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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
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 レプリカだって、ロジカルウィッチの夢を見ない、最終話! かくして思春期は終わりへ向かう。その心の動きは、誰にだってあり得るもので。

 綺麗に決まったどんでん返し。しかしその流れは約束されていたかのようで。素直からの急な呼び出しに応じるナオ。一瞬「富士宮から京都へ突然の呼び出しって交通費だけでも結構かかるが?」と思ったが、なにしろナオとアキの2人は便利な(?)レプリカ。本体が望めばすぐにでも出し入れ可能なので、この能力を使うと一方通行ではあるが瞬間移動が可能。これを活用すればちょっとした完全犯罪くらいは余裕のとんでもない能力だが、そんなことを考える人間には多分レプリカは作れない。気になるのは望月の野郎がほんとにナオのパンツを片付けたかどうかくらいである。まぁ、彼の性格からして、アキとナオにあんだけの信頼を寄せられたんだし、責任を持って粛々と事後処理を行なったとは思いますが。

 京都は嵐山、渡月橋に召喚されるナオ。レプリカのルール通り、本体が着ているレンタル着物の姿で登場し、しばらくは2人きりで双子のように対話を重ねるが、そこに秋也たちが到着したことで異変に気づく。なんと、当たり前だと思っていたレプリカの「認識判定」が無いという。この異常事態に「何かしらの変化が訪れたからレプリカの存在が薄くなっているのか!?」と訝しんだが、事前にレプリカ体験を済ませていた解説員の佐藤によると、これは例えるなら「階層のズレ」のようなものであるとのこと。なんと、レプリカと本体が自分たち以外から同時に認識されることはないのだという。これは正直びっくり。これまでの描写から、レプリカとは厳然たる「存在」だと思い込んでいたのだが……実際に振り返ってみると、そう見えるように巧みにミスリードされていたことが紐解かれていく。

 ネタバレになるから詳しくは触れないが、ちょうど少し前にこうした「自己と多重」をテーマにした作品に触れてびっくりした経験があったのだが、まさに今作も似たような衝撃展開。ルールが多少ややこしいので全部が全部飲み込むのは大変だが、とにかく「階層が違う」というのが佐藤の考えた便利な概念で分かりやすい。本人たちはレプリカを唯一無二の「自己の分化」と認識しており、どんな状況でも認識可能。しかし、第三者は本体とレプリカの「同時存在」を認められないため、同時に2人が存在する状況では本体の存在が優先され、レプリカは「消えて」しまうようだ。しかし、そこから本体が離脱してレプリカ単体が活動していると、それは本体の「存在の力」みたいなものに間借りして、実体として認識できるようになるという。確かに言われてみれば、これまでナオもアキも「被り」に注意して活動していたので、「他者から同時に認識されているかもしれない」と思える機会がなく、確認のしようがないルールだったのだな。電話のくだりも不確定ではあるし、リョウ先輩の事例も佐藤が説明した通りで一応は筋が通る。この話により、レプリカは確実に「1つ薄い階層」の存在であることが明らかになってしまった。

 そこから芋蔓式に導かれる結論。ナオは「素直に内在する優しさの顕現」であり、素直から見たら「理想像」であるのは当たり前だった。2人の差は「レプリカが縛られていた」のではなく、レプリカという理想を置いて、勝手に本体が落ちていたからこそ生まれた「落差」。素直も、秋也も、そして涼未も、理想の自分を望んでしまったがために、分化が起こってしまったのだ。であれば、「戻る」ことで2人は統合を果たすことになる。否、これは「回帰」というべきなのか。

 まぁ、ぶっちゃけ説明しづらい現象も残ってはいるのだが(素直が点数を見せるためにナオにスマホを渡したシーン、秋也目線でスマホの移動がどう見えてたのか、とかね)、こうして導き出された「レプリカの実態」は感覚的に理解できるものだ。結局は思春期。人格の分化はその後の自己形成へと至る必要なステップ。誰しもが一度は何かしらの形で発露してしまう自己言及の悩みが、たまたま妙な形で立ち現れてしまった若者たちのお話だったのだ。

 ナオの人生は間違いなく個として存在している。それはナオ自身も認めるところだし、アキからしたら自分と同じくらいに大切なものだ。それが「回帰」して無かったことになどしたくない。しかし、レプリカがその役割をまっとうするのであれば、それはたった1つの自我に行き着くしかない。一見すると残酷なようではあるが、陳腐な言い方をすれば「ナオもまた、素直の中で生き続ける」ことになる。それはきっと、アキと秋也の中でも同じことなのだ。別々の人生を歩むのではない。本体が歩み寄り、改めて、レプリカと共に生きるのだ。

 ラストシーンの意味は、受け手が自由に想像できるパートだと思っている。海に向かって、いつぞやのようにナオとアキが睦まじくしている。それはありえた未来の形かもしれない。そして、現在もはや表には出てこなくなった、「本当の心」を描く心象風景かもしれない。2つのレプリカの生きた時間は、決して無駄ではないのだ。

 
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