラノベらしい設定」ではあるのだが、「過度なウザさ」というマイナスポイントをプラスに転じさせるためには、それくらいの無茶が必要なのだ。現実感なんてさして重要じゃない。とんでもない才能を持つヒロインが、とんでもないプロデュース力を持つ主人公と出会い、互いの才能を認め合いながらも素直にコミュニケーションが図れずに青臭い恋愛を重ねていくという構図だからこそ成立するのだ。好きかどうかと言われたらちょい悩むところだが、「成立しているかどうか」と言われたら、このラノベは成立している。 三角関係の描写に関しても模式的に分かりやすい設定から入り、メインヒロインが「本当は真面目だけど素直になれずコミュニケーションでウザい」タイプなので、サブヒロインの真白の方は「対面するとクールだがネット上ではコミュニケーションがややこしい」になっている。まぁ、巻貝なまこ先生の設定は流石にやりすぎというか出来過ぎではあるのだが、わざわざアニメ化して茶化したくなるくらいの関係性なんて、これくらいに荒唐無稽でコミカルな方が見応えがあるものだ。歯の浮くような台詞とか、ラノベらしいキモい言い回しだって、世界がそういう風にできているというなら漏れ出てもしょうがない。適材適所で、「ラノベらしい舞台設定」があるという感覚。この規模感は妙に「腑に落ちた」。 まー、単に私の「ラノベ観」が古臭いというだけなのかもしれないが、少なくともなにかしらの筋立てを立体的に組み上げようという脚本の意図はちゃんと感じ取れたので、それだけで評価すべきだという判断である。 多分、今作の作者はやっぱり「物語が書ける」人なのだと思う。まぁ、僕は「義妹生活」の方が圧倒的に好きな作品ですが、それはアニメの演出方向もあるしね。そこそこのスタッフと大して期待できなそうなスタジオから出てきたアニメとしては、充分な成果物だったと思うよ。唯一の心残りがあるとすれば、「どんなキャラを入れたとしても全部鈴代紗弓にやらせろよ、それくらい出来るだろ」です。まぁ、中の人に頼りすぎちゃうと「それくらい真白(の中の人)もできるわ」っていう妙な対抗心が出てくるからな……。 おんなじところをグルグルグルグル……第12話。それだけこの世界のノッカーというのはどうしようもない問題ということでして……。 数百年の歴史を超えた「ノッカーどうする問題」。考えれば考えるほどに手の打ちようが無くてフシは追い詰められていく。いや、そもそも考えようとしてもフシは世界について、特に現代についての知識が乏しすぎて、まさかのデータ消去のためにパソコンを物理的スローイングしちゃう始末。結局、あのPCは最終的にどうなったんでしょうね……。無事にイズミさんの黒歴史が消えてればいいんですけど(そんなものはない)。 結局「正義の反対は別の正義」とまではいかずとも、現代ノッカーが厄介なのは「フシが討滅しなきゃいけないほどの悪行を(表向きは)行っていない」という部分である。現代人に迷惑をかけずに共存共栄しましょうよ、という旨はすでにミズハノッカーから伝えられている通りだし、その先にノッカーの最大目標があったとして、現時点でフシがそれを断ずる術はない。今にして思えばみもりの件だって割とグレーゾーンで、みもりノッカーが積極的にフシを殺しにきたから正当防衛気味の大義名分がやや成立したが、それだってひろとしという外付けモチベーションがあるのが大きかった。先ごろ挫折したイズミノッカー討伐については、「誰一人それを望む者がない」という理由で失敗しているわけで、もはやどれだけ「ノッカーの殲滅」を目標に掲げたところで、目的が空回りしてしまっている状況だ。それでも大目標が変えられないあたり、フシの積年の苦労が偲ばれる。 そんなフシに唯一ともいえる味方がいるとするならば、それは間違いなくユーキである。ちゃらんぽらんで迷惑しかかけてこなかったクソガキであるが、オカルトマニアという属性もあり、現代ノッカーの侵攻計画について、知識ベースで肉薄できているのは案外彼なのかもしれない。ノッカーが地球上に蔓延ってしまっている現状、自分たちの動きを極力悟られぬよう、フシとの新たな連絡手段を構築してみせた発想はなかなかのものである。まぁ、それが本当に必要なのか、そして有効なのかもよく分かっていないが……フシはユーキ以上に頼れる存在がないというのが現状。そして、そんなユーキの推論はくろいのことサトル少年の危機を報せる。駆けつけた襲撃現場でサトルの現在の意思を確認するフシ。何度きいたところで、やはりサトルがノッカー討伐に乗り気でないことは変わらない。フシからしたら「俺をこんな風にしといて勝手に逃げるな」なのだろうが、サトル目線では「終わっちゃったこと」なのだからしょうがない。こちらの議論も平行線で、やはり生産的な結果は得られない。ただ、その過程でしれっとフウナノッカーをぶっ殺しており、こんな状況でもまだまだ観測者の特権が強力であることを見せつけてくれる。そりゃフシからしたら更なる「ふざけんな」案件だろうが。 フウナノッカーの消滅は、またミズハまわりに波紋を投げかけそうだが、惑星規模の問題と、中学生の人間関係の問題が同時に降りかかってくるアニメ、なんとも珍妙である。
○「青のミブロ 芹沢暗殺編」 ― 読売のスケジュールはよく分からない。ひと足先に終わりを迎えた「ヒロアカ」の後枠として、土曜夕方がさっさと次の番組へと切り替わったのである。これまで新番組が1〜2週遅れでスタートする「後発」スケジュールは普通だったが、「先発」する例というのはあまり記憶にない。こうしてスケジュールもだいぶフレキシブルになったのは自由度が増したことの表れととるべきか、それだけ「テレビのシーズンスケジュール」の重要度が低下して雑になっている兆候ととるべきか。おっちゃん世代はやっぱテレビ文化が衰退するのは残念ですけどね。 いや、放送されてるんだから衰退もなにもないけど。今作においては「2期が一足早く始まるぜ!」と言われても「はぁ、そうですか……」くらいの感情しか湧かないのが残念なところ。前枠のヒロアカとの差が凄まじくて悲しくなってくるが、これぞ作画の格差社会である。前作の放送は今年の3月までだったので3クールの間を開けての再開ということになるが、せっかく充電期間をもらったのに1話目から作画は平常運転。初っ端から「作画に期待すんなよな!」ということを全霊で伝えてくれる親切設計である。今期は1クールか2クールかは知らんけど、スケジュール次第では切ることも検討しつつでお付き合いするしかなかろう。しかし、「芹沢暗殺編」ってサブタイになってるのはちょっと気になるのは事実。あたしゃ新撰組関係の諸々の知識は「るろうに剣心」が全てなので、あんまり個々のヒストリーを知らんのよね。どこをどう巡って暗殺されることになるんだろう。気になるような、そうでもないような(向学心)。
やぁ、1回しか記載されないと思っていたこのタイトルがまさかもう1回出てくるとはね。絶対に途中で切ると思ってたのに、なんだかんだで最後まで見守ってしまったよ。そして、その結果ポジティブな感情が出てこなかったあたりが面倒極まりないネ! 今期もザクザクN話切りが展開された中、この作品が最後まで切られずに残っていた理由はだいたい2点にまとめられる。1つは、いうてアニメとしてのクオリティはそこそこ保証されていたこと。J.C.STAFFの安定スタッフによる制作なので、映像部分で大きな崩れは無く、画だけを見れば失望感はそこまで無いのだ。昨今のなろうアニメでは画のクオリティの保証は最低限のモチベにはなる。まぁ、終わった今となっては、「クソ作画の方が安らかに眠れたのに」という気持ちしかないわけですが。 そして2点目は、胸糞リベンジストーリーという骨子が1話目でイヤというほどアピールされていたので(そもそもタイトルにそう書いてあるので)、「ドス黒・ざまぁ満載復讐劇」というシナリオラインが何か痛快なものに繋がるんじゃないかという期待もゼロではなかったため。嗜虐趣味がそそられる展開であるならば、例えばかやのんキャラがみっともなくピーピー泣き喚きながら命乞いをする様などが毎回楽しめる可能性があり、オリジナルの収穫を期待した向きはある。そして、こちらの要素については、確かに得られたものはある。かやのんエルフは最終的にみっともない命乞いをしたし、その前にはドヤ顔煽りなどの様々なプレイのフラグを立てまくった部分は「見たかったもの」が出てきたのは事実だ。 ただ、そうした「ご褒美」を得るための代償があまりに大きすぎた。いらん要素が多すぎて見返りを得るための心労が割に合わなかった。ほんとに、私は人生において何度「なろうってどういう層が楽しめるんだよ……」という虚無を感じなければいけないのだろうか。途中の戦闘についても、主人公アゲについても、何1つ「楽しい」に繋がらないんだよ。意味がわからんのだよ。復讐相手があんだけいるんだから1クールでせめて3〜4人くらいはサクサク殺しに行くのかと思ったら結局かやのんと狼の2体で終わっちゃったし、そのかやのん戦にしても、メインバトルの前に全くいらん戦闘が何個も入ってなかなかゴールに辿り着けない。レベル9999とか言ってるくせしてレベル数百の相手に意外といい試合を繰り広げたりして、描きたいものの軸がブレブレだ。せめて、自分で掲げた旗印くらいは最後まで責任を持って守り通してくれよ。 まぁ、どんな文句をたれようとも、「最後まで観てたお前が悪い」と言われたら返す言葉もないのだけど。残念なことがあるとすれば、以前「BLUE REEFLECTION」で興味を持ってちょっと気にしていた玉城仁菜という声優さん、あれ以来、どーでもいいなろうのショタ役でしかメイン役がなくて、どんどんクソアニメ請負人みたいになっちゃってるんだよな……。 終わらぬことが、最終話。ほんとになんの匂わせもなく、フッと消え去るように終わってしまったこのアニメ、それはまるで、静かに去っていった小野への弔意のようである。 うーむ、最終回だったのか。確認したら原作は全16巻ということで、そりゃ1クールじゃ終わるわけもなく。それにしたってどこがちょうどいい区切りなのかもよく分からない状態で、ほんとに来週も放送がありそうな素っ気なさで終わりを迎えてしまった。そして2期は未だ発表されずということで、楽しんでいた身にはずいぶんヤキモキさせられてしまう。でもまぁ、切れ目らしい切れ目が無いならしょうがないか。それこそ第1クールを「小野編」とでも銘打つしかないのかも。 フミちゃんを打倒して難関を突破したかに思われたサンタだったが、目の前にはそんなフミをけしかけた諸悪の根源である大渋が登場。再びジジイVSジジイの頂上決戦が幕を開ける。サンタは(甘矢に多大なトラウマを残した)特訓の甲斐もあってかある程度のレベルアップはしていたが、今作のすごいところは最強のはずのラスボス大渋さんも一切油断することなく、前回の反省からサンタに負けじと修行していたという部分。最強最悪の敵がさらに努力するって時点で漫画的なお約束からだいぶ逸脱している気がするのだが、大渋はそれをやり抜けるからこその大渋。合わせ鏡の間の意味はさっぱり分からないが、おじいちゃんも人に見られて強くなるタイプなのだ。子供達の視線が集まり、大渋にバフ、サンタにデバフ。さらに連戦の疲労も重なり、サンタはギリギリで何かを感じ取ってレベルアップには成功したものの、今回もがっつり実力でねじ伏せられて屈辱の2敗目を喫してしまった。この状態でサンタにトドメを刺しに来ない大渋の胸中も謎ではあるのだが、まぁ、不死身の存在として定義されてしまってる相手に余計な手間をかけてもしょうがないのか。 ジジイ対決はとにかく一旦終わり。しかし、その傍らでは輪をかけて望まざる「大人の」事件が起こっており、急激な成長痛に耐えきれなくなった小野はついに力尽きてしまったという。前回時点で「死に至る成長痛ってなんやねん」と思っていたが、この世界にはガチでそれが存在していたのだ。もう笑えない。なんなら作品始まって以来の最大級のシリアス。その厳しい現実を前に、冬村は再び心を閉ざしてしまった。……包丁を握って髪をざんばらに切り捨てる冬村、一応定義上は私の愛好する「作中でヘアスタイルが変わるヒロイン」にクレジットされることになった(あんま変わってないけど)。一番大切な相手、なんなら「初恋」だったかもしれない小野を失い、これから先も冬村は子供で居続けられるのだろうか。三田は、そんな冬村の悲哀を受け止めることができるのだろうか。 何もかもが「終わらない」此度の決着。まるで不確定な未来を残した「子供」という存在そのものを示唆するような幕引きになってしまったわけだが……私はこの先の未来も、見てみたいんですがね。
「悪食令嬢と狂血公爵」 5→5 ナーロッパに世界を移し、「ただひたすら甘々な青春カップルを見守る」作品の3本目。こちらは青春というのとはちょっと違うかもしれないが、「両想い以外の何ものでもない」男女がいちゃこらするだけという骨子部分は一緒である。「私の幸せな結婚」っていうタイトルでも特に問題ない作品でもある。 1話目で想定された中身から1ミリもズレずに単に2人して飯食いながらイチャイチャするだけなのでどう足掻いても加点要素は無いのだが、絶対条件である「メインヒロインが可愛い」はまず達成されているので減点要素も無し。甘織れな子(異世界での姿)であるメルフィは、なろうヒロインでありながら「令嬢」感はそこまで強くなく、庶民的な部分を魅力の基盤に置きながら、時に料理人、時に魔術師として節操なく周りの男どもに魅惑を振り撒いており、ここに嫌味が薄ければ合格ラインは越えられる。この「ギリで媚びすぎない魅力の出し方」みたいな部分で中村カンナボイスは良い働きをしてくれていたと思う。 単なるイチャイチャでは途中で飽きが来てしまうだろうし、実際に飽きる要素ゼロだったかと言われたら退屈した部分もある気はするのだが、「悪食」というテーマを維持しつつ、そこでできるシナリオ展開でちゃんと本筋が引っ張れているストーリーテリングは案外悪くない。「魔物を食べるとはどういうことなのか」「世間的にどう見られているのか」「而して悪食令嬢とはなんなのか」の設定が納得いくラインで組まれており、「この2人だからこそ互いの良さをすくいあげられたのだな」という破れ鍋と綴じ蓋の関係性が愉快でもあり、腹立たしくもあり。なろうにありがちな「思いつきの出オチ設定がさっさとどうでもよくなる」タイプじゃないというだけで、ずいぶん印象はよくなるものだ。 そうして描かれる凸凹カップルストーリーが、割と良さげなアニメで綴られているというのも良きポイント。制作の旭プロダクションにはあんまり期待してなかったのだが、今作はなろう的なアホでド派手な戦闘シーンとか、ふざけた戦闘スキルの描写とかが必要ないおかげで、比較的細かい部分まで神経を配ることができたのかもしれない。肝腎要の料理に関するシーンも、ちゃんと「異世界の料理って何?」を考えて設定されており、必ずしも「美味しそう!」だけじゃなくて種々の事情を抱えた「食べるということ」へのこだわりが見えた。大きなインパクトがあるわけじゃないが、異世界料理の形を考える1つのアイディアとして成立していたんじゃなかろうか。 結局、みんなで美味しいものを食べるのは良いことなのですよ。単なるグルメ漫画じゃ物足りない部分を、魔法ファンタジー要素と混ぜ合わせることで新鮮なものとする「ダンジョン飯」メソッド、多分、目先を変えたらもうちょいバリエーションは狙えそうだよ。 「Let’s Play クエストだらけのマイライフ」 4→4 マルチカルチュラリズムを代表するかのような闇鍋作品だったが、終わってみれば「まぁ、こういう話だったんやな……」くらいであんまりインパクトは無かった。筋立てだけみれば別に悪い作品でもないのだろうが、その怪しげな骨子が「小さな違和感」で終わってしまって何か特異な収穫があったかと言われればノーである。 観てない人のために確認しておくと(その工程いるか?)、今作は「北米の漫画原作を日本でアニメ化したもの」だが、どこかに中華系の匂いも感じさせる不思議な風合い。冷静に見ると別に中国要素は一切無かったはずなのだが、それを感じ取ったのは「何かしらの海外風味を出しながらも画面がしょぼい」という状態を「中韓どっちかのアニメ」として処理するしかなかったためだろう(アメリカ原産でこういうショボさのアニメは見たことがないので)。おかげで途中はガチで「中国のアニメはなー」とか思いながら観てる瞬間もあって、その度に「違う、これ国産や」と訳の分からない確認をする必要があった。私はなんでそんなアニメ視聴体制を敷いているのか意味が分からない。 で、そうして頭がだいぶぐちゃぐちゃになった状態で見ていても、「なんか安っぽいアメリカン風味のラブロマンス」でしかなかったもんで評価は上げられなかった。映像部分のしょぼさは我が国のスタジオ(今作はOLMの主導)にあるので原作者には申し訳ないところだが、まぁ、いうて超絶作画でアニメ化するようなタイプでもなし。筋立てに関しては、最近はとにかく「ゲーム制作」というテーマがあまりに被りすぎており、今期だけでも「いもウザ」に「破産富豪」と同じクールでも被ってしまい、「なんでみんなしてゲーム作りたがるんだろう」と食傷気味。主人公・サムの作るゲームはテイストが違うという部分での差別化は狙えるかもしれないが、残念ながら彼女の作ったゲームの特異性は画面からも伝わってこず、上っ面だけでなぞる展開がサムとマーシャルの関係を刺激的なものにはしてくれなかった。どっちかというと、一部描かれていた「ゲーム配信者だってこれだけ日々の苦労の積み重ねがあってようやく実現している職業なんだ」っていう配信者苦労話の方が見てて面白かった気もする。 どうにも「ならでは」の良さを拾いきれなかったのもったいなさは感じるが、この基盤だとこれが限界かなぁ、という感覚もある。ま、いろんなところから原作持ってくること自体は悪くないよね。 「永久のユウグレ」 6→4 「沢城みゆきのボディ(声)に、富田美憂の心(声)を合わせて、最強の存在を、作りたいんですよ〜」 「キャ〜〜〜〜〜!」 個人的に今作を評価できる部分があるとしたらそこでしたけど……それ以外はなぁ……。最初の評点は第0話時点でのものですので、紆余曲折を経ての最後はどうにも……ウーン。 直感的に一番ダメだと思ったのはやっぱり中盤の筋運びですよ。目的もよく分からないロードムービーを全体の半分以上の話数を使ってダラダラやられたところで、「P.A.WORKSのオリジナルアニメ、毎回悩ましすぎるナ……」とあいそをつかしてしまった人も多いんじゃなかろうか。ただ、それならラスト数話の怒涛の展開だけは面白かったかと言われると、そっちはそっちで釈然としないものは残っている。ざっくりした表現をするなら、どうにも問題を上っ面でしか見ていない独善的な部分が多過ぎたような気がしている。 例えば今回一番の被害者は当然ヨイヤミ・アモルコンビなわけだが、ヨイヤミさんはその胸の内にどんなものを抱え込んでいたのかが描ききれていない。一応最後にユウグレに向かって暴れ散らかす理由は説明されているのだが、アウトサイドたちに割かれた尺が短すぎて、それが真に迫った感情として理解されない。その上でユウグレから一方的にぶっ壊され、最終的に人格を失ってしまうという結末はあまりに報われないものだ。そしてその不幸はアモルにより如実に表れており、ラストシーンでいい感じにまとめた風だったが、彼女が抱えるアキラやユウグレに対して抱く感情の根本的な齟齬は何一つ解消されていない。結局はユウグレが「まぁ、私が正妻だから」とマウントを取る状態だし、人間とアンドロイドの間の種族の壁、時間の壁は何一つ変わらないままだ。2人で赦しを与えたところで、アモルは自分がしでかしてしまった過ちを抱えたまま、針のむしろの状態で3人生活を続けさせられるのだろうか。 他にも「全ての元凶であるトワサが結局は何も報われないまま死んでるんだよな」とか、メインシナリオの大きさをまとめ上げるための努力が足りず、いろんなところに「思いつきレベルの設定」の残滓が転がっているような印象。やはりどう足掻いても1クールという尺は短いものなのだから、欲張らずに本作でやりたかったことをもっと絞り込みコンパクトにまとめる方向性の方が結果的にはよかったのではなかろうか。 とはいえ、出来上がったものを見てブーブー言うだけなら簡単ですからね。それだけオリジナルアニメってのは難しいって話でありますよ。試行錯誤して何かしらの問題提起になるような作品を生み出せたのなら、それはそれでP.A.らしい結果ともいえるが……久しぶりにスマッシュヒットを出すP.A.が見たいなぁ……。 |
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HN:
Thraxi
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男性
趣味:
声優のこと全般
自己紹介:
関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
大原さやか 桑島法子 ーーーーーーーーーー ↑越えられない壁 沢城みゆき 斎藤千和 中原麻衣 田中理恵 渡辺明乃 能登麻美子 佐藤利奈 佐藤聡美 高垣彩陽 悠木碧
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