|
最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
「宇宙人ムームー」 6→6 ご自宅の家電の状態をこの半年で見直せましたかね? ……炊飯器の新しいのが欲しいな。 というほど家電アニメだったかと言われたら微妙なところだが、史上最も家電なアニメだったのは間違いないヘンテコ宇宙人コメディ。こういうアニメを見て思い知らされるのは、「世の中にはまだまだ名が知られてないけど面白い漫画ってのはあるもんだなぁ」ということ。この作品なんてさ、確かアニメ始まった時点ではWikiすらなかったからね。まぁ、掲載誌がヤングキングアワーズではしょうがないという気もするが……がっつり2クールでのアニメ化を決めたどこの誰か分からない偉い人には感謝である。 原作におもしろの下地があったのはまちがいないなかろうが、それをしっかりフィットした雰囲気で完成させたアニメスタッフの手柄も大きい。どんだけトンチキなガワで包んだとて、いうて家電は家電。その説明をつらつらと繰り返すだけのアニメはどう考えても虚無になってしまうだろう。もちろんそれだけじゃないからこそアニメ化に踏み切ったのだろうが、適当に演出していたらそうした「なんか退屈そうな部分」は本当に退屈になっていた可能性もあった。適度にユルく、適度にポップな今作の演出方向で、冗談めかした「家電講義」が展開されたからこそ視聴者の興味を維持することができて、それが最終的に大きな完成形を見せることにつながったのだ。理想的な「原作よし、アニメよし」の組み合わせだったのではなかろうか。 それにしても……やっぱりこの作品の発想はすごいと思うけどね。「猫型宇宙人」はあるよ。「地球の文化を学びにきた宇宙人」も普通にあるだろう。でも、「なんか猫っぽい宇宙人が、本当な地球なんかより断然進んだ文明を持ってたはずなのに、戦争の果てにアホばっか残っちゃったもんだから勉強しようとしてもなかなかできない状態で地球にフラフラ遊びに来た」はなかなか思いつかんよ。さまざまなトンチキが案外しっかりネタとして結びついていて、どう考えても異常者でしかない天空橋とか、どう考えても性犯罪者になるしかない鮫洲さんみたいな濃いキャラクターでも相互作用によってある意味で「許され」てネタの一部になっていく様子は、ギャグの作り方がだいぶ綱渡りである。こんだけ設定がゴタゴタしてたらどこかに変な匂いがしそうなもんだが……いや、実際は変な匂いがしてたのかもしれないが、トータルでは珍味のごとき味わいであった。これも原作購入検討対象である。 そうして「意外とギリのラインで成立した」ことの立役者として、やっぱり中の人には触れておきたい。なんだかんだでやっぱ座長はムームー役の小桜エッちゃんだろうなぁ。ムームーのキャラが一番ドギツいもの。小桜ボイスだからこそ許されたとこあるよね。変すぎる世界もまるッと飲み込める異次元ボイス。そして新人ながら堂々のヒロインを務め上げた桜子役の春海百乃さんという若手にも殊勲賞。桜子は最後までちゃんと桜子だったよ。他にも鮫洲さん、天空橋、シベリアちゃん……そしてやっぱり花月さん役の藤井ゆきよ。優しいゆきよボイスが最大ヒーリング効果よ。 若者よ、書を捨てて、薄暗いところへ行こう。 PR 「SAKAMOTO DAYS(第2クール)」 ―→4 ジャンプだなぁ、というアニメ。いいかい、ジャンプの正式名称は週刊「少年」ジャンプだ。決しておっさんがわーきゃー盛り上がるためのものじゃないんだ。 ってことを感じることが最近は増えてきましたね……今作についても、別段悪い部分があるってこともないんだよ。映像部分はそこそこ頑張ってるし、人気作ってことであんまりあくせくせずに尺にも余裕を持って作っている。そりゃま、呪術とかスパイほど全力で金かけてるって感じもないが、全部のアニメがそんなにハイカロリーになる必要もないだろうよ。 ただ、そうして最低限の基準はクリアしてる感覚があるものの……なんか面白くなかった。ピンと来ないままだった。やっぱり「殺し屋」っていうモチーフ自体がどの程度の温度感で描くのかが難しい気がするんだよなぁ。ゴルゴみたいにシリアス一辺倒で行くなら人の生死を笑い話にしないからセーフだし、純然たるギャグ漫画にするんだったら振り切れてるから問題ない。今作は「殺し屋」をギャグにしつつもシリアスなバトルアクション漫画も目指しており、どっちに座るかが決まってない部分が今ひとつしっくりこないのだ。いや、ジャンプのバトル漫画にその手の設定なんていくらでもあったとは思うよ。それこそ「SPY×FAMILY」だって殺し屋を扱ったギャグ要素があるし、「リボーン」も「ヒットマン」だ。「バトル」を描く上でどうしたてって「生き死に」に触れることは多くなるはず。いちいちギャグだのシリアスだのと目くじら立てても意味がないとは思うのだが……今作の「殺し」の設定はどうにも上滑りしてる感があってなぁ……殺し屋をなんとかサイコに描いてキャラを立たせようとしてるんだけど、その手つきがなんか拙いというか……。 この感覚が単に「おっさんが少年の心を忘れてしまったから」の可能性があるのであんまり余計なことを言わんでひっそりしときます。続きが作られた時に視聴するかどうかはその時の状況次第だなぁ。 「ばっどがーる」 5→5 なんとも懐かしい空気感の漂うきらら作品だった。この感覚は結局1話目で持ったものがそのまま変わることなく維持されていたのだが……その後、あんまり印象の更新がなかった。良くも悪くも。 「きららっぽい」っていう表現は、アニメに対していいとも悪いとも言明していない言い回し。好きな人もいるかもしれないしそうじゃない人もいるだろう。かく言う私は「作品による」というズルい逃げ方をさせてもらうが、今作を見ていると「きららっぽさ」は別に私の中では大きなプラスになっていないのかもしれない。初期のきらら作品の中でも「あっちこっち」あたりは大して響いてなかった気がするし、やはり昨今のきららトレンドを見ると、多少の変化球でもう少し刺激を増やしてくれた方が肌に合っているのかもしれない。 決して悪かったとも思わないんですよ。映像クオリティに関してはかなり頑張った方だし、それこそきらららしい「もちぷに感」みたいなものは最初から最後まで安定して発揮していた。キャラデザも特に合わないということもなく、見てて不快になることはそんなになかった(流石にるらだけはすけべ要員としてしか機能してねぇだろ、とは思うが)。女の子どうしのイチャイチャが見たいという欲求は満たされるはずだし、それをなんとなくダラダラと日常系の中で描いてくスタイルは今作オリジナルではないのだから、そこに何か責任を負う必要もないだろう。 ただ、……あんま刺さってないんだよなぁ。なんでだろ。こういう作品は結局「ギャグが肌に合うか合わないか」になってしまうと思うんだけど、細かいセリフ回しとかネタの使い方とか、全体的に「軽く滑ってんな」と思うことの方が多かった気がする。現金なもんだよなぁ、「まちカドまぞく」では腹抱えて爆笑してた人間が、こういう作品では「琴線に触れない」と思ってしまう。まぁ、結局作品性ってそういうところに現れるわけでね。もう少し噛み砕くと、多分ツッコミのテンポが気になったのかな。ツッコミが説明臭いと、どうしても「ネタのためのネタ」っぽさが強めに匂うのでどっかで身構えちゃう。今作のネタ回しはその辺りがやや強めに出てしまい、アニメで丁寧にその辺を拾っていくとかえってとっつきづらくなってしまったのかもしれない。 とはいえ、これも別に大きな失点だったというつもりはなく、敢えて「合わなかった部分」を言語化するとその辺になるんじゃないか、と推測しているという程度である。もしかしたらピントのズレた言及かもしれない。かにかくに、アニメ視聴、アニメ制作とは難しいものである。 「ぷにるはかわいいスライム(第2期)」 ―→6 先週ルンルがいきなりぶっ倒れた理由って結局何だったんでしょう。あれが偶然重なったせいでホラー風味がマシマシになって怖かったです。 というわけで、今期は感想を書いたり書かなかったりという距離感でフィニッシュ。これはまぁ、他に触れる作品が増えてしまったという理由もあるが、何度か言及した通りに「これ、どうしたらいいんだよ……」という戸惑いもあったためだ。まさか1期の能天気ギャグアニメからいきなりサイコ混じりのヤンデレアイデンティティ喪失アニメになるなんて思わないじゃん。この辺のストーリー、原作漫画だとどうなってるんでしょうね。 だいぶテイストが変わってしまったせいで付き合い方に悩む部分は多かったが、終わってみればこれはこれで作品として問題なく成立しているのだし、もっと考えてみれば1期の頃から「ぷにるという存在の危うさ」みたいなものはなんとなく触れられていた部分だったので、別に方向転換して全く別な作品になったのかと言われたらそうでもない。本来の目的である「大人の」コロコロコミックというコンセプトの「大人」要素がちょい強めに出たパートだったと思えば、これもまた「ぷにる」という作品のいち側面だったのだろう。 受け入れられるかどうかは個人差があるものの、なんやかんや言うてハラハラしながら見守ってしまったのは事実だし、最終話に代表される通り、アニメーションとしてのクオリティは責任あるものになっていた。「最終的にぷにるが可愛ければこの作品は成立するし、他がどうなろうとぷにるが可愛くなかったら失敗だ」くらいの気概で作ってくれたであろう新時代の「かわいい」アニメ、これはこれで歴史の道標と言えるのかもしれない。 とりあえず、大看板を作ってくれた篠原侑には改めて敬意を表したい。次のミラクルさっさ節はどこで楽しめるかなー。 「地縛少年花子くん2(第2クール)」 ―→5 こんだけやってて結局諸々の問題がさっぱり解決してないの、逆にすごいな……。いつ死んでもおかしくない系ヒロインの寧々ちゃんがんばれ。 というわけで、シナリオ上はなんも完結しなかったので現段階で評価する意味はあんまりなさそうである。まぁ、3期の報は入っていないのでもしかしたらこれで終わってしまう可能性もあるわけだが……流石にここまでの展開を考えるに、遠からず3期は制作されるんじゃなかろうか。その時まで興味を維持できる自信がないってのは相変わらずですわ。 この「第2期第2クール」については、お話の中身がほぼ六番を中心に周り、そこに葵ちゃんも絡んで随分ジリジリとした展開だった。一番端的に「生死」を司る怪異だったのだからもう少しド派手な展開もあるかと思ったが相変わらずのぬるりとした筋運びで、どうにも盛り上がってるのかどうかが分かりにくい。花子くん本人の意思がどう介入するかも分かりにくかったのでほんとに中心が据えにくい、もやっとしたシーズンであった。最終話でようやくその縛りから抜け出せたかと思ったら(当たり前だけど)再びつかさの手が。結局、全てはそこに収束するしかないからね……。 2期に入ってからはパッキパキの画面効果がなくなってしまってちょい求心力不足の感があるが、ここからアニメシリーズはちゃんと盛り上がるんでしょうかね。 「うたごえはミルフィーユ」 6→7 強いて今作の欠点をあげるとしたら、10話しかなかったことでしょうね。「尺が足りなくて詰め込みすぎ」とかそういう問題じゃなくて、純粋に「こいつらの行く末をもっと見守りたかった」という意味でね。 毎週感想を書いていたので今更追記することもないが、今作の根源的な目標だと思われる「アカペラの魅力を世に知らしめる」は達成できたんじゃなかろうか。あえて楽器無し、人間の口から出る音だけで音楽を奏でるという行為はなんともストイックな印象があり、「わざわざ変なことをしている」というのはまさに作中でウタが言っていた通りだが、その「わざわざ」の理由が素人にも分かりやすいように噛み砕いてドラマ化されており、筋立てもすんなり飲み込むことができた。この手の「ライブ必須」のアニメ形態はドラマパートとライブパートのバランスがなかなか難しいものだが、メインとなるライブは3〜4回程度、しかもそこまで長いものではなかったにも関わらず、少しずつメンバーが上達していく様子は伝わってきたし、「機会があったらアカペラバンドのライブを聴いてみてもいいかもな」と思えるくらいには魅力が伝わった。それだけでも文句はないだろう。 そうして「音楽の魅力」を伝えるためにはなんとしても「意味のあるライブ」の部分までアニメの視聴を継続してもらう必要があるわけだが、そのための求心力となる青春部活ドラマがまた面白い。この面白さは完全にファニーなのだが、1話目時点でインパクト抜群だったウタの「ハイパーネガティブ」というキャラはかなり後半までしっかりと活用されていた。ウタが周りの人間に対して示すいちいち調子のズレた反応をみているだけで面白いというのはキャラメイクの手腕であろう。他の5人についてもだいぶ極まった問題児ばかりが揃っていたわけだが、10話という短い尺の中でそれぞれに緊張と緩和が用意されており、無駄なピースが存在しなかったというのも端正な部分。いやまぁ、レイレイについてはちょっと筆が足りなかった感があるから勿体無いとは思うが……そこは「今後に期待」というしかない。残念ながらあんまり2期があるデザインには見えないけども。 こうしてドラマにしろライブにしろ全てが高品質になった大きな要因として、やはり(少なくとも私は)中の人の頑張りが無視できない。若手で揃えたテトテの面々。夏吉ゆうこを筆頭に松岡美里・花井美春のプリキュアコンビがしっかりとベースを支え、新人で主役に抜擢されたウタ役の綾瀬未来が独自のキャラをがっちりキープ。アイリの中の人・須藤叶希も難物キャラを見事にコントロールしてみせた(クマちゃん役の相川遥花はただただお疲れ様)。この面々が歌唱パートでも存分に活躍してくれてるってんだから、プロジェクトを立ち上げた企画側もホクホクなのではなかろうか。プロジェクト、展開が広がるといいなぁ。 「雨と君と」 6→6 良きアニメでした。もちろん筆頭は「たぬ可愛い」だけど、それ以外にも魅力的な要素は多かった。今期いくつかあった「放送終了後に原作買おうかな」作品。 まずわかりやすいところからいくと、たぬ可愛さは文句なく。「君」という名もなきタヌキは常に丸っこく、愛嬌があり、それでいてどこか変で。この狸の魅力を発信していくのがこのアニメの必要条件だったのだから、そこを満たしてくれた時点でまず文句はない。加えて、動物だけじゃなくて人間の方も実に魅力的。藤さんを中心に広がっていくコミュニティとすら言えないようなどこか疎であり密である人間関係、その1つ1つに違う世界が垣間見えて、1人の人間を起点にいろんな人生を覗き見しているような充足感がある。おおきくまとめれば「日常系」ではあるはずなのだが、「平凡さ」を売りにせず、日常生活の何に楽しみを覚え、感動を得るのかを描いた純文学の味わいはなかなか他のアニメではえられないものだ。あとはまぁ、ガールズコミュニティなので絵的にもセクシーってのはやっぱり大事だけどね。なんだろ、このアニメの女性の描き方は「エロい」じゃなくて「セクシー」っていう言葉が一番しっくりくる気がする。日々の暮らしにお疲れの社会人女性からしか得られない魅力というのはあるものだ。 とまぁ、ここまでが表層的な評価部分なんだけど、今作の波長があったのは、もう少し本質的な部分だった気がしている。藤さんという主人公が「作家」なので非常に端的な捉え方になってしまうが、最後に藤さんが色々と悩んでいたように、今作のテーマの1つには間違いなく「言葉」がある。もっと踏み込むなら「言語によるコミュニケーション」かな。常に真剣に一言一句を考え続けながら生きている作家の藤さん。そんな彼女の下を訪れたのが「人語を解し、フリップでコミュニケーションが取れる狸」という変な相棒。もし「コミュニケーション」を考えるだけなら単なるアニマルでよかったはずなのだが、ここに「言葉が通じる」という要素が付け足されると、藤さんは大した疑問も持たずに狸と対話を始める。狸の方も藤さんの言っていることの9割は理解しつつ、それをほんのちょっとのフリップのみで返す、文字通り「言葉少な」な対話である。この「使えるけどそこまで使わない」という関係性の中に、日頃感じないような「言葉」の面白み、今まで気づけなかった隠れた役割などを感じ取ることができて、作家の藤さんは色々と刺激を受けている気がする。単なる思いつきみたいな初期設定の「変な狸」が、今作で描かれたしっぽりとしたテーマ性をうまく支えている。そんな気がするのだ。 情報量が増えすぎた現代人にとって、仕事、人間関係、そしてアニメというエンタメとの付き合い方も人それぞれだと思う。そんな中で「こういう関係性もありじゃない?」と問いかけてくるこのアニメは、それ自体が癒しであり、思索でもある。そういう静かな時間も、必要なんじゃないですか? 「ずたぼろ令嬢は姉の元婚約者に溺愛される」 5→6 今作の教訓:しっかり語学をやってないと犯罪者扱いされる。 なんか、当初想定してたのとは全然違う方向に進んだのでちょっと面白かった作品。いや、ベースはなろうなんだよ。タイトルにそう書いてあるんだから。王子からの無償の愛とか、それを受けてなお残るヒロインの圧倒的自己肯定感の低さとか、なろうテンプレ部分に辟易する要素は残しつつも、今作はそうしたテンプレについて、「説明することを目指している」というか、最初から設定ありきで脳死の展開を作るのではなく、「なんでそんななろうみたいな状態になってしまったのか」を物語のベースに敷いて描こうという様子が伺えた。ちゃんと必要な要素として描いてくれるなら、別になろうベースは悪ではないのである。 とはいえ私もなろうの全てを知っているわけではないので、比較するとしたら手近ななろうアニメになる。そして興味深い対比があったのは直近で放送された「完璧聖女」。あちらもなろうベースはかなり似通った構造だったのだが、例えば「主人公が有能であるが故に虐げられる」という設定に対し、「完璧聖女」は「そんな悪いことやってた奴は単にバカだからぶっ殺していいよね!」という方向性で勧善懲悪の爽快感を目指し(こちらの方がなろうの典型ではある)、今作では「そんだけ虐げられてるってことは何か深刻な裏事情があるんやろなぁ」ってんでいじめの裏側の解明を主軸に置いた。「主人公に愛すべき姉妹がいる」というのも(反転しているが)共通部分であり、「完璧聖女」では「姉を溺愛する妹が本国で頑張り続けたもんだから両面作戦で悪を討伐できた」となり、今作では「姉の死」をどんでん返しのギミックとして盛り込むことでサスペンス要素を刺激することになった。 終わってみれば八方丸くおさまる暖かいファミリードラマが残っており、あれだけ悪役然としていたマリーの両親についても、単なる胸糞で終わらない結末が与えられたところにもどこかこだわりが感じられて嫌いじゃない部分だ。まぁ、原作はまだ未完らしいので、「こんだけ綺麗に収まったのにこっから先は何をするつもりだよ……」というのは気になるところだが、多分この作者はちゃんとお話を考えて作れる人。この先にも何かしら痛快な物語があるのかもしれない。アニメ単体で評価すれば、1クールで綺麗に起承転結がまとまっていて御伽話としては良いものだ。映像部分についてもそこまで突き抜ける要素はなかったが、終始安定していて悪印象は抱かなかった。最初に目を引いた「赤髪に補色の緑で縁取りをする」という映像表現についても、最終的に「赤髪」という要素が物語の鍵になることを考えれば際立て方にも意味があったし。 あとはいつも通りに中の人の話。みにゃみがしっかり生き残ってキーパーソンとして活躍してくれたのは良かったっすね。そして主人公・マリーを演じた本村玲奈、「前橋ウィッチーズ」の時とは全然違う印象でこっちの方がずっと良い仕事ぶりだった。こういうトーンの若手はね、今後もちゃんとニーズがあると思いますよ。 「よふかしのうた Season2」 ―→7 やっぱり良かった。ほんとに「綺麗」な作品なのです。 「綺麗」ってのは2つの意味があって、1つはシンプルに画面の話。1期の頃からずっと続いている「魅惑的な夜」の映像が本当に綺麗で、キラキラと輝いて過剰なまでに明るい夜空、そしてその中で静かだが決して眠ることなく続いている人の営みの眩しさ。そうしたものをひっくるめて「夜」と称し、その夜を描くことに注力する本作のコンセプトは2期目にも一切ブレていない。今回も「夜勤の病院」「定時制の学校」などのシチュエーションが登場し、中学生のコウくんにはちょっと早いかもしれない、危険で煌びやかな夜の光景が広がっている。 そしてもう1つの「綺麗」はシナリオコンセプトの統制感である。確かに「夜」を描くとは言っているが、別にそれは「星がピカピカして綺麗な夜空だねー」という視覚的なものだけではない。作品モチーフが元々楽曲「よふかしのうた」であり、この歌は端的な夜の擬人化から子供心にワクワクしたような「夜」の怪しさも蠱惑的に表現している。それを今作では「吸血鬼」という「夜の眷属」で代替しており、歴史に数多連なる「吸血鬼譚」の1節としても魅力的である。基本的にこの世界の吸血鬼はちょっと空気が読めないやつくらいはいるが、人間を害する気はなく、ただ「夜を棲み分けている」種族。ただし「人間だった頃の記憶を失う」という代価を支払ったことでその境界は明確であり、これすなわち「昼から夜へ」の遷移である。主人公・コウくんはそんな「夜=吸血鬼」に憧れながらも、未だ「人間=昼」に残っている身の上。だからこそかえって夜が眩しく見えて、どうしようもない憧れを持ってナズナちゃんを見てしまうのだ。夜が更けた世界で、コウくんがこの先どう周囲の環境を見ていくのか、「夜更かし」という何の変哲もない出来事が、珍妙な冒険譚として形作られていく。 どうやらお話はまだ終わらなかったようだ。そういや真昼がらみのエピソードは収束していないし、やはり餡子の両親を襲った悲劇の真相は突き止めねばならないだろう。ってことは多分原作もまだ未消化の部分があるんだよね? じゃぁ3期はあるんだよね? 期待してますよ。 |
ブログ内検索
リンク
最新記事
(01/20)
(01/20)
(01/19)
(01/19)
(01/18)
(01/18)
(01/18)
(01/17)
(01/17)
カテゴリー
プロフィール
HN:
Thraxi
性別:
男性
趣味:
声優のこと全般
自己紹介:
関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
大原さやか 桑島法子 ーーーーーーーーーー ↑越えられない壁 沢城みゆき 斎藤千和 中原麻衣 田中理恵 渡辺明乃 能登麻美子 佐藤利奈 佐藤聡美 高垣彩陽 悠木碧
アーカイブ
|

