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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
この世界の教会、紋章がファイレクシアじゃん、第10話。「ジェイスという名前でどう考えても設定がサルカン」なキャラが出てきた時点で「あれ?」とは思っていたのだが、確認してみたらやっぱり作者はMTGプレイヤーのようである(ソースはAI検索)。このくらいのオマージュは……まぁ、ええんか? 他にも何かしらネタは仕込んであるのかしら(今キャラ表を確認したら、ザイロの婚約者がティボルトだった)。 さておき、前回までで一旦町のギルドを巡るお話は片がついたように思われたが、当然首魁を取り逃している時点で次への布石でしかない。ザイロたちが警戒を強める中、容赦なく敵軍の進行は始まり、フェアリーを駆使した進行はあまりに苛烈なもの。基本的に人類側の対抗手段が乏しいため、侵攻されたらされ放題、肝心の軍部は一部の権力者の領分を守るのが精一杯だし、そもそも上層部にはすでに魔王側の諸々が入り込んでいるという情報も多いため、半ば機能してない状態である。最後に団長さんが尊敬する叔父の唱えた文句で何か気づいていたようだが……団長の血縁者まで転げてたらもうどうしようもなくない? まぁ、そんな人類軍に頼ることはできないので、勝負のカギは半グレ集団となった勇者たちに委ねられる。ザイロさんは面倒ごとこそ大っ嫌いだが、市街地が攻められるなんてあからさまな人類のピンチに対しては全力で抗わなきゃいけない。ツァーヴが負傷して戦力が削られた中、ベネティムに指示を出して次なる問題児を牢獄から解放することにした。男の名はライノー。役職は「砲兵」とのことで、ゴツい鎧と濃いルックス、むちゃくちゃな倫理観に中村悠一ボイスという特濃キャラクターでいかにも勇者らしい存在と言える。彼が「全員揃わなかったのか」と言っていた様子から、どうやらザイロ率いる9004部隊のメンバーはこれで全員らしい。こうして並べると……今のところ一番問題が無さそうなのがジェイスだが、次点に陛下がくるのが恐ろしい。いや、でも陛下単なるいい君主なんだよな。今回は食事シーンで優雅にナイフとフォークを使ってしょぼい焼き魚食ってるあたりに育ちの良さが伺えてニヤッとしてしまう。 ライノーについては「垂れ流す高説はとても真っ当」という路線は陛下に近いものの、陛下は純粋に「臣民」のことを考えてくれている単なる変なやつなのに対し、ライノーの場合はどうにも倫理観がバグっていて最終的になんかぶっ放せば解決すると思っているあたりが厄介。ザイロも解放することを躊躇っていた理由は何となく理解できる。しかし状況が状況なので贅沢は言ってられず、決して市街戦向きとは言えない巨砲でもガンガン使って制圧戦に挑むしかないのである。ドッタは一応斥候役としてそこそこ活躍、タツヤはいつも通りで、ベネティムもやるべきことは一応やっているようだ(余計なこともいっぱいしてそうだけど)。ここにジェイスが合流すれば戦力は最大になりそうだが……今回は敵側もだいぶ戦力が洗練されてて強そうなのよねぇ。 こういう作品の場合は「ついに誰か死ぬのでは!?」みたいなドキドキがあるものだが、今作に関しては「まぁ、死んでも刑は終わらないからな……」というので緊張していいのかどうかもよく分からない。とりあえずテオリッタ様が悲しまない展開になることを願うしかない。サインねだられてドヤ顔テオリッタ様だけでだいぶ癒されました。 PR えみりちゃん、あなたもしかしてそういうことかしら? 第10話。あらあらまぁまぁ、これまでもちょっと雰囲気あったけどね。いいんじゃないかしら。ことにこの作品では「自分らしさ」の追求はやめてはいけないからね。 1週間ブログの更新を休んで久しぶりの再開をこの作品にしたのだが(1話たりとも漏らすことができないため)、正直このカロリーの作品から始めるのは失敗だったかも。もうちょい胃に優しいアニメでリハビリすればよかった(「不滅のあなたへ」「グノーシア」「Fate」「正反対」の感想を休んだ)。まぁ、えみりちゃんを起点にとりあえず拾えるところを拾っていくしかないだろう。 今回のサブタイトルは「縛る」ということで、最初に笠町と槙生の電話で出てきた「呪縛」と言う言葉がキーワードになっている。とはいえ、人間誰しもいろんなものに縛られているわけで、今回のお話で新しい束縛要素が出てきたという話でもない。象徴的なところでは朝が今は亡き実里に実質「縛られて」いたという話は繰り返し出てきていたし、前回前々回でようやく「両親の死」を受け入れたところで、「分かんないじゃん」な現状に違いはない。そこで少しずつ前に進もうとあれこれ思索を広げている朝。具体的には軽音部でのバンドの作詞活動にチャレンジして「叔母の血」みたいな部分を感じられないかと四苦八苦しているが、作詞はまだうまくいかず、しりとりだったり変なラップみたいになったり、何かを芯で捉えた感覚はない。でも、はたから見てる分には朝の言葉のセンスも悪くないと思いますけどね。槙生のあれだけのアドバイスからきちんとやるべきことを考えてトレーニングを実践できているし、そこから出てくる単語のチョイスも決して考えなしなものではない。「ポスターが笑う」とかは普通に歌詞に使えそうなフレーズだし。このまま進めば案外詩作の才能が出てくるのかもしれない。 ただ、残念ながら現在の朝はまだ「縛られて」いるらしい。実里からも縛られているし、世間のたくさんの固定観念からも抜け出すのは容易じゃない。これまであまり自分で判断してこなかったことを(ある意味スパルタな槙生のせいで)色々考えなきゃいけなくなってしまった。流石に親の一周忌に何をするかはまだ高校生が決める話ではない気もするが……そこで投げかけてくるのが槙生という人間なのだ。 今回興味深かった朝の思索の1つに「孤独とは砂漠のようなもの」という表現があった。何かしら真理がありそうな言い方だが、それに対する槙生の答えは「人によるんじゃない?」という身も蓋も無いもの。そして実際、同じタイミングで「違国」を感じたえみりちゃんが、朝の「違国」では絶対現れないような優雅なシーサイドで権限させていたのである。「えみりちゃんの違国ってなんだろうな」というのが色々と不思議な表現ではあったが、ここで明確に示されているのは「朝とえみりの違国は違うもの」、つまり「2人は孤独の捉え方も、他者との差の感じ方も違いますよ」という話である。 そしてある意味で今回の主役とも言えるえみりちゃん。彼女はまず、自宅で両親と朝食のテーブルにつくところから始まる。「リケジョ」特集でひとネタ提供してきた父親に対して「それもセクハラ」と断じたえみりちゃん。どうやら彼女にとっての「束縛」は「性別」が大きく関わっているということらしい。彼女と一緒に理系に進むことになった友達は進学先が性差別を行っている事実に憤り、朝が「目を離せない」とまで感じた怒りを露わにしていた。この世界には、まだまだそういう潮流はいくらもあるのだ(この世界の時代設定は10年近く前ではあるが)。 そして、どうやらえみりちゃんは進学や就職という問題だけでなく「性別」の問題に向き合っているらしい。これまで彼女が色恋の話になると極端な拒否反応を示していたのは、おそらく自身の問題に引きつけた時にそれが一般的な感情に付随していないという引け目を感じていたため。他人の色恋の構図を見ても、羨ましいだのなんだのと同じテンションで会話に乗れなかったため。だって、憧れの人は全く違うのだから。まさかのCV花澤香菜、多分この世界においてはかなり美人に属するだろうとと追われる女子校の誰かさん。これはまた、何かの刺激になりそうですね。 そして、そんなお相手とえみりちゃんが行っていた雑談の中にも、また目から鱗な一言が。えみりちゃんは朝との関係性を振り返り、事件のあの日の思い出を「友達がやめられなくなると思ってしまった」と振り返る。本人もいう通りになんとも薄情というか、ドライなものの見方にも感じるが、実際に同じ状況に置かれたらそう感じる人も多い気がする。「可哀想な友達を支えてあげなきゃ」という義務感、そして「ここで支えることを選んだら、それは一生ついて回る」という漠然とした不安と不条理。それを感じることは全く悪いことではないし、そう「感じてしまったこと」に罪悪感を覚えているえみりちゃんは間違いなくいい子である。そしてこれこそが、彼女が抱えたもう1つの「呪縛」とも言える。友人関係なんて義務感で発生するものではないのだから、朝との現在の「親友」関係は混じり気なしの正当なものなのかと、そんな疑問を持つのも致し方ないだろう。まぁ、そんなえみりちゃんの悩みにもお相手さんは一番欲しい答えをくれてる感じがするけどね。 世界はまた1つ広がった。朝の世界は広がることを拒絶している? さて、砂漠を彷徨った果てに見つかるのはどんな景色なのだろうか。
深夜のパーキングで幼女をおぶりながら号泣してるガチムチ成人男性はかなり危ない……第20話。それでも許される、関係になるんだ!! というわけで、言い方を憚らなければ「イチャイチャデート回」である。小学生女子と深夜のお泊まりデートは確実に案件になってしまうが、それが許されるのがこの2人。何よりいのりさん自身が前のめりすぎて司がちょっとひいちゃうレベルだし、文字通りに「親公認」の関係性だし法的にも何も問題はない(何か触れる法はあるんだろうか)。そんな邪な目で見ずに真っ直ぐにこの師弟の強固な絆を確認しようではないか。 とはいっても、いのり的には跳べたり跳べなかったりでコンディションは乱高下。前回登場した魚淵の手により、なんと一発で課題ジャンプ2つをクリアするというチートを発揮するいのり。「いくら成長速度Aとはいえそれはやりすぎちゃうんか?」と思ったが、クラブの他の子らもサクサク飛べるようになっているし、どうやらこの世界でのハーネスはガチで魔法の道具のようである。現実のレッスンではどれくらいの効果を発揮するものなんでしょうね。 ただ、そんな魔法をかけられるのはやはり専門職の方に限られているらしく、生兵法で真似しようとした司には手痛いしっぺ返しが待っていた。まぁ、コケてしまった理由にもいのりのスペシャルな部分が関わっていたようなのでこの負傷にももしかしたら何か意味があるかもしれないが、司としてはコーチ生活を始めてから初の大失敗と言っていいだろう。何が面白いって、スポ根漫画では必ず絶対どう足掻いても「怪我展開」ってあるんですよね。そんで、怪我で主人公とかチームメイトとかライバルにデバフがかかる展開については、私は常々「偶然の産物に個人の資質が足を引っ張られる展開は好きくない」と文句を言ってるわけです。まぁ、スポーツの展開を捻ろうとしたらそれくらいしかいじりようがないというのは分かりつつ。 そんで、このアニメも「スポ根」だから当然怪我展開はどこで出現してもおかしくはないわけだが、主人公のいのりさんが「超速成長を武器にした小学生女子」という設定上、怪我なんてさせちゃうと身体にしても時間にしても大きく損なってしまうってんでNGなのである。お姉ちゃんが怪我で引退したというバックグラウンドもあるし、やはり身体の基盤ができていない子供時代に骨や関節に関わる怪我をしてしまうというのはかなりのリスク。1期の時には疲労により骨折近いところまでいったいのりさんであるが、やはりその最後の一線を越えるか越えないかは大きな違いであり、いのりは「怪我できない主人公」なのだ。 じゃぁ漫画的にどうやってうねりを生み出すかという悩みの解決法が、「コーチが怪我をする」だったわけだ。あんまそんな展開聞かんよな。そりゃコーチが怪我したって競技そのものには影響はないんだから当たり前なのだが、ことこの師弟に関しては、片方がダメージを負うと同時にもう片方にも精神的ダメージがいくというスピリットリンク状態。これで間接的にいのりさんを苦しめようってんだからタチの悪い筋書きだ。でも、これくらいしか「困難」の具現化ができないのである。司先生も災難だ。まぁ、元はと言えば勝手にハーネス使ってミスったわけで、ここは痛みを伴う教訓として受け入れてもらうしかないだろう。 そんな失敗のおかげで思わぬドライブデートへと繋がり、「司先生とスケート以外の話するの初めて」なんてマジかよ発言も飛び出した。そうか、ほんとにこの2人はスケート馬鹿だから……これで新しい実績が解除できて、さらにいのりさんのモチベも上がるんでしょうな。そしてそこに連動してモチベ激あがっちゃう司先生ったら……ほんと、この師弟はお互いに一番欲しいものを与え合うとんでもない関係性だよ。 2つのジャンプについては魚淵が速攻修正してくれそうなので、光対策のカードは1つまた1つと増えていく。……それでも到底届きそうもないこの感覚、どうしたらいいんでしょうね。
<業務連絡:この記事以降、年に何度かのアニメデトックス期間に入りますので、更新頻度が大きく低下します>
痛快から絶望へ、第9話。今作らしさがよく出た、緩急鋭い30分であった。 冒険者ギルド殴り込みをかけた無策のザイロさん。従えたお嬢さん方2人も呆れ顔だが、結局勇者なんてものは荒事にしてねじ伏せるしかないのである。文句たらたらの女性陣も、なんだかんだでバトルに対応できる強い女たち。団長はまだしも、なんで許嫁の彼女が強いのかは謎。ついでに彼女の獲物の婉曲した刃の剣はちょっと中東系の匂いがするシャムシールとか、マチェットとか、そのあたりの意匠。儀礼的な意味合いも強そうだが、どこか育ちの良さを感じさせるものである。 そんな2人の協力もあってそこそこ渡り合えていた「VS冒険者ギルド」対戦だったが、流石にフェアリーを突っ込まれるとやや劣勢。そして図ったように現れる援軍は、贅沢ごった煮勇者の詰め合わせ。当然先陣切るのが陛下なのは笑ってしまうが、相手が人間でも容赦しなすぎるのは勇者の特権。そりゃまぁ、タツヤが遠慮するはずないだろうし、新規加入のジェイスくんもどうやらドラゴンを含む「騎馬」にしか愛情はないらしく、上に乗ってる人間については1ミリも同情せずにばったばたと切り捨てる。冷静に考えれば相当に悪逆非道な振る舞いだが、今作においてはこれがデフォ。いい働きっぷりであった。 残されたザイロさんはお留守番させられて1週出番がなくプンスカモードの女神様との共闘。2人のランデブーシーンの戦闘作画があまりにメロくて最高でした。ザイロもちょっとずつテオリッタとの共闘で心を開くようになり、チームプレイの安定感も増している。我が騎士と我が女神のハートウォーミング勧善懲悪(勧悪懲悪?)で気分爽快、ハッピーエンド。と思われたが……。 まぁ、お話は始まったばかりである。この街を舞台にした「女神抹殺」の裏側には人に化ける魔王現象・スプリガンの存在がある。先週まではあまりに強すぎて異常なブージャムさんが魔王だとばかり思っていたのだが……蓋を開けてみれば彼はマジで「学習できてない人間」の可能性が出てきた。冒険者チームのシジバウ・ブージャム、それに新しく登場した鎧の砲兵。これら3人はあくまで「金で動く傭兵・冒険者」であり、直接魔王現象とは繋がっていなかった。いや、ブージャムだけは最初からスプリガンの命令で動いていたのか。 冒険者ギルドの長・リデオとのつながりはあくまで隠れ蓑。スプリガンはすでにその妹さんに成り代わっており、お兄ちゃんは骨までしゃぶって利用された哀れな道化。さぁ、改めて魔王現象との対決を始めよう。ただし今回は人の道を踏み外した冒険者たちもセットでついてくるがね。こうして「人語を解する怪異」が一番怖いってのは既存のバトルファンタジーでもお馴染みの設定で、今回のお話で思い出したのは「六花の勇者」のあれこれでしたね。まぁ、現時点での妹ちゃんはあそこまで畜生ではなさそうだけど……。
なりたい自分になりたい、第9話。シンプルなトートロジーながら、若者は、否、人はみなそこをグルグル回っているんです。 前回「分かった」ことでようやく1つの山を超えた朝。両親の死を理解し、自分の境遇をようやく受け止めることで初めて「朝の人生」が再び進み始めた。しかし、だからって何かがはっきりするわけもなく、むしろ「無くなった」ことがクリアになっただけなのだから、今度は行く先を考えるフェーズに入る。しかし、10日にも渡る長期の欠席(ズル休み含む)の後にも別に生活にガイダンスが出現するわけじゃない。同じ部活でも進める人は勝手に前に進んでいる感じがするし、自分の停滞感ばかりが際立つ。こんな不幸な身の上の自分に、誰か何かサポートでもくれるんじゃないのか。世の中にはたくさんの大人が独り立ちしてるんだから、みんななんやかんや言って自分と同じ学生時代の「選択の悩み」をクリアしているんだから、そこからサポートが入るもんじゃないのか。そんな身勝手な若者の受け身体質は、なかなか現実とすり合わせが難しい。 もちろん、朝はずいぶん現代的な考え方をする青少年ではあるが、だからと言って何の努力もしない堕落者というわけではない。人並みにお勉強もしてるんだろうし、交友関係だってきちんと形成できている。そしてこの度、部活で一歩抜きん出るために初めての作詞にだって挑戦しちゃってみる。だって、血縁者の叔母が小説家なんだよ? さらにまるでドラマのような悲劇的な別れを経験してるんだよ? そんな人間が作詞にチャレンジしたら、さぞかし素晴らしいものができるんじゃない? フィクションだったらそんな主人公もいっぱいいるんだし。 しかし現実はそうじゃない。朝には蓄積がない。最終的な結論では「語彙」もない。そんな人間がいきなりしれっと展開できるほど詩歌創作は簡単なもんじゃないのである。でも、できないことに朝は納得できない。じゃぁ自分は何が出来るってんだ。「全然分かんない」は朝の口癖である。どこか他責思考があるのは何も朝だけじゃなくて現代人の傾向な気もするが、おそらく実里の生前に、彼女が朝の人生にかなり干渉してきた結果なのだろう。朝自身は何かを「決める」という経験が乏しく、人よりも自己責任の感覚が薄い気はする。そんな朝はいろんなことが自分の背中にのしかかってくることが耐えられない。だから、「人生は勝手に誰かが進めてくれる。なんか分かんないけど上手くいくようになっている」と思っている。「なりたい自分になれる」と思っている。 しかし、この考え方には2つの大きな問題がある。1つはもちろん、「人生はそう甘くない」こと。そしてもう1つは、「なりたい自分」なんて、そう簡単に決められるもんじゃないってこと。朝の中で、「なりたい自分がある」は前提条件のはずなのだが、これがまぁ難しい。世の中の大半の人間は、やりたいことを探して死ぬまでフラフラしているようなもの。その迷いの中で偶発的にぶつかるものが出会いであり、人生である。しかし、朝は「なりたいものになること」が自然であると信じている。いや、思いたいだけだろうか。クセつよ作家仲間のジュノさん(感じで書くと樹乃さん)に「おチビ」と言われて激昂した時には「自分の身長は伸びるんだ!」と必死に主張しており、多分それと同じくらいの熱量でもって「なりたい自分になるんだ!」と主張している。身長についてはまぁ、今後は分からんが、もしかしたら放っておいても背は伸びるかもしれない(血縁の槙生があんなだし、遺伝子的にはそこそこ可能性はありそう)。しかし、背が伸びるのと同じくらい自然に「なりたいもの」は見つかるもんじゃないのである。 おそらく、朝もそんな現実には薄々勘付いているだろう。だからこそえみりちゃんとの進路相談会では槙生が「気づいたら小説家になってた」と発言したことに対して「それは反則だ」とクレームを入れた。「なんで選択の悩みも持たずに今の(少なくとも朝目線からは)成功した人生のレールにのってるんだこの野郎」ってなもんである。もちろん、実際の槙生の人生はそんな生やさしいもんじゃないのだが、朝から見たら槙生は「好きなことを仕事にしている幸せ者」だし、「昼間から酒飲んでる自堕落」である。「自分もそんな気楽な人生が歩めれば」と思っちゃうのもまぁ、分からんではない(この考え方は、その後の槙生の様子を伺うことで多少改善されたようだ)。 朝とえみりちゃんが進路を考えるため、今回は「大人のサンプル」の断片がモザイクのように絡み合う。筆頭に立つ不良サンプルの槙生、優等生ながら、両親との軋轢が残ったという笠町。そして槙生と同じ作家業にありながら、迷っていた状態を明確に言語化した樹乃。大人たちだって、今の人生がゴールだとも思っていないし、誰一人、全自動でレールに乗ってここまでやってきた奴なんていないのだ。保留と妥協の延長線上に、人は皆生きている。 歳を取れば、そうした人生の構図も見えてくるものだが、若者からしたらそんな夢のない話はノーサンキューだ。未来とは、人生とは、「あるべくしてあれ」だ。朝ちゃんはそれでいいと思うのだが、果たしてそのエネルギーでどこまで突っ走れるか。まずはその方向性を、槙生がうまいこと誘導できればいいのだが……とりあえず、作詞は続けてみていいと思うよ。
リッパーサイクロトロンはもはや一般常識として使っていいのか……第8話。まぁ、この作品の掲載がジャンプ+だからOKなだけだろうけど。ただ、あの作品の中でもマイナーな方の技じゃないの? そうでもないか? 相変わらず直球しか投げてこない本格派ラブコメがひたすら続く中、平だけが気を吐いているような印象。まずは1本目、どストレートに鈴木と谷のデートだそうで。谷が初めて挑戦する文化「プリクラ」に絡めて、2人の間で写真のやり取りについても意識の差が見て取れる。皆さんは写真って好きですか? 僕はですね、「俺が今突然死したら、下手すると遺影が高校の卒アルになるぞ……」っていうくらいに撮らないですね。いや、別に嫌いってこともないんだけど、自分から積極的に写真を撮ろうというモチベがほぼゼロ。旅行に行くといくらか撮るけど、だいたい風景とか資料だし、自分が写る余地は無いものばかり。だからわずかな機会でも人から共有された写真なんかがストックされてるのを後になってから見返すと「すげぇ貴重だな……」って思っちゃいますね。普段から自撮りしまくる人って1枚1枚の写真の希少度は低いんだろうけど、それでも大切にするものなのでしょうか。 ちなみにプリクラに関してはマジで人生で1度か2度しか撮ったことがなく、谷の気持ちがとてもよく分かります。でもまぁ、どさくさに紛れて可愛いこと仕掛けてきちゃう鈴木がいれば、多分プリクラも苦ではなくなるんだろうな……男女交際って、互いの異文化を流し込むダイレクトな交流の形だよね。 そして次のお話は更なる共感性、厄介な恋愛観をお持ちの東さんと、地元が同じってだけで強制的に絡まされた平のちょっと不思議な関係性。今作において平のメンタリティは俺ら(大主語)に一番近く、やってらんねぇ恋愛話を聞いても唾を吐きかけるくらいしかやることがないのはよく分かる。それでもボウリングに付き合っているあたりは間違いなく平も変化してるんだけど……そこからの人間関係のケアが難しい。ちなみに「待ち合わせなんて見られたらたまったもんじゃない」という理由で東と同じ電車で来なかった平だが、私の場合はどっかに集合するとか言われた時に「道中の乗り物で会うとめんどくせぇ」ってんで必要以上に早く出たりします。もはや病気です。 そしてそんな平は東のややこしい過去話を聞いて耐えきれず、説教ジジイのごとく文句を一気にぶちまける。何でもかんでも理屈で解釈しようとする平の姿勢はやはり我々(大主語)寄りなんだけど、不思議と東さんにはこれが心地良くも聞こえるらしい。多分同じシチュエーションになっても頭の中でぐるぐる考えるだけで東さんに何も言えないであろう私みたいな人間からすると「所詮は実社会が見えてない陰キャの戯言だろうが。何を偉そうに語ってやがる」と文句を言いたくなったのだが、なんと平さん、翌日にまさにその結論を持ってきて東に謝るという奇行に走った。ますますメンタリティが理解できてしまった。その上で、平はきっかけはどうあれちゃんと東さんに話してコミュニケーションが取れているので、こんな状態でも平の精神性の方が私よりも偉い。平に負けた。どうしよう。(勝手に負け続ける男) 最後に3つ目のエピソードはまさかの鈴木宅訪問。ここはもう、エンドレスイチャイチャドギマギを見守るだけのシーケンスなので心の爆発欲求を溜めながら見届けるしかないのである。谷はほんとに喋らねぇんだよな。こいつのすごいところは、鈴木さんが「しゃべれないよ、沈黙がキツいよ、どうしよう」と思ってるのに、谷の方はそこに気負いが無いというところ。その上で唯一とった行動が「手を握りに行く」でしょ。……意外とその辺はリードできる可能性はあるかもしれません。人間、ハグするだけで脳内物質が色々と生成されて幸せになるそうですよ。周りに対象がいる方は、是非やってみましょう。え? 猫でもいいって?
腹筋割れてるのか……第19話。世にロリアニメは数あれど、割れた腹筋を見せつけるロリは史上初なのではなかろうか。 というわけでやたら筋肉にフィーチャーされているが、スポ根なのだからある意味必然。そして純正スポ根作品に必要なものといえばやはり努力&勝利。そのための課題設定が提示されるのが今回のAパートである。先ごろの大会の上位選手ばかりが集まった練習だったため、いのりは改めて自分の置かれた厳しい状況を認識してやや暗いテンション。大会では司の采配の妙もあって金メダルを獲得できたが、それでも基礎スキルではまだまだ周りの子たちに一日の長がある。残りわずかな練習期間で、そのギャップを埋めることは果たして可能なのか。 厳しい条件で苦闘するいのりを見て、何を思ったか一番気になるのはやはり狼嵜光だろう。この子のキャラクター、神秘性が高すぎるもんでまだまだ見えてこない部分はあるんだよな。物語の序盤で出会った時にはいのりの持ち前の人間性にも好意的な態度を示していたし、おそらく「強者だけに伝わるオーラ」みたいなものもあるのだろう。いのりの中に何かしらの可能性を感じて、光から見たいのりはとても良き「お友達」だった。しかし、今回はなかなかジャンプに成功できずに苦闘するいのりを見て、どこか冷たい雰囲気をまとった光が何も言わずに立ち去ってしまうシーンがある。あれは「特にかける言葉もないからまぁいいか」なのか「私が何か言っても解決するのは自分自身だからね」なのか、「この程度のジャンプも飛べないのか、なぁんだ」なのか。どうにも画面の雰囲気的に3つ目のニュアンスに見えてしまったのだが、もしそうだとしたらあまりに突き放した状況だし、光に夜鷹のDNAが引き継がれているようでちょっとショックである。今回の大会でいのりが光を見返してやるチャンスが来るのだろうか。 そしてもう1人、いのりに熱視線を送っていたのが一緒に練習をしていた謎の複眼少女、古部多(こぶた)まいんちゃんであった(すげぇ名前だなヲイ)。彼女はなんといのりの姉・ミカのファンだったらしく、同じきっかけでスケートを始めた同士となり、急激に距離を縮めた。……画面に映る時間が長くなったのに、やっぱこの子の目がどういう形状をしているのかがいまいち理解できなかったのだが……「めっちゃまつ毛が長い、かわいい子ですよ」という表現なのだろうか……謎だ。 盛り上がる2人だったが、そこにちょっかいを出してきたのは腹筋バキバキおねーさんこと岡崎いるかちゃん。粗野な振る舞いに周りはドン引きだが、どこぞのバンドのドラムみたいにいかつい態度で「お前かわいいな」と正面から言ってくるヤンキー崩れは小学生目線ではふつーに怖い。それでもいのりは姉を侮辱されたことが許せず、無謀な腹筋バトルを挑み、そのトンチキな振る舞いで状況をわやにすることに成功。下手したら「おもしれーおもちゃ」くらいに認識された可能性もあるが、まぁ、多分印象はマイナスではないだろう。いのりさんは司先生やらお姉ちゃんやら、抱えているものが多くて大変だが、基本的には「他人のために怒れる子」ということで主人公属性が上がるばかりである。その上で、別に他人に押し付けるばかりじゃなくてきちんとエゴも持っているのがいのりさんの魅力ですね。 Bパートは提示された課題に対する「解決策」の検討。よその先生から「中部大会で金を取るためのプランは先のことを見据えたら悪手だったのでは」と分析されていたが、司はきちんとその辺りも視野に入れていたとのことで、金メダルの御威光によって優秀な指導者を引っ張り出し、いのりの武器である成長性Aにさらにバフをかけようというプランらしい。まぁ、それだってわずか数週間で新しいジャンプの完全習得なんて無茶でしかないのだろうが……オファーがかかった花江先生(魚淵)は確かに優秀な指導者らしく、いのりさんのモチベも上がるし、司で遊ぶことでテンションも同時にあげてくれる。……結局、いのりちゃんは司が何やってても喜んじゃうただの強火ファンなのだよな。そんで司が強火のいのりファンなので「すれ違う2人……」のくせしてほっといても互いに高め合える永久機関みたいになっている。 この2人だったら、どんな窮状でもなんとかしてくれる、そんな期待をもっちゃいますね。
団長のチョロさが回をますごとに愛おしくなっていく、第8話。ほんと、あんな堅物のくせして(だからこそ?)耐性0ですーぐ赤くなっちゃうのなんなの。このむっつりめ。 というわけで引き続き団長とザイロのイチャイチャを楽しむのに邪魔だというので、なんと8話目にして初のテオリッタ様の出番ゼロ回である。今作を視聴している人の6割はテオリッタちゃん目当てなわけで(内務省調べ)、なかなかの英断と言える。代わりに敵サイドにほかのロリを配置したほか、団長と許嫁をぶつけてハラハラドキドキ三角関係を強めに演出することでそっち方面の刺激も絶やすことなく回している(そういうプランニングだよなぁ?!)。実に気の利いた作品である。 ミッション自体は前回のド派手な大立ち回りからすると地味ではあるが、元々街中での謀略戦がメインなので致し方無し。どうにも前回の襲撃に違和感が残ったザイロたちは、一旦魔王現象云々は置いといて、街に潜む敵勢力が内通者を送っているんじゃないかと疑ってかかった。その結果、少ない情報から繋がる冒険者ギルドへ調査(?)に乗り出すことが決まり、団長が素敵すぎる女装を披露したというわけだ。……団長はまだしも、ザイロってこの道の有名人っぽいんだけど、囮捜査なんか意味あるんでしょうかね。実際、割とあっさり身元割れてたし……。 ちなみに、ザイロたちの潜入はあくまで陽動であり、本命はドッタさんによる「人間の窃盗」、とどのつまりは誘拐である。テオリッタさんを盗んだ実績もあるので「人間の窃盗ゥ?」と耳を疑いそうなところも「ドッタならなんとかするんやろな……」という妙な納得もある。まぁ、ザイロさんが信頼して任せているのだから、実行可能だとは思われているのだろう。少なくともこないだのベネティムみたいに「ハナから信じてねぇ」とかいうことはないはずだ。そして、そんなせっかくの機会だってんでここでドッタさんの宣告シーンも描かれた。どうやら王国内部に入り込んでいる闇は想像よりもずっと根深いようで、詐欺師のベネティムがああいう扱いになったのは罪状からなんとなく納得できなくもなかったが、ドッタさんは「王太子のために頑張ってあげたのに」って思ってたところへの勇者刑。もう、だいぶ手遅れ模様。果たして王国内の人間はどの程度現状のヤバさを認識しているのだろうか。 そして、ヤバさの元凶も未だはっきりしていないのは視聴者目線でも同じ。前回は丁寧なフリがあったもんだからミキシンが「人間に化ける魔王現象」だろうと思っていたが(まぁ、実際そうだとは思ってるが)そのミキシンを使っていたのはどうやら人間のようである。いわゆる「共生派」と呼ばれる反乱分子なのだろうか。律儀に金銭取引によって女神暗殺計画を進めているらしい。もしかしたら今回のお話は全て人VS人だけで収束するお話なのかもしれないが……いやぁ、でも最後には絶対魔王絡んでくるよなぁ。 今回の収穫は、許嫁のフレンシィさんも普通に腕っぷしで戦えるという事実が判明したこと。よかったねザイロ、これで両手に花でいつでも戦場に出られるよ!
ようやく辿り着いた哀しみ、第8話。感情は他人と分かち合うものでもないし、教わるものでもない。そんな無慈悲な真実の果てに、見つけた自分の気持ち。 ほんとに毎回毎回このアニメは……また泣かされます。なんでこんなに芯を食った感情に言及できるものだろうか。大きな山場を超えて朝が1つの決着をつけた、そんなお話。 上から目線みたいになって申し訳ないが、今回のお話はいわば朝が「分かってない」ことから起こったお話である。これは別に馬鹿にしているわけではなくて、若者はまだまだ人生の経験が足りていないのだから、無駄に歳くった大人たちよりも「分かっていない」「分かりたくない」のは必然である。さらに朝は1人で受け止めるには重すぎる状況にぶつかっており、「分からなさ」は人一倍。飲み込み、考えるのに時間がかかるというのは槙生の考えていた通りだろう。 前回からの引きで、朝が実里の書いた日記に直面するシーンから始まる。朝はその日記を読んで母の感情を受け止めるでもなく、先に逝ってしまった者への文句が口をつく。その感情は怒りでも哀しみでもなく、純粋な戸惑いだった。だからこそ漏れる言葉は「分かんないじゃん」なのだ。朝には実里の考えが分からない。そして、日記を自分に見せずに「隠して」いた槙生の考えも分からない。若者は得てして、「大人とは、年寄りとは若者に教え諭すもの」だと思っている。もちろん大人の全部が全部そうだとは思っていないかもしれないが、これまでの人生で従ってきた実里という母親は自分に正解の選択肢を示し、時には押し付けてきた「正しさを伝える人物」であった。世の大人は、正しいことであるなら伝えてくれるべきだと思っている。正解を教えてくれる存在であるべきだと思っている。 しかし大人になれば、この仮定には誤りが2つあることに嫌でも気付かされる。1つ、大人は必ず教えてくれるとは限らない。そして1つ、大人が常に真実を理解しているとは限らない。槙生のいう通り、本当に実里が何を考えてこの日記を書いていたかなんて「分からない」。その上で、槙生はいつ日記を託せばよいのかも「分からない」から考えていた。そんな当たり前の事実であっても、大人が「分からない」朝から見ると、槙生は「やるべきことをやっていない大人」であり、「嘘つき」と呼ぶしかない存在になってしまった。 朝ちゃんがアニメの主人公にしてもやたらと異質な部分は、本当にただ、悩んで暴れるふつーの女の子である点だ。決して悪い子ではないのだろうが、決していい子でもない。わがままな部分は多分にあるし、大人に言えないような身勝手なことだってやっちゃうこともある。そして、大人たちはそんな朝の行動を見て、さらに考えることを求められているわけだ。今回は未曾有の事態に直面した槙生がだいぶテンパり気味だったが、そこで笠町、塔野という助力をすぐに求められるあたりは大人の判断力。笠町も朝との接し方で打ち合わせもせずに的確な小言が出てくるのは自分の過去の経験が活きているからだし、塔野の「たくさんの大人が心配していることを示すべき」なんて考え方は、職業的な意識も含めて実に優等生的な答えである。 そして、これだけ「考えられる」大人でも、朝に正解は教えてくれないのである。実里という1人の人間がどのような存在だったのかを、伝えてくれないのである。朝の未だ「子供」な精神は、そこに安易な答えを求める。自分は愛されていたのか、一番だったのか。目の前の笠町はどう見ても槙生が一番に見える。そんな関係性が、自分には与えられていないのか。自分と同じ悲しみを経験したことがある大人はいないのか。いるとしたら、なぜその人物は自分にアドバイスの1つもくれないのか。ないないだらけで一歩も歩けない。違国の砂漠の果て、途方に暮れてしまっては、もうタピオカでも飲むしかない。 そんな朝の八方塞がりな様子について、槙生は重々承知している。しかし、その上で朝に安易な言葉はかけてやらない。衝撃的だったのは、朝から「大切な人に死なれたことはないのか」と問われた槙生がはっきりと「無い」と答えたこと。この時点で、2人の間における「高代実里の死」が持つ意味は違うことを示している。もちろん槙生だって人の血が通っているのだから実里の死が悲しくないなんてことはないのだろうが、その「哀しみ」は絶対に朝がかかえているものとは異なる。だからこそはっきりと「無い」と答えた。お前の感情に寄り添うのは私ではないと、ある意味で突き放した。 こうしてみると、全然違う人生を歩んできた実里と槙生という姉妹は、やはりどこかで似ている。自分に対して、他人に対して平等に厳しい厳格な姉妹。ただ、そのための軸が若干ずれているために、朝は2人に課せられた人生の課題の答えを見つけるのが難しかったのだ。 「感情は人と共有できない」「だからとて槙生は悲しみを知らないわけではない」。この2つの事実から、朝はようやくぶつかるべき壁を見つける。「自分の気持ちは自分で見つめるしかない」。 大切な人を失った哀しみが、今「分かった」。 |
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