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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
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 ラストの「平行線」はズルいよなぁ……最終話。そうなってしまうか。それこそが花火の選択。

 まさにエピローグといった趣の1話。短かった青い春が終わり、それぞれがどこかで成長して、変わっていく。若さ故の特権かもしれない。

 鐘井は……メガネがコンタクトになった。「メガネが壊れたから」ってのは花火が見抜いた通りに言い訳だろうけど、あの日の温泉宿のことが一つのきっかけってのは本当かもしれない。そして、茜が必死にコンタクトに変えるように主張したこともなんだか容易に想像出来てしまう。おそらく、癪だったんだろうね。自分ばかりが鐘井に変えられてしまうことが。気付けば理想からはほど遠かったはずの鐘井に丸めこまれて変わってしまった茜さん。そんな「被害者」サイドは性に合わぬと、何とかして男の方にも影響を与えようと思った末の苦肉の策がコンタクトだったんじゃなかろうか。少しでも鐘井のイメージを変えて、自分の支配権を主張してみる、そんな精一杯の抵抗。まぁ、そんなことで鐘井はビクともしないんですが……。なんか、2人の関係性が見えてくる微笑ましいお話である。

 茜は変わった。変えられた。その顛末は前回であらかた語られてしまっているので今回はその後日譚ということになるが、教室での花火とのやりとりは彼女の変化が見て取れる面白い振る舞い。まず、鐘井の手を取って引き止めるという行動。これまでの茜なら、2つの意味でそんな行動には出なかったはず。1つは、「昔の女」のところに男を向かわせ、男の方から「勝利宣言」してもらう方が彼女にとって優越感が高まるから。そしてもう1つ、「男を他の女のもとに向かわせたくない」なんて感情はこれまでの茜には無かったものだから。彼女はおそらく、鐘井が花火に気遣おうとしたことに軽い嫉妬のような感情を持っていたし、「ライバル」だった花火に対しては、直接自分から言葉を渡したいと思ったのだろう。その結果が「ブーケトス」である。「当事者意識」の無いこれまでの人生を変えてしまった鐘井に対しては愛憎入り交じった感情はあろうが、その鐘井を見続けていた花火に対しては、何らかの畏敬の念や、同じ困難に向き合って戦った戦友みたいな感情もあったのかもしれない。花火の前では仮面を外し、「下の顔」を見せてくれる茜。今後は、案外良い姐さんとして花火の人生をサポートしてくれるのかもしれない。

 モカは、なんか別次元で大きく羽ばたいていた。元から脈無しと分かった上で麦に突撃するという爆弾娘だっただけに、最後のデートから吹っ切れて「可愛くなる」という手段だけが残った状態。目的を失った手段は更に先鋭化されたが、その結果として自由を手に入れ、なんだか周りからの評判も上々の様子。文化祭時点では何一つ消化出来ずに燻っていた花火からは、「自分の足で歩く」モカはさぞかし鮮烈に見えたことだろう。

 えっちゃんは、最後までえっちゃんだった。髪を切ることは、典型的には女性の失恋を表す。まぁ、彼女もそうした意味を込めてないといえば嘘になるだろうが、過去との訣別は決してネガティブな意味合いだけでなく、新しい人生のスタート地点とも言える。恋愛感情を殺しきり、新しく重ねていく「友達」としての花火との関係。おそらく隣には篤也もいてくれるだろうし、彼女の青春も始まったばかり。もちろん、あわよくば花火の隣のポジションは狙っていくだろうが……やっぱり強いよね、えっちゃん。

 麦は……分からない。結局、前回の玉砕以降、麦がどのように日々を過ごしてきたかは描かれずじまいだったし、花火の目を通しても、彼の中にあるものは見えてこなかった。あくまで、花火の鏡写しとして、麦が存在している。

 では、その花火はどうだったか。今回は全編が花火視点で描かれ、彼女の変化が少しずつ彫り込まれていく。大きな変化は、他者との関係性を改めたことだろう。今回、花火は色々なキャラのところを回って事後報告をするレポーターのような役割も果たしており、彼女自身がどのように変化したのかは最後の最後まであまり描かれないのだが、一番はっきりと変化があらわれたのは告白されたあのシーンだろう。かつては「興味のない人間から向けられる好意は気持ち悪い」とバッサリ切り捨てていた花火。しかし、今の彼女は他者を考える余裕と、強さを身につけている。想うこと、想われること。そうした感情について大きな経験を積んだ彼女は、相手に対して感謝の意を述べた。

 そして、終わった花火と、終わった麦。2人は偶然にも倉庫で再会を果たし、「戦果報告」を行ったようだ。2人の契約はそういう前提の下で成り立っていたのだから、ある意味当たり前の過程であろう。「互いに振られるべく、それまでの期間を恋人でいよう」。紆余曲折はあったものの、2人は結局最初の「契約」を全うしたのである。そして、その後は……。

 正直、ここから2人の物語が始まるのだろうと高をくくっていたのだが、この作品は、そんな甘いことは許さなかった。花火は成長した。麦も成長した。どうしようもない「クズ」だった2人は、大きな喪失を経て、一歩大人に近づいた。打算と見栄で形作られた恋愛は、終わりを告げたのだ。「クズ」なればこそ、二人は関係をやり直すという選択肢もあったかもしれない。しかし、新しい一歩を踏み出すに当たって、それは「正しい」選択肢ではないのだ。互いを嫌というほど理解しているからこそ、お互いを見ないことこそが正解なのだと分かっている。どこまでも続く「平行線」。それが2人の関係。

 太陽系を抜け出したら、ひょっとしたらこの平行線が交わる機会もあるのかもしれない。でも今は、まだその時ではないのだろう。

 嗚呼、平行線。

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 茜ノ始末、第11話。こんだけやりたい放題やっておいて、颯爽と去っていく茜先生、あんたやっぱりいい女だったよ。

 前回が「ずっとラスボスだと思ってたけど、神にはチェーンソーが効いたんだ!」というお話だったが、今回はその神が「なんでチェーンソーなんて食らったんだろう?」って必死に考えて、やっぱりチェーンソーを攻略出来ないっていうお話。しょうがない、持って生まれた個性だもん。いくら内省したところで勝てないものは世界にいくらでもあるのだ。しかし、こうも覿面に茜に効くとはやっぱり意外だった。というか、この世界には様々な「クズ」がおり、そのボス格が茜だったはずなのだが、それすらもひょいと飛び越えて、もはやサイコパスなんじゃないかというくらいに尋常ならざる感性を持っているのが鐘井だったのだ。おかしいやろあの男。

 この世界、例えば花火にしろ麦にしろえっちゃんにしろ、下手したら茜にせよ、何となく「あぁ、こういう感情ってあるなぁ」という共感を呼び起こす部分があり、最悪でも「こういうヤツいるよな」っていう理解は可能なのだが、鐘井だけは、そういう範疇を飛び越えている。だって、理解出来ないもん。今回下手したら作中で初かもしれないが、温泉のシーンで鐘井のモノローグが入った。彼は、こんな「不倫旅行」にきているというのに、本当に心の底から星を見ることしか考えていないような人間である。脳内お花畑とかいうレベルじゃない。脳内プラネタリウムだ。そりゃぁ、「クズの頂点」たる茜さんにとってはむしろ天敵と言える存在。茜の行動原理を確立させるためには、相手に自分の手が届く認識を必要とする。男性ならば「馬鹿で性欲中心、そのくせ茜が他の男とくっつくと嫉妬心をむき出しにする」という存在、女ならば「茜に男を取られて憎しみと羨望を向けてくる」という存在。そうして他者の存在を一意に定めることによって、「相手の目から見える自分」を認定して、茜は相対的に自分の位置取りを決める事が出来る。麦が言っていた「役割」の話がこれにあたり、他人にどう見られるかがもっとも重要な要素で、写し鏡のようにして、他者に反応をフィードバックすることで、茜は生きてきた。それを見ているのが客観視点の茜であり、「当事者意識」を持たずに常に「自己と他者」の距離を測りながら、そこに自分を配役していたのである。

 しかし、チェーンソーにそれは無意味だ。何しろ、考えていることなどさっぱり分からないのだから。「男漁り大好きビッチやで」と自己紹介をしたところで、「まぁ、僕は好きだからそれでいいです」と言ってのける。「茜さんが元気でいればどれだけ股を開いてもけっこう」という。NTR属性とかいう生やさしいものじゃない。「自分から見える茜」が、自分の理想通りに綺麗であればそれでいいのだ。ある意味、究極の利己主義者なのである。だってさ、鐘井が茜に一目惚れしたのって「長い髪が綺麗だった」からでしょ。ルックスに一目惚れして、しばらく付き合ってこんだけすったもんだがあったにも関わらず、「目の前に茜がいる」というそれだけで満足し、あまつさえ結婚を申し込むところまでいったのだ。つまり、鐘井の中で、未だに茜は「すごく綺麗な何か」であり、見ているだけで満足出来るもの。ブリッ子をやめて蓮っ葉になろうが「見えている図」さえ変わらなければ構わないと言ってるわけで、究極の面食い、究極の上っ面。人間性の全否定だし、実際には全肯定。もう、そこに他者による共感はあり得ない。

 神をも上回ってしまったモンスターを前に、茜は何とか「客観視」で打開策を見出そうと奮戦するが、メガネを破壊して唯一の付け入る隙だった「遠慮」とか「照れ」みたいなものすら乗り越えてしまったモンスターには歯が立たない。ペースを崩され、あれよあれよと攻め入られ、気付けばあっという間にゴールラインを割っていた。迷いがないから攻めも苛烈だった。茜はこれまで出会ったことがない対象に何とか自分を映し出そうと努力した結果、最終的には今まで見たこともない自分がそこには映し出される。そして、それこそが「変わった茜」であり、麦を絶望させた存在。仕方ないんだ。これまで長年1つの生き方しかしてこなかった人間は、まさか別な生き方があるなんて考えもしない。茜だって、自分は死ぬまで男漁りを続けて、他者の感情を食らいながらクソビッチ族で生きていくつもりだったのだ。それを脇から支えるだけの男がいるなんて、思いもしない。そして、そんな存在が現れた時に、それが不快感や違和感につながらず、よもやの安堵感につながるなどと。まぁ、浮気はしますよ、多分。それも含めての結婚生活だろうし。突然目が覚めて、鐘井を放り投げて野に下る可能性だってあるかもしれません。でも、それは少なくとも、鐘井というチェーンソーの攻略法が見つかってからだ。そうでもしないと、茜の溜飲は下がらない。自分をこれだけ苦しめた憎き朴念仁に、茜はこれから一生かかって仕返しをしていくのだろう。なんだこのハッピーエンド。

 そして、当然そんな展開は寝耳に水なのがアンハッピーエンドを迎えた麦である。麦くんも頑張った。精一杯、出来る範囲で茜を捉えようと努力した。そして、その幾らかは茜にダメージもあたえたし、案外攻略の糸口くらいは掴めていたのかもしれない。だが、それが成就しなかった要因が2つ。1つは、やはり茜の方が上手だったこと。結局麦は、ギリギリまで茜と同じステージで戦い続けようとしていたわけで、そうなればどうしたって実力差が出る。「似たもの同士」のクズ道において、茜を凌駕するのは男子高校生には荷が重い。彼女を打破するためには、鐘井クラスの埒外の爆弾が必要だったのだから。そしてもう1つの要因は、そうして打破したとしても、茜は「変わってしまう」ということだ。鐘井の手によって変質した新たなステージの茜は、もう麦が見ていた女性とは違う存在。客観から抜け出し、主観を手に入れた新たな人生。そうなってしまうと、「クズ女センサー」を持つ麦のゾーンからは外れてしまう。どれだけ愛そうとも応えてくれない無敵のクソビッチ族だったからこそ、茜を追いかける意味があった。何かを堕とされた「別な茜」を見ても、麦には絶望感しか湧いてこない。あの日の女性はもういない。どうあがいても、麦の「初恋」は叶わなかったのである。

 こうして幕を閉じた茜ステージ。残されたのは、コンティニュー待ちの2人だけだ。まぁ、最後は、ね。

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 ラスボス攻略戦、第10話。全知全能だと思ってた神に、案外チェーンソーが効いたぞ、みたいな話になっとる。

 1話まるまる茜先生のターン。なるほど、前回までで花火周りの雑事は片付いたから、今度は麦の周りの処理。そして、そこにはいつも通りのラスボスが控えていたわけで。

 茜は麦のことを「自分と似ている」と言っていた。かつて花火にも同じようなことを言ったことがあったはずだが、一言でまとめれば「クズ」という属性という類似点も、こうして突き詰めてみると大きな差異はあるものだ。花火が「クズ」であるということは何度か語られてきたが、ひどく利己的で、他者を省みない性質以外には、実は茜との類似点は多くなかったかもしれない。しかし、男女の関係という側面において、茜と麦は確かに「似ている」。他者から向けられる好意に育まれた自意識と、優越感からくる冷淡な行為。「持つ者」特有の傲慢さは2人の共通点と言えるだろう。ただ、2人の間にある大きな隔たりは無視出来ず、それはおそらく思い人の有無であろう。麦は中学生時代に自分の上位種とも言える茜に出会い、彼女に恋をした。他者からの好意をどれだけ受けようとも、茜という本命からは決して好意が返ってこないことが分かってしまい、優越感と劣等感の間で奇妙な「クズ」である麦が醸成される(モカは完全に被害者である)。

 それに対し、どうやら茜は向けられる好意にはどっぷりと首まで浸かりながら、自らが向ける好意というものを認識したことが無い。高校時代の初体験について語られていたが、モノローグから感じ取れるのは、彼女がその行為に対して作業としての必要性以外を感じていなかったということ。相手との関係性ではなく、そこから構築される周囲の視線、羨望・嫉妬などに意識を向けていたこと。彼女にとって、男女関係とは一種のステータスでしかなく、そこに2者の関係としての重要性を見出せなかったのであろう。

 こうして出来上がった皆川茜という化け物に対し、麦は太刀打ちする術が無い。「自分と同じ生き物」だと思っていたら、そもそも攻略の糸口すら掴めないのだ。彼女にとって、男女関係・肉体関係・恋愛感情と言ったものが自分とはまったく違う概念だったことを知る必要があったのだ。まぁ、普通に考えたら、2人の立場を考えればそこまで茜に踏み込むことは出来なかったのだろうが……ここでイレギュラーが現れる。キングオブ朴念仁、鐘井の存在だ。

 茜は鐘井を評して「つまらない」と断じる。まぁ、典型的な草食系、害も無ければ益もない、面白味に欠けた対象なのは間違いない。彼女がこれまで付き合ってきた男に「こういうタイプ」はいたというし、麦さん曰く「男の性欲に感情を求めるな」なわけで、茜が一定以上のアプローチを見せれば、それに対する男のレスポンスなんて決まっているのだ。誰だってそーする、俺だってそーする。つまり、茜が「男はつまらない」と断じるのは、そこに必ず茜のルーティーンとしてのアプローチが存在し、男という生き物はそれに対する応え方が一種類しか存在しないためだ。しょうがないじゃん、そうするしかないんだから。

 しかし、そんな茜の必殺のショットに対し、鐘井は想定外の反撃を行った。否、反撃をしなかった。「一回寝たからあとはOK」とか、「恋人どうしになったんだからあとはいいよね」とか、そういう不文律すら、彼の中には存在しなかったようなのだ。まぁ、そこだって個人レベルの問題だから違うパターンもあるのだろうが、茜側から送っているサインは間違いなく「そういう」関係。しかし、鐘井は想定通りのレスポンスを送らない。茜のマニュアルにこんな事例は無い。まぁ、マニュアルに載ってないようなイレギュラーなんてポイと捨てて別なのに乗り換えればそれで終わりのはずなのだが、おそらく茜の人生には今までそうしたイレギュラーは存在せず、想定外の事態に対応が遅れてしまったのだろう。すんでのところで「これ、いらないヤツじゃん」と決断し、切って捨てようとしたところに現れるクソ男。毎度のことながらいいところでいい仕事をしてくれるヤツだが、今回は鐘井を切る決意をした茜さんを外から援護射撃する形。多少乱暴にはなったが、想定外の方向から切り口を入れてくれたのだから、あとはそこからビリビリと引き裂いてやればいい。ヒト目ヒト科クソビッチという生き物は、鐘井の想像の埒外にありますよ、というなかなかキレのある別れの文句だ。

 しかし、ヒト目ヒト科朴念仁も、茜の想像の埒外だった様子。好意を向ける対象が、他人に奪われても構わない。クソビッチだろうが何のその。鐘井のパワーは、意外なところで発揮された。はたしてNTR属性なのか、それともおおらかすぎる性観念の持ち主なのか。その底は茜には計り知れないが、想定外に更に想定外を重ねられ、茜マニュアルはフリーズ&エラーを吐き出す。順風満帆のビッチ人生は、初めて暗礁に乗り上げたのである。まさかの打撃、貪欲を打ち崩す無欲。次元が違う生命の交差は、あり得ない科学融合を引き起こすのかもしれない。

 困っちゃう茜先生。「男が分からない」という状況は生まれて初めてのことで、腰さえ振ってればいいと思っていた猿が自分の思惑の外から手を掴んできた。何とか鐘井の行動に理由をつけ、自分に都合のいい解決を思いつかねばならない。手っ取り早い相談相手は当然麦で、彼の口からの返答はちゃんと彼女のマニュアルに載ってるヤツだ。当たり前だ。「似ている」のだから。しかし、こうして困惑する茜を見て、察しの良い麦も彼女の攻略ルートに当たりをつけてきた。神に正攻法は効かない。それなら、こちらもチェーンソーで突っ込むだけ。麦の無謀とも言える攻めに頬を赤らめ困惑する茜だったが、果たして彼女に見えている「イレギュラー」は麦その人なのか、それとも、自分の人生を狂わせる鐘井の幻影なのか。

 煮詰まって参りました。頑張れ茜先生、ここが勝負の分かれ目だ。

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 えっちゃん編決着、第9話。2人の関係はむしろ始まったばかりなので決着ってのも変な話ですが、今、一つの百合が終わり、ここからが真の百合の幕開けなのです。

 本当にせんのないことだけど、時たま真面目に考えてみたくなることがある。「百合好き」にとって、望ましいゴールって一体どこなんだろう、と。我が心の百合バイブルは「ささめきこと」なわけだが、もちろん「マリ見て」のような関係性だって充分素敵だと思う。しかし、「ゴール」とは何かはなかなか難しい問題。まぁ、普通の男女関係だって「ゴール」って何かと問われたら答えは無いのかもしれないが、百合の場合にはそこが更に曖昧だ。

 高校生という年齢を考えれば、花火とえっちゃんに訪れうるゴールは割と簡単だ。「2人が正式に恋人宣言をしてカップルになること」。アニメーションの百合関係としては珍しく、2人はすでに肉体関係はクリア済みなのだが、花火の方に麦・鐘井という「隠れみの」があったせいで、2人はあくまで「身体だけの関係」を維持していた。そこで、えっちゃんは花火の二重失恋(?)を契機に、駄目もとで「ゴール」を狙ってみようという最後のチャレンジに挑んだわけだ。場所は避暑地の大定番、軽井沢の別荘。男女の仲ではそう簡単に2人きりの旅行なんてセッティング出来ないし、出来た時点でもうクリアみたいなところがあるが、女性同士ではそうもいかない。あくまでも表向きは「友達どうしの夏の行楽」。その裏にある意味を2人とも分かっていたとしてもだ。

 事ここに及んで花火が「クズ」であり続けているのは、そうした「本当の意味」を分かっていながらも、傷心旅行のためにホイホイと誘いに乗り、えっちゃんに期待を持たせてしまうところ。鐘井との関係が断たれ、麦にも裏切られ、そこからえっちゃんの胸に飛び込んでなにもかもを投げ出したい、というなら、それはWIN&WINの関係なんで問題無い。しかし、えっちゃん本人が言っている通り、「花火は絶対自分のものにはならない」のである。花火から好意は向けられない。それでも、2人きりの旅行には来てくれるし、同じ布団に入って受け入れてもくれる。そんな状況に「親友」を放置するのだから、本当に最低なのだ。

 しかし、そうして2人きりで悶々と避暑地の日々を過ごすことに待ったをかけた救世主が1人。えっちゃんの従兄弟・ノンストップKYボーイの篤也である。前回も書いた通り、彼は今作では数少ない「クズじゃない」側の人間。いや、確かに空気を読まずグイグイ来るのは明らかにアンフェアだし、違法行為になってる可能性すらあるが、行動の裏に含みを持たせたりしないし、自分の意志をはっきりと伝えてから相手の反応を待つあたりは紳士。相手のことも考えられるし、自分の立場もある程度わきまえている。彼がもし「クズ」に見えるのだとしたら、周りと取り囲む環境の捻れ具合がおかしいだけなのだ。「2人きりの日々」というベストコンディションをぶち壊されたえっちゃんは当然キレるわけだが、こうして怒りを買うのも篤也の想定の内。「最後に最高の思い出を」なんて身勝手で刹那的な選択は許さない。えっちゃんを締め上げて崖っぷちに立たせ、更に花火にも脅しをかけることで、「この旅行中の」決着を確定させる。ひどいようにみえて、これはファインプレイである。何しろ、今の花火だったらマジでえっちゃんの肉食パワーに押されて丸め込まれていた可能性は低くないのだ。えっちゃんにブレーキをかけることでそうした「なし崩し」を未然に防ぎ、更に真性のクズである花火に釘を刺すことでなあなあの結末を許さない。2人の未来を考えれば、篤也の立ち回りは本当に見事なものだった。

 結局、「これを最後に潔く散る」というえっちゃんの男らしくも儚い計画は実現してしまう。どれだけ心の隙間を狙おうと、やっぱり花火は自分のものにはならなかった。2人の関係は百合ではないのだ。百合少女と、それを受け入れるだけのノンケの少女の友情物語なのだ。2人の間に広がる決定的な溝は、(分かっていたことだが)この旅行で決定的になり、えっちゃんは2人の未来、花火の未来を思い、身を引くことを宣言する。苦しいのは自分だけ。花火はこれから新しい出会いを探していく。そう思えば、辛くはあるが思い出にはなるだろう。

 しかし、そんな美しい幕切れを、花火は認めない。「親友」の一世一代の決断を、花火は踏みにじる。恋人にはなれない。えっちゃんの望むような関係性は訪れない。しかしその上で、新しいステージは見えそうな気がする。そこにあるのはこれまで以上の友達関係。まさに「友達以上・恋人未満」という贅沢な繋がり方だ。そんなことを言われても、えっちゃんは当然キレるだけだ。自分の決意を何だと思っていやがる。そんなお為ごかしのお友達ごっこなんかやってられるか。しかし、花火のわがままは止まらない。「慣れるまで待つ」とか言ってのける。あくまでおかしいはえっちゃんの方。自分が望む新しい関係性に、何とかして合わせろ。お前の本心などぶち壊して、作り直して、私の望む関係性を構築しろ。花火はそう言っているのだ。

 本当に救いようのない、エゴイスティックな物言いだ。しかし、こうして花火が臆面もなく「本心」をぶちまけられたことは、えっちゃんの功績であったのだ。どこか醒めたスタンスの花火の心に、ここまで食い込めたのはえっちゃんだけだったのだ。だからこその無茶振り、だからこそのわがまま。いわれた方はたまったもんではない。しかし、この選択は、同時にえっちゃんを救いもする。「自分が儚く散って消えてしまえば済む」という今回の結論は、確かに綺麗ではあるが、あまりに一方的で救いが無い。えっちゃんはずっと花火の亡霊を背負いながらこの先の人生を生きていくことになるだろうし、花火もそれを重荷にしてしまう。潔いように見えて、刻む傷跡の大きさを考えれば実はかなり加虐的な幕切れなのである。花火は、それを止めたのだ。

 「決して自分に向かない好意に挑み続け、破れたから新しい関係を築け」なんて、それがどれだけ辛いことかは今の花火が一番よく知っていることだ。しかし、だからこそそこで終わってはいけないという思いがあったのだろう。自分の中で鐘井をただの思い出にするべきなのか。すっぱり切れたと思い込み、新たな人生を歩めるのか。それが出来ないと分かっていたからこそ、花火はえっちゃんを引き止めたのである。たとえ今は苦しくても、出会いを、絆を失うようなことをするなと、無理難題を押しつけたのである。これが花火の最大限の「友情」。そして、それを受けるしかないえっちゃんの「愛情」。二人の関係性は百合なのかどうか、結論は出ないが、少なくとも汚くはないし、忌むべきものでもない。ただ、答えが出るまでにはしばしの時間を要するのだろう。

 さて、こうして幕を閉じたえっちゃんとの関係性。新学期になって花火は気まずさを抱えながら学校に向かうのだが……花火の脳裏をよぎるビジョンは、なんとえっちゃんよりも先に麦なのである。まぁ、そこが「本当」か「嘘」かの境目なんだろうなぁ……。そんな思われ人の麦は何をやっているかというと……家庭訪問プレイです。DMMの広告ですすめられるようなヤツです。茜さんは相手を興奮させるためだったら何だってノリノリです。もう、本当に最高に最悪です。DEAD ENDしかないと分かっているルートを選ぶしかない麦さん。本当にもう……。

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 恋の終わりってなんなんでしょう、第8話。長らく保留してきた関係性に決着をつけるお話。しかし、その行く先は千々に乱れ。

 毎度のことながらターニングポイントとなるお話。前半パートは、とりあえず本命の2人の前にえっちゃんのお話が挿入される。メイン2人を中心に考えるとえっちゃんって単なる当て馬なんだけど、彼女だって立派に恋愛に悩む1人の女の子。花火との関係性はどう考えても現時点で打ち止めだし、「恋の終わり」をどのように用立てていいものかは本人が一番悩んでいるところ。そして、そんなえっちゃんサイドにもちゃんと別ルートは用意されていてね。なんだかつかみどころのない彼女の従兄弟・篤也。どうもコミュ障の気があるようなのだが、そんな面倒な男も気楽につきあえるのは血縁の強みか。久しぶりのの再会の時には突発的な行動に出てしまってせいでえっちゃんに殴り飛ばされたが、そんな最悪の再会イメージのわりには、現在は2人でお茶出来て相談相手になるくらいの関係性は復元出来ている。というか、出会い頭のハグに引き続き、篤也側から猛烈なアプローチを繰り返しているために、えっちゃん側も無下には出来ないというところだろう。まぁ、こんだけストレートに綺麗だのなんだのと褒めてくれる人間がいるなら、悪い気はしないよね。えっちゃんは「自分は男を愛せない」と思い込んでいるために恋愛に発展してないわけだが、篤也はそんなえっちゃんの態度を欺瞞であると見定め、理路整然と彼女の牙城を打ち崩さんとしている。ずけずけと上がり込んでくる態度はいくらか傲慢ではあるのだが、まぁ、今のところ間違ったことはやってないのかな。花火が手の届かない存在になって新しい「ゴール」を模索し始めたら、えっちゃんも何かに気付くことがあるのかもしれない。

 場面変わって麦の家、告白することを決意した花火と麦の2人。相変わらず奇妙な関係性を維持していた2人だが、勢い任せのスキンシップが加速すると、どうにも自分たちの中には今までと違った感情が生まれてるみたいだぞ、ということを自覚しないわけにもいかないようで。そりゃね、ごっこ遊びでもそれなりの時間を2人で過ごしていたのは事実なわけで、お互いを知ってから生まれる感情ってのはあるもんですよ。互いが互いを「代替物だと思っている」と思っていた関係性。花火の何気ない一言から、麦の心も揺れ、その揺れを見た花火も揺れる。互いのゴールは一体どちらのルートを選べば良いのか。歪んだ関係性を続けていたせいで、自分でも感情の処理が追いつかない様子。しかし、決めたルールは守らなきゃいけない。互いに告白の期日を合わせ、お互いに失恋しに行く約束を取り付ける。もちろん、その失恋の先に、新しい関係性が確立されることも臭わせた上で。

 第1試合は麦VS茜。もう、茜さんのLINEアイコンがウサギの時点で色々とお察し。ウサギは人間同様に年中無休で発情出来る動物らしいですからね! 麦穂がアイコンの麦は、完全に「ウサギの食い物」ですよ。白いレースも眩しいお衣装に日傘という、サークルクラッシャーもびっくりの装いで登場した茜は、麦の誘いの意味を大体察した上で待ち構える狐である。心臓バクバクで主導権を握られた麦に勝ち目などあるはずがなく、彼の心情通り、レベル1対ラスボスの様相。そして、麦自身は分かっているはずなのだ。「好きでした」と告白し、「全てを知っている」とぶちまけた上で自分の下を去ろうとする若い男なんて、それこそが茜の一番の好物だってことを。近づいても手が届かない。そのくせ離れようとしたら絡め捕られる。そんな魔女の手管に吸い込まれ、麦はめでたくゴールイン。そこには麦の意志など残されておらず、全ては魔女の思うがまま。そういえば、茜は麦が花火と偽りの関係性を構築していることにも気付いてるわけで、その先に「新しい関係」を狙っていることだって感づいている。つまり、花火の新しいステージを奪い取るなんて、まさに彼女の本領なのである。分かっていても、麦にはどうすることも出来ないのです。

 第2試合は全く趣の違うマッチメイク、花火VS鐘井。こちらは陽光の下で「白い肌」を晒していた麦たちの対話とは真逆で、夜の静まりかえった公園で繰り広げられる告白劇。その中身も麦たちとは全く逆であり、改めて溢れ出る「好き」に打ちのめされる花火と、それを理解し、最善の(と本人が思っている)方法で応える鐘井。こちらもある意味予定調和ではあるのだが、いざ本人を前にした時に想像以上の感情があふれ出して止まらない花火が本当に切ない。麦の発した「好きでした」は、自分の身を守り、新たな地平を切り開くための進歩的告白。しかし、花火の「好きでした」は、あくまで鐘井の気持ちを尊重し、無理な願いで相手を困らせないための犠牲的告白。彼女は間違いなく、今でも「好きです」のはずなのだ。しかし、その言葉を発して相手を困らせることなど、彼女には出来ない。大丈夫、自分には麦という逃げ道がある。そう必死に言い訳をして、クズとしての信念を全うすることで、彼女は何とか初恋を乗り越えることが出来るのだ。

 打ちのめされた花火。本来なら失恋を終えて落ち合うはずだった2人。しかし、麦はその場には現れないだろう。逃げ道を用意したが故の残酷な結末。この恋にゴールはあるのか。

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 やっとモカのターン、第7話。この1話のために溜めて溜めて来たんでしょうか。改めて、本当に不憫な子やなぁ。

 茜の手の平の上で弄ばれる現状を何とか打開しなければいけない花火と麦。それぞれが、自分たちに向けられる「好意」の扱いをどうにかしなければならぬというので、随分方向性の違うソロ活動に勤しむことに。まず、花火さんの方の迷走は非常に分かりやすい。やってることは基本的に前回と同じで、たまたま知り合ったチャラ男(タクヤ)にほいほい着いていき、何とか自分の魅力をアピールして茜という魔女に追いつけ追い越せが狙いなのだが、如何せん、その実体は単に背伸びしてるだけの女子高生である。前回カラオケで処女カミングアウトなんかもしてしまったし、経験値の差を暴露されてしまえば相手は余裕も出来る。後は完全にコントロールされる形で常にイニシアティブをとられ、当初の目的とは真逆の関係性に振り回されるだけ。自分に好意を向けてほしい、自分の存在を他者から認められたいという願いは空を切り、再び他者への依存を高めてしまう結果となった。駄目だよ花火さん、その関係性には何の意味も無いよ。まー、そんな花火の焦りを充分に理解していいように振り回してる男の方もひどいのだが、「男なんてそんなもん」と言われれば、まぁそうなんだよな。目の前に分かりやすい獲物がいれば、そりゃ美味しく頂く方向でプランニングするからな。結局、花火さんがこの日手に入れたのは、どうしようもない敗北感と、徒労だけ。

 他方、麦の方はというと、これまた全然違う関係性である。花火が行きずりの男との関係性で四苦八苦しているのと時を同じく、麦は生まれた時からの腐れ縁、幼馴染みとの関係性を計りきれずになんだか残念なことになっていく。モカとのデートにOKを出したのは、麦からしたらほんの気まぐれ。正式に付き合いだしたはずの花火が全然自分の相手をしてくれないし、最近は早川先輩との割り切った関係も一段落してしまった感もあり、この辺りでもう1人くらい女の子に自分を見てもらって、自分の立ち位置を再確認する狙いもあったのかもしれない。今の自分が迷子なら、ずっと昔から自分を見てくれているモカは分かりやすい指標になり得るのだ。

 もちろん、モカの方もそんな麦の態度が気紛れであることは重々承知している。しかし、これまでただひたすら純愛を貫いてきたモカも、周りに花火という不穏分子がいる状態ではなりふり構ってられない。「麦は自分を見ていない」ということを理解しながら、この千載一遇のチャンスで何かをもぎ取らんと画策する。しかし、デートの時間が過ぎるにつれ、そんな自分の救いようのない状況を思い知らされることになり、こちらも出口のない袋小路に。麦は何を考えている、自分は何がしたい。グルグル巡った思考の迷路の果てには、「今日一日は思い出の中に閉じこめてしまえ」という破滅的で現実的な結論があった。仕方がない、鴎端のり子の純愛には、そこから先に進んで麦を苦しめるという選択肢は無かったのだから。

 しかし、そうしてモカが苦しみ、後ずさったことが、かえって麦を引き止める結果になってしまう。そう、麦というヤツは、自身もクズであり、クズ女に引っかかるレーダーを持っているのだ。これまでずっと「クズ」カテゴリの人間としか関係を持っていなかった麦にとって、ここで一歩引いて消え失せるモカはあまりにも異端。あまりにも特別。思わず引き止めた麦の手により、モカは最後のステージへと進むことになる。麦の歪んだ心を打ち壊し、新たな男女関係を形成する最後のチャンス。今までのモカならば、麦が現時点で様々な人間関係に苦しんでいることは知っているのだから、ここで押し進もうとはしなかった。しかし、よりにもよってこんなところで芽生えてしまうモカの「クズ」。相手がどうなってもいい。自身がどうなったっていい。とにかく今この瞬間に自分が求めているものを手に入れたい一心。麦との関係を求めて、これまで築き上げてきた関係性をぶち壊す最後の一歩を、モカは選択した。

 そして、ここでモカが「変質」したことで、クズとクズの関係性は更なる混迷を見せるのである。モカがようやく打ち破ったその殻を、麦も破れるとは限らない。変わってしまったモカを見たことで、麦の心に表れるのは、失ってしまう大切な存在。なんと身勝手な男なのだろうか。自分でステージを引き上げておいて、今更失いそうなものを惜しむのである。尊い「幼馴染み」のモカは、ついにここで麦にとって不可侵存在となってしまう。それが、モカの望みと相反していたとしても。モカは、「麦の幸せにつながらない」ことを理解した上で関係性を求め、麦は、「モカの願いにつながらない」ことを悟った上で関係性を拒否する。なんて皮肉で、救いようのない平行線。最後のステージに上がったことで、モカの夢は夢のままで儚く消えた。

 刹那の関係だろうが、千秋の関係だろうが、結局は「一番」にはなり得ない。真逆の教訓から同じゴールにたどり着いた花火と麦。進むべきは正道、成すべきは大願。分かっていたが見ないようにしてきた遠回り。2人のクズが犠牲にしてきた諸々は、ここに来て、実を成すことが出来るのだろうか。

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 本気を出したエッちゃんの破壊力! 第6話。すげぇ、どのキャラもどんどんアクセル踏み込んでくるから加速度的にクズが集まってくる。

 ついに茜から直接攻撃を受けてしまった花火。これまでは何とか「にらみ合い」程度で済んでいた関係性だったが、ここまで明確に領土侵犯を宣言されてしまっては、今後の対策を検討しなければいけない。特に相手は領土侵犯を至上の歓びとしている最悪のインベーダーであり、放っておいたらこのまま実質的にも、そして花火のメンタル的にもどこまで削られるか分かったもんじゃない。何とか、相容れない敵対勢力に対抗する術を見つけ出さなければいけない。

 しかし、元々分の悪い戦いなのは明らか。相手は百戦錬磨のビッチであり、あらゆる面で花火を凌ぐ。花火が作中で分析していた通り、茜のスタートは圧倒的に「上から」の存在なのである。たとえもしここで鐘井を取り返したとて、花火から見ればクリティカルでも、茜からしたら髪の毛一本毟られた程度。それでは意味が無いのだ。となると、面と向かって対抗するには彼女の歓びの本質を理解し、そこをぶっ壊す方向性で攻め込まなければいけないわけだが……それこそ相手の土俵。無謀以外のなにものでもない。

 しかし、ここのところ色々としんどいことが起こりすぎていて、花火も冷静ではなくなってきている。真っ先に思いついたアイディアは「アイツに向いている好意を全て自分に向ければ良い」というもの。この考え方はだいたい25%くらいの正しさしかない。まず、確かに茜に向いている好意をひっくり返す事が出来れば、確かに茜は悔しいだろうし、自分よりも下だと思っている花火に獲物を持っていかれたらプライドに傷はつくだろう。意趣返しとして一定の効果はある。しかし、茜の本質は「他者が好意を向けているものを掠めとることに達成感を覚える」である。つまり、「茜を好いているもの」を改めて奪ったところで、そこに大きなダメージはない。そこが半分の間違い。そして残り50%の間違いは、そもそも同じ土俵に立って戦って勝ち目があるのか、っていう実現性の部分。そのあたりが花火さんの弱いところ。モノローグに出てきたロリ花火さんの方が幾らか冷静な判断が出来ているようで、躍起になる花火に「ガキ」と吐き捨てている。花火だって内心はそんな行為に意味が無いことは分かっているのかもしれないが、やはり「奪われた」ことに対する復讐としては「奪い返す」ことしか思いつかないのはしょうがないことだろう。

 そうして動き出した花火は、当然「茜に好意を向けている者」を探すわけだが、鐘井に手を出すわけにも行かず、手っ取り早く確保出来るのは麦ということになる。前回まったく違う文脈から「正式に付き合ってみる?」と誘われていたのは渡りに船。より明確に「茜対策」を打ち出すため、麦とは正規の契約を結ぶことに。こういう花火の行動に対しては麦がいくらか冷静に待ったをかけるかと思われたが、前回自分から言い出した手前、断るのも変だと思ったのだろうか。無事に受理されて2人は「正式に好きあっていないカップル」というよく分からない関係性となった。

 正式に付き合ったら何が変わるのか。おそらく花火の中では「まぁ、やることを最後までやらなきゃな」みたいな義務感がまずあるだろうが、それよりも前に、真っ先に動いたのは、エッちゃんへの報告だった。そりゃま、「二股」になるわけで、ここで正式に報告、以後の関係性の改正を要求。しかし、ここまでいいように扱われてきた「便利な発散先」だったエッちゃんは、ただその地位に甘んじるだけの被害者ではなかったのだ。牙をむいた彼女は、これまでの花火の気持ちを全て看破していたことを告げ、麦と、更にその奥にいる「本命」の存在を全て知っていると仄めかす。その上で「今まで通りにしましょうよ」と説き伏せ、少しずつ包囲網を狭めていく。これまでの関係性では「心はあっちでいいけど身体だけ頂戴」という立ち位置だったが、「身体も提供しません」という花火に対し、「別にいいじゃないか」と甘言を囁き、爛れた関係を続けていく意向。当然その先には「どうせ身体だけじゃないんだろ」というゴールが見えている。いってしまえば、この後に登場する茜のセフレ、タクヤのいっていた「身体が気持ちよくなれば、気持ちなんていくらでも後からついてくるだろ」を実践しようとしているのである。彼女の毒は、確実に花火の中を巡っている。策士だね。格好良いね。

 こうしてエッちゃんすら振り切れなかった花火。そこは諾々とうやむやを続け、更に偶然出会った男を見て更にプランを進める。あの日のファミレスであったタクヤは、一応「茜に好意を寄せる者」の2人目。これを奪い取って、茜に対する宣戦布告と出来れば良い。まぁ、そんなことがなかなか上手くいかないことは、本人もすぐに気付いていたのだが……。花火さんは、そこそこ冷静に、客観的な自己分析が出来ているはずなのだが、動いてしまった後に微調整しようと慌てて取り繕う流れになっているので、各方面に後手後手だ。タクヤ君だって単なる茜のペットではなく、ちゃんとした自我を持つ一人の男である。そして、割と分かりやすい「とにかく繋がろう」の信念を持つ、素直なチャラ男でもある。まぁ、花火の思わせぶりな行動は、普通に見たら「誘惑」ではなくて「ホイホイついて来ちゃった何も知らない馬鹿な女子高生」にしか見えないんだからしょうがない。実際、花火も流されそうになってグルグルしちゃってるしなぁ。もう、この辺りで茜に勝てる見込みがないのよね。

 すんでのところで最後の防壁だけは守りきった花火だが、そこを守っていてもプランは成就しないわけで、一体どこに着地させたらいいものか、行動を起こした本人が一番迷子。麦との関係性もどうしていいか分からなくなってるし、その背伸びは自爆以外の何ものでもないんじゃ。男と付き合う規準が全部麦な時点でなぁ……。そして、そんな浮ついた花火を絡め捕ろうとする多数の蜘蛛の糸。タクヤから見れば茜と違って自分主導でモノに出来そうな都合のいい女だし、エッちゃんからしたら調教途中の刺激的な手駒だし。今のところ彼女の思惑から一番遠くにいるのが麦じゃんね。花火が「自分」を手に入れるよりも先に、周りでゴタゴタしている「花火争奪戦」がヒートアップしているのである。

 そして、そんな折に麦さんのところに乗り込んでくる真っ直ぐ少女のモカさん。今のところ、今作で唯一の真っ直ぐさん。モカに対応する麦のクズっぷりもなかなかだが、彼の中には茜と花火を結びつける「クズ女リンク」が形成されている節もあり、そういう意味では麦×花火関係に脈があると言えなくもない? ……どっちも望んでないよなぁ。さて、モカさんはこんな駄目な王子様をブレイク出来るのか。ブレイクされたとして、花火はどんな攻めに打って出るのか。もう、しっちゃかめっちゃかですわ。

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 シーンの半分は布団の中、第5話。ここまで延々肉体関係だけを描き続けるアニメってのも他にないでしょうな。そしてこれ、エロアニメじゃないんだ。いや、エロいけども。ごっつエロいけども。息芝居が堪能出来る作品ってことで声優ファン冥利に尽きます。

 全てのキャラが全力でエゴをぶつけ合い、あらゆる人間関係が極まっているという最高に最低な状態。もう、どのキャラが会話しても面白いという見事なドラマになっている。顔を並べる連中が全員「クズ」なのがたまりませんね。

 冒頭、いきなり明かされたおめでたい事実は、麦の「知ってるよ、バーカ」である。さすがだ粟屋麦。彼はやはり阿呆ではなかったのだ。かつては「思春期の傷」として中学の先輩である早川先輩とお付き合いしていた麦。元々イケメンだし、早熟な彼は中学時代で一通り男女交際の機微を経験済みである。それに加えてお相手の早川先輩も実にドライで、中学生とは思えないあっけらかんとした関係性、まぁ、いうたらセフレの状態で彼をキープしていたようなこともあり、麦が内面に抱えていたもやっとしたものをあっさりとブレイク。「あの皆川って女、ビッチやろ」と看破し、ご丁寧にその証拠まで見せてくれたのである。麦くんは一晩枕を濡らしたわけだが、そこは彼の「クズ」っぷり。改めて視点を変えてみても、それはそれで茜ちゃん可愛くない? というやるせない男の本能。もう、こればっかりはどうしようもない。

 でもさ、これって気持ち分かるよね……ビッチなんだよ。阿漕なんだよ。ものすごく媚び媚びなのが透けて見えるんだよ。「これ、同性には絶対に嫌われるタイプだよな……」とか思いながら見てるんだけど、男目線だと話は違うんだよ。だって、「男に好かれるために手段を選ばない」んだよ。それを甲斐甲斐しさと解釈することを間違いだとは言い切れまい? 今まで思い描いてきた茜先生像とは180度向きが変わってしまったが、「それはそれで、放っておけない」ってんで、分かっていても沼にハマるのを避けられない。あとはまぁ、ほら、可愛いんだもん。目の前に後は食べるだけ、っていう状態で据え膳がぶら下がってるわけで、そりゃ食べたくなるのはどうしようもないわけで。結局、麦くんは皆川茜の全てを理解しながら、それ故に手の届かぬことを知っていながら、未だ思い続ける面倒な「クズ」なわけです。

 それに対抗するのは、目が覚めると親友が同じベッドで寝ている我らが花火さん。もう、えっちゃんとの関係性もあっという間に定着しましたね。考えてみれば、現時点での麦と花火の関係性は肉体関係とは別の次元で考えるわけにはいかないはずなのだが、それでも頑なに「ルール」を維持するという絶妙なものになっている。2人の関係は、シンプルな肉欲だけでは処理出来ないものであるべきなのだ。しかし、2人とも人間なので湧き上がるものはどうしようもない。そこで用意された「処理装置」として、麦には早川先輩という「元カノ」がおり、花火側にはえっちゃんという「親友」が用意されたわけだ。このダブル二股みたいな状態のおかげで、花火と麦はそれぞれを「単なるセックスの相手」として見るわけにはいかなくなる。そういう意味で、当て馬にすらしてもらえないえっちゃんのスタンスは本当に不憫なのだが、まぁ、彼女が満足ならそれはそれでいいのか。あろうことか、目覚めて真っ先に見たえっちゃんの顔は、花火には一瞬あの女狐の顔と重なってしまうとかいう最悪の印象。単なる被害妄想でしかないのだが、花火から見たら、肉体関係のためだけに親友の優しさに溺れる自分の立ち位置が、茜の存在と被ってしまって自己嫌悪に陥るのもしょうがないのだろう。

 そして、花火は麦に突っ込むことになる。いや、正確には突っ込まれる側のはずだが……2人とも、茜を巡る自分たちの関係がイカれていることは重々承知しており、特に花火は自分の本命の相手である鐘井に届かないことから「出口」を必死に探している状態である。そこで手近にある麦という棒をひっ捕まえて何とかステップアップしてしまおう、という安易な発想に辿り付くわけだが、麦からしてみればそれは「ヒステリー」である。実際、関係性を求める動機がお互いに不純なのは理解し合っているわけで、その関係性を進めたところで出口などないことは2人とも分かっている。しかし、そこでどちらかというと経験値の少ない花火の方が無茶をしてしまうというわけだ。2人が面倒なのは、そうした麦×花火の関係性すら代償行為であるはずなのに、互いに「代償の代償」として早川先輩やえっちゃんを求めてしまっているということ。二重底、三重底の関係性に、パーッと勢いで答えを出そうという花火が無謀なのである。そして、花火の無茶な要求に応える形で麦も挑んでみるものの、やっぱりいざことに至ると(文字通り)腰が引けてしまった花火さん。麦はおそらく親切半分、諦め半分で「付き合ってみる?」と問いかけてもみるのだが、片方が押せば片方が退く。そんなどうしようもない関係性の中で、2人は未だグルグル回っている。

 そして、そんな若い2人の導火線としてこれ以上無い役割を果たす混作随一のミラクルガール、茜さん。もう、今回の裏表両面演技は職人芸である。表の顔を鉄壁にし、裏では圧倒的な上位存在として君臨するこのゲームのマスター。そして、そこにぶつかる鐘井は、今作で唯一「二面性」が存在しない純正存在なのだが、これがまた、世の童貞パワーを集約させた、お手本のような朴念仁なのである。茜さんの言葉を借りるなら、まさに「どうしてこんなのがいいんだか」である。まぁ、鐘井と花火の関係性は単純な恋愛感情ではないからなぁ。

 肉食獣の茜さんは一応餌をひっかけて釣り竿をブラブラさせてみるが、ギリギリのタイミングまでは全く魅力的な要素もない鐘井に辟易。飲み過ぎてぶっ飛んじゃうのも全部クソつまらない鐘井のせい。何一つ欲求を満たせない対象に愛想を尽かしかけた時に、最大級の面白爆弾をたたき込む鐘井。もう、ほんとこいつなんなの。ひょっとしたらこの世界において最大のクズはこの童貞なのかもしれない。一気に火がついた茜さんは、童貞妄想を蹴散らしつつ、余裕で自分の狙ったゴールにきっちりホールイン。こんなもん、百戦錬磨の茜さんなら朝飯前である。あとは、満足行く状況が用意出来たことを花火さんに報告するだけ。というか、この報告の一瞬のためだけに、彼女は生きているのである。良かったね茜さん、つまらない人生に退屈を吹き飛ばすおもちゃが出来て。

 現状、どうしようもない青春の懊悩を抱えながら、少しずつお互いの存在に耽溺していく若者2人を、茜さんという超越存在が見下ろして楽しんでる状態である。果たして、これが打破出来るような状況になり得るのだろうか。まぁ、正直ならなくてもいいけど。茜さんからすれば、一回食っちまった既成事実が出来れば、あとは鐘井なんて用済みなんだろうが、花火が苦しむのを見たいがためにダラダラと関係を繋いでいく可能性はあるんだよな。今後の盛り上がりは、茜さんの加虐マインドにかかっているわけだ。頑張れ茜さん。僕らは君のビッチパワーを待っている。

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 さっさとガチレズで妥協しろやァ! 第4話。これだけしっかりした濡れ場を、年齢視聴制限無しで楽しめる美しい国、日本。美しい百合、日本。

 今回も特濃。あらすじだけで書いたら本当に事件なんて1つ2つしか起こってないんだけど、ドロドロドロドロしてるだけであっという間に時間は過ぎていく。動きの少ない作品のはずだが、それを感じさせないように漫画のコマを意識して自然にモーションを付けていく今作の演出方向が、過剰に語りの邪魔をせずシンプルな画面の中にしっかりとした流れを作っているのは見事だ。まぁ、そんな細かい部分を気にせずとも、ベッドシーンに至ってしまえば「もうこれだけで金取れるやんけ!」っていう艶っぽさに私は無条件降伏するんですけどね。戸松攻めのちかぺ受けの百合とか、最高かよ、としか言いようがない。地味に同年代の2人でございます。

 中の人の話はさておき、前回からの続き、というか同じシーンを、今度は茜先生サイドのモノローグを入れて描くという幕開け。想像通りというか、想像以上というか、実に分かりやすい行動原理を持つビッチの権化であった茜。いや、でも彼女の理念はなんだか「ビッチ」とか「売女」という言葉で片付けるのもなんだか違う気がするな。彼女のモチベーションは単純な肉欲ではなく、若い日に芽生えた防衛本能。否、狩猟者本能とでもいうべきものなのだろうか。男をとられた「弱い」友達を評して「搾取される側」という言葉を使っており、彼女にとって「人の好意」は奪い、奪われるものである。他者に向けられた好意を奪う側に回ることが出来れば、自分が奪われる憂き目にあわずに済むし、いつしか奪うことそのものを快楽として受け入れるようになっていた身には、肉欲を超えた部分での支配欲求が彼女を満たす糧となる。食事と違って別に摂らなくても構わないし、肉欲と違って彼女自身が無我夢中で欲しているものでもないので有っても無くても構わないものだが、あった方が彼女の人生は潤う。茜にとっての「男」は、そういう類のものだ。そこには一般的な倫理観とは相容れない部分も当然あるわけだが、彼女は情ではなく理でもって自分の振る舞いを制御出来るため、情でぶつかってくる周りの人間を睥睨しながらコントロールすることが出来るのである。

 そんな茜の本質を全て理解した花火。大好きなお兄ちゃんもそうだし、麦のことだってそうだ。しかし、茜が仕掛けてきた勝負に、彼女は太刀打ち出来ない。お互いに「クズ」であるとは言いながらも、その本質は全く異なるものであるし、その理念の差の影響もあり、圧倒的に人生経験で負けている。奪い続ける肉食獣を相手に、与えられるものすらろくに食べてこなかった花火が敵うはずがないのだ。全てを鐘井や麦に明かすという選択肢もあるだろうが、彼女は前回の時点ですでに麦の「盲目」を見せつけられている。男って生き物は、茜の手練手管を打ち破るには全く持って役者不足なのである。たとえ花火が彼女の悪行を暴露したところで、男どもはなんやかやと理由を付けて茜を弁護する側に回る。茜も、そうした「武器」を十全に理解して立ち回っているのである。正直、わたしゃ目の前に茜先生がいたら、多分麦たちと同じ態度になっていただろう。悲しいかな、男なんてそういうもんである。ビバ豊崎ボイスである。

 そうして完膚無きまでに叩きのめされた花火。そんな花火の傷心を知ってか知らずか、網を張って待ち構えるえっちゃん。はっきりと「つけてきた」って言ってましたからね。もう、あれだけぶっちゃけたら気持ちを隠す必要も無い。そして、そんな早苗の狙いをおそらく100%理解しているはずだが、花火はその胸に飛び込むのである。「この行為がどれほどの意味を持つか分からないけど」と断りながら。この一言は本当にずるい。早苗にとっての自分の大切さが分からないといいながら、自分の行為が早苗に致命傷を与えられることを知っている。そのくせ、「知らない」と予防線を張ることで、絶対に自分は早苗と同じステージには上がらないことを宣言している。つまり、自分は何もしないから、早苗が自己責任で自分を「扱う」ことを強いることになる。一種の強迫みたいなものだ。自分は傷つかず、他者を利用して傷を舐めてもらう。心を埋めてもらう。花火は全てを分かった上で、そうして早苗を「利用して」いる。もちろん、「利用される」ことを早苗が受け入れることも分かった上で。共依存にならない分だけ、麦との関係性よりも更にたちが悪いとも言える。この辺りは流石の「クズ」である。

 しかし、与えられたご褒美をもらわないわけにもいかない早苗さんはそのままノンストップで行けるところまで。利用されるならしてもらおう、という精神で欲求を満たす。互いに承諾ずくなのだから、ある意味ではWIN&WINの関係とも言えるか。ベッドの中でも幾度か麦の名前を出すあたりは早苗なりの精一杯の意趣返しだろうが、花火は自分がクズであることを嫌というほど理解しているわけで、早苗のストレートな攻撃も受け止める準備が出来ている。もちろん、友達を「利用する」ことについての罪悪感はあるのだろうが……しょうがないのだ、自分よりも圧倒的に上位の存在にうち負けた今、「埋めてくれる」ものは不可欠なのだから。「埋めてもらった結果、一人になった」とは彼女の弁。何とも不器用な関係性しか構築出来ないクズの集まり。

 茜は、花火のことを評して「自分と同じ側」という表現を使った。つまり、「搾取する側」だ。実際、花火はモカから麦を強奪している状態であり、傍から見ればやっていることは茜と同じ。しかし、茜がそうして搾取することに快楽を覚えるのに対し、花火はどうしようもない居心地の悪さを感じている。麦との関係性を、どうにか「意味のあるもの」にしようとしている。この期に及んで麦に気を遣い、茜の真実を打ち明けられないのも、彼女の身勝手な「願い」から来る行動だ。果たして麦は、どれほどその願いを認識しているのか。そして、花火はこの矛盾した関係性の中で、誰に心を向けることで折り合いをつけていくのか。一筋縄ではいかぬな。

 

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