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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
まさかの笹木信作コンテ回、第5話。最近のサイエンスSARU、どういう陣容が集まってるか分からないので油断ができない。 とはいえお話の方はじっとりと進行している。ソルコクタニからのまさかの提案に度肝を抜かれたシタラだったが、断るなんて選択肢は存在しないので、言われるがままに謎の密偵ミッションにチャレンジすることになる。シタラからすればソルコクタニの下に仕えているのだって面従腹背のスパイミッションみたいなものであり、その主人からこんな任務を言い渡されたら、ヘンテコな形の二重スパイみたいになってしまう。いや、もはや信を捧げるべきペルシアは残されていないので「二重」にはなり得ないのだけども。 ソルコクタニが密偵を提案してきた概要は「別にトルイが皇帝を継げなかったのは構わないし、オゴタイがふさわしくないなんて思ってない。でも、実質的な軍事力を有しているのがトルイだったら、この軍政のねじれは将来的に絶対火種になりうる。だから先んじて、争いの芽を摘んでおきたい」というものだった。なるほど納得、きちんと先見の明がある人間の考え方だ。しかもここで「ほなオゴタイのとこにいけばいいんスね?」とはならず、「この2人の間に入って何かを起こすとしたらそれはきっとチャガタイであろうから、そちらに潜むように」というひねったミッションを言い渡されるのである。うーむ、少なくとも視聴者目線ではトルイたち兄弟に不仲の予兆は感じられないし、そんな心配は無用に見えてしまうのだが……楽観的でいられないのが為政者の妻というポジションか。このモンゴルの文化システムがどうなっているかは知らないが、「炉の王」たるトルイの妻であるソルコクタニが、その座を追われるような心配はあまりないように見えるのだが。 偉い人たち、特に文化の違うモンゴル人の考えることはシタラにはよく分からなかったが、とにかく派遣されることは決定。「急にチャガタイの膝下に潜りこむって言っても、どうやったらええねん」というお悩みの答えは「あとは流れでお願いします」というだいぶ適当なもの。立案のソルコクタニより、多分実質的な手引き役であるシラの性格の適当さのせいだろうが、あまりにざっくりした入れ替わり作戦に、シタラは振り回されっぱなし。最終的に一旦誤魔化せそうな位置に転がり込むことはできたが、本当に紙一重のラッキーが続いた結果なので、だーいぶ命の危機が迫る展開ではあった。 その間、ちょっとしたご褒美(?)として迷子センターにて久しぶりに知らないペルシア人と出会って母国の言葉で歓談。その結果、奴隷として連れてこられた人々が必ずしも現状を嘆いているわけではないことを知り、なんなら数年ものモンゴル生活を経て次第に慣れてきていた自身の状況についても内省する。住めば都はまさにその通りで、これだけ長いことモンゴル生活を続けていれば嫌でも文化には馴染んでしまうし、たぎらせようとしていた恨みの炎もいつか消えてしまいそうになる。そのことを思い出すたびにシタラは必死に薪をくべなおし、人生の目標を忘れてはならぬと唇を噛むのである。 そんな必死の抵抗劇が功を奏したといえばそうなのか。巡り巡って出会ったのはオゴタイの 「第6妃」というぜつみょーに偉いんだか偉くないんだかよく分からない地位につく女性・ドレゲネさん。どうやらシタラたちと似たような身の上らしく、せっかくの正妃というポジションについているにもかかわらず、現在進行形でオゴタイへの殺意を燃やしているというなかなか物騒な御仁である。こんなやつを囲っておけるオゴタイ、よほどの大人物か、ただの阿呆なのか。でも彼のここまでの能力や評判を見るに、決して暗愚ではなさそうなんだよな。 とにかく、幸か不幸か同じ志を燃やし続ける仲間に巡り合ってしまったシタラ。狙っていたポジションからはちょいズレてしまったが、一旦王族に近づけそうな踏み台は手に入れた。さて、ここから大義を失わず、うまいことソルコクタニとの連携を維持することができるのだろうか。 PR ○「BLEACH 千年血戦篇 -禍進譚-」 ー 夜一の尻から始まるストーリー……最後の最後を飾るシーズンの幕開けがこれでいいのか……(良い)。 新番といいながら気分は最終回の導入。確認しておくと、こちらの「千年血戦篇」は最初から4クールに分割して最終章を描くのが目的。2022年からスタートして足かけ4年ちょい、ついにその終着点へと辿り着いた。ここまでの3クールはほぼ1年の1本とペースが維持されていたが、なぜかこの最終章だけは前回の放送から1年半とやや長めのブランクが空き、準備万端で有終の美を飾る気満々といったところか。 相変わらず作品自体にはあんまり興味はないし前後のつながりなんて当然覚えちゃいないが、studioぴえろ(正確にはPIERROT FILM)が渾身のアニメーションでお送りするバリバリの「ジャンプ漫画の作画」は素直に観ていて楽しいものだ。それがほぼ全裸でエロいハイレグの尻であればなおさらである(?)。今期は「MAO」も含めて猫が大活躍するアニメが多いですね(その結論でいいのか)。 おたあじゅりあ!? 第4話。そっか、この島はおたあジュリアの史跡が実在する島がモデルなのか……予期せぬところでたほいやワードに出会うとびっくりしますね(俺らが勝手にたほいやワードだと思ってるだけで世間的には常識の可能性もあるが)。 1つ山を超えて、世界が広がる「承」のフェイズに入った感覚。作画の藤森さんという心強くも都合のいい味方を手に入れ、部室も随分充実。手島先生も案外面倒を見てくれるもので、いよいよ安海の漫画作りが本格スタートである。ただ、前回のような雑多なノート漫画では流石に格好がつかず、「趣味の範囲で」とはいうものの、先生もちゃんと責任を持って「指導」してくれている。この辺のツンデレるというか、「自分は漫画とは訣別したのだ」と思いたいのにやっぱり愛があるから構っちゃう感じの手島先生の葛藤は見ていて面白い(本人は困ってるんだろうが)。 現段階でいきなり安海の作画スキルを磨く方法などあるわけがないし、そもそも藤森さんが「安海の漫画の絵を描きたい」と言って入ってきたのだから、原案と作画の分業体制にはなんの問題もない。しかし、そうなると藤森さんは小さい頃から絵の鍛錬を積んできた「経験者」であり、一方の安海は漫画大好きとはいえ今まで一度だって「作り手」に回ったことはないド素人。そこに差が生まれるのはしょうがない。「絵はいいけど話がね……」という当然の指摘に一瞬だけ膨れて曇ってしまった安海。「えっ、あんないい友達の藤森さんを邪険にしちゃう鬱展開とか、株下げまくるぞ主人公!」と思って心配したのだが、幸いこの曇りフェイズは1日で終わった。自分が悪いと思ったらちゃんと謝れるし改心する安海はやっぱりいい子であった。 話作りなんて1日そこらでどうにかなるスキルでもないが、若者たちは試行錯誤の末に少しずつ自分なりのやり方を見出していく。その過程に「評価者・赤福」という絶妙な存在が割って入ってるのがいいんだか悪いんだかよく分からんが、一切行動規範を変えずぐうたらしてるだけなのにちゃっかり「批評家」というポジションを確保している赤福、なかなかのやり手である。先生も「読者とは本来傲慢なものです」という厳しい目線から赤福の存在を(結果的に)認めており、「原案・作画・編集」という謎の3人組が形成されている。ちなみに赤福の頭はたいそう柔らかい素材でできているようである(赤福だけに)。 というわけで、なんとか土台を作り上げることができた4P漫画。これをもっていよいよ手島先生から本格的に漫画のいろはを学び始める安海たち。やっぱこういうところでちゃんと指導してくれる先生は偉いよな……まぁ、ご本人もちょっとずつ仕上がっていく「教え子」の漫画を見て嬉しそうにはしてたけど。このままの体制で進めば、それこそコミケでちょいと売る同人誌くらいなら卒業までに作れるかな。「趣味の範囲でやる」ならそれで充分だとは思ったのだけれど……。 当然刺激は舞い降りる。やってきた転校生の名は石龍光。すでに実績を積んでいるセミプロの漫画家であった。クリエイターにありがち(?)な頓狂な性格のようで、安海とは違ったタイプの夢想家。そして一番の違いは、小さい頃から漫画を読むだけじゃなく描くことにも邁進していたこと。一方的な受け手だった安海と違い、石龍にとって世界の全ては想像力と創造力を刺激するもの。同じような「イマジナリー」を持つ2人だが、当然、「作り」慣れている石龍の「妄想」の方が特大だし、映像効果もバリバリのハイクオリティである。こんなとんでもない奴が出てきて、また安海の心が変な風に折れてしまう恐れが……。 と思ったら、ちょっとだけ安海に興味を示していた石龍は漫研の方には特に関心がなかったらしい。創作はあくまで孤独な作業。1人でやれてりゃそれでいいやの精神の人だったのかもしれない。しかし、そんな石龍のチグハグな態度に戸惑った安海は、思わず先生の名前を出して引き止めてしまった。その結果のズキュウゥゥゥン! 来週までに先生が泥水で口をすすがないと、先生は石龍のものになってしまう。なお、キスシーンで一番ショックを受けていたのはメガネが割れた七ちゃんだと思われる。……この2人の関係性も……気になるねぃ。 追伸:石龍さんの低血圧ボイス、中の人はいのすけ。現時点で漫研関係者の2/3はプリキュアである。 いいキャラ揃ってきた、第4話。いや、これまでも変態教師とかぐうたら巨乳ねーさんとかいいタマが揃ってたけど、今回さらに「薫のクラスメイトの模範的ツンデレJS」と、「ついに現れた! 谷跨斑の刺客!」である百合転校生が登場し、2人のスクールライフにも盤石の備えだ。まともな人間が1人も出てこないアニメは面白い。 ここまでもなんとなくで楽しんではいたが、今作の一番の特徴はなんと言ってもシリアスとギャグの容赦ない振れ幅。常に挟まるダラさんの回想の中では、姉巫女が信じられないような残虐非道な企みをもってじわじわと妹巫女を謀殺しようとする様子が描かれている。今回はいよいよそれもクライマックスに近づきつつあり、来週あたりで改めて、1話目で描かれたあの惨劇に辿り着きそうだ。見れば見るほどに悲惨な運命であり、比較できる対象に地獄少女くらいしか思い浮かばん。閻魔あいは見事に人類ぶっ殺すマシンへと化けて恨み骨髄で村を焼き滅ぼしたが、ダラさんは数百年の時を経て恨みもほぼ消え去り、疫神としての役割はほぼ無し。その上で一応の神格は保っているという絶妙な状態で、愉快な姉弟とのコンビ芸が冴え渡る頼れる保護者へと転身をとげたわけだ。 今回もダラさんの生真面目だったり世話好きだったりする面がよく出ており、薫の無茶振りにいちいち律儀に応えてあげるあたりにほんとに人柄(蛇柄?)が出ている。別に無視すりゃいいのにね。現代風のイラストレーションをちゃんと学ぼうとするあたりは自分の身の上をわきまえた上でしっかりアップデートしようとする気概が感じられ、世の老害たちに爪の垢を煎じて飲ませたいくらいである。多分、数日もしたら現代風のイラスト術もマスターしてそうですよね。まぁ、「現代風イラスト」が何を表すかは分からんけど……。 そんな無茶振りをする薫は天真爛漫、好き放題にやり散らかす性格は別にダラさんと出会ってから始まったものではなく、クラスでの立ち位置も絶妙で笑いが絶えない。当然男子との絡みは多いわけだが、男子目線は薫をどう見ているのか。そっち方向でのねじくれた恋の目覚めとかがありそうで怖いのだが……ありがたいことに彼に目を向けているのはクラスのツンデレ女子・十御田(とみた)さん。彼女の露骨なツンデレ仕草を隣から見守ってくれてるお友達女子もなんだか性格が良さそうである。 一方の日向もダラさんとプラモを作ったり相変わらずやりたい放題だが、薫と違って霊感の強さのせいでダラさんが逆の意味で心配になっちゃうあれこれを自然と引き寄せる。ダラさん譲りのいろんなアイテムを使いこなし、ナチュラルにこの山をなんとかしてくれそうな空気すら漂っているが……そんな日向に近づく影、それが谷跨斑の「分身」が憑依した転校生、初瀬川周さんである。「憑依の影響で一気に成長した実質高校生クラスの中学生」という卑怯な設定で、しかもCVは古賀葵。こんなもん、地雷以外の何者物でもない。谷跨斑が全てをコントロールできるわけではなく、ほとんどは自由意志で動いている彼女のモチベーションは、なんと「日向とお近づきになる」であった。イシガメピックアップガチャならぬお漏らしピックアップを幼少期に散々引き当てていたアマネさん。彼女が強引に結ぼうとする縁は、大蛇にとって吉と出るか凶と出るか。……諸悪の根源であるはずの大蛇さんも令和の世ではコメディタッチになっちゃうの、実によろしい傾向ですね。 巨乳クレジットがまた1つカウントされてしまったので、なんとか十御田さんには薫が籠絡されないように頑張って戦っていただきたい。 Nananana,なぜ、なぜWHY? 第26話! 奇跡の復活劇の下で、謎が深まる折り返し点。 今週までは正座視聴でしたね。とはいえ、その意味合いは先週までとは全く異なり、「知らないことへの推理と答え合わせ」に盛り上がったのが前回まで。そして今回はたとえば変身バンクなどの「お約束」をがっつり見守る予定調和なお話……になると思われたが、流石だぜ名探偵プリキュア。まだまだ謎は残された。プリキュアを観てて「先の展開が全く読めない!」なんて気持ちになることはそうそうないんじゃなかろうか。 まずは予定調和の部分だ。無事に記憶を取り戻した「選ばれし者」くれあ。無事にマコトジュエルを手にし、あんな、みくる、るるからが再び変身するのに続いて堂々の凱旋。彼女の変身バンクのモチーフは「蝶」と「バレエ」で、優雅さを強調したそのデザインはアルカナシャドウともまた違った個性となっている。冒頭で水上を闊歩する様はちょっとだけ「迷宮に誘われている」感もないではないが……アンサー・ミスティックと違ってあまり対になっているような印象はない。色合いと4番目という順序を考えると我らがキュアリリアンと比較できる部分も多い気がするのだが、あちらが明らかに「ニャミーのバディ」だったが、やはり優れた名探偵、独立独歩の稼業なのだろうか。 こうして生まれたエクレールの特性は「速さ×強さ」。刃牙で例えるなら(なんでだよ)愚地克巳ポジション。エクレールの本来の意味は「稲妻」であり、その名を体現するような閃光の如き機動力でウソノワール様渾身の納豆ミサイルをことごとくかわしきり、さながら航空ショーの様相。そしてそのスピードをそのまま打撃に乗せてのステゴロは後輩たちを置き去りにする圧倒的物理パワーを実現する。追加戦士がとにかく強いというのはプリキュアでも(戦隊でも)ままある事態で、過去にもキュアアースなどの「もうこいつ1人でいいんじゃないかな」なケースがあったが、エクレールさんもだいぶその域に達している。ただ、それでは連携もままならぬという配慮からか、「自身のスピードについていけてない」というプリキュアにあるまじき個性まで設定されており、ちょいとお茶目な制限から共闘に繋がった。まぁ、この設定は今回限りのインスタントなものか、今後も影響を与えるかは五分五分ではあるが。 最強クラスのエクレールがウソノワールを粉砕。恐怖の大王は排除され、もはやファントムも存在意義なし。エクレールが戻ってきてるるかさんも万々歳、かと思われたのだが……ここからが後半戦への展開であった。確かに、単にエクレールを復活させたいのであれば、これまでのるるかの行動はあまりに迂遠だったし矛盾したものだった。せっかく記憶が蘇ったエクレールに対してもアルカナシャドウは苦渋に満ちた表情を向けており、残念ながら復活を喜んでいる様子ではない。お供妖精シュシュタンを前にジェット先輩らが「あんな妖精見たことない」と漏らすと「でしょうね」と一人ごち、まだまだエクレール&シュシュタンの出自には明かされていない秘密が残っているらしい。 失意のウソノワール、再起を図るファントムの面々。ニジーが気を吐く中姿を表したアルカナシャドウは、本来の目的が「エクレールのジュエルの粉砕」であったと衝撃の告白。そして次からはそのアルカナシャドウがファントムの指揮を取らんとする勢いである。これまで、方々の推理では「なぜるるかはエクレール復活に対して苦しそうな表情を見せることがあるのか」について「まどマギのほむら理論だろ」という端的な説明がなされることが多かったが、どうやら話はそう簡単ではないようだ。「世界を壊す」エクレールの存在。さて、これから先にるるかは、そしてファントムは何を目指すことになるのだろうか。 ちなみに、今回は節目となる重要な回なので当然作画に力は入っているわけだが、前回と違って作画のクセはかなり強め。特に濃淡を押し出した陰影の表現に特徴があり、まさにるるかを取り巻く「光と闇」の演出が見事な仕上がりであった。まだまだアルカナシャドウには重要な役回りが与えられているようだし、今後の「プリキュア対決」からも目が離せない。「エクレールに変身するのは2回目」発言もそうだし、ここにきて「なぜあんなが未来からやってきたのか」も有機的に結びつきそうな気配。まだまだ目が離せませんな。(とはいえ来週以降は個別感想は一旦切るとは思う。関西は地獄の甲子園日程もあるしな!) 追伸:改めてエクレール候補ガールズの皆様お疲れさまでした。何気に「エリザがポチタンを初めて認識する」という割と重要そうなイベントがさらっと処理されてたのは次回以降に繋がりますかね。 アラザンっていうほど輝かんやろ、第6話。まして誰かに食べられて口の中に入っちゃったら……ねぇ。どこぞのバンドのキラキラが「星」なのとは随分違いましてよ。 なんかもう、ただひたすらにビオラさんの才能のデカさに恐れ慄くばかりのアニメになりつつある。もちろんベースは青春キラキラグラフィティなのだから、「光」の側にも見るべき点は多いんですよ。ここまで話数を重ねて思うのは「ほんとにあられちゃんてばいい子よね」ってことで、とにかく人のことを考えられるし他人の痛みが分かる子なのですよ。どちらかというと引っ込み思案で前に出るタイミングを測るのは苦手だけど、アクセルが踏めれば暴走気味に突き進むのもセンターマンとして決して悪い性質ではない。あとはマネージャーさんを含め周りのバンドメンバーたちが手綱を握ってくれれば問題ないだろう。紆余曲折の結果遂に律ちゃんとの和解にも成功し、この度正式にゆめみたへの加入の運びとなった。これだけ見てりゃ、あられのバンド活動は順風満帆である。 もちろん、「VS世間」に関してはまだまだ乗り越えなきゃいけない要素は多い。炎上というトラウマを経てからの「復帰劇」があられちゃんの物語であり、高校入学からの再スタートという意味ではやや近いスタンスは千早愛音だろうか。ただ、彼女の場合は「失敗」は自分の中にあるものだったし、世間体にしてもちょいと校区を変えれば誤魔化せそうなものだった。対してあられの場合は模範的な「炎上」であり、世間的にもお騒がせな奴だという風評がある状態。なかなか再起まではハードルが高くて多い。現在は、それを1個1個乗り越えていく段階ではあるのだが……クレマチス強奪事件のせいで越えなきゃいけない障害はさらに増えてしまった。現状、この「世間的な評判の低下」と「律との復縁」がギリでトレードオフくらいの印象である。 でもまぁ、本人も言っていた通り、ここから先は「今の姿」を大衆に見てもらう以外の解決法はなく、律が手の届く距離に来てくれたことで、守るべきものも叶えたい夢も同じグループの中で完結するようになった。もうフェアリィブゥケのことなんて気にしなくていいならゆっくりと土台を整えればいい……はずだったのだが、「あられが逃げるなら、その逃げ込んだ先にも地雷を用意してやんよ」というのが稀代の最強軍師にして天性のヴィラン・ビオラさんのウルトラCである。もはやあられと律の2人が自分に対するガードをあげたのは紛れもない事実。これまでのようなぶりっ子芸で籠絡するにも限界があることは本人が一番わかっている。それならば、まだビオラという人間の本性を理解していない人間から突き崩していけばいいだけの話である。そこで白羽の矢が立ったのが、仕事に追われてろくに世間の動きなど見ない藤都子先生その人であった。 正直、ビオラさんの情報網の精度はなんでそんなに高いのかがよく分からん。ゆめみたの情報は事務所の公式とかで発表はされてるのか。「あられちゃんが加入してる新しいバンド、メンバーにはどんな人がいるのかしらぁ」ってんで調べたら有名人の富士見先生がヒットし、その作品があられの大好きなものだ、ってことくらいは以前からの付き合いで知っているだろう。自分との接点が薄い都子ならまだ「いつも通りの武器」でねじ伏せられるという読みからか、今まで以上の最大出力で迫るビオラ。彼女のすごいところは、「人の心の壊し方」を一番よく知っているし、「人の落とし方」も一番よく知っていること。そして、その目的のために手間を惜しまないこと。 これは勝手な想像だが、普通に考えたらビオラさんが富士見夜子の熱心なファンってことはないだろう。今回の籠絡作戦のために彼女の履歴を漁り、発表済みの作品を研究し、どこに言及したら一番作者に刺さるかを分析した上で最大限の効果を上げる出会いを演出した。不自然にならない程度に「熱心なファンからの言葉」としてあれこれ吹き込み始め、いとも容易く都子に涙を流させることに成功。ただでさえコミュ力が低い都子など魔女の手にかかれば赤子同然であった。 そうして都子というトロイの木馬を仕込むことに成功したビオラ。どうやら彼女は「律を加えた新生ゆめみたにライブをさせる」ことを狙っているようだ。マネージャーさんが止める通り、現時点での表立った派手な活動はお客目線でネガティブに映る可能性は大いにあるし、そこに待ち構えていたビオラが地雷を仕込んでおけば、新たな炎上を生み出すことも難しくはなさそう。フェアリィブゥケとしてどのような動きを見せるか、そして、都子先生はビオラさんにNTRれてしまうのか。 ……ほんとにこれバンドアニメか?(1年半ぶりの感想) アニメしか観てないと、義満の言う「先々代」について「でも、あんな奴なんだよな……」という記憶が先に来る、第4話。ややこしいのは足利尊氏が今作の観阿弥と同じ声だってところよ。 などという中の人ネタはさておき、相変わらず考えさせてくれる作品。今回は鬼夜叉の人生初の「大舞台」ということで、今まで以上に「舞とは何か」を考えさせる構成になっていた。あたしゃ浅学なもので猿楽も能楽もなんも知らんし、現代の「舞踊」についても知識なんて1ミリもないので、これを機に猿楽についてググってみようか思ったのだが、せっかくなので何も見ずに先にこのアニメを観て思ったこと、考えたことを書いてみよう。 まず、ありがたいことにアニメだけしか見ない人生でも知識を得る場所というのはある。私がこれまでの人生でいっっっっっっさい触れることがなかった「舞」という文化についても、アニメでは「ボールルームへようこそ」や「ダンスダンスダンスール」など、いくつかのアニメのテーマとして接触機会があった。そして直近では「ワンダンス」があり、その時に得た知見は今作を見る時にも活きてきそうだ。 人は何故舞うのか。その恒久の問いに答える術はないが、少なくとも「ワンダンス」を見ていて「ダンスすることの楽しさ」みたいな部分はある程度解説されていたし、「どんなダンスがすごいのか」という部分も語られていた。私の理解では、やはり一番は「身体表現」である。人は自分の身体は自分の意志で動かしていると思っているが、それでも「思い通りに動かない」ものだし、可動域・可動量に限界がある。それを学んで鍛えて反復して、少しずつ「人ができないような」動きに拡張し、その技を競うのがダンスバトルだった。リズムとの兼ね合いなどももちろんあるが、突き詰めれば「どうやって身体を動かすのか」の限界に挑む、言うなれば「人の身体」の限界に挑むのが現代ダンスシーンの主目的のように思える。だからこそ男女を問わず身体のラインが見えやすい服を着ていることも多いし、動きを大きく見せるような「客に見せる」工夫も多いことだろう。 転じて、今作の時代の「舞」はどうか。我々が「能や狂言」(あと歌舞伎とかも)でイメージするようないかにもスローな所作、決まった音曲に合わせて動くそのモーションには取り立てて目を見張るようなものが見当たらないような気がするが、この時代の観客たちはそんな鬼夜叉たちの舞を見て「猿楽もやるじゃねぇか」と感心していた。これには2つの側面がありそうな気がする。1つは現代的な感心と同じもの。彼らは日々の訓練でとにかく「決められた型」を反復練習し、日常的ではない、「舞のための動き」を作り上げる。我々現代人から見たらピンとこない部分だが、当時の人たちから見たら、きっとこの「舞にしかない動き」は非日常であり、何かしらの感心を得られるものだったのだろう。鬼夜叉の舞で見えた水の演出などは、そうして「普通なら得られない動き」によって作り出された非日常の空間演出だ。 そしてもう1つの側面として、やはりこの時代の「舞」は「神への供物」としての側面が大きく残っているのではないか。神へ捧げるためのしきたりがあり、ひたすらに定型とされた「儀式」である。その側面を寸分の狂いもなく表現しきることが神へ近づくための一歩であり、人々は舞の中に「神々しさ」を見出すのではないか。現代ダンスが「人の限界を見せる」ものだとするなら、猿楽の時代の舞は「神に近づき、神を表す」ことが最大目標だと思えるわけだ。まぁ、時代によってその神が「将軍」とかに接近する時もあるのかもしれないが……とにかくそうして「動きで表される儀」にこそ、意味を見出していたのであろう。 そのことは、最後に父子で帰路についた際の観阿弥の言葉からもニュアンスが出ている気がする。彼は彼で、「現代の舞」の最終形を探している。しかし、「神への供物」としての舞には一定の「正解」がありそうだが、猿楽はそこで終わらないという可能性も見出している。その最先端にいるのが、息子の鬼夜叉だということにも気づいているのだろう。観阿弥のいう「自分の身体、自分の時代」という言葉には、先人たちの積み重ねてきた時代、すなわち「歴史」も含まれているはず。歴史の最先端(ある意味最後尾)で先人たちの蓄積を継承しながら、次の一歩を常に模索し続ける父親が、「自分の身体」の表現に疑問を感じ、滅法に追求したがる息子への可能性を繋いでいく。これもまた、「人のなし得る業」なのであろう。 良いものを見せてもらいました。今度暇な時に猿楽・能楽についてちょっと勉強しよかな。
などというどうでもいいところが気になるのは、シナリオラインが完全なる王道展開に乗ったため。「王道」といえば聞こえはいいが、別な表現をすれば「ベタの極み」「ド定番」である。これだけ歴史を重ねたシリーズであえてこの路線を突っ走る決断か。いや、歴史を重ねたからこそ、そこから外すことを良しとしないのかもしれないが。「巨悪と戦うヒロイン、事態の全容を知る前に敵側の少女と出会って友情を育んでしまう」があまりにもテンプレでびっくりする。でもまぁ、振り返ってみりゃなのはシリーズではなのはとフェイトの出会いもちょっと違うから別にいいのか(この2人は最初から敵としてぶつかってるからな)。 シンプルな「運命の悪戯」展開であり、その理由が「どっちもたまたま休暇でのんびりしてたから」というクッソ適当なもの。一応、遭遇シーンで最低限配慮されてるのは、シイナが一瞬だけ魔人の力を発動したが、その瞬間だけは相手方のトワは死角になって見えておらず、互いに魔人の力を有しているとは気づかないままに交流を深めたという部分だろうか。まぁ、多分お互いに日常的にあんまり異能を発現させないようにはしてるだろうしな。この世界では魔人の力は当然忌むべきもの(最低限、恐れられるもの)と認識されているのだろうし、よっぽどの緊急事態でも無い限り、民間人の前でひけらかすようなことはしないのだろう。今回の飛び降り自殺(誤解)はシイナにしてみればその「よっぽどの事態」だったというだけの話である。 こうして両サイドのトップ(?)が交流を深め、それぞれの信念で「魔人」というものに向き合っていく。順風満帆なシイナさんは良い上司にも恵まれ、現場での活躍は目を見張るもの。まぁなのは・フェイトの2人でも同じような仕事はこなせるのだろうが、シイナオリジナルの強みはなんといっても侵略種の吸引能力。あれでエネルギー補給もできる上に現場のクリンナップが一瞬で片付けられるという、あまりにWin-Winすぎる能力である。ちょっと気になるのは「一個人にガンガンエネルギーを吸引させて、組織としてはシイナが力を持ちすぎることを懸念してはいないのだろうか」という部分だが、事前の面接とかでよっぽど信頼がおける人間性だという判断なのだろうか。今回チンピラさんが話してた内容から察するに、通常の魔人は「エネルギー吸いすぎると限界を迎える」とのことなので、流石に天井知らずで能力値が上がり続けるってところまでは心配していないのかもしれない。何より、シイナ自身がその辺をあんまり深く考えてないってのが一番大きいだろうけども。多分、今でもセツナにご飯食べさせてあげてるみたいな認識なんじゃなかろうか。 そうして私生活が充実しているウキウキアーバンライフなシイナさんと比べて、別れた後のトワさんの日常は一気にバイオレンス。日々、不法に魔人化したもの、魔人化を推し進めるものを討滅するために暗躍し、そのとんでもない能力でもって日々数えきれないくらいの人命を奪い続けている。まー、「悪人を殺すに罪はなし」ということで正義感に燃えてやってるなら開き直りもできるのだが、どうにも彼女たちの様子を見るに、「正義は我にあり」までは開き直れて無い感じはあるんだよな。あくまで法に反する殺人には違いないからな。そのあたりで完全なるアウトローとして戦っているトワさんたち。こちらもなのはさんらが気づいて「合法的に罪人を殺せますよ(?)」というポジションでも用意してあげられれば事態は好転するのかもしれないが、多分この世界もそこまでシステマティックに処理はできないだろうなぁ。八神隊長は「魔人狩り」についてはどれくらい調査が進んでるんでしょうね。 まぁ、現時点では「いつか訪れる衝突」を思ってちょいと心苦しくはあるものの、どーせその先の「共通の敵を見つけて共闘」までが既定路線なので、早めにあのマッドサイエンティストみたいな人らの正体が分かるといいですね。ラスボス(仮)のCVはすみぺでした。あれだ、ガムテの時と同じ発声法だ。これやってる時ほんと楽しそうなんだよな。 人魚+ボクシングという謎のマリアージュ、第3話。いったいどんな発想からこんな設定が出てくるのだろうか……いや、別にララがボクシングするわけじゃないけども。腰から下を打っちゃいけないボクシングのルールは、意外と人魚に対しても平等だったりするんだろうか(フットワークがどうしようもないやろがい)。 異界からの押しかけ存在との同居生活、ちょっと人間っぽい部分の上下が違うが、ざっくり言えばだいたいクジマと同じ存在であるララ(?!)。しかし日本文化にやたらと精通していたクジマと比較すると、こちらのお嬢さんは国どころか時代も飛び越えてしまっているせいで常識のズレっぷりが想像以上。ことわざ辞典を渡しておけば大人しく留守番していたクジマと違い、ちょっと学校に行く間目を離しただけでも問題行動を連発してしまうダメな人魚姫である。こういうダメさって、別にララに責任があるわけじゃないんだけどめっちゃストレスかかる描写になっちゃうのがとてもおっかない。でも流石にスマートスピーカーが便利すぎるのが問題な気もする。あれ、もしかして魔女様が思いっきりそそのかしたわけじゃあるまいな……。 そんなわけでひたすらに「ズレ」が強調されるお話になってしまい、部活の大一番でピリピリしていた茉里からは(半ば当然の)決別宣言。普通に考えたらこの状況で放り出されたら路頭に迷ってしまうのだからララは大いに困るはずなのだが、自分が迷惑をかけていた自覚もあるし、何より訳もなく人の世話になりっぱなしでいいとは思わないメンタリティ。行くあてもないくせに自立を宣言するララ。これにて主人公コンビは解消である。 ……まぁ、そんなわけないんだけど。3話目にして「雨降って……」を先に処理してしまったおかげで、だいぶ強固な結びつきを見出すことに成功した2人。ララからしたら無条件で匿ってくれている茉里を嫌いになる理由はなく、茉里の方からは一言でいうなら「おもしれー人魚」ってんでしばらく飼育して様子を見ることにした形。いわば魔女様と似たような立場である。魔女様は水槽の中に理想の環境を作ってもらって飼育されているわけだが、ララはここから少しずつ、自分の周りの環境を理解し、適合して、理想を求めていくことになるのだね。前途に難は多すぎる気はするが、なんとか始めの一歩は踏み出せた。お騒がせ人魚譚、改めての幕開けである。 そして今回はララよりも茉里のオリジンが掘り下げられた回。彼女がアニメヒロインとしては例を見ないボクシングに身を捧げているのは、元から喧嘩っ早いところがあったのは事実だろうが、純然たる「格好良さ」を求めてのもの。そのストイックな格闘家としての精神性には亡き母の教育も大きく影響しているようで、彼女のお母さん、モットーが「目ぇ逸らしたら負け」というなんともヤンキーじみたメンタリティの人である。しかし決して行動までがヤンキーなわけではなく、おそらく「何事に対しても、誰に対しても常に本気でぶつかれ」という教えなのだろう。娘さんはきちんとお母さんが望んだ通りに育っています。そのせいで野良人魚をうっかり拾ってしまうことなんて瑣末な問題ですよ。 茉里の人間性を一番端的に表すのがボクシングであり、今回はがっつりと競技シーンが描かれた。レトロチックな絵柄ながらも動画は盤石の今作、細かいフットワークからリアルな撃ち合いまで、文字通り手に汗握る試合描写は実に見応えがあった。……この高校、やたらボクシング部の人数多いけど……強豪校なんやろなぁ。「膳所(ぜぜ)」は難読地名としても有名なところですが、残念ながら特にその辺の高校のボクシングが強いという事実は無いそうです。 最後に蛇足で申し訳ないのだがいつも通りに中の人のこと。今回は、茉里と打ち合ったややヤンキー気質で威圧感の強い先輩・長浜さんのキャスト。こちら、我らが相羽あいなさんが担当しておりまして、キネマシトラス的には西條クロディーヌつながりである。普段、正直いうとあいあいの声優業についてはあんまり褒めてない私。湊友希那・西條クロディーヌ特攻の声すぎて他のキャラにあんまり……と思っていたが、今回の長浜先輩は良い仕事だった気がする。「格闘技で荒ぶる関西弁の女子高生」まで本人に寄せてもらうと流石にいい感じにまとめられたようだ。でもあいあい、意外と握力ないんだよな……。
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カテゴリー
プロフィール
HN:
Thraxi
性別:
男性
趣味:
声優のこと全般
自己紹介:
関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
大原さやか 桑島法子 ーーーーーーーーーー ↑越えられない壁 沢城みゆき 斎藤千和 中原麻衣 田中理恵 渡辺明乃 能登麻美子 佐藤利奈 佐藤聡美 高垣彩陽 悠木碧
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