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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
無事に視聴出来ました。ただ、今回は週末の封切りにあわせて観に行くことが出来なかったために、色々と損はしました。フィルムが無くなってることは知ってたから別にいいのだけれど、パンフまで売り切れってどういうことやねん。毎回必ず映画を見たらパンフだけは買うようにしてるんだけど(でないと感想書くときのデータが少ない)。再入荷狙ってもう一回劇場に行くしかないんだろうか。売店に掲げられていた売り切れを知らせる張り紙で、店員が描いたキュゥべえが「訳が分からないよ」って言ってたのがやたら腹が立ったわ。お前のせいやろが!
というわけで、無事に一週間経っての後編です。今回は、前編以上に「地上波版のまとめ」という性格の強い仕上がり。何しろ、前半は8話分を2時間だったところを、後編は4話分を2時間なのだ。極端な話、そのまんま地上波版を繋いだだけでも問題無いレベルである。実際、帰宅後に違いを確認するために9話を見直したのだが、思ってた以上にそのまんまだった。もちろん、ブラッシュアップしている部分もたくさんあるし、何より劇場の大スクリーン、大音響で視聴することは充分に意味があることなので、決して無駄足だったとか言うつもりは無いです。むしろ、こうして繋いでまとめて見たことで新しい発見もたくさんあったし、密度の濃い脚本の完成度が確認出来た気がします。やはり、1クールものとしてはここ数年でも屈指の作品なんだろうなぁ。12話の枠の仲でやりたいことを全部やりきったっていうだけでも、金字塔といえるのかもしれない。 地上波でもインパクトが強く、怒濤の展開だった9話から最終話。わざわざ復習する必要も無いだろうが、この際なので私情を交えまくり、主に「泣き所」だった3点をピックアップしていきたい。劇場作品は恥ずかしげもなくワンワン泣く人ですので。3点のうち2点は地上波版と全く同じところなのだが、なんと言ってもまずは10話である。特に3週目のまどかソウルジェムをほむらが自ら砕くまでの流れは何度見ても涙を禁じ得ず、「暁美ほむら」というキャラクターを一気に完成へと導いた重要なシーン。短い時間にまとめられたおかげで更にまどかとほむらの出会いからの物語への没入度が強くなり、より一層切なくなったといえる。劇場オリジナル要素として、9話と10話の間に墓地をイメージした新規カットが挿入されており、ほむらの決意の強さが確認出来たのも面白いところだろう。予想通りに、「暁美ほむらのテーマ」である「コネクト」もきっちり使われ、10話の盛り上がりはほぼそのままでした。ただ、今回は「ほむらとまどか」という関係性を強く打ち出すため、「コネクト」映像のラストカットが2人きりだったのが随分印象深かった。一応後編だけを切り取った意図はその辺にも現れているのだろう。これだけのお膳立てが整えられると、「コネクト」も歴史に名を刻む一曲になった気がする。 2点目も地上波と同じ泣きどころだが、11話、最終話のまどかママ関連の全て。当時の感想でも触れているが、避難所の場面でまどかの「背中を押す」という行為が、どれだけの意味を持ったことか。まどかママは、彼女が置かれている苦境も、絶望も、何一つ知らない。「娘が分からない」とぼやいていたことからも、「感づいて」はいたが、当然「知って」はいなかった。その状況で、娘の背中を押すことなど、普通は出来ないだろう。どれだけの辛さを持って、娘へ声をかけたのか。それを考えるだけで涙が止まらない。歳のせいか、どうも娘よりも親の方への感情移入が強くなってしまう。最終話での鹿目家のシーンも同様で、ママさんは「存在しない」娘のことをきちんと覚えて、最大の愛を注いでいてくれたことがはっきりと描かれている。当時は気付いていなかったのだが、1話でまどかのリボンを選んで背中を押したシーンが、これらのシーンのための伏線になっていたというのが驚きであった。 そして3点目は、地上波では割と見過ごしてしまっていたポイントだった。見過ごした、というよりは、「考える余裕がなかった」という方が正しいんだと思うけど。当時はまだ「種明かし」されてない状態で視聴していたので、全ての要素をカバーしながら視聴するのは無理だったので、改めて全てを知った上で見たらかなり衝撃的だったポイントが少なからずある。その最たるものが、今回冒頭を飾った第9話である。 8話までが「マミの物語」と「さやかの物語」、10話以降が「ほむらの物語」「まどかの物語」であるなら、9話はその間隙、「佐倉杏子の物語」である。放送当時は、「また一人魔法少女が消えた」という事実を追うので手一杯だったが、今回改めて杏子の奮戦ぶりを見て、彼女の人生が詰まった話数だったんだな、ということが確認出来た。杏子とさやかという愛憎入り乱れた2人の魔法少女の存在を、当時の感想では「利己」と「利他」というキーワードで切ってみたわけだが、彼女の最後の戦いは、どこまで言っても「利他」の権化である。「相手を傷つけることが出来ない」という戦いに挑み、後ろにはまどかを抱え、必死に耐えることのみを強いられる状態を、彼女は自ら望んで作り出した。オクタヴィアとの戦いに挑む前に「そんなの、あたしが許さない」というフレーズが出てくるわけだが、ここで彼女がまどかの悩みを押しとどめたことは、最終的にまどかが魔法少女としての道を選択する最後の一押しとして機能していたことも重要で、「命を賭けてまでやらなければいけないことが出来たら、そのときに考えろ」と伝えた杏子の「利他」の精神は、最終的にもっとも大きな「まどか」という存在を通じて実現したのである。 演出としても、劇場版では他の魔法少女同様に変身シーンが大きくグレードアップして見事な演出で彩られた。カウントダウンがわりにパクついていた団子(映画化にあたって焼き団子が色つきの4色団子になりました)の串が、そのまま彼女のトレードマークである多節槍のイメージに変化するという演出も面白く、彼女の魔法少女としての才能も垣間見えるシーンである。そして、地上波ではあまり重きを置いていなかった彼女のアクションとして、「ひとりぼっちは寂しいもんな」のときのモーションがある。「最後まで呼び続けろ」とまどかに指示を出し、「もしさやかが記憶を取り戻すとしたら、親友としてのあんたしかいない」と言っていた杏子だったが、気付けば、最後まで名前を呼び続けたのは杏子自身だった。そして、全てが無に帰し、自分の願いが叶わないと悟った杏子が自然に取った姿勢は、「かしづく」というものだった。かしづき、手を合わせ、杏子はオクタヴィアに対して「礼拝」の意を示していた。彼女の複雑な生い立ちを考えると、彼女にとって「神」とは、そして「崇拝」とは、一筋縄ではいかない憎悪と郷愁の対象であろう。その彼女が、自分の人生を捧げる決心をし、「利他」のために投げ出す時に取った行動が「礼拝」であったということが、どうしようもなく切なかった。ご丁寧に、この後の墓所のシーンでは、沈みかけの陽光が反射して十字(クロス)をかたどるという演出もなされており、彼女が最後にすがった信仰の残滓を感じさせるものとなっている。おそらく、今回一番泣けたシーンは、この杏子の最期だったと思う。 こうして考えると、キャストの話をするときに「杏子:野中藍」というのは何とも絶妙なキャスティングだった気がする。他のキャストと違って、どうしても野中だけは「普段やらない役」だったのでミスマッチを気にしていた部分はあったのだが、考えてみれば、この作品自体がミスマッチの塊みたいなもんだった。この不協和音の中で一際輝いていたのが、奇妙な不和からもっとも綺麗な収束へと導かれた杏子だったんじゃないかと、そんな気もするのだ。 もちろん、最終話までを見てしまえば、やはりまどかとほむらの中の人のパワーが圧倒的であることは疑問の余地も無い。悠木碧と斎藤千和の手によって作られたクライマックスこそが、シンプルにして圧倒的なこの作品の大看板であろう。結局、誰一人外せないっていう結論になるだけなんだけども。どうせなら最後に、キュゥべえのデザインの恐ろしさっていうのも、そういう「隙の無さ」の1つとして挙げておきたい。あの赤い眼が、あれほど恐ろしく見えるっていうのは……一体どこまで狙って作ったものだったんだろう。一気に見るとキュゥべえの悪行も信じられない密度で押し寄せてくるので、怖気走るあのデザインもより一層禍々しく見えるのですよ。やはりここ数年の「悪役」の中では文句なしでトップレベルの存在だ。 さて、全てが終わったと思いきや、まだ新作一本が残っているのだね。これだけの作品だと何をやっても蛇足にしかならないと思えるので、新作ってのはおっかないのだが……予告映像を見る限りでは、なるほど確かに「続編」である様子。ただ、それだとさやかちゃんの出番が作れない気もするのだが……どうするんだろうね。さて、早く来年にならないかな。 PR
実は「京まふ」で売っていた限定版前売り券を衝動買いしていたので、見ることは決まっていた作品。学園祭周りのために訪れた遠方で、「そういや別に観光する元気もないんだし、いっそここで映画館に足伸ばして封切り日に見ちゃえばよくね?」ということを思いついた。なかなかあり得ない観光計画である。でもさ、地元でも放映してる映画館まで足伸ばすのが結構めんどくさいんですよ。それならどうせ歩き回っている時についでに抑えた方がいいかなー、と思って。今回は後編の公開もあるのであんまりのんびり見てらんないしね。
(一応ネタバレ? あるかも。まぁ、無いかも) というわけで、前編である。総集編だというのは聞き及んでいたし、別に高い金を払ってまで見なくてもいいのかな、とは思っていたのだが、前売り券買っちゃったなら行かなきゃ損だ。「まどマギ」は本放送時はそれなりに熱心な視聴者だったし(各回の番組感想参照)、あれ以来ほとんど再視聴もしていないので、改めて作られた総集編を見たらどんなもんだろう、という興味もあった。 「前編」はおよそ8話までの内容をカバーしており、映像についても、地上波版のものをそのまま使っている部分もあるし、ちょっと映像をなおした部分もあるし、完全に描き下ろした部分もたくさんある。編集はなかなか悪くない出来で、この1本を見るだけでも、それなりに「まどマギ」の内容、そして良さを理解することは可能だろう。特に8話までの内容ということでとにかく直滑降に鬱へ転がり落ちていく展開が分かりやすく、密度は恐ろしく濃いのだが、あまり展開で迷うようなことも無いはずだ。1話ずつゆっくり観ていた時の次第に降り積もっていくような重苦しさもなかなかだったが、約2時間にまとめられて畳みかけるような展開もかなりのものだ。まぁ、地上波版も一気に観たらこういうことになるんだろうけども。 とはいえ、結局「総集編」なのであまり大きく拾うべきポイントは無い。メインプロットが変わっているわけではないのだから、地上波版を観たときと同じ視点で、同じような部分を楽しめばいい。特に圧縮された中身だとテーマ性が浮き彫りになるので、個々の魔法少女が持つイデオロギーの部分はかなりはっきりしていて見やすくなっているのではなかろうか。短命だったマミさんの更なる幸薄さも見逃せない。 そう、タイトルこそ「まどかマギカ」であるが、8話までの内容ということで、当然まどかは一度たりとも変身しない(地上波版冒頭にあった契約シーンなども劇場版には無い)。一応彼女(の中の人)が描いた魔法少女デザインに片鱗だけは確認出来るわけだが、まどかが「魔法」に触れているのなんてせいぜいその部分だけ。また、徹頭徹尾「傍観者」である彼女はシナリオ面においても大きな役割を果たすことはないので、もし知らない人が見たら「まどか☆マギカ」というタイトルは詐欺である。逆に言えば、この映画は「魔法少女マミ」であり「魔法少女サヤカ」であるということだ。 マミさんに関しては、中の人が要望していた「もっと別な、素敵な死に方がしたい」という願いはまだ聞き届けられていない(新規版に期待だ)。ただ、代わりに死亡時の描写が地上波版に比べて随分あっさりした。代わりに、変身シーンがものすごく贅沢に追加されたり、生前にまどかと友情を育んで「1人じゃない」ことを堪能するシーンが多く盛り込まれたりと、「幸せになりつつあった巴マミ」の要素が大きく取り上げられている。これはマミさんに対する罪滅ぼしのつもりだったのか、それとも、逆に死ぬことの喪失感を増すためだったのか。一応、前者であるようには感じられたのだけど、はたしてどうだったのだろうか。ちなみに、「ベテラン」と呼ばれてまどか達からは本当に雲の上の存在のように見られているせいか、ほむらとの衝突もなんだか激しさを増しており、ただでさえ調子乗りに見えたのによりふんだんに死亡フラグをばらまいてくれているのは愛嬌である。 そして、そんなマミさんの勇姿も立派なはずなのだが、残念ながら作品視聴後にはその姿は霞んでしまう。なにせ、2時間のうち後半すべてがさやかのために裂かれたパートだからだ。やはり、一気に見た時のさやかの顛末の救いの無さは圧巻だ。時間がないおかげで上条君が本当にひどい奴に見えてしまい、そんな男に振り回されるさやかちゃんも大変である。「奇跡も魔法も」のくだりがあっという間に過ぎ去り、ものの10分もしないうちに恭介に裏切られ、高速召喚された仁美さんにかっぱらわれるジェットコースターっぷりは、下手したらコントに見えるレベル。そりゃ魔女化もするわ、という恐ろしいまでの説得力だ。 しかし、そんなドタバタも、杏子のキャラクターがビビッと立っているおかげで、「利他」「利己」の対比が鮮やかになり、上手い具合に悲劇として仕上がっている。このあたりの配分は本当に脚本が上手いところだと思うのだが、地上波版でもすんなりといった「敵から味方へ」という心情の変化が不自然でなく、杏子がちゃんと短時間で「格好良い奴」になるのである。このあたりの仕事は、多分地上波版以上の仕上がりになっていると思う。個人的には、最後に廃ビルでさやかがほむらに脅されて、そこを杏子が救出しにくるシーンがカットされたのはちょっと残念だったけど。あれが無いと後編での杏子の「ひとりぼっちは」がちょと弱くなっちゃうんだよな。まぁ、尺の都合で仕方ない部分ではあるのだが。その分、救いの無さは水増しされており、さやかが激昂してまどかを怒鳴りつけるシーンは新規で描き直され、最後の一幕であるあの電車のシーンもライティングがいじられてより凄惨さが増している。さやかの「堕ちる」部分だけは、何故かやたら盛り込まれていて不憫さに磨きがかかっているのである。ひどい采配だ。 そして、そんな鬱のどん底から「Magia」に繋ぐエンディングのエグさったら。劇場だからサラウンド音源、大音響の「Magia」に、あのアニメエンディングとほぼ同じおどろおどろしい映像、しかもスタッフロールが長いからフルコーラス。もう、あの「Magia」が聴けただけでも劇場に行った甲斐があるというものだ。そういえばオープニングは描き下ろし映像で新曲でしたね。地上波版の時に比べると映像の種類が減っていたが、徹底的にまどほむでキマシしてくれているのでまどほむ派歓喜のフィルムとなっている。必見。「コネクト」が流れないのはなんだか物足りない気もしてしまうが、まぁ、10話のために取っておいてるんじゃないかな。一応杏子がDDRで踊ってるときに流れてましたけど。 結論:大スクリーンでイヌカレーは死ぬほど怖い。 以上です。
というわけで、無事に行けました、劇場版。少しずつ1日あたりの上映回数も落ち着いてきたし、そろそろ混み具合も収まってるだろう、ってんでこのタイミング。まぁ、正解だったとは思います。「けいおん」と違ってリピートするほどのものでもないし、ゆっくり1回観て出来が確認出来れば良いかな、という感じ。
<問題無いだろうけど、以降一応ネタバレ注意> 今作のポイントはなんといってもその上映時間で、なんと2時間半という長丁場。1期の映画よりも更に時間が延びて、ゆっくりと作り込んだ世界を堪能することが出来る。もちろん、元が13話あったのだからこれでもギチギチに詰め込まなければならないわけだが、1作目でもシェイプアップは割と上手く機能していたので、スケールダウンは心配せずとも大丈夫だろう、と予想していた。 そして、その予想は大体当たっていて、出来としては「予想も期待も裏切らない仕上がり」。高い金を払って観る劇場作品だが、このクオリティが達成出来たのなら文句は全く無い。1作目でも満足させてもらったが、2作目も立派なもの。やはり「なのは」クラスの注目作になると、下手なものはそうそう出てきやしないですわ。特に「A’s」は個人的にも一番好きなシリーズだし、当然人気もトップレベル。これではずせって方が無理なのかもしれない。 そんな劇場版で最大の注目ポイントといえばもちろん…………、レティ提督の声優変更ですね。 ん? 違う? いや、俺的にはそこしかないよ。元々担当していた鈴木菜穂子さんという方がどうやら声優業を引退していたらしいんですね。劇場で声を聞いてびっくりしましたわ。まさかこんなところでも声が聞けるとは思っていなかった大原ボイス。今現在、無事に退院して絶賛療養中なわけですが、仕事柄声が聞こえてくるタイミングにブランクがあるから全然休んでる気がしないわね。しかし……レティ提督なんてそこそこ重要なポジションで人気作品のレギュラーキャラに食い込みましたよ。ふふふ、これでまた1つ良い仕事が増えたぜ。久川綾(リンディ提督)の同期で親友っていう年齢的なフィット感が恐ろしい。 閑話休題。上述のように、今回の映画で最も注目していたのは、どうやってテレビシリーズの尺を詰めてくるか、という部分。いくら長い映画と言っても、テレビでやった要素を全て詰め込むわけにもいかないし、かといってこれだけの人気作品だとどの部分を切ったりいじったりしてもそれはそれで文句が出そう。パンフのインタビューで脚本の都築さんも書いているけど、本当にデリケートな作業を強いられたはずだ。ざっと観ていくと、一番大きな変更点は変態仮面ことグレアムさんとこの双子使い魔のくだりが全カット。まぁ、これはある意味予想通り。時空管理局を巡るごたごたについては、確かに削ってもほぼ問題無い部分だったので、影響といえばはやてが幻影の黒なのはと黒フェイトを見なかったことくらいだろう。これで中盤はかなりすっきりして観やすくなった。最終的に管理局が絡むための因縁をリンディ提督の旦那のお話にまとめるというのもすっきりした印象だ。 他にも、ヴォルケンリッターが他の次元などで必死にリンカーコアを回収する行程もかなり短縮されており、映画だけを観ると「いくらなんでもなのは達の世界で暴れすぎじゃね?」という気もするのだが、そのあたりの動機についてはシグナムがちゃんとフォローしてくれているし、場面が大きく変わる必要性も感じられないので、構わないかな、という部分。そもそも「闇の書のページが少しずつ埋まっていく」という演出はテレビシリーズとしての長丁場でこそ意味があるものだったし、多少駆け足で蒐集が進んでも、シナリオ上の違和感はほとんど無かった。 敢えて勿体ない、と思った部分といえば、これまた都築さんが書いていることなのだが、冒頭、テレビ版1話での最大の見せ場だった「友達だ」が改題されて、フェイトの見せ場じゃなくなってしまった部分。ただ、ここについても劇場で観ている時には「勿体ないなぁ」と思ったもんだが、都築さんが説明している通り、シナリオが「なのはとフェイトが同時に敗れる」という風に変更されており、その中に「友達だ」を入れてしまうというのは確かに格好悪い。むしろこの台詞を何とか活かそうとして変更した劇場版の「友達だ」の方が、後々にシグナムとフェイトが急に仲良くなることの不自然さをある程度緩和してくれているので、こちらの方が良かったとも言える。そう、やっぱりこうしてみると1つ1つの要素がきちんと全体構成に向けて変更されているので、1つの像としての完成度は高いんだ。 その他の変更だと、むしろ「削られた」というよりも「ボリュームが増した」という印象のシーンの方が多いくらい。個人的に嬉しかったのは、闇の書の意志(以下リインフォース)の活躍シーンが大幅に増えた事。テレビ版だと最後にちょろっと出てきてはやてに謝るだけ謝ってさっさと2代目に変わってしまった可哀想な子、というイメージが強かったのだが、今作ではナハトヴァールという完全に別な存在としての敵対勢力が存在していたために、ちゃんと1つの意志を持った存在としてのアピールがなされ、はやてを想う気持ちの強さもしっかりと活かされている。もう、いっそこのまま初代リインを生かしたままで幕を下ろしてもいいんじゃないか、と思えるくらいに感情移入出来る存在となっており、小林沙苗ファンには嬉しい構成である。ナハトヴァールの造形についても、テレビ版の適当すぎる触手モンスターのデザインをベースにしつつも、ちゃんと「リインからはずれたバグ」という存在感を出すために人型の部分もあったり、ラスボスに相応しい迫力になっている。 そして、そんな敵キャラ達との戦闘を描くバトルシーンだが、やはり「なのは」といえば大迫力、大火力のバトルが見せ場。ヴォルケンリッターが1人1人違ったギミックで戦闘出来るので、多種多様な武器での肉弾戦は嫌でも燃える。テレビ版1話でも大興奮だったヴィータとグラ—フアイゼンのコンビの活躍はより過剰になっていて実に楽しい。ラケーテンモードの馬鹿馬鹿しい変型ギミックのやり過ぎ感がたまらない。変型・変身はこの作品の最大の晴れ舞台なので、どのキャラもどのデバイスも長すぎるくらいのモーションでたっぷり見せてくれたのはやっぱり「分かってる」。レイジングハートもバルディッシュも、改造後はテレビ版以上にカートリッジシステムの存在感が増していて、いかにも「パワーアップしたなぁ」というのが伝わって素敵。もう、これだけでも充分だったレベル。やっぱり「なのは」の功績の1つって、「ヴェルカ式」という形式を産みだしたことだと思うんだ。 バトル以外に「A’s」で見るべき点というと、やはり阿漕なまでの「泣かせ」の演出だろうか。テレビ版でもぼろぼろ泣いたラストの別れのシーンはもちろんだが、下手したらカットされるんじゃないかと思っていたフェイトの過去夢もしっかり入っていて、リニスやアリシア、そしてプレシアといった「泣かずにはいられない面々」がちゃんと物語を作ってくれた。やっぱりプレシア絡みの思い出は卑怯だわな—。 あとはそうね、中の人の事だと、今回殊勲賞ははやて役の植田佳奈だろうか。実は最近あんまり幼い役をやることが無くなってきている植田佳奈だが、久しぶりに聞いたはやての声は、予想以上に「泣かせる」ものになっていた。基本的になのはとフェイトは遠慮無くいちゃいちゃしているだけなので、健気に頑張るはやてが一番映えるのは致し方ないところですわ。基本的に「家族愛」っていうのに弱いっていう理由もあるんだけどさ。 全体をまとめると、「予想通りの内容。それでも決して損はさせないナイスクオリティ」。あんまりいないとは思うけどこの劇場版から初めて見る、という人でも(一応)耐えられるように作られているし、オリジナルのファンも文句なく楽しめる仕上がりだ。草川監督、お疲れ様です。さて、これで3期の映画が作られるのかどうか。……StrikerSは劇場版一本にまとめるのは不可能だし、正直あんまり望んじゃいないが……Forceだったらいけるかな。個人的に、何とかしてスバルの活躍が劇場で見たいんだけど。偉い人、お願いします。
というわけで、公開2日目といつになく早い視聴。単に時間があった、というのも理由だが、この作品の場合、ボーッとして先送りにしているとどんどん色んなところでネタバレに出会いそうで嫌だ、というのもあった。早めに見ておけば、今後ネット閲覧に気を遣わなくても良くなるしね。そんなわけなので、当然のことながら、
以下、確実にネタバレを含みますので、未視聴の方はご注意下さい。
春休みのイベントというとこれでした。劇場版の「ストライクウィッチーズ」。アニメも含めて「ストパン」の大ファンっていうわけじゃないけど、少なくともシリーズ2作は楽しく見させてもらった身、やはり劇場にも足を運ばないのは失礼ってもんだろう。
以下、遠慮無く作品のネタバレは含んでいますので存分に注意して下さい。 まず一言で感想を言うと、「大満足」ですね。見たいと思って行ったものは全部やってくれたという印象。正直言ってそこまで身を入れて見ていたわけではない作品なんですが、この劇場版は「もう1回観に行きたい」と思わせるだけの作品だったと思います。最近は劇場アニメも増えて敷居が低くなっているとは言っても、こういう趣向を劇場に持ち込むのはアリだと思いますね。 作品の中身をまとめると、延々90分の時間を費やして「宮藤少尉マジイケメン」ということをひたすら手を変え品を変え描き続けるだけ。そのためにフラットな視線から芳佳を見られる新キャラである服部静夏という新兵が登場し、若者、年下から見た芳佳の人となりが克明に描かれていく。時間が限られているおかげで個々の事件の展開なんかは非常にご都合主義のきらいはあるのだが(ネウロイ出現の空気の読み方がハンパ無い)、1つ1つの事件やバトルのテンポが良く、劇場版ならではの画で見せてくれるおかげで充分に価値のあるものになっている。特にバトルシーンについては、この作品ならではのパンツ……じゃない、ズボンアクションがこれでもかというくらいにしつこくしつこく描かれておなかいっぱい。まぁ、ぶっちゃけると2期の1話を延々やっているような状態な気もするのだが、1つ1つのバトルにきちんと個々の隊員たちの個性が出るように工夫が凝らされているので、戦っているのが似たようなネウロイであるにも関わらず、不思議と退屈な印象はしないのだ。ほんと、あれだけのズボンと尻、生足を大スクリーンで楽しむっていうのは……素敵ですねぇ。個人的に好きなのはシャーリーのむちむちぱっつんとした足です。健康エロですよ。尻でここまで書き分けられるってのはすごいよね。 ベタなシナリオとは言っても、その構成は手慣れたもの。魔力を失った芳佳が、生身の身体1つだけでネウロイと戦い続ける展開は無謀と言われても仕方ないものなのに、そのアツさと一貫した正義感のおかげで共感がもてるものになっているし、ジープで突貫をかけるシーンの悲壮感などは涙を禁じ得ない。「潜水艦での特攻」→「崖崩れの村での白衣」→「防空壕からの誘導」という風に少しずつ彼女の思いが積み重ねられてのクライマックスなので、彼女の持つ魔法力の源、「他者への愛情」が綺麗に形作られる。静夏が嫌悪感を示した彼女の破天荒さについても、それが501のメンバーによって少しずつ「良さ」に変わっていき、最終的には「仲間が全員で芳佳のもとへ駆けつける」というカタルシスに繋がる。「献身」と「友情」という芳佳の全てが、この作品で全て味わい尽くせるのだ。 もちろん、芳佳だけではなく501の他のメンバーの活躍シーンもばっちりだ。私は個人的に501以外の人間を知らないので他の部隊については省くが、残りの10人については個別に書いていこう。最初に盛り上げてくれたのはロマーニャのルッキーニとシャーリー。この2人はもう、単に仲良くしながらわいわいやってくれるだけで楽しいですね。よくわかんないけど「赤ズボン隊」との小競り合いは、2人の脳天気さがよく出ていて素直に笑えるシーン。 続いて芳佳が訪れたガリアのリーネとペリーヌ。リーネちゃんは……今回は芳佳ときゃっきゃうふふする役。いや、白衣のくだりはすごく大事なエピソードなんだけどね。あのシーンのおかげで、芳佳の覚悟がきゅっと切なくなるくらいに伝わってきたわけだし。まぁ、リーネちゃんはお布団の中で芳佳の枕になってくれればいいんですよ。久しぶりの再会の時にストライカーユニット履いたままで甲板の芳佳にダイレクトアタックしてたけど、大丈夫だったんでしょうかね。そしてペリーヌさんは、戦闘シーンだとあんまり見せ場がない代わりに、今回はシナリオ上でとても大切な役割を担った。芳佳の破天荒な振る舞いに頭を悩ませる静夏が、過去のペリーヌと完全に被っていたためだ。優柔不断な堅物キャラだったペリーヌも、長年のつきあいですっかり丸くなり、芳佳の良き理解者となったことが見事な対比となっている。ペリーヌの現在の柔和な表情と静夏の悩ましげな表情を見れば、宮藤芳佳という人間がよく分かる。そして、そんなペリーヌだからこそ、1人だけ静夏の感情を察知し、さりげなく彼女に歩み寄りの機会を与えたのだ。直接的に変化を促すことは出来なかったが、彼女の心遣いが静夏を変えたのは間違いないだろう。 そしてオラーシャからわざわざ出てきてくれたエイラーニャの2人。今回はそんなに活躍シーンが無かったのはこの2人かな。ただ、出立のタイミングで2人して仲むつまじく手を繋いでランデブーしていただけでも、ファンはそれなりに納得してくれた……と思いたい。 対して、カールスラント組、エーリカとバルクホルンは尺もたっぷりとって見せつける大活躍。おねーちゃんは芳佳の名前を聞いたとたんの大ハッスルで笑いを誘いつつ、ヘロヘロになったエーリカになんだかんだ言いながら優しくしてあげるところでニヤニヤポイントアップ。鼻水つけられても怒っちゃ駄目よ。そして劇場版だろうがなんだろうがいつものテンションのエーリカ。こいつなーんもしてない、と思いきや、新型ネウロイを素手でぶっ壊すという荒技を披露。どこまでも規格外である。 相変わらず陰に日向に部隊を下支えし、最終的には高らかに501の再結成を宣言した頼れる隊長ミーナ。2期以降すっかり事務方が板についてしまった感があるが、まだまだ現場でも頑張ってますね。そして、なかなか出てこないと思ったら案の定最後の最後で一番美味しいところを持って行くことになった坂本少佐。もっさん、なんでストライカーユニット持参なんでしょうね。しかも大和を強引に引っ張り出したり、やりたい放題ですがな。このぶっ飛び感が坂本さんなんでしょうけどねー。 そんなみんなに支えられ、どこまでもまっすぐに突き進む我らが主人公、宮藤芳佳。本当に彼女は素晴らしい主人公ですね。クライマックスの格好良さとか、もうどうしていいか分かりません。やっぱり救国の英雄は器が違うのだ。ただ、個人的に一番気に入ったのは、冒頭で静夏に返した「あ、そですか」の一言なんだけどね。2期7話でその間の抜けた空気には笑わせてもらいましたからな。どこまでいっても芳佳ちゃんはマイペースな子やで。 中の人の話は今更必要ないと思うが、新しいところでは今回ゲストキャラの静夏を演じたのは、内田彩。正直キャストロールを見るまで分かんなかったんだけど、青臭くてお堅い静夏のキャラには上手い具合にマッチしていた。今後もこの作品に続けて登場することが出来るなら、なかなか楽しみなことで。他にもちょいちょい登場した他の部隊のキャストなんかも本当に豪華で、「ストパン」ワールドはまだまだ広がり続ける期待が持てる。川澄なんてほんの一言のためにわざわざ用意されてたんだもんなぁ。あと、今のご時世は声を聞いただけだとナチュラルに「さて、今のはミズハスでしょうか、石原夏織でしょうか」クイズが出来る。まぁ、流石に間違えんけども。ちなみに蛇足だが、作品のパンフレットは、キャストインタビューも写真付きで掲載されており、501の面々(の一部)はわざわざストパンジャケットを身にまとったオリジナル写真で掲載されているので、ファンは必見である。千和とあみっけがやべぇくらいに良い写りなので、マジ必見。 最後にもう1回書いておくと、涙あり、笑いあり、感動あり、ズボンありの、とてもよくまとまった作品だったと思う。スクリーンの最後を飾った「つづく」の文字に期待を寄せつつ、第3期が始まるのを首を長くして待ち続けたいと思う。あ、そですか。
よし、行ってきました。本当は封切りした週末に駆け付けたかったんだけどね、残念ながらよんどころない事情があったのと、やっぱ週末のスタート日なんて無茶はしたくなかったので、ぐっと平日になるまで我慢しましたよ。まぁ、そのせいで来場特典をもらいそこねるというとんでもないダメージを負うことになりましたがね……なんで初週で一番早くはけるタイミングで律ver なんだよ……仕方がないから売店で「クリアしおりセット」を買って慰みとしました。しかしこれ……使う場所がねぇなぁ。
謎の映画に行って参りました。妙な話ですよね、現在絶賛放送中の作品が劇場でも観られて、しかもその内容がわずか45分、公開は2週間ぽっちでレイトショーばかりと。今まで聞いたこともないような公開形態である。正直、この作品はそこまで肩入れして観ているわけではないので、わざわざ金を払って観なくてもいいかなぁ、とは思っていたのだが、知り合いに誘われてしまい、まぁ、そんなら行こかと。この奇妙な形態が、一体どんな意図の下で展開されているのかを知りたいっていうのもあるしね。
で、観てきたわけなんですが……まずは、おそらく視聴した人間がほぼ確実に感じるであろう感想を真っ先に書いてしまおう。「なんでこれ、劇場でやったん?」。別にアニメを2話ばかり伸ばして地上波で前後編を放送しても全く問題無かったと思うのだが……一応、スタッフとしてはそれなりのウェイトで伝えたかった話、ということもあるだろうし、「このエピソードが無くても地上波だけでも楽しむことが出来るので、本当に観たいファンだけが目にすることが出来るボーナストラック」という位置取りだったとも考えられるが、正直、そんな軽いものでも、全く別なものでもない。この映画のエピソードを知っているのと知らないのでは、おそらく地上波版の理解度も没入度もかなり違う。「無くてもいい」と言われたらそうかもしれないが、「あった方が良い」のは確実だろう。これを、ニッチで視聴機会の少ない形態で発信するのはどうしたことなんだろう。「戦国BASARA」や「そらのおとしもの」、「ハルヒ」なんかの劇場版とか明らかにスタンスが違うわけで、今ひとつその意図が分からないのである。 「別に地上波でやっても良かったんじゃないか」というのは、シナリオの位置取りの話もそうなのだが、作品のクオリティとしてもそう言える。はっきり言ってしまえば、今作の品質は、世間一般の「劇場クオリティ」ではないだろう。大画面で観るものなので多少印象は変わるが、元々地上波でもさして画面の質が低くないものが、そのままの水準でスクリーンに場所を変えただけだ。「大画面でやるなら!」という意気込みで作る劇場版というとやたらにど派手なアクションが増えたり、とにかくディティールにこだわったりという「スクリーンならでは」の労力が割かれる場合が多いのだが、この作品にはそうした区別が無い。作品の内容を考えればそんな大仰なことは出来ないし、する必要もないとは思うのだが、本当に「すげぇでかい画面でいつものUN-GOを観ている」という状態になる。いくらかのお金を払って観るものとして、こいつはどうなんだろう。 何がびっくりしたって、この劇場版のコンテ演出は、監督が直接筆を割いてないという。スタッフロールを流し見しただけなので不確かだけど、確かコンテは三條ななみ名義だった気がする。普通、こういう作品って少なからず監督が手を尽くすものだという印象があるのだが……(まぁ、難波さんだからって不満があるわけじゃないんだけどさ)。どうにも、この企画に対するスタッフの思い入れがよく分からないのだ。 とまぁ、ここまでが全力でネガティブな評価である。ここで総括しておくと、「何も知らない状態でわざわざ劇場に観に行く」作品としては、この企画は不可だと思う。ただ、1つ忘れてはならないのは、あくまで「わざわざ2週間という短い期間を選んで劇場まで足を運ぶのは、よっぽどこの作品が気になる人間だろう」ということ。そういう搾られたターゲットを相手にする商売としてなら、この企画はそれなりの意味を持っている。 まず、「普段家庭で見ているアニメが、リアルタイムで劇場作品としても見られる」というのが、未だかつて無い経験である。「だからどやねん」と言われればそれまでかもしれないが、普段自宅の小さなテレビでしか観ていないいつものオープニングなんかを劇場で見るというのは、なんだかよく分からない高揚感があるものだ。普段の作品よりもまとまった長時間の放送形態というのも、物語のディティールを気にせず一気に見てしまえる不思議な推進力にはなる。おそらく、今回のエピソードを本当に地上波で前後編構成にしたら、劇場での印象よりもはるかにもやっとしたものになっただろう。「わざわざ劇場に持っていった普通の話」というよりは、「劇場でやったからこそなんだか普通に見えた話」というのが正しいのかもしれない。そりゃま、ど派手なアクションも感動のストーリーもいらんわな。 ストーリーとしては、前評判通りの、純粋に新十郎と因果(あと海勝たち)の出会いの物語。新十郎を巡ってちょっとしたサプライズなども設けられているが、メインプロットは地上波の各話と同じように「なんじゃそら」と腰砕けるようなお話だ。そのへんは、既に気にしたら負け。一応因果の「正体」に迫ることは出来たし、新十郎と海勝の捻れた腐れ縁にも「腑に落ちる」説明がなされた。その上で、このよく分からない設定の世界が何となくすっきりして見やすくなったのだから、やはりこのタイミングでの放映は正しい判断といえるだろう。これからクライマックスを迎える(であろう)地上波版のブースターとしては、なかなかいいアクセントになっていたのも事実である。 中身の具体的な話については、ネタバレにもなるし「ネタ」を明かしても何だか雲を掴むような話で誰も得しない気がするので端折るが(実は私がよく分かっていないという背景もあるが)、地上波版を受け入れて観に行った人たちなら何となく「ま、いいか」っていうレベルだから大丈夫。大丈夫? 一応付記しておくと、風守は出ません。大人因果がちょっとエロいくらいです。 本当にヌルッとして評価しにくい作品なので、最後にとっておきのネタに逃げてしまおう。そう、中の人の話だ。地上波版では、新十郎が映画の撮影をしており、そこに3人の女優が登場する。わざわざ無茶な兼ね役まで使って、寿・高垣・豊崎というsphereを3人固めており、当然誰もが「なんで戸松だけおらんねん」と思うだろう(思うよね?)。その答えが、劇場版だ。戸松は、そこにいたんです! 最終的にsphereを中心としたダイナミックな中の人パロディとかで幕を閉じたらものすごく面白いのに。 作中では戸松ボイスと豊崎ボイスがオーバーラップするという、ファンからしたらどうしていいか分からなくなるシーンがあるんですが、多分劇場で視聴してた時はそのへんが一番ニヤニヤしてました。あと、戸松が武田鉄矢の「少年期」を歌うシーンとか。「僕はいつ頃大人になるんだろう」って、成人式終えたばっかの若造が歌うんじゃねぇ。 本日の結論・「因果はやっぱり良いキャラであった」。 以上だ! 「見に行く人は充分気をつけてね」って言おうかと思ったけど、もうあんまし観る機会無いな!
もう間もなく公開が終わっちゃう! ってんで、最後まで悩んではいたんですが、結局行ってきました。せっかく見られるのに見に行かないのは、やっぱり勿体無いよね。見ようかと思っても「トワノクオン」とかだと劇場が遠くて面倒だものね!
というわけで、ちょっと前に観に行ったのですが、既に時期も去り、1日2回上映という少ないスケジュールになっていた本作。平日朝にはもう客もおらんだろうと思っていってみれば、これが案外いる不思議。公開が終わる頃だから、最後のリピーターが来ていたんでしょうかね。当然、客層はそちら方向のおねーさまがたが多くお越しになっていました。ご立派です。 正直、そこまで期待した作品でなかったんですよ。アニメ1期は好きだったけど、2期目はシナリオを真面目に(?)やりすぎてあんまりパーリー出来なかったし、アホな内容とはいえ、あの大舞台である関ヶ原を2時間程度の劇場版でやるなんて無茶な話。どうせ馬鹿活劇のダイジェスト版的なものになるんだろうということは容易に想像出来た。一応記念程度に、というレベルのモチベーションである。 で、終わってみてだが……馬鹿だねぇ。本当に馬鹿だねぇ。面白いか面白くないかと聞かれたら、面白かったですよ。割と画面にはかぶりつきでしたよ。吹き出すのを堪えるのに必死だったシーンもありますよ。このノリはねぇ、腐女子向けアニメ云々とかじゃないね。古き良き「東映まんが祭り」の香りだ。とにかく意味は分からないけどでっかい敵がいて、それをよく分からないうちにでっかい技でみんな協力して倒す。非常に明快で盛り上がれる、日本男児カタルシスですよ。思い切ってここまでの構成にしたのは、スタッフ陣の手柄じゃないかと思います。そこは素直に賞賛して良いかと。 (そういえば、一応以下は「ネタバレ」になりますので注意が必要です。まぁ、気にする人はいないだろうけど) 先に不満な点を上げておくと、どうしても政宗と幸村をメインにしなければならないという縛りのせいで、キャラの見せ方がぶれてしまったことだろう。本作は関ヶ原をメインの舞台として描いているのだから、視点としては三成と家康を中心に持ってくるのが妥当なはず。振り返ってみると、実際にストーリーを引っ張っていたのはこの2人であり、幸村と政宗は、単にどさくさに紛れて喧嘩に混ざった傍観者の立ち位置でしかない。仲裁役の慶次の方がいい動きを見せていたくらいだろう。 そんな状況で、(シナリオ上は)不必要とも言える政宗の描写、幸村の描写に時間を取ってしまったのは、テンポを悪くする一因になってしまっている。信玄候から位を賜った幸村についてはまだドラマがあるのだが、政宗については、あれだけ猪突猛進を小十郎に怒られ続けていたというのに、今回も冒頭で三成とタイマン挑んで負傷、加えて幸村との遭遇イベントでは他人の制止も聞かずに喧嘩をおっぱじめて、最後の大決戦では特に見せ場があるわけでもない。単なるアホの大将である。まぁ、もともとそういうキャラなので仕方がないといえばそれまでだが、今回はそんな政宗の行動が全て悪い方に動いてしまっていたので、あまり爽快感に繋がらなかったのは残念であった。 あと、これは完全に個人的な恨み節だが、今作は「BASARA3」を扱った作品だったはずなのに、孫一が出てこない。鶴姫も出てこない。いや、出てこないことは覚悟してたけどさ、一応3が舞台ならその辺のキャラに一言でいいからしゃべらせてくれれば……ぶつぶつ。今回かすがにすら出番がなかったじゃないか。キャストクレジットで「夢吉・桑谷夏子」って、そっちでしかしゃべってねーのかよ。うーむ、残念。 とまぁ、何点か不満は出たものの、大筋の流れは与えられた時間枠でちゃんとおさまっていたし、特に関ヶ原突入後のお祭り騒ぎはこの作品の魅力がたっぷりと詰まった見事な晴れ舞台。個人的に一番良かったのは、これまで一切登場していなかった「新キャラ」であるはずの石田三成のキャラクターが明確にたっており、そこに人間的な魅力が感じられたこと。今回一番格好良かったのって、三成だと思いますよ。「絆」をもって日の本を平定することを望む理想家の家康と、ただひたすら失われた主君の仇討ちのみを考えて孤軍奮闘する三成という「和と個」の対立が綺麗に出ていて、合戦のメインテーマが見やすくなっていたのが良かった。最後の大谷刑部の翻心についてはちょっと分からない部分もあったが、ちゃんと三成にも救いの未来が与えられるエンディングも良し。やっぱりいつの時代も友情で努力が勝利の鍵です。 そして、本来なら石田対徳川連合軍という歴史の分け目となる関ヶ原が、まさかの魔王討伐イベントになるというトンデモ設定が素敵。「これは俺の知ってる関ヶ原じゃない!」と叫んでみたものの、こっちの方が確かに「天下分け目の決戦」に見えるのである。完全に闇に堕ちたお市のポテンシャルと、それを巧みに操る怪僧天海(一体何者だってばよ……)の手による、ビッグイベント「魔王復活」。もう、このあたりになると、ひたすら好き放題やってくれた作画スタッフと、怪演・好演のオンパレードだった中の人たちを絶賛するしかない。あのイベントは、男の子だったら燃えざるを得ないだろう。あの魔王は倒すしかないだろう。ほんと、楽しかったです。 いい話的に終わった本編の後では、およそ2年ぶりに見られたあの雑兵ダンスもフルスロットル。いやー、馬鹿だねー。楽しいねー。あんな仕事しなきゃいけないって、戦国時代の足軽たちも大変だなー。 最後に、素敵な馬鹿を演出してくれた中の人たちについて1人1人。今作でMVPをあげるとしたら、それは三成役の関智一だろう。「普段通りのセキトモ」といえばそれまでなのだが、やっぱり彼の持つ熱血指数の高さと、高低を自在に操る没入度の高さは天下一品。「復讐に燃えた孤独な凶王」というとクールで地の底に沈んだような印象があるにも関わらず、三成はそれだけでなく、秀吉に対する盲目的な忠誠心、信仰心が熱く篤くたぎっている。そうした冷酷さと激情のバランスの取り方が、抜群なのだ。今作屈指の名シーンとしては、夜の山中で家康と三成が語り合い、決別するシーンを挙げたい。「秀吉様を過去と語るな!」って、いい台詞だと思うんですよ。 そんな三成に対峙する家康についても、大川さんが頑張ってくれていたと思うのだが、いかんせん主義思想が理想論で軽いキャラだったからね、三成の格好良さと比べるとちょっと水を空けられた感じ。あの真っ直ぐさは大川さんならではだと思うけど。その他、信玄候のいつも通りのテンションとか、小早川秀秋の本当に情けない風体とかは実に楽しかったです。福山潤々自由自在。そして悪役勢。魔王様の中の人については、もう「あー、何言ってるか全然分からん!」という投げっぱなし感がたまらない。声出すだけで芸になるって、本当にずるい。そしてそんな魔王の影で暗躍しながらも、最後は何故かコメディリリーフとして落ちていった天海。やっぱり速水奨はすごい。そんでお市役の能登麻美子ね。でも、今回のお市は強烈な武器を手に入れて自信を持っちゃったせいか、「2」の時みたいな不安定さが無くなってたなぁ。あのおどろおどろしい感じが好きだったんだけど。 あと、鳥肌が立ったシーンで言えば突如現れた毛利の大戦艦がお気に入り。あのシーンの元就の台詞も(はっきりは覚えてないけど)やたら格好良かった気がする。なんだかんだで、やっぱりダーティーヒーローの方が憧れになるもんです。 とにもかくにも、「BASARA」が好きな人間なら後悔しない出来になっているのは確かだ。さぁみんな、劇場へ行こう! もう終わってるけどな!
巷の情報によると、興行的にはそこそこの好スタートを切ったそうで何よりです。このアニメの1ファンとしては、出来るだけ良い結果に終わることを願ってますのでね。
というわけで、空くのを待ってダラダラ出かける私にしては、かなり早い段階で観に行きました、劇場版「そらおと」。理由は……特に無い。「これ以上暑くなったら劇場まで足運ぶのしんどいやんけ!」とか、そういう理由かもしれない。客入りで好スタートを切ったという噂を聞いていたのでどれだけ人が入っているのかと気になったが、流石に平日昼間にはなかなか人もいませんね。私も含めてせいぜい20人といったところでしょうか。この手の作品だと、客層が実に安定しているのである意味入りやすくて助かります(同時に同族嫌悪ですごく鬱陶しくも感じるのだが)。 さて、テレビシリーズ2作品はそれなりの好評を得て幕を引いた「そらおと」だが、劇場版で何が起こるのか、というのはあまり知らない状態で観に行った。一応「日笠陽子が声を当ててる新キャラメインの話」というくらいは聞いていたのだが、はたしてあの世界観で劇場作品をやると、どんな風になるのかというのは予想がつかず、楽しみ半分、おっかなさ半分。あの独特のノリを劇場で共有して良いものか、というのは不安だったしねー。 で、先に書いてしまうと……60点くらいですかねぇ……うん、劇場作品を見に行くと大抵目を潤ませて出てくる私ですが、正直言ってあんまり魂に訴えかけてくるものはありませんでした。劇場作品らしい頑張りどころもあるにはあるんだけど、それがわざわざ大金を払って観に行くべきものかというと、やや微妙な感じ。うーむ。 まず肩すかしを食らったのは、出だしからの総集編パートである。一応風音日和という新キャラ視点での再構成だし、後半のシナリオを考えれば空見町でのたくさんの出来事、日常風景を改めて書き起こす意義はあるとは思うのだが、わざわざ劇場作品を見に来るような層は、ちゃんとテレビシリーズをチェックしている人間ばかりだろう。そういう人間相手に、総上映時間の1/3(下手したら半分近く)を総集編的な既視感で埋めてしまうというのは、あまり誠実な作品作りとは言いにくい。まとめからの再構成と言えば「マクロスF」の劇場版も一応似たようなコンセプトだったが、あちらは同じようなシーンでも完全に描き下ろしていたし、劇場用にリビルドされたものだった。それに対し「そらおと」の場合、基本的な画面は単なる学園生活や田舎の日常風景でしかないので、描き直しされてもあまり新鮮さには繋がらない。言ってしまえば「別に地上波でやってもよかったんじゃないか」という程度の内容。飛行パンツやらサバイバルゲームやら、もう一回スクリーンでやりたかったという狙いも分からないではないが、どうせブツ切りになってしまう断片でしかないわけで、そこまで必要性が感じられるものではなかった(特に学園祭ライブのくだりは本編でもあまり印象に残っていないエピソードだったので、もう一回念入りに描かれたのは退屈だった)。これが1つ目の不満点。 そこから、いよいよ後半は日和を絡めての劇場オリジナル展開となっていくわけだが、普段のシリーズのように何かのイベントのどさくさに紛れての智樹の変態プレイがそこまで炸裂しなかったのも消化不良。「入部試験」のパンツ寿司は流石の一言だが、そこがピークだったので、その後の展開は次第にしぼむばかり。今作はギャグメインではないのでライトな演出になるのは仕方ないのかもしれないが、やはり馬鹿を精一杯馬鹿馬鹿しく描くのが「そらおと」の魅力なのだから、回想編を削ってでも、もう1ネタ2ネタ増やして欲しかったところ。石田ロボの登場とか、一瞬だったしなぁ。 対して、一気に目が醒めるのは、日和の復活から加速するクライマックスシーン。今回の劇場で最も楽しめたのは、文句なしでこの空戦シーンだろう。テレビ版では対カオス戦を見せてくれた2期8話、11話あたりのテンションだが、アストレアも含めた3人のエンジェロイドが協力し合い、それぞれの持ち味を出しながら巨大な敵と戦うという構図は、それだけでアツくなれる展開。今回はニンフが作戦指揮官として色々とおいしいところを持っていったが、クリサオルをぶん回すアストレアも勇ましかったし、それに対抗するZのシステムも禍々しさや壮大さが良く出ていて見応えがある。ウラヌスクイーンが起動できなかったこと、カオスの出番が一切無かったことは残念だが、やはりこの作品の見どころの1つは女の子バトルにあるわけで、その部分は劇場らしいダイナミックなものになっていたのが嬉しかった。 ただ、これについても、日和の心象風景については丁寧に描写されていたので追いやすかったものの、それを見守るニンフやイカロスがどこまで事情を理解して、どのように行動したかったのか、という部分が不明瞭なのが残念。原作を追っていればある程度理解出来るものなのかもしれないのだが、未読の人間にとって、結局風音日和とは何者だったのか、というのがどうもはっきりしないし、特にニンフが何をどうしたかったのか、空のマスターが何を狙っており、ダイダロスが何を隠していたのか、といった部分がさっぱり分からずに終わってしまった。今回はイカロスの活躍シーンが少なく、クライマックスでは無理矢理バトルを終わらせにきたイメージしかなかったので、そのあたりの導入をもう少し丁寧にやってくれたら、視聴にも身が入った気がする。そして、全ての要素において、「別に地上波でやってもらっても良かったのに」という感想は拭えないままである。 この作品は、テレビシリーズの出来が非常に良く、前述の通り、2期8話、11話などは、「劇場でやってもいい」ほどのクオリティを既に有していた。ただ、それをそのまま劇場に持ってこられると、どうしたって「もう一声!」という贅沢な要望は出てしまうものだ。今回の映画化にあたっては、残念ながらその「もう一声」がうまく機能できなかったのが勿体無い部分であった。 まぁ、それでも久し振りに「そらおと」の新作が見られたのは嬉しかったですよ。今回は特に前半パートで会長が大活躍してくれていたし、そはらやニンフの愛らしさもいつも通り。新キャラの日和についても、事前情報がなければぴかしゃが中の人だなんて気づかないくらいにストレートな愛らしさを持っていました。ぴかしゃの懐の深さを再確認できるよいキャスティングである(まぁ、今回も黒髪ロングではあったけど)。そして……保志さん、いつもお疲れ様です。この作品が終わったら、ボチボチいい歳なんだからもうちょっと落ち着いた役に回ればいいのにね。あの声じゃ無理かぁ。 |
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関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
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