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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
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 12月24日 ドラフト模様(SOM×3)

ピック順 【Serra】→【Alessi】→【Thraxi】→【Newcomer】→【Sangriter】

 メリークリスマス。日本の聖夜といえば、チキンにケーキ、そしてドラフトと相場が決まっている。毎週金曜日が定例会であり、その日がたまたまケーキパーティーの日だからと言って、ドラフトをやらない理由は無いですからね。ちゃんと面子が集まっているあたりが律儀です。そういや、過去にも聖夜ドラフトはやったことがある気がするのだが、そん時に誰かが言った「クリスマスだから赤白緑のデッキとかを組むんですね」っていう台詞を誰も言わなかったな。

 あ、ちなみにワタクシごとですが、ドラフトをやった翌25日が「ドミニオン:繁栄」の発売日で、まるまるそちらの方に力を入れており、この記事を書くのが遅れました。おかげで、ドラフトの内容なんて綺麗さっぱりですわ。いいよ、どうせ俺が勝ってた試合じゃねぇし。


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  その名に恥じない、最終話。ある意味、この作品に求められ、恐れられた要素が全て詰め込まれた締めくくりだったのではなかろうか。

 全編通して大迫力アクションで怒濤の攻めを見せる「ラストバトル」。その前振りとなるのは、「主人公が能力を失い、一時前線を離れる」という、ヒーローものではありがちな展開。イカ娘も海に帰っていたし、今期のヒロインは挫折度合いが半端無い。が、そんなお涙頂戴の展開は一瞬で、しかもきわめて下衆な方法で解決してくれるのがこの作品。全くそぐわない「ハイジ」のごとき牧歌的風景で新しい人生を見付けたかに思えたパンティが、ガーターの手の上で踊っているだけで、あっという間に悲劇のヒロインレベルをアップ。表面だけ見ればきれいなお話ではあるのだが、わずか数分で片付けるために、ガーターは手段を選ばないのである。流石に創世記を作り上げた百戦錬磨の猛者は違うぜ。「北斗の拳」パロディなども入れつつ、舞台は最終決戦の市庁舎ビルへ。

 あとはもう、ひたすらガイナックス動画ですよ。史上最も処女膜とチンコという単語を連呼した濃密なアクションバトルは、千葉繁や石井康嗣の大迫力演技にも助けられ、なんだかよく分からないままなのに大盛り上がり。ヘルズゲートを開くための庁舎ビルの変形ギミックなんかはたまらないものがあり、最後にパンティたちが発射した特大P&Sキャノン砲のデザインなんて、あくまで彼女達の武器であるパンツやストッキングの集合体であるはずなのに、幾何学的な配列と豪奢なエフェクトのせいでむやみやたらに格好いい。あれだけ格好いい武器なのに「使い方を間違う」というひでぇネタに使い切りというのもすごいが、そこからさらに意味の分からない実写パートへの繋ぎである。もう、何がなにやら。とにかく1つだけ分かるのは、「製作陣は楽しかろうなぁ」ということである。

 ガーターの復活、コルセットの爆破、そしてゴーストの封印。文字通り絵に描いたようなきれいなエンディングでエピソードは締められる。「え? ストッキングって天界に帰ったんじゃないの?」とかいう謎を残しつつも、めでたしめでたしな空気のおかげで、視聴者も「妙だけどいい作品だったな」と晴れやかな表情。

 が、そこで終わらないのがこの作品の本当に本当にひどいところで。驚愕のCパートは、展開も収束もあったもんじゃない、史上まれに見るぽかーん具合。……もう、好きにしてくれ……だって、それがやりたかったからわざわざ13話もやってきたんだろ? 大丈夫だよ、一度はゾンビになって生き続けてた天使姉妹なんだから、あれくらいの展開では視聴者はびくともしないさ。……\すげえ/

 

 というわけで、アクション、下ネタ、投げっぱなしと、3拍子揃った最高に最低なエンディングでした。もう、この作品にあれこれいうのは無駄だよ。最後の数分間で今まで味わったことがない感情を経験できただろ? それだけで充分じゃないか。2期があるとか無いとか、実はストッキングが「ああ」なってしまった伏線があるとか無いとか、そんなことは些末な問題なんだって。……確かにゴーストに惚れたりしてたからなぁ……

 今回個人的に一番嬉しかったのは、どさくさに紛れてチャックが大活躍したことである。天界兵器の力を借りてパワーアップしたチャックは、地獄の門番へと姿を変えて大爆走。永遠のライバルと思われたファスナーを一蹴し、特大ゴーストの封印に貢献した。最後の最後にチャックが「チャック」であることの意味が視覚的にものすごく分かりやすく見せてくれる演出の抜け目無さに感嘆する。そして、個人的にずっと気になっていた「エンディングの謎」が解明したのが一番の収穫である。

 エンディングテーマのバックイラストでは、「天使姉妹が死ぬ直前の情景」がたくさん描かれているわけだが、そのほとんどにチャックも巻き込まれている。最初のギロチンのシーンは一緒に切られそうになっているし、丸鋸で切られるシーンは鎖に吊られている。鳥葬されるラストカットでは既にハゲタカに食われたチャックの欠片が確認出来る。2番目の車で転落するシーンだけはどこにいるか分かりにくいのだが、画面切り替わりの際に一瞬だけ地層の中に埋められたチャックの亡骸が確認出来る。つまり、5つの「死の情景」の中に、4匹のチャックがいるのだ。しかし、「怪物に食べられそうになる」シーンだけは、どこを探してもチャックがいない。ず〜〜〜〜っと気になって探していたのだが、今回のチャックの変身のおかげで、「怪物自身がチャックであった」という驚愕のネタが明かされることに。なんというどうでもいい伏線。確かに「他のどのシーンにもいるチャックが見あたらないなら、消去法で画面に唯一映っている怪物がチャックである」という結論になるのは当然のことだ……って、わからねぇよ。

 エンディング映像については気になって調べてみたのだが、各所でその「含意」についての議論があってちょっと面白かった。最後に天使の輪をはずして飛んでいくシーンだけストッキングが長髪になっている、なんてのは気付かなかった部分で、今回の驚愕のエンディングを見ると、そのへんもひとネタ仕込んであると考えるべきだろうか。つまり、それまでの惨殺のシーンにいるストッキングと、最後に挨拶するストッキングは別物。そして、最終回で我々を驚かせたストッキングは長髪である。つまり、それまでパンティと一緒に殺されまくっていた短髪の彼女が実は……ってな具合。

 でもなぁ、この作品を真面目に議論するのって、すごく徒労感があるんだよなぁ……

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「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」 5→4

 よく見かける言い方をするなら、「覇権」アニメということだったわけだが、残念ながら私の中では特に覇権を取ることは無かった作品。まぁ、どうしても土曜日は視聴日程がしんどかったから身が入らないってのはあったかもしれないけどね……

 まず、1話視聴時には「それなりに期待できるかも」という感想が残っているわけだが、実際、アニメとしての骨子はかなりしっかりしている部類。作画は終始安定しているし、ヒロイン勢のキャラ画は比較的好みにも合致した。オープニング映像を毎回入れ替えるなどの手間もかけていたし、細かい遊び心も含めて、売り手側が自信を持つのにはそれなりに理由がある、ということはよく分かる。実際、ここで感想をあげた6話・11話はスマッシュヒットといえる話数である。ぶっちゃけると単なる麻奈実回ということになるわけだが、「気になるヒロインが描かれていればヒットが出る」ということは、アニメ自体に不満は無いということ。「俺の幼馴染みが〜〜〜」で12話やってくれれば8点でも9点でもつけたものを。

 というわけで、何がいまいち受け入れられなかったかというと、メインヒロインである桐乃を取り巻くシナリオラインと、キャラクターへの言及の仕方だ。「桐乃と京介の関係性」がメインとなる作品であり、男性視聴者は当然京介に感情移入して視聴しなければならないはずなのに、結局「高坂桐乃」という女の子がどんな感情を持っているのかが分からず、それに対して京介がどのように感じているのかも、理屈で理解出来ても感情的に受け入れがたかった。ひょっとしたら「リアル妹がいる人間は妹萌えにはならない」という例の法則が大きく影響しているのかもしれないが……別に「ヨスガノソラ」は気にせず見られたものなぁ。

 で、「桐乃について」という点からこのアニメの違和感を分析すると、「ツンデレ妹キャラとはなんぞ」という問題にぶち当たる。こんな文面を読んでいる諸兄には釈迦に説法とは思うが、「ツンデレ」という言葉には大きく2種類の意味内容がある。1つは「元々ツンだったが関係を深めるうちにデレ化する」という性格属性で、もう1つは「普段や人前ではツンだが、2人きりの状態だったり、何らかのシチュエーションにおいてはデレが現れる」という性格属性。どちらが誤用である、などという議論もあるようだが、当方、「言葉なんて使われている意味が通じればいい」というスタンスなので、とにかくこの2つがある、という風に理解して、混乱しないように使用すれば問題無い。この時、前者のツンデレを「通時的(ダイアクロニック)ツンデレ」、後者を「共時的(シンクロニック)ツンデレ」と呼称しよう(しなくてもいいけど)。

 で、桐乃の性格はどちらであるかと言うと、始めから京介に対しては兄妹の情以上のものを持っている描写がなされているので、明らかに後者である。共時的なツンデレは、最初から2つの側面を発揮することでギャップを生み出す魅力の引き出し方をするものであり、京介には「桐乃は普段はムカつく奴だが、〜〜〜の時には可愛らしかった」というような体験が必要不可欠であるはずだ。しかし、この作品における桐乃の「デレ」は、京介本人にはほとんど提示されない。兄がいないところで一人浮かれてみたり、外出した兄を思って嫉妬からドアを蹴ってみたり、そうした描写で視聴者側は「桐乃はあんなんだけど、実際は京介が大好きなんだ」と理解出来るわけだが、京介自身は、最終話で半分キレていたことからも分かる通り、「桐乃は俺のことを嫌っている」と思いながらも、ずっとわがままな妹の話を聞いてきた。つまり、このときの京介は「ツンデレ妹に振り回される兄」ではなく、あくまで「単にわがままで人格に問題が多すぎる妹に諾々と従っている情けない兄」でしかないのだ。

 この違いは、京介への感情移入を必要とする「萌え」の前提条件としてはかなり厳しい。物語中盤での桐乃の行動はわがままの度が過ぎており、京介が甲斐甲斐しい姿を見せれば見せるほど、そこには無償の兄弟愛、京介の自己犠牲の精神ばかりが感じられ、一切「桐乃の魅力」として現れてこない。「通時的ツンデレ」ならば「一切魅力がない状態から徐々に魅力が理解出来るようになる」という描写で問題無いわけだが、桐乃はそちらのパターンではないので、明確に必要なファクターがハナから欠けているのである。残念ながら、これでは物語に埋没することは出来ない。

 ハードルは他にもあって、突如作家デビューからアニメ化に至るといった突飛なシナリオライン自体が、生活空間としての「兄妹関係」を描く上で違和感を与えてくる。「なんでアニメ化までこぎ着けた人気作家のくせに今さら陸上でアメリカ留学?」とか、「あれだけ厳格な親だったはずなのに、妹の留学の話は兄貴に一切報告無し?」とか、そこかしこで様々なファクターが不協和音を奏でてしまい、「そこにある人間関係」としての容認度が下がる。こうなってしまうと、いわゆる「萌えもの」としては決定打に欠ける結果になってしまうわけだ。

 繰り返すが、アニメとしての骨子は悪くない作品なのである。ただ、その中で最大のポイントである「桐乃の魅力を押し出す」という行為だけが精彩を欠いたがために、私のような「そこまで桐乃に心酔できない」人間には決定的なインパクトを与えられなかったのである。どこまで行っても、「何故お前は麻奈実の大切さに気付かないんだぁ!」と叫ぶだけの作品になってしまうのである。

 いや、まぁ、最終回を見たら麻奈実エンドととれなくもないですけどね。邪魔な妹がいなくなったら、家族同然の別な家族と仲良くするしかないですからね。というわけで、この作品の6割は麻奈実、3割が京介で1割はあやせで出来ていたと思います。もちろん、中の人についてもこの3人が文句無しです。佐藤聡美・中村悠一・早見沙織。ほら、青二・シグマ・アイムの声優業界黄金三角が見えそうじゃないですか。竹達桐乃も決して悪いわけではなかったんですけどね。竹達は代表役としては「えむえむっ!」の美緒を上げるくらいならこっちでいいな。

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 過ぎ去りし一夏、最終話。「日常ものはふっといなくなるので終わった後の虚無感が半端無い説」を唱えている私だが、こうして真正面から最終回っぽいことをされると、それはそれでクるものがあります。

 Aパート「戦わなイカ?」。最終回に必要な要素その1,全員集合。これまでイカ娘が出会ってきたキャラクター総出演によるビーチバレー大会。これが最後とばかりに躍動感溢れるイカ娘のバレーボールアクションが本当に無駄なクオリティを発揮して、このアニメの気合いの入れ方が正しいことを積極的にアピール。初回放送時は「なんと自然な触手の動きかッ!」と感心したものだが、改めてその「らしさ」が堪能出来る。もちろん、一番のアクションを見せるのが触手ではなく千鶴であるというのもお約束。必殺アタック画面に見えるありとあらゆる技法を見よ。

 小ネタとしては、渚の妄想の中でイカ帽子を被せて洗脳するシーンがやたらめったら可愛い。なるほど、帽子があればそこから触手も生えてくるのか。そして、これだけのクオリティを発揮したエピソードでも、安心のオチである。いや、オチがあるだけ優秀だが。

 BパートからCパートは、最初で最後の2部構成、「ピンチじゃなイカ?」「もっとピンチじゃなイカ?」。イカ娘の機能不全による悩みと共に、彼女の帰属意識の本質を改めて問い、友情の物語として再構築された「最終回向け」エピソード。最終回に必要な要素その2,別れと感動。「イカ機能が使えなくなったら、ただのウザイ奴だぞ」などという酷すぎる台詞をしれっという奴との友情が美しい物語になるのかどうかは定かでないが、お約束展開なのに見入ってしまうのはどうしたことか。それもこれも、全部イカ娘が可愛いせいである。

 考えてみりゃ、このエピソードはなんか色々おかしい。「海へ帰る」と言いつつ止めてくれることを期待していたイカ娘と、それすら見越して「帰るしかないな」と促す相沢家の面々。半ばドッキリのような形で海へ追い返しておいて、「あれ? 帰ってこない……」と寂しい思いをしつつあっという間の1年間。原作では1度も描かれていない、夏以外の季節を経過させたというだけでも驚きだが、「帰ってこない……」と放置した状態で1年経過してしまう意味が分からない。なんで1年もしてから「本気で帰りやがって……」って言うんだよ。早苗とかよく耐えられたもんだ。そして、あっさり(1年かけて)帰還したイカ娘に対する歓迎ムードもひどくあっさりしたもの。な〜んか変なノリだよな。ま、そんなよく分からないあれこれを「ショートカットイカ娘&だわ語尾」のインパクトでねじ伏せるのもずるい。っつうか、普段からゲソゲソ言ってたのは本人もおかしいと思ってたのかよ。

 クライマックスはこの手の作品ではお約束のシーンで、「やった! イカのトイズが戻ってきた!」ってなもんだが、最後の最後で能力を取り戻すきっかけになったのが栄子っていうのはなんだか嬉しいね。普段の配役から考えたらたけるの方が自然な気もするのだが、イカ娘の問題を解決してくれるのは、やっぱり栄子なんだ。普段の態度がそっけないだけに、こういう締めは嬉しいです。……ところで、あの女の子って結局誰なん? 原作ろくによんでねぇから分からん。投げっぱなしでお別れしたってことは……続編フラグかな? かな?

 とにかく、いつも通りのイカ娘に戻れたところで、今回のアニメシリーズはお別れだ。海中のクライマックスでは特に何とも思わなかったのに、エンディングテーマのラストでこっちに手を振ってくれたイカ娘を見て、不覚にもうるっと来てしまった。あぁ、こうしてまた1つ時代が終わっていくんだなぁ。

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誰も損をしない最終話。「無事終わったこと」に対する安心感もありつつ、それよりも「まだまだ終わりそうもない終わり方」をしたことの方がよっぽど嬉しいという、何とも希有な作品と相成りました。

 トイズ復活という最大のクライマックスにより迎えた峡谷での決戦。最終決戦の名にふさわしい大迫力の能力バトルは、実はよく見るとかなりギリギリの作画ラインで維持されていることが分かるという、逆の意味で完成度の高いシーン。いわゆる「ぬるぬる動く」や「バリバリCG」とかではなく、爆煙の描き方やちょこまか動き回るシャロ、大量の分身で際限なく襲いかかるアルセーヌなどのアクションが、インパクト重視のごちゃごちゃした動画によって表現される。もちろん最終回ということで普段よりも枚数の多い作画にはなっているのだろうが、だからといって「ものすごく人員を割いてやっている」という感じでもない。どちらかといえば作り手のセンスに物を言わせて力でねじ伏せる構図の取り方と、画の決め方。この「きわきわの安っぽさ」こそこの作品の真骨頂といえるかもしれない。怪盗帝国の三馬鹿瞬殺とかは冷静に考えればひでぇ投げっぱなしのはずなのだが、経過がどうあれ、元気玉VSかめはめ波の空中大決戦が盛り上がらないはずがないのである。

 改めて久し振りに見ると、ミルキィホームズの4人がトイズを使って一致団結している姿は、格好良くもあるが、気付けば普段のままの姿。相変わらずエリーはおどおどしているだけだし、コーデリアさんのテンションもやっぱりちょっとおかしい。シャロもネロも、いつも通り騒いでいる規模がちょっと大きくなったくらいのもんである。それでも、トイズがあれば彼女たちは輝ける。あのアルセーヌを絶頂に導く程度には。

 そのまま大迫力バトルがどのように決着するかと気を持たせておいて、突然のボヨヨンネタから、急転直下の「それっぽい」オチへ。アルセーヌ様、流石に動揺しすぎじゃないでしょうか。必死に作り上げてきたキャラが、シャロ達お馬鹿さんに引っ張られて台無しじゃないですか。そりゃま、どれだけ格好いい巨悪を描こうとも、結局戦うのがミルキィホームズじゃギャグにしかならないのは分かっちゃいたが……一人シリアスに頑張ろうとしていただけに、不憫よのう。何が可哀想って、最終的にその空気に馴染んでいるのがね。

 それでも、やっぱり視聴者が安心するのは「こっちの」シャロ達なのである。1話のシナリオをトレースして再び屋根裏へと戻る経緯や、そこでの忌憚の無くなった4人の触れ合いなど、「じゃ、次のエピソードは春までの3ヶ月ですね!」という期待が持てるだけでも嬉しくなる。ミルキィホームズ、アルセーヌと怪盗帝国、G4の面々など、誰一人変わることなく、この貴重な日常は続いていくのである。その「非日常的な日常」を生み出せたことが、これまで3ヶ月にわたって放送してきた12話の最大の功績なのではなかろうか。

 もちろん、今後物語の続きが生み出されるとしても、「全く同じ3ヶ月」とはいかない。ラストCパートは、この手の作品の投げっぱなしオチとしてはありがちな、「よく分からない新キャラ」で締め。スタンスとか、名前とか、性別とか、突っ込みどころがあまりに多すぎて、「あ、こいつがオチなんだ」ということが逆にしっくり来るという何とも不条理な存在。CV高城元気って、どないやねん。

 ま、不条理だろうがマンネリだろうが、この作品はこれでいいんです。むしろ「一応最終回っぽい雰囲気にはなった」ことだけでも驚きだし。文句なんていうだけ野暮ってな気分にさせられた時点で、こちらの負けである。わーい、空気読む。

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 「ヨスガノソラ」 5→6

 おそらく、地上波アニメ史上でもっともストレートなエロを実現させた作品。もちろん地上波放送では光渡しや構図変更などの修正が入るものの、それでも「やっていること」は完全にセックスであるし、「それこそが描きたいものである」というエロゲー原作の理念は揺らぐことのない、「史上最エロアニメ」といえる。

 この作品の明示的な新規さは大きく2つ。1つは、エロゲーの各ヒロインの攻略ルートを、極力原作に近い形の、「ルート分岐」という形で表現したシナリオ構成そのものだ。4人のヒロインのルートを順に辿ったわけだが、一葉ルート終了時に瑛ルートとの分岐である2話目まで遡り、そこから瑛ルートを刻む。同様に奈緒ルートを辿った後に、2話遡って穹ルートへ。「セーブポイントまでリセットで戻って未来へ」というのはアドベンチャーゲームをやっていれば当然の行動になるのが、なかなかこれをアニメでやろうという発想は無かったはず。過去のギャルゲー作品は、「誰ルートを辿るのか?」というのがおよそシナリオの焦点となり、その結果「CANVAS2」や「キミキス」などの波紋を呼ぶエンディングを迎えたものである。

 この作品がとった方策は「全員原作通りに攻略する」という潔いもので、最終的には12話という短いスパンで4人ものヒロイン全員と懇ろになり、見事に「自然な」(?)本番行為まで行っている。ここまでの高密度なエロが実現できたのは、適切な「セーブポイント」のキープがシナリオ上で行われたためであり、逆に言えばこうでもしない限りは誰かが犠牲になるしかなかったわけだ。

 ただ、「良い思いつきだ」と軽々しく言ってはみるものの、実際にこれを1本のアニメシリーズの脚本として成立させるのはかなりの難行。出来上がったものだけを見ればすっと入ってくる内容だったが、分岐の位置や必要な伏線の配備、そしてコロコロと入れ替わる悠やヒロイン勢の心理描写の調整など、本当ならばかなり神経を使う構成作業だったはず。特盛りエロという餌で隠されてはいるものの、これだけのものをさりげなく提供できてしまうスタッフ陣の地力はかなりのものだったのではなかろうか。

 そして、この難題をさらに面倒にしている2つ目のチャレンジが、毎回Cパートとして用意された初佳ルートの存在。一部では「ここが本編」と言われるほどのクオリティを誇るギャグ&エロのCパートは、はっきり言って本編とは全く相容れないものである。どれだけ真剣な恋愛や心の傷の物語を本編で繰りだしたところで、徹底的におちゃらけたCパートのせいですべてが吹き飛んでしまうはずなのだ。それでも、ただひたすら重たいテイストだけでは原作の味が発揮できないと判断したのか、毎回必ず初佳パートを入れることでギャグも織り交ぜ、全て合わせて1本の作品として提出してくる。そして、これが別に雰囲気を壊すことが無かったのだ。

 確かに腰砕けの内容ではあるのだが、完全に別物として見られるCパートは、むしろ重い話・胡散臭い話が展開する本編に対して、手頃な緩衝材として発揮していた。この温度差があってこそ、ラブ・エロ・ギャグのトライアングルが完成したのだ。このさじ加減は素晴らしい。

 この作品を見て、高橋丈夫という人物のオリジンが少し見えた気がする。初めて出会った「怪物王女」のエンディングコンテでは、「なんでエンディングなのにこんな無茶なコンテが切れるのだろう」と引き込まれたものだが、今作の監督をすることが分かったあとで少し調べたおかげで、この人がエロアニメの方向に大きく活動拠点を持っていることを知った。その結果「クェイサー」などにも登用されていたわけだが、どうやらこの人の計算原理には、エロアニメの見せ方が関わっているような気がする。中身のあるシナリオラインよりも、色っぽさ、艶めかしさを要求される「エロの画面」は、自然に「台詞以外でも魅せる画面作り」として昇華されていく。代表作の「狼と香辛料」で見せられたホロとロレンスのどうにももどかしく甘酸っぱい関係性など、そのあたりの技術の反映だったのではなかろうか。

 そして、この作品は監督のオリジン(の1つ)である「エロアニメ」である。よりストレートに発揮された「丈夫節」は、短い時間であっという間に人間関係を構築し、濃密に接近するキャラクター達を描くのにフィットしていた。あれだけの時間をエロ描写に割きながら、物語として破綻することなく成立していたこと自体が、まずは驚くべきことなのである。

 ふむ、やはりこの人は侮れなかった。次の作品はますますエロくなるのか、それともまた一般アニメの方に戻っていくのか。どちらにしろ、期待は高まるばかりです。ひとまず都条例を何とかする必要がありそうだけどね! でも、これは規制されても仕方ないレベル!

 あ、全然具体的な中身に触れてませんが、個人的には穹ルートの清々しいまでの近親姦フィーバーには感心こそすれ共感はあまり無かったため、とにかく「奈緒が可哀想だなぁ」という印象でした。でも、一番好きなキャラは多分瑛。特にCパートバージョンとか。結局、高橋丈夫監督の持ち味が一番発揮されてたのは、本編視聴後に改めて見るとその意味がよく分かる「真の」エンディング画像な気がする。ちゃぱちゃぱ。

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 「咎狗の血」 3→1

 この作品を表す最適な日本語を知っている。「一事が万事」だ。もう、わやくちゃですわ。

 いや、正直言うと最終的な点数を付けられるほど真剣に見てないんですけどね。「作業しながら脇目で見る」というアニメファンあるまじき視聴体勢で流し見てただけだから、ストーリーも全然頭に入ってないし、画面も逐一見ていたわけじゃない。ひょっとしたらここで非難しても、「ちゃんと見れば面白い作品だったんだよ!」という反論があるかもしれない。その場合は、素直にすみませんというしかないのである。……のであるが……どうよ?

 折角なので最終話は割とちゃんと見ていたのだが、怪しげな殺陣シーンに始まり、動きが見えずにBGMとモノローグだけで進行する黒い画面がずっと続くだけで、折角のイケメン達も欲求不満気味。爆発シーンがたった1枚の止め画で表現されたパートとか、90年代のヤシガニアニメもかくやという手抜きっぷりには笑うしかないじゃないか。

 あげくエンディングは確実にジャンプで10週打ち切りにあった状態になっており、真面目に見たとしても全くカタルシスが得られなかったであろうことが予期される。1話の時点で色々と面白かった本作であるが、最終話で改めて確認しても、「一事が万事」であった。作品が作品なのでよほど熱心な視聴者以外は注意して見ていないだろうが、頑張って応援しなきゃいけない歴戦の腐女子さんたちにはご愁傷様としか言いようがない。

 じゃ、何故わざわざ横目で見ていたかというと……理由は2つある。1つ、「次の番組がアマガミだった」。つまり、「ま、どうせアマガミはリアルタイムで見るんだし、その前の30分はテレビつけて垂れ流しておくか」ということ。そして2つ、「放送後にまどかマギカの紹介CMが入る」。今から来期が楽しみですからねー。うん、作品自体に特にモチベーションは無いんだ。すまない。

 これまで100本近くのアニメに「最終評価」と評して点数を付けてきたけど、多分このブログを立ち上げてから「1点」を付けたことはない(はず)。まだまだ下の作品も出てくるかもしれないから、流石に1点は可哀想かとも思ったんだけど、2点だと「えむえむっ!」と同じになってしまい、それだと今度は「えむえむっ!」が可哀想な気がしたので、とりあえずこの作品を1つの道標とすることにしました。過去の放送作品だと「IZOMO-猛き剣の閃記-」とかが1点に属する作品だったと思います。来期の木曜日は頑張って欲しいね!

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 「百花繚乱 サムライガールズ」 6→4

 1話を見た時点ではその癖のある画作りが新しくて、「うわ、墨汁マジ寿!」とか思ってたのだけれど、それに慣れてくるとシナリオラインの凡庸さと適当さが徐々に浮き彫りになっていって、最終的には墨汁要素以外にあんまり褒める部分がなくなってしまった作品。私のテンションが徐々にダウンしていくさまは、多分毎週の記事を見ると分かる気がする。

 印象だけで振り返ると、多分兼続が乱入するあたりまでは普通に面白かったと思うんですよ。千姫と幸村のいがみ合いも安定していたし、半蔵の立ち位置も美味しい。ギャグ自体がそこまでキレてたわけじゃないけど、「嘘江戸時代」な雰囲気をちょいちょいネタにしつつ、ヒロイン勢がドタバタしてくれている展開は嫌いじゃなかった。アームスの製作にしてはエロの売り方が弱い気もしたけど、そこまで扇情的なキャラデザでもないし、ちょっとほわっとしているくらいで充分だと思っていたし。

 難が出始めたのは、義仙の登場やら慶彦の暗躍やらで「忠義とは、サムライとは何か」みたいなメインテーマが現れだしたあたりで、語ることは語っているのだが、いかんせん上っ面だけで物語に絡まない。最終話の投げっぱなしバトルなんかはそれが分かりやすくて、十兵衛が強いのは構わないが、その裏で宗朗が何かしてたかというと、特に何もしていないのである。そんな状態で「真の将となった」とか言われても説得力は無い。そのため、実力としてはインフレを起こしたはずのバトル要素も後半になるほどスケールダウンしていったし、墨汁を絡めたアイディアもそこまで前面に押し出されることはなかった(多分一番盛り上がったのは千姫の墨汁足場だ)。

 キャラの魅力で押せないとなると、あとはいただけないラノベ要素が目立ってしまい、おためごかしのシリアス展開が鼻につき、キャラクターがどれだけ真剣でも、視聴者は共感しにくい状態に。ついでに敵勢力が最後まで慶彦だったのか天草だったのかが分かりにくく、シンプルな筋立てを追う、という浅薄な見方も許容しにくい。どうやらアニメオリジナルで1クールのけりを付けたようなのだが、流石に投げっぱなし感が強すぎたのではないか。デザイン自体は非常に面白かった作品だけに、この失速は実に勿体なかった。

 その上で最後まで視聴し、それなりに点数をキープしたのは、ひとえに「悠木碧劇場」が見られたという1点に尽きる。一粒で2度美味しい十兵衛のキャラクターを見ているだけで、あおちゃんの高性能さが伺えるというものだ。時点はぐつぐつさん役の豊崎、そして十兵衛以外の数少ないキャラ立ち出来たヒロインであるダルタニアンの中の人、小清水もそこそこの打点をキープってところか。千姫役の寿はそれなりに安定感は出てきたが、まだ「寿美菜子ならでは」っていうセールスポイントに欠ける印象。期待はしているので、他のメンバーを見習って要精進である。

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 白と黒の饗宴、最終話。なるほど、この作品の集大成としてのあの戦闘画面は理解出来るが……それ以前にシナリオがなぁ。

 最終決戦の相手は、復活した天草四郎などではなく、パワー不足で復活の儀式が完遂出来なかった義仙。そりゃま、最終話で突然現れた謎の黒幕と戦うよりかは賢い判断だとは思うのだが、これまで宗朗チームが義仙と刃を交えたのは、千姫が決闘を申し込んだたった一度きり。我々視聴者は義仙の能力がどの程度のものなのか、そこまではっきり認識しているわけではない。そのような状態で「ラスボスは義仙(+天草の怨念)でした」と言われても、ちょっと説得力に欠ける。天草の怨念が具現化した触手にしても、画としての見せ方が適当で絶望感は感じられないし、どの局面を切り取っても、あまりラストバトルであるという高まりが伺えないのである。

 ステージごとに分けると、まずは又兵衛をして正式に「チーム愛戦士」という名前を掲げた3人組による、学園の生徒防衛戦。対戦相手は並み居る触手軍団。どのあたりの位置でどの程度の脅威と戦っているのかが分かりにくく、「私たちも頑張ってるから千姫様たちも頑張って!」という声援が伝わりにくい。ついでにどさくさに紛れて「どうせ私たちじゃ宗朗と契ってもマスターサムライにはなれなかったよね」と、負け惜しみじみたことを言っているのも気になる。ぐつぐつさんが相変わらずのテンションだったのは嬉しかったが、最後の最後まで、「二軍どころ」という印象が否めずに消化不良。

 宗朗との再度の契りによって「真のマスターサムライ」と化した千姫・幸村連合軍は、天草の封印の外壁を突破する先兵の役割を果たした。義仙に一蹴されたおかげで説得力が無くなっていた「マスターサムライとしての力」だったが、今回は「もっと強くなったぞ!」と言った直後に二人してぶっ飛ばされてしまっており、やっぱり消化不良。見せ場らしい部分もあまり多くはなく、ひょっとしたら二人でいがみ合ってるいつもの構図の方がみどころだったかもしれない。最終的に最大のライバルであった十兵衛が退場した後になって、結局宗朗との関係性はどうなったのであろうか。そして主人公たる宗朗だったが、今回は屋根の上で触手にまみれて叫んでいるのが主なお仕事。ま、これまでもあまりバトルシーンでの活躍はなかったわけだが……ハーレムアニメの主人公なんてこんなもん。

 奇跡の復活を遂げたダルタニアンの存在は、ここ数話で慶彦に対しての嫌悪感が膨らんでいた身としては嬉しい展開。その強さは「真のマスターサムライ」となったはずの千姫達をあっさり凌ぎ、安定した実力を見せてくれている。余計な装飾無しで淡々と仕事をこなす彼女であるが、改めて自信を回復させた慶彦との新たなパートナーシップは、未来を感じさせる多少明るいファクター。シリーズを通して見てみれば、結局純愛を貫いたキャラクターってニアだけなのな。

 個々の局面を確認すると、どうにも最終回らしい盛り上がりが見えない、というもやもやした展開なのだが、ラストバトルの中心である十兵衛対義仙だけは、何とか最終回の矜持を守った出来だったか。「2人の十兵衛」が合体を完了させ、「義仙には一生分からないであろう力」を解放すると、画面からは色彩が一切なくなり、十兵衛の黒と、義仙の白という、この作品を代表する2色の「墨汁パワー」が世界を支配する。あとは力押しの勢いバトルとなり、最終的には「地上側からの大気圏突破による消滅」という恐ろしい結末を迎えることになる。戦いの結末は「黒が白に勝つ」というちょっと変わった構図になっているわけだが、その終着点として、広大な「闇」であるはずの宇宙空間へと矛先を向けたクライマックスは面白い。色が無くなったために「2人の十兵衛」が合体した様子が分かりにくかったり、どれだけ墨汁を飛ばしてもなんだか似たような画面になってしまったりと難点もあるのだが、やはりこのアニメの主人公は墨汁。徹底的にそこをフィーチャーしたラストバトルにしたのは、製作理念が徹底していたということで評価したい。

 でもまぁ、やっぱり終わった後の「俺たちの戦いはこれからだ!」みたいな残念なエピローグと、どこをどう見ても十兵衛はきれいな星になってしまった寂しいエンディングは何とかならなかったのか、と思ってしまう。あれだけ「幼い十兵衛」が自分の存在消滅に悩み、決意したのに、「結局どっちもいなくなったから一緒だったね!」ってんでは、今まで悩み損ではないか。

 視聴直後なのでまだぽかーんな感じが否めないのだが、多分熱心な視聴者からすると「もう少しなんとかならんかったんか」というレベルの幕引きだったのは間違いなさそう。今の時点では、「まぁ、あおちゃんの一人二役っぷりが堪能出来たので良し!」というので納得させているところです。

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