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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
「戦う司書」 4→7 まず何よりも、面白い作品でした。基本ラノベ原作の作品はわざわざ原作を当たろうという気にはならないのだが、これは原作が気になって仕方ないです。読むかもしれません。 1話での点数もやや低めだが、この作品の最大の失点は、序盤がしんどかったことだ。人間爆弾編ではいきなり本の記憶との連動が必須であるにも関わらず現実と本の区別が付きにくかったり、後々の展開を見るとヴォルケンが裏切るための非常に重要なエピソードであるのに、世界観が完成しておらず、ハミュッツという女性のキャラクターが掴めなかったために、ヴォルケンが何に反感を抱き、どんな大望をもって行動を起こしたのかが分からない。さらにミレポがアーガックスによって「ヴォルケンの記憶」のみをきれいさっぱり忘れてしまうなど、「それがいいんだったら何でもありやんけ!」という突っ込みが先んじて、「これだからラノベ設定は云々」というありがちな愚痴が先んじていた。頑張っていたであろう動画面も序盤は気になる部分が目立ち、途中で切ろうかと思ったことも何度かあったほどだ。 ただ、これが少しずつ変質し始めたのがモッカニア編あたり。「能力がご都合主義で適当」というのが、「さらに適当で大ざっぱなもの」との対戦に関わっているのだ、というのが見え始めたのがこのあたりで、神溺教団の真の意味が少しずつ明らかになっていき、更に「記憶を失うこと」とこの世界の大原則である「本の記憶が残されること」の関係性、そして、そんな無茶な世界設定を前提としたオリビア・リットレットの無茶苦茶な人生行路など、無茶がさらなる無茶で覆われていくに従い、些末なことが気にならなくなっていった。 ヴォルケンの死闘により神溺教団との闘争がクライマックスを迎えるあたりになると、もう何が起こっても平気になってくる。最終的には「最も分かりやすいキャラクター」であったはずのノロティが、実はこの世界では最も異質な存在であることが分かり、それが原因での蒼怨呪病の恐怖が炸裂する。あそこまでのスケールでの「世界の恐怖」というものをそれなりの理由付けで描けたというだけでも面白い(そして、その後にさらなる規模の世界の恐怖がまっているわけだし)。27話という長い尺の中で、「多すぎだろ」と思っていた武装司書にもしっかりと肉付けがなされており、ハミュッツやマットアラストなど、一筋縄でいかない歪みきったキャラクターも、いつしかその心情を追えるようになっていた。容赦なくメインキャラがガンガン死ぬ展開に、目がはなせなくなっていった(そしてガンガン死ぬことが最後のバトルで関係しているのも感心した)。 当然、シナリオラインの粗を探せば恐ろしい数と致命的な質であげつらうことは出来るだろう。最終話で明かされたハミュッツの真の能力なんかは「どないやねん」と突っ込みたくなるのは確かだ。しかし、ここまで大きな「世界の力」を想定した物語構成というものは、たとえ無茶苦茶でもなかなか出来るものではない。ルルタとニーニウのねじれた世界に、それに対抗するためのハミュッツ、チャコリーという無体な「人間兵器」のアイディアなど、流石に思いついたままに適当に能力を作っていったわけではないだろう。最終話でチャコリーが魔法権利をミレポに譲渡して「あの能力」に繋がるあたり、実に気の利いたアイディアであるし、「死にたがり」のハミュッツの最期はどこかもの悲しくも、彼女の引き際を飾るにふさわしい舞台であった。色々と感心した部分が多くて、途中から感想を書いてないことをちょっと後悔した作品。 とにかくどのキャラクターも魅力的だったので、なんか他の方向への展開も期待したいところです。中の人評も含めて見ていくと、やはり圧巻だったのはメインヒロインのハミュッツだろう。どこまでも外道なヒロインってのも珍しくて、流石の朴姉ぇさん。過去話でマットと出会った時の針子姿から突然アサシンになるシーンがお気に入り。マットアラストにヴォルケン、ミンスといった男性キャラも格好いい。個人的には「どう考えてもパワー系なのに、気付けば武装司書の中で一番事務方」というミンスのギャップが好き。あと無駄に格好良くて能力もチートなのがエンリケさん。モッカニアの切ないエピソードも忘れられない。 女性キャラでは、やはりミレポ、ノロティといった司書軍団だが、個人的に無視できないのはやっぱりオリビア(=レナス)だろう。白さぁや・黒さぁやの見事な演じ分けが光る珠玉の大原キャラ。作中でバントーラに反旗を翻しつつも死ななかった希有なキャラクターには、女の持つ図太い強さが伺える。そしてラスボスのニーニウ。流石の能登麻美子も、ラスボス演じたのは初めてじゃないかなぁ。他にもアーキット役のくぎゅとか、おばちゃんの若い頃のゆかりんとか、川澄とか、ゲストキャラもみっちりぎっちり詰まっていてそっち方面でもお腹いっぱい。 さて、ある程度理解出来た現在、改めて1話から見たらまた面白そうだぞ。 PR 「ダンス イン ザ ヴァンパイアバンド」 5→5 様々な要素がプラス要素に働いたりマイナス要素に働いたりと、ややこしい作品である。ほんと、シャフトが作るものというのはいちいち質が悪い。 まず、この作品の原作自体は、新房演出との相性が非常に良いものであったことは確かだ。ダークファンタジーといえばあの「SOUL TAKER」が思い起こされるし、吸血鬼と人間の共存、そして吸血鬼の中での派閥対立など、ドロドロしたものを描くのに新房派閥の陰影を基盤とした作画の雰囲気はマッチしている。1話で見せたバラエティ番組風のトリッキーな構成なども、「楽屋ネタ」を得意とする長所をうまく活用した例といえるだろう。止め絵を多用する傾向についても、エロティシズム溢れる場面では実に良いものを見せてくれたと思うし、ジリジリと動きの少ない画面でも、闇夜に蠢く吸血鬼の雰囲気ならば盛り上げることも出来る。そうしたかみ合わせがうまく奏功した時のこの作品は、素直に面白かったと言える。 ただ、やはりどれだけ「止め絵や陰影の美学」を謳ったところで、根源的にアニメが必要としている全ての「絵」と「画」から脱却出来るというわけではない。総集編を挟んだことからも分かる通り、この作品の製作スケジュールはお世辞にも万全とは言えず、そのしわ寄せは、あらゆる画面に現れてしまっていた。ダークファンタジーを見せる上で欠かせないクリーチャーたちの造形や、後半になるにつれて盛り上がらなければいけなかった怪物どうしのバトルシーンなど、「ここが今回の限界でした」ということが如実に分かってしまうようでは、演出でそうなったという言い訳は通じないだろう。無理矢理詰めたかのような不自然な構成などもあったし、尺の都合を考えられなかった詰めの甘さは、やはり反省点として止め置くべきところである。 功罪をはかりにかければ、大ざっぱに言ってとんとんである、というのが最終的な感想だ。今期居並ぶ「エロが売り」の作品群の中でもトップレベルの「良いエロ」を描いていた部分は評価したいのだが、その分暁をはじめとする男性キャラのみっともなさが際立ってしまってもいるので、そこもとんとん。あとは千和&あおちゃんというメイン2人、それに画伯と御前のエロツートップを評価すれば結果オーライくらいじゃなかろうか。そうそう、ヒステリカにくぎゅをセッティングするという冒険心はアリだったと思います。シャフトは、とにかく「化物語」を完結させてから次の作業にうつってくれ。 「バカとテストと召喚獣」 5→6 予想していた方向とは多少ずれてしまったが、ジワジワ面白くなっていった作品。大沼心とSILVER LINKという組み合わせが、今後もこのレベルのクオリティを発揮してくれるならば、シャフトにこだわらずともいい物が見られるようになるのかもしれない。 1話を見た時点での最大の不満は、「世界設定の意味がねぇよ」という部分だった。文月学園独特の「試験召喚戦争」のシステムが理解出来ず、「それって結局テストの点数で争ってるだけじゃね?」とか、「お前等は何がやりたくてこの学校に入ってきたんだよ」とか、「魔法みたいなシステムが現実になってるファンタジー世界なのに、それ以外のシーンでは一切触れないのかよ」とか。ファンタジー設定のおかしさ、適当さなんてものは「禁書目録」シリーズみたいなラノベにはありがちなウィークポイントで、気にしないようにすれば無視しても構わない部分なのだが、流石に最も大切な部分であろう「試召戦争」の存在意義が分からず、1話の時点ではあまり画面にも求心力が無かったことは納得出来なかった。 結局、この「試召戦争の存在意義」という面については、最後まで分からずじまいであった。最後のAクラスとの大戦争も、なんか雄二がうまいことやって接戦に持ち込んだような雰囲気になっているものの、召喚獣を扱うスキルっていうのがどの程度の因子になっているのかも全然分からないし、追試や補充試験といったシステムがどういう働きをするのかも分からない。そして雄二が油断して負けたあのシーンも、結局「油断する」ってなんやねん、というレベルで分からない(単に殴り合ったら点数が高い方が勝つシステムではないのか?)。どうひいき目に見ても試召戦争によるバトル描写やドタバタがメインの作品なのは間違いないのだから、その根本的な意味が分からなければ没入することなど出来ないだろう。と。 ただ、結果だけを見ると、案外そうでもなかった。戦争シーンがメインになるとところどころ引っかかる部分があるのは事実なのだが、F組の人間が何となくうまいこと役割分担しながら「作戦を練っている」雰囲気は伝わってくるし、そうした「雰囲気だけ凄く策士っぽいことをしてます」というのもギャグの一環として受け入れてしまえば、なんとも緩いFクラスの空気に馴染んでいるともいえる。また、気付けばあまりに阿漕な作りのキャラクターも、バカを全面に押し出した数々のエピソードの中できちんと確立している。当初はなんでそこまで持ち上げられているのか全然分からなかった秀吉も、しつこく「秀吉可愛い」「秀吉最高!」と言われ続けると、明久たちのノリに巻き込まれる形で「理屈は分からないけどOK!」ってな感じになる。瑞希と美波というダブルヒロインはバカでありつつもどんどん愛着が湧くし、ムッツリーニ、翔子たちも、ひたすらたった1つの属性だけを押し出し続けていたおかげで、気付けばその勢いにはめられてしまっていた。本当に力業だとは思うのだが、こうした「細かいことを犠牲にしてでも曲げないキャラ描写」というのは、やっぱり強い。 シナリオラインについても、12話が終わった時点では「それなりにきれいにまとまったんだからここで終わらせておけばいいのに……」と思ったのだが、13話は事前に準備しておいた翔子と雄二の伏線がきれいに決まっており、これはこれでかけがえのないエンディングになっている。「バカ」という言葉は本来悪口であり、あまりメインテーマとして扱うのにふさわしいタームではないのだが、この作品は憚ることなく「バカ」「バカ」と連発して他のギャグと同一のレベルにまで持っていくことで後ろ暗い部分を消していて(また、明久が本当にバカなので言われることも気にならないので)、エンディングの全員集合シーン(オープニングカットを使った疑似バンクが格好いい)で奇妙な暖かみをもったシンボルとしての意味合いを確立させている。実に如才ない。原作がどういう構成になっているかは知らないが、多分原作者の構成力はなかなかのものなのではなかろうか。 もちろん、そうした「うまい」作りを1作品として成立させたのは、画の品質を下げることなく、コミカルな画面構成とテンポの良い演出を実現させたスタッフの力。試召戦争で召喚獣が絡む画面でのデフォルメキャラとの並行描写は「ぱにぽにだっしゅ」以来のシャフトスタイルの亜流がきっちりはまっている。作画面についても崩れることがほとんどなく、本当に安心して毎話見ることが出来ました。そして、当然中の人。ダチャーンとミズハスのコンビはほんとに最高です。鈴木達央、加藤英美里、宮田幸季、磯村和美などの回りを固める面子も良い味を出してます。個人的に一番好きなのは、ぼそぼそと回りから取り囲むような津田健さんのナレーションなんですけどね。そして、この作品には個人的にもう1つサブタイトルを付けたあげたい。「下野紘の正しい使い方」と。 「ひだまりスケッチ×☆☆☆」 5→5 過ぎ去りし思い出の日々。そんな、心にぽっかり大きな穴を空けて去ってしまったひだまり。次にゆの達の顔が見られるのはいつになるやらなぁ…… 正直、この3期は「予想外」の仕上がりであった。おかげで序盤は完全に肩すかしの形になってしまい、不満もぽろぽろとこぼれることになった。何が変わったかって、やはり大沼心、尾石達也という2人のメインクリエーターが抜けたこと。これにより、いわゆる「シャフト臭」が全く毒気のないものに変わってしまい、画面に流れるのは本当に何の裏表もない、「ゆの達の日常風景」になってしまった。あのゴリゴリの尾石節を期待していた身としては、この変化は正直ショックで、作品自体のクオリティも下がってしまったと感じずにはいられなかった。 しかしまぁ、見続けているうちに、「あぁ、これがあるべきひだまりの姿だったのかもしれない」と考えを改めるようにもなった。ストーリーは地味だし、アニメーションとしても動きが素晴らしいとか、構図が見事だとか、そういう話には一切ならず、わき上がる感情といえば敢えていうなら「平和だなぁ」というくらいのもの。しかし、それも当然ではあるのだ。だって、ひだまり荘は平和なんだから。 そう思えば、この「☆☆☆」も、確実に「描くべきものを描いたアニメーション」としての仕事は全うしている。新入り2人を加えてプロット自体はややこしいものになったが、それを限られた画面カットで何とか表現していたし、これまで培ってきた2期分の「ひだまり」を壊すことなく、無事にゴールインさせることも出来た。やんちゃだった子供が立派な大人になったような、そんな奇妙な達成感すら感じられるかもしれない。蒼樹うめという人が描きたかった「ひだまりスケッチ」は、本来こうあるべきだったのかもしれない。 個人的な好みでいえば、やはり2期までの悪ふざけが過ぎる構成の方が好きだ。しかし、そればかりが正義というわけでないのも当然の事実として認めるべき。史上屈指の「ほのぼの空気系アニメ」として、ひだまりはゴールにたどり着いたのかもしれない。とりあえず、スタッフの皆さんはお疲れ様でした。アスミスは、これからもよろしく。
「はなまる幼稚園」 6→5
不思議な作品でした。ここまで「特に何も無い」作品というのは珍しくて、例えば同じような「日常系ほのぼの」に分類される「ひだまりスケッチ」なんかでも、どこが描かれるべきポイントかははっきりしていて、ひだまり荘の住人を中心にした物語展開が確立している。3期も重ねれば吉野屋先生単独エピソードなんかも出来るようにはなるが、それはあくまでイレギュラーな事態であり、膨らんだ世界を元にしたものといえるだろう。 しかし、この作品はそうした「中心」がぼやけている。もちろんメインとなるのはつっちー・杏・山本先生の3つの視点だろうが、わずか12話しかない1クールの中で、メインの視点が山本姉妹の生活にうつったり、花丸先生にうつったり、桜先輩にうつったり、なかなか落ち着いてくれない。もちろんその中心には杏たちがいるわけだが、正直言って「杏とつっちーの幼稚園での生活」というものが充分に描かれた後ではないので、そこが中心であるという意識があまり働かない。おかげで、「世界が広がりを見せている」という以前に、「どこかふらふらしている」というイメージが先行してしまう気がする。 そうした奇妙な落ち着きのなさは、この作品の構造事態に起因している。主人公が中学生、高校生ならば感情移入も出来るかもしれないが、流石に幼稚園児ともなると、普通に考えれば「観察の対象」だ。つまり、視聴者の視点はつっちー達教員側に寄る。しかし、この作品の視点は、頻繁に杏たち園児の側に回るのである。もちろん、園児とは言っても過度に大人びているのでその思考についていくのは全く苦にならないし、1話でみせた独特の視点設定のように「園児目線だからこそ出来ること」もあり、充分に面白いものではある。ただ、ここからふいっと教員視点に立ち戻った時の振れ幅が、他の作品よりも大きくなっているのが特徴的なのだ。「園児の見る世界」と「園児を見る大人達から見る世界」はやはり異なった対象なのであって、それを同時並行で描くというのは、並大抵の労力ではない。この作品は、そうした「地味に難しいこと」にきちんと当たっていた作品だったのかもしれない。 個人的な感想としては、尺の短さもあり、どうもそうした「不安定さ」が落ち着かない作品になってしまったという気持ちはある。ただ、これは必ずしもデメリットであるというわけではなく、前述のように新しい視点も提供してくれているわけだし、コロコロ変わる内面をきちんと追いかけられれば、刺激の少ない「日常系ほのぼの」作品でも起伏のあるストーリー展開が実現できる。そのあたりの配慮はやはり目を引く部分で、毎週変わるエンディングなどは、意識的に「世界の多重性」を視聴者に訴えかけるためのツールであるとも読み取れる。突き詰めればこれは1キャラごとに与えられる視点が違うということであり、多少変則的な形の「群像劇」としての意味合いもあったのかもしれない。 なにやら偉そうな感想になってる気がするが、まぁ、結局は「可愛らしい子供達でほっこりしてればいいじゃない」というのが結論なんですけどね。柊師匠のさらなる活躍を期待しています。ものすごい余談だが、これを観ていて何となく気になり、途中でやめていた「こどものじかん」を改めて一気に読み直してみた。あの作品の場合は、視点は確実に教師側にあるので全くブレがなく、ストーリーも一本の芯が通っているので読みやすい。最初は「似たようなもんだろ」と思っていたのだが、やっぱり随分違う作品だったということが確認出来た。まぁ、本当に今更なんだけどね。 「キディ・ガーランドKIDDY GiRL-AND」 5→3 散々各話レビューで書ききっているので大してまとめることもないのだが、やっぱりこの作品は残念である。改めて考えると「前作がそこまで肩入れするほど面白いもんなのか」と言うのも定かでないのだが、それでもやっぱり、思い出が駄目にされるとしょんぼりしてしまうのは致し方ないことだ。 画面の説得力に関しては、シーズンを通じてそれなりのクオリティは維持していた。一応「萌え作品」にもカウントされるものであろうから、キャラ画が崩れてしまっては話にならない。そういう意味では、一応毎話毎話アスクールやディアは可愛らしいままだったし、例えば5話の細田直人回なんかは素晴らしかった。佐藤順一回とかもあって、実に贅沢なラインナップ。そういう「個々のクリエイターの実力を見せつけられる」媒体としては良い働きをしている。ただ、それだってやはり一過性のものでしかないので、全体的な出来不出来を評価する意味ではプラスにはなり得ない。シリーズ通しての画面作りというなら、むしろ艦隊戦闘のショボさや、その他アクションシーンの淡泊さ、無意味さを嘆く部分の方が多かったように思う。 そして、最大の問題はやはりシリーズ構成だろう。一応「SF能力者バトルもの」だったはずなので広げようと思えばどこまでも物語は大きくなったはずだが(そして実際に「逆襲のシャア」をやったんだから大きくはなっているのだが)、この白けっぷりはフォローの余地がない。トリクシー・トロワジェインの無駄死にっぷりとかはたまらないものがあるし、ラストバトルのアスクールの覚醒だって、特に理由も見いだせず、誰が強者で、誰が選ばれし者かも分からないままなので驚きもなくて違和感だけが残る。別に前代未聞のびっくりストーリーを用意しろというわけではないのだから、普通に理解出来て、普通に感情移入しやすいレベルの物語構築が出来なかったものか。 そして、最大の不満点は「どうでもいいメタネタの挿入」。ニコ動ネタに中の人ネタなど、もちろんそれだけでやれば受けるフィールドもあるのだろうが、完全にこの作品にとってはノイズにしかならない。前作にはそうした要素は全く無かったわけで、わざわざ新しく導入する意味が分からない。序盤に客層を引き込むための阿漕な道具立てとして使うだけならまだ許せる部分もあるが、この作品の場合、最も大切な最終話の締めに至るまで、この求められていないネタ要素を入れてきた。この構成は、流石に理解出来ない。一番笑えた部分は何かと聞かれれば、間違いなくDr.モローのアイキャッチだろう。もう、そこだけに特化してくれれば彼の業績も引き立ったものを。 個々の要素を見れば高水準な部分もあっただけに、本当に勿体ない作品。何が悲しいって、「2作目」がこれじゃ、1作目に戻って視聴しようという新規層が全く期待できないということ。アールヴたちも浮かばれねぇよな。一応、最後にお約束のフォローをいれておくと、メインをはった新人声優達は、手放しで褒められるレベルではないが、割と頑張ってました。内田彩と合田彩、そして高橋夢波。惜しくも衝撃の代表作というわけにはいかなかったが、今後はこの業界で生き残ることが出来るだろうか。ちょっと注目。 「テガミバチ」 4→4 何となく2クール見続けてしまった作品。結果だけを先に書くなら、可もなく不可もなく。おそらく与えられた原作を忠実に再現したものなのだろう。原作未読の人間からすると、「まぁ、悪くはないかな」と。 取り立ててピックアップすべきポイントも見いだしにくいのだが、一番印象的だったのは、やはりその画面の色調である。「夜が明けることのない星」とされるアンバーグラウンドは常に空が闇に覆われており、光の差さない地面も青を基調として寒色で染められる。更に主人公ラグ達のユニフォームも青が基調なので、油断するとすぐに画面の色調が落ち込んでしまう。そうした独特の画面効果をあまりデメリットとして出さずに、むしろそこに動くニッチのようなイレギュラーな動きを強調するための道具として使っている部分もあり、気遣いが感じられる部分は面白かった。 また、ラグの持ち技である赤針のエフェクトも見どころの1つで、表出した記憶が、アンバーグラウンドに降る雪とオーバーラップして舞い飛ぶシーンはなかなか面白い使われ方をしていた。回想が多重に絡むとややこしい状態になってしまうのは問題だが、それでもなるべく視聴者が混乱を来さないように、分かりやすい構成になっていたのはありがたい。 とまぁ、様々な画面構成については見るべき点も少なくなかったが、今のところ、どうしても話が地味だ。もちろん、原作もこの「地味だけどいい話」っぷりが持ち味なのだろうが、流石に筋立てが陳腐なものが多くて、のめり込んで涙を流せるかというと、どうもそこまでの説得力は無い。また、2期が決定しているとはいえ、最終回が完全に尻切れトンボの状態で終わってしまったのは、些か配慮に欠けていると言わざるを得ないだろう。2期に対する興味が最大限に惹かれる幕引きではあるのだが、1つの作品の締めとしては「俺たちの戦いはこれからだ!」エンドというのはやはりいただけない。2クールもやったのだから、もう少し「一応終わり」っぽい終わらせ方もあったのではなかろうか。 ……まぁ、2期が始まったら多分そちらも観るとは思うんだけどね。個人的には、やっぱりニッチ(とステーキ)が素直に可愛らしかったです。藤村歩は、本当に便利な役者である。 「のだめカンタービレ フィナーレ」 5→5 まぁ、こんなものではないかと。特に手放しで褒めるような作品ではないのだが、見ていて全く不満が出ない、そんな仕上がり。多分、原作もこんな感じなのだろう。 多少予想外だったのは、のだめと千秋の関係が「一応ゴールに」というくらいのところで幕引きとなった点。勿論決着を付けてくれないと終わらないだろう、とは思っていたのだが、最終話の決定的な千秋の「返答」にしても、割とあっさり描かれていてラブロマンスとしての重みはそこまで目立ったものではない。特に千秋は今作では(今作でも?)終始鬱々としており、恋愛を楽しんでいる様子も現れなければ、ゴールを迎えたことによる達成感もそこまで感じられない。もう少しあけすけに2人の関係を描くのかと思っていただけに、その部分だけが少し意外ではあった。ただ、のだめや千秋というキャラクターのことを考えれば、このくらいの決着が一番いい塩梅なのかもしれません。 その代わり、他のキャラクターたちは割と落ち着くところに落ち着いている。ターニャ達の関係も意外ではあるのだが、今回はのだめ達よりも回りの人間たちの関係性の方が詳しく描かれていたような気すらするので、すっと受け入れられるエンディングになっている。ルイの話なんかも同様。また、音楽関係の成長物語としてもあまり嘘くさくならず、無難なレベルでの「ハッピーエンド」といえるので、そのさじ加減には素直に感心した。少女マンガなんて少年漫画に負けず劣らずファンタジーで都合のいい空想ばかりのストーリーだという勝手な先入観があったのだが、割と地に足がついたシナリオラインだったので、拍子抜けではあったが妙に納得出来る。こういうバランスが、世間的に受けている理由なのかもしれません。 そして、アニメとしての全体的な出来だが、今期は人間関係を追う比重が過去2作に比べても高く、あまり演奏シーンでの独自の技術が見られなかったのは少し残念。ただ、それは過去2作で充分良いものを見せられたおかげで慣れてしまったが故に起こる贅沢な注文という気もする。今回だって、シュトレーゼマンがタクトを振るシーンなんかは、「へぇ、指揮者って本当にこんな風に見えて、こんな風に音を変えるんだ」っていうのが何となく分かったシーンとかもあり、独特のこだわりはちゃんと確認出来たしね。 ま、正直言うとそこまで熱心に見ていた作品ではなかったのでコメントも大したことは書けないのだが、結論を切り出すと「やっぱり川澄綾子は凄いよな」ってことでいいんじゃないでしょうか。そして伊藤静に大原さやか、佐藤利奈。やっぱり音楽アニメなんだから耳で観るに限るよね! 「クロスゲーム」 5→5 あだだだだだち、充。実を言うと、あだち充作品を最初から最後まで観るのって、あらゆる媒体で初めてだったりします。あ、嘘だった、一応「いつも美空」は連載当時リアルタイムで全部見てた。……というくらい、あだち充を知らなかったんですよ。にもかかわらず、気付けば1年という長丁場を特に意識せずに見られてしまったというのは、やはり何か奇妙な魔力みたいなものがあるんだろう。別に何が面白かったかと聞かれたら答えに詰まるし、かといってつまらなかったかと聞かれればそうでもない。やっぱりこの空気が独特なんだ。 敢えて理由を説明するなら、1つは「会話の含意を前提として見せる」という描写の手法がある。あだち充作品というのは、極端にネームが少ないシーンがあったり、動きの全く無いカットをただただ繋いで、バンクシーンのごとく同じゴールを用意している場合が多々ある。これらの描写というのは、意図的に直接的な台詞回しや行動を削ることで独自性を生み出す結果に繋がっているわけだが、そうした「どこか油断ならない」方向性は、ダラダラと流しておくだけで見るのはしんどいし、ちょっと勿体ない。きちんと画面構成まで見て、そのキャラが何を考えているのかをきちんと理解した上で台詞を聞かないと意味が分からなくなる(というか真意がとれなくなる)ために、どうしてもいくらか集中して見入ってしまうのだ。 また、そうした原作の味をアニメにうまく落とし込むことが出来たのもセールスポイントではあるだろう。野球の試合をアニメで描くのだからどうしたって動きは大きくなりがちだし、アニメの作り手ならば少しでも動かしてクライマックスの躍動感を出してやろうと思う気がするが、この作品の場合、そうした「アニメ的なお約束のサービス」を半端に付けるよりも、ひたすら「あだち風味」を押し出すことだけを目的としており、試合中だろうが、修羅場中だろうが、ほとんど感情も高ぶらず、ただ淡々と仕事を全うするキャラクターたちが蠢くだけ。この構成はやはり勇気がいる。 この作品のキャラクターたちはほとんどが低血圧かと思ってしまうくらいに動きがない。光も赤石も東も、みんな野球少年なのに老人かと思うくらいに達観しきっている。ちょっと喧しい青葉にしたって、どこか変なところでヒネたり諦めたりしている部分があって、そこまでキャピキャピとヒロインしてるわけでもない。ひょっとしたら、そういうぬるま湯みたいな作劇が、昨今のアニメでは珍しかったおかげで気持ちよかったのかもしれません。1話で思わずもらい泣きさせられたけど、最終回も不覚にもうるっときてしまった。我ながら単純だなぁ。そうそう、ここもやっぱり戸松ですよ。青葉が戸松で本当に良かったと思っている。 最後に、やっぱり野球というスポーツ自体が面白いんだろう、ということも付記しておく。淡々と試合の流れだけを描写してもきちんとドラマが確立するって、本当に希有なスポーツだ。時期的にペナント開幕と同時に終わってしまったのはちょっと寂しいね。そういや、この作品もそうだけど、原作とアニメがほぼ同時に終了を迎える作品って、成功例が多いね。ARIAとか、とらドラとか。きちんと構成を組み立ててから作品化してることの表れだからかな。 |
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プロフィール
HN:
Thraxi
性別:
男性
趣味:
声優のこと全般
自己紹介:
関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
大原さやか 桑島法子 ーーーーーーーーーー ↑越えられない壁 沢城みゆき 斎藤千和 中原麻衣 田中理恵 渡辺明乃 能登麻美子 佐藤利奈 佐藤聡美 高垣彩陽 悠木碧
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