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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
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 キャストクレジットでも、モブにすら遠慮して一番最後に名前が出てくるPに感動、第2話。流石にそこはもうちょっと前に出てこいよ。

 1話の「たっぷりゆっくり導入回」から、一転して残りメンバーを一気に紹介。更に346プロのその他アイドルまで色々と登場したようで、一気に原作ゲームファンにサービスする形になったようである。正直、全然知らない人間からするとどこまでが本作に関連するキャラで、どっからが「その他サービス」なのかが分からないのでちょっと困るのだけども。サービスだと思っていた城ヶ崎()の方も次回以降のストーリーに関係してきちゃったしなぁ。これ、はやみんキャラは次回以降も登場してくれるんですかね?? でも、14人ですら大変なのにそれ以上のキャラ絡ませるのはリスクが高い気もうするんだけど。

 今回一気に登場した「残り11人」。分からないなりに第一印象(と中の人印象)で見ていくと、一番好きそうなのはちょいぽちゃの子。「アマガミ」もそうだったけど、デブぼちゃが個性でアピールポイントになってる子って、売り出し方次第では大きな武器になるよね。基本的にアニメキャラの女の子なんて全部細すぎる奇形が多いので、多少丸く描いてもらった方が親近感わくんじゃぁ。CV大坪由佳というのも素晴らしいキャスティングである。「ハナヤマタ」で気に入ったおっとり系バウム。この発声はとても好きなのです。次点では、やはり強烈すぎる個性を発揮していた怠惰ロリの杏ちゃんであろうか。元々色んなところでイラストなんかは見かけていた子であるが……やっぱ強烈やな。はたしてアイドルとしてどうなのよ、ってのはおいといて。こうして見ると亜美真美ってすげぇ優秀だったよな。今後は杏ちゃんが回りの人間にあれこれ世話を焼かれて嫌々アイドルやる姿が確認されるのだろうか。どんな贅沢な存在やねん。あとはやっぱり件の城ヶ崎姉妹が気になるかねぇ。妹さん、事前情報で見てたビジュアルなんかのイメージよりも一回り小さいな。あんなロリだったのか。逆にロリっぽいキャラなのにロリじゃないのが猫娘キャラの前川みく。なつ姉ぇのキャラって何故かいっつもこんな方向。中の人本人の男前な言動を見てると、ギャップが笑える。そして「みんなよりも少しお姉さんになるのかな」と言っていたおしとやかな印象のお姉さんキャラ……の中の人……。

 今回の結論・一番気に入った子は、……マネージャーの千川さんですかね。きっとあのマネージャーは超有能に違いない。声で分かる。

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 完全なる調和と脱却、第13話。長きに渡った物語に1つの結末を与える、とても重要な1話になった。

 毎回様々な点で印象深い本作だが、今回はストレートなドラマ性と演出でもって、久しぶりにわんわん泣かされました。個人的な生い立ちのせいで、「母親」という要素に本当に弱いのですが、今回は「有馬公生の母親」としてでなく、一人の人間である有馬早希という人間が最大限にクローズアップされ、彼女の「愛の悲しみ」に満ちた人生が詳らかにされた。そうだよなぁ、前にも言っていたことだけど、息子を不幸にしたい母親なんているわけがないよなぁ。

 これまで物語の特性上、公生を主軸として考えた「指導者としての有馬早希」という見方しか出来なかったのだが、それだって当然一面的な物の見方でしかない。彼女には彼女の人生があり、彼女だけの幸せがある。それを考えずに、彼女が公生にしてきた仕打ちだけを見て判断してしまうことは、非常に浅薄な物の見方であると痛感させられる。有馬早希は母親である。彼女は人生を賭して、命を削って公生に「何かを残さなければ」という強い執念だけで生き続けた。心を鬼にし、ヒューマンメトロノームとしての公生を形作ることで、自分の人生の証を息子に残そうとした。それは、彼女のエゴからなる妄念などではなく、あくまで自分が失われた後の息子を最大限に想った結果である。考えてみれば、残りの人生が限られていると分かった状況下で、幼い息子を独り残していかなければならない母親の心情どれほどのものなのか、私には想像も出来ない。圧倒的な無力感と焦燥感から自暴自棄になってもおかしくない。ただ残された時間で慈愛を注ぐことのみを糧とすることも出来ただろう。精一杯の愛情を注ぎ、息子にわずかばかりの思い出を刻むこと。それも1つの愛情であり、ほんの一時の「愛の喜び」ではある。しかし彼女はそれを良しとしなかった。彼女の選択は、自分の亡き後にも息子が生きていける未来を作ること。そのために、残された自分の時間を全て注ぎ込むこと。息子には辛い思いをさせるだろう。憎まれもするだろう。それでも、わずかな時間での成長を望むのならば、彼女は「愛の悲しみ」を選ぶしかなかった。息子を殴打し、初めて自分に反抗した時、彼女は笑っていた。その一歩が、「自分を必要としない」新しい公生の一歩であると信じることが出来たからだ。あまりに壮絶で、あまりに苦しい決断である。有馬早希とは、それが出来る人間だったのだ。

 今回、作中では早希の顔の描写がこれまでとは全く違っている。なかなか「目」を見せることなく、真意のくみ取れないブラックボックス、「公生の心の闇」として描かれてきた早希であったが、今回は全編を通じて「目」の描写がなされ、はっきりと血の通った人間、公生の思う「闇」ではない1人の人間としての有馬早希が描かれている。一緒にピアノを弾くときの柔和な笑顔、病床に伏して末期の悔恨を漏らす表情、どれもこれも、彼女が生き、死んでいくまでの人生の重みを表すものである。公生の想う「母親」にも表情が生まれ、息子がようやく母親の思いを受け止め、それを理解して乗り越える過程が余すことなく刻まれていく。公生にとって、今は亡き母親へ言葉を託す唯一の方法は、ピアノを演奏することである。闇を打ち払い、自己の内部から湧き出る音を奏でることによって、彼はついに母親を知り、母親の先へ進むことが出来た。じっと付き従っていた「影」も今は無く、公生は早希の望んだ一人の人間、一人の演奏家としての道を歩み始める。今回作中では「さよなら」が、全て異なる情感でもって3回繰り返されている。追想、達成、そして別離。有馬早希の精神は、こうして無事に息子を完成させたのであった。

 物語は次の段階へと進んでいく。「演奏家」有馬公生が完成し、次なるステップは人間としての有馬公生ということになるだろうか。彼を取り巻く2人の女性。椿は、次第に自分の届き得ないところにまで登っていく公生にどうしようもない不安を覚える。ぎゅっと噛みしめた彼女の唇には、彼女には解決出来そうにない困難の大きさがうかがい知れる。

 そして宮園かをり。コンクールは意外な結果で成功に終わったが、彼女の身に起こったことには、まだ解決策は見えていない。公生の宿命といえる「失うことの進歩」。その因縁は、新たな出会いにも避けられず付きまとうものになるのだろうか。

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 柏木さんは唇がもっちり可愛い、第12話。たらこ唇キャラって不思議と色気が出るよね。

 年をまたいで心機一転、OPEDも変更された2クール目である。前回までで公生の復帰話は一段落。諸々の悩みは抱えっぱなしだし、今回のお話を見た限りでは未だ母親の呪縛は完全に抜けきってはいないのだが、それでもいくらかすっきりしたのは間違いないし、コンクールの壇上で一曲演奏しきったという事実は大きいだろう。今後は多少なりともプラスの方向に進むはず。「下を向かなくなった」という宮園さんの指摘も、彼の変化を分かりやすく表している。

 もちろん、全てが綺麗さっぱり無くなったというわけではなく、公生と母親の関係については、宮園さんの手を借りて最後の一押しも加わっている。新しい課題は、宮園のコンクールで演奏する因縁の曲。彼女が勧めてきた「愛の喜び」は、「愛の悲しみ」につながって今一度公生が母親との記憶を刺激されるとのこと。この期に及んで引きずっている公生は渋っていたものの、蘇ってきた記憶は以前ほどに暗澹たるものではない。ピアノの下で眠りこける公生に声をかける母の顔は穏やかなもので、「悲しみ」となってマイナスイメージが覆い被さるシーンにしても、瀬戸さんからは「子供の成長を喜ばない母親などいない」と諭されており、因縁のあのシーンですら、母親の思い出は笑顔に変わっていた。まぁ、正直あのシーンで喜ばしいと思うのもどうかと思うし、「成長」といっても公生の幼少期の情操教育を考えたら母親の仕打ちは間違ったものだとしか思えないのであるが、「全てがマイナスだったわけではない」というのが今後の落としどころなのだろう。メトロノームの化身となった公生も、今に至るための大切な一歩だったとも考えられるし、打ち破る殻があってこその成長でもある。これまで抱えてきた「母親の負の記憶」に重なるように、今回の「愛の悲しみ」は公生に母親像を刷新させる最後の一押しとなるのかもしれない。

 公生が「浮かび上がる」ことは、今回のプールのシーンで非常に分かりやすく描かれている。「こいつ、いっつも沈んでばっかだな」と思わないでもないが、回りの人間の賑やかさのおかげで不思議と暗いシーンにはなっていない。完全にアホの子だった椿、一日に二度も急所を強打されて今後の人生が心配になる渡、渋いサポートの柏木さん、そして、こちらもアホの子宮園さん。賑やかな中学生最後の夏が、楽しくありながらもちょっと寂しげな余韻を残しながら終わっていく。未だに公生は宮園&渡のコンビを「いいカップル」として見ているようなのだが、もう、視聴者側からしたら宮園&公生のコンビの方が見てる時間がずっと長いので、どう考えてもカップリングが違うんですけどね。渡が誰とくっつくのかは知らんが。

 更にイベントは重なり、まさかの「夏の夕べに彼女のご両親とご対面」。宮園家の暖かい環境は何とも微笑ましく、「なるほど、ここで育つとあんな娘さんになるということか」と納得がいく。まぁ、彼女が何故バイオリンをはじめて、あそこまでの技能を持ったのかはよく分からないけど。才能ってのはこういうところからポッと出てくるもんですかね。宮園さんがお菓子作ったらどんなものが出来るんだろう。公生の前に致死量のケーキが置かれてるのに、しれっとせんべい食ってる宮園さんも鬼畜だ。まー、食べ飽きてるだろうしなー。あの両親じゃぁ、娘の健康状態考えて食べさせないなんてこともなさそうだし。その割にスタイルの良いかをりちゃん、やりよる。

 ただ、彼女の抱えている問題は家庭環境ではなくてあくまで彼女自身である。公生の成長物語が一段落した今、いよいよお話は宮園かをりに移っていく。念願のコンクール当日に姿を見せない宮園。どうやら店も閉まっているようだが、一体彼女はどこに行ってしまったのか。両親ともども姿が見えないとなると……うーむ、重そう。公生がまさかの「伴奏者が1人で受け持つ」という恐ろしい選択をしたみたいだが、これによって事態がどう転がるのか、全く予想がつかない。次週、無事に元気な姿の宮園さんの姿が見られればいいけどなぁ。

 なお、絵見ちゃんもポンコツ可愛いことが判明したので私はちょっと嬉しい模様。なんやあのマスク。

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 ヒーローは超合金! って、いつの時代のお子様なんだろう、第11話。いや、ひょっとしたら今のヒーロー玩具も素材は昔と大して変わらないのかもしれないけども。「超合金」っていう名称はあんまり使わないよな。

 コンクールから一夜明けて次のステージへ、という繋ぎのお話。前回ラストで登場した謎の女性は、公生ママのお知り合い、瀬戸紘子さん。どうやら公生の幼い日のあれこれも大体知っているようで、スペックで言うなら「ピアノの世界でも対話が出来る、椿の上位互換」ということになる。ただ、あくまでもスタンスは「親」側なので、今回自ら「後見人」という言葉を持ち出して公生との関係を説明していた。なるほど、確かに公生と宮園さんだけではあくまで中学生同士のお付き合いであって、嫌味な審査員とかがいる大人のしがらみも関係しているピアニスト業界に風穴を開けるには何かと力不足。武士も絵見もちゃんと実力に見合った師匠の下で戦いに挑んでいるのだから、公生も同様にちゃんと「戦いに挑む準備」をすべきということだろう。

 公生の過去の顛末を理解しているということは、今の公生が復帰してピアノに向かっていることの重大さも重々承知している人物ということ。決して彼を悪いようにはしないだろう。今回回想で公生ママとの思い出も少し語られていたが、公生ママだって産まれながらの調教マシーンだったわけではなく、しばらくは愛するわが子を育てる立派な母親だった時期もあるのだ。そうした公生の「良い思い出」も共有出来る人ならば、母親の幻影を単なる悪霊で終わらせるのではなく、正しい母子の関係性に引き戻す手伝いも出来るのかもしれない。なお、瀬戸さんのCVは園崎未恵。くぅ、やっぱり格好いい。ちなみにその娘さんはなにげにCV水瀬いのりちゃんだったりもする。安定の幼女。

 さておき、こうして「大人の世界」との接続の目処が立った公生であるが、本人は特に難しいことを考えているわけではない。演奏のモチベーションだって本人が言っていたように「君に届け」であるし、コンクールに負けることだってある意味想定済み。突っかかってきた武士に対しても、それが「ありったけの自分」であることを赤裸々に告白し、自分の過去数年間が決して無駄だったわけではなく、現在でも決して遊びでピアノを演奏しているわけではないと決意を述べている。確かに不格好な演奏にはなったのかもしれないが、今や彼の目標は母親の掲げた「完全なるピアニスト」ではなく、宮園かをりのみせてくれた「新しい舞台」に立つ「変なピアニスト」である。武士が共感してくれるかどうかはまだ分からないが、他の人間もどこか放っておけないような、新しい音楽家の小さな一歩が始まったわけだ。

 ここで、「新しいことをやるんだから好き放題、野放図に暴れ回ればいい」というだけでは終わらせないあたりが現実的な線引き。瀬戸さんは、一人演奏を終えて帰ろうとする公生に「結果発表は見ていきな」とだけ指示を出した。分かりきった結果などわざわざ見る必要があるのかと訝しむ公生であったが、発表の場には、彼のライバルとなるであろう武士や絵見の姿もあり、同世代の他の人間たちが公生をどのように見ていたのか、ダイレクトな反応が公生に降りかかる。更に、その場に広がっているのは試合結果に一喜一憂する悲喜こもごものライバル達。これまで公生は一度たりとも感じたことのない、「悔しい」という感情が溢れかえっていた。新鮮な驚きとともに、公生はその感情が自分の中にもくすぶっていることに気付くのである。会場からの帰り道、椿や渡には「全然気にしていない」と言いながらも、わだかまった感情を抑えきれずに叫び、駆けだしてしまう公生。瀬戸さんの言葉を借りるなら、「立派に男の子している」のである。椿を背負って歩いた線路沿いの道、今回は踏切の遮断機が降りて、「何かがやってくる」ことを暗示するシーンが印象的。この踏切は「渡る」ものではなく、勢い増してやってくる電車と線路沿いに併走して「駆ける」ものである。公生の中に、新しい何かがやってきた暗示である。

 そんな公生の門出を満足げに見守っていた宮園さんであるが、さっそく次なる課題を持ち込み、公生へのアプローチは止まる気配がない。隣の椿は相変わらず唇を噛んでいるのが悩ましいが、実は公生と宮園さんの関係もまだまだ悩ましい。公生の方はあくまで「友人A」のつもりだし、宮園さんはあの通りの性格だし……これ、渡が聖人君子でなければもっと面倒なコトになっていた可能性もあるよな。瀬戸さんもにやにやしてましたが、ピアノが語る公生の「気持ち」ってのはどんなものなんでしょうかね。ただ、そんな宮園さんも視界良好というわけではなく、やっぱり身体の問題が気にかかる。「命の灯」をそっと手に収める彼女の心境とはどんなものなのか。宮園家の両親が初登場して、なんだか割と温かそうな家庭だったし、出来れば幸せなままで進んで欲しいところではあるのだが……波乱はどこからやってくるのかねぇ。

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 浄化、第10話。長きに渡って描かれてきた有馬公生の苦闘の物語に、ようやく1つ目の決着がついた。Bパートラストの母親の幻影の表情の変化。そのたった1コマのためだけに、まるまる10話が費やされてきたのである。

 ただひたすらに公生の演奏を眺めるだけのエピソード。もつれ始めた演奏は一向に復調する気配もなく、慌てる客、困惑する客、失望する客たちが見守る中、おとずれたのは「演奏中断」という最悪の結末。やはり、わずかな練習期間では、十年にもわたり積み重ねられた母親の呪縛から完全に抜け出すことなど不可能だったのだ。しかし、「中断する」という行為そのものが、彼にとっては大きく2つの意味を持つものになっていた。1つは、呪縛に囚われ続けたこれまでの自分の演奏を一度「断ち」、次のステージへと進む準備段階という意味。そしてもう1つは、同じ「演奏中断」という行為によって公生との関係性を無二のものとした宮園かをりとの接続。コンクールは「賞を取るための場」である。それが、母親にたたき込まれた公生の生き方。そのコンクールで一度でも演奏を中止してしまえば、そのたった1つの選択でコンクールそのもの、そして自分の存在意義すらぶっ壊れてしまう。しかし、そんな場所であるにも関わらず、かつて宮園かをりは笑顔のままで演奏を中止した。そこには、公生が見たこともないような、全く別世界の音楽がある。彼は、母親との演奏に別れを告げ、宮園という新しい世界へ歩を進めるため、一度全てを捨て、演奏を中止することを選んだのだ。

 なげうったものがあれば、そこから返ってくるものもある。再び奏でられた公生のピアノは、決して手放しで上手いと褒められるようなものではなかったようだが、絵見の耳には確かに届いていたし、絶望した武士にも届くものがあった。そこに込められた景色は、あくまでも観客の中の唯一人、宮園かをりにだけ向けられたものである。特訓を重ねたあの音楽室、無防備に寝こける彼女との、不思議な時間。長い無音の映像に白一色の画面など、彼の込めた「想い」は不可思議な引力を持つ画面にも集約されていく。そんな思い出が感謝や思慕と共に音としてあふれ出した。そのことを確かに受け取れた人間は多くはないが、観客たちにもただならぬ何かは届いたようである。

 彼の音を受け取ったのは大きく4人。1人は武士。「3人の人間が演奏しているかのよう」と漏らした公生の劇的な変化に新しい展開を察知している。絵見も彼の見せる景色の不可思議な力を感じており、新たな有馬公生の誕生を確信した。そして当然、宮園かをり。悲願となっていた新たな一歩。公生の歩み始めた姿を見て、彼女は思わず涙を流す。ただ1人、公生が音楽を向けた彼女に、その気持ちはきちんと届いていたようだ。そして、そんな彼女の涙を見て、何とも複雑な表情を見せる椿の様子も注目すべき部分ではある。新たな旅立ちに、回りの面々はどう反応するべきなのか。

 そして、彼の音を聞きつけた最後の1人は、Cパートで登場した謎の女性。これまでの誰とも違い、彼女は公生を「凡才」と呼び、小憎らしく笑ってみせた。さぁ、次なるステップでは一体何が待ち受けているやら。

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 ホラー映画かな? 第9話。むー、しかし引っ張るなぁ。1人の演奏に1話ずつでもすげぇのに、公生は2話またぎだもんな。

 正確には公生1人だけのエピソードではない。前回からのまたぎで絵見の演奏についても改めて触れられているためだ。彼女が出会った幼い日の公生、「ひまわりを咲かせる」演奏が見せる風景。井川絵見という1人のピアニストを産みだした圧倒的な情念の物語。たった1音で彼女はすべての他の可能性を捨て去った。もう、この時点で幼少期の公生よりも幼少期の絵見の方がヤバイ人間だった気はするのだが、それくらいに公生というのは恐ろしい可能性の塊だったということだ。絵見が封印した諸々のツールのことを考えると、きっと彼女はピアノだけでなく、その他のあらゆるジャンルにおいて、回りを凌駕するだけの才能を持ち合わせたマルチタレントだったと思われる。絵を描いても、野球をやっても、きっと彼女は成功したのだろう。しかし、公生のピアノを聞いてしまったのが不幸の始まり。そこからは幽鬼のごとく迫る有馬公生という化け物を相手に、彼女の長い長い苦闘の日々が始まったのであった。当の公生は奏法をスイッチして「ヒューマンメトロノーム」に成り果て、彼女の追うべき背中は長年喪失していた。だからこそ彼女は「いまここにある」公生を否定し、在りし日の思い出をつかみ取りたかったのだろう。だからこその「響け」であり「戻れ」である。彼女の願いは、はたして公生に届いているのか。

 そしていよいよラスボス、公生の登場。彼はこれまでの時間を、宮園と一緒にひたすら練習に費やしてきた。前回の宮園の伴奏の時点で「過去の幻影」との対決は一段落したものだと思っていたが、あのコンクールではあくまでも宮園さんがメインであり、公生には「演奏」そのものが求められたわけではなかった。今回は、観客のすべてが公生の演奏を聴きにきており、公生も「聴かせる」ことを目的としなければならない。1つの作品を提出するという意識が高まることで、再びあの悪夢が蘇る。

 公生の母親については、今回完全に悪霊のような描かれ方になっている。もちろん、彼女のやったことは確実に人道に反するものであるし、公生の人生を、演奏をぶち壊したという意味でも許されるものではない。しかしその反面、やはり彼女は公生の愛する親でもある。幼少の公生は、ただひたすら母親に喜んでもらうために演奏を続けたのだ。友達と遊ぶ時間がなくなっても、むち打たれ、体中が傷だらけになっても、彼は母親のために演奏することをやめなかった。そこには横暴な母親に強制されたお仕着せのものだけでなく、親を思う子供の心も確実に存在しているはずなのだ。「誰かを思って演奏をする」という気持ちは、きっとこれからの彼の人生にも必要不可欠なものであると思う。それは「機械のような演奏」の対極に位置し、彼が宮園かをりと出会って掴んだものでもあるのだから。だとすれば、出来ることなら公生には母親を完全に否定して欲しくはない。母親が間違っていたことはきちんと認めて、それを乗り越えながらも、彼女が息子に残していったものも存在していることを、どこかで思い出してほしい。そこまで出来て、初めて公生は過去を乗り越えられるのではないだろうか。

 そう考えると、今回の演奏はまさに剣が峰。ここで落ちれば彼は今度こそステージには立てなくなるだろう。逆に、ここで母親の呪縛を乗り越え、武士や絵見をも凌ぐ世界を開くことが出来れば、それこそが母親の望んだ「有馬の血」の到達点であるはず。ちゃんと供養してあげられる結末になるだろうか。

 今回の一押しシーンは、こうした公生のドロドロとした母親との関係性も捨てがたいのだが、それでも女の子の表情の方が大事かな。絵見ちゃんが演奏を終え、公生に食ってかかるシーンがたいへん良い。肩で息をしながら、遠慮なくぶさいくな顔を披露する絵見。やっぱり、頑張ってる女の子の必死な表情というのは、それだけで神々しいものです。

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 まったく、中学生は最高だぜ! 第8話。審査員のおっさんの「これが中学生か……」っていう呟き、「このすさまじさのくせにまだ中学生なのか」っていう意味の発言なのは分かってるんだけど、どうしても上記の文脈で聞こえてしまうのです。シカタナイネ。

 まったくもって有馬公生という男はどこまでの化け物だったのか。まるまる1話使って、彼に人生を狂わされた2人のピアニストの悲劇を描いている。かたや、公生に執着し、彼を超える妄念に取り憑かれたおかげでチャンスである海外行きを棒に振ったツンツン頭。かたや、興味のなかったピアノの世界に引きずり込まれたのに、当の公生は路線変更してしまったために憎悪を溜めて彼に復讐を誓う女。まったく、どこまで回りの人に迷惑かけりゃ気がすむんだ。もちろん、そんな文脈ではないのは百も承知。「公生に狂わされた」2人の人生は、溢れ出る熱量でもって、刺激に満ちた濃厚なものになっていたに違いない。

 公生に対してまっとうなライバル心をむき出しにする男、相座武士。幼少の頃からコンクールでは公生に上をいかれ、男の子らしい強い敵対心を持っていた。ただひたすらに「有馬公生」という怪物を倒すために修練を重ね、気付けばその実力は業界でも折り紙付き。数々のコンクールを総なめにして、今や師匠からは「国内に敵はいない」と太鼓判を押されるまでになった。いわば「まっとうな強さを持つライバル」である。しかし、そんなシンプルなキャラ造形の中にも、「中学生である」「音楽はただの殴り合いではない」というリアルはうっすらとにじみ出ており、彼の演奏は何も傍若無人な技能の独演会というわけではない。他人を寄せ付けない圧倒的な音の波で回りを黙らせることは出来るが、そのためには武士は武士なりに心血を注いでいる。舞台に立つ前には吐くほどに緊張もするし、舞台が終われば袖に転げ出て、そこから改めてふるえが起こる。傍から見れば「国内最強」のピアニストも、一歩壇上を離れればただの中学生なのである。そして、そんな彼が命懸けでぶつかるからこそ、その演奏も引き立つというもの。寝こけていた渡をたたき起こすほどに、彼の演奏にはエネルギーが満ちている。もちろんそれは、アニメーションとしても充分伝わってくるほどだ。

 かたや、公生とは性別も違うし、ピアノを始めた経歴も違うのが、もう1人のライバル、井川絵見。元々ピアノになど興味のなかった彼女をこの道に引きずり込んだのは、幼少期の公生の演奏だった。「公生ママ」に毒されずに好きにピアノが弾けていた公生の演奏は、なんと同い年の幼女の心を鷲づかみ、振り回し、マジ泣きさせるほどのものだったという。一体どんな演奏をしたんだ、ショタ公生。おかげで絵見はその呪縛から逃れることが出来ず、自然にピアニストへの道を進むことに。なんだか唐突な人生行路にも見えるが、考えてみれば「公生のピアノが琴線に触れてしまった」時点でおそらく彼女にも素質があったということなのだろう。自分の心を揺らし、人生を揺らした演奏を追いかけ続けることになるのだが、残念ながらその「有馬公生」は幻影となって消える。残された「譜面の奴隷」に憤りを覚えた絵見は、公生という邪魔な幻影に対して復讐を誓うことになる。今の有馬公生を叩き潰し、自分の人生を自分で改めて切りひらく。それが彼女の目標だろう。その演奏はとても気まぐれで、武士のような絶対的な力は持たないが、その分爆発力に富み、条件さえ揃えばどんなライバルをも蹴散らす必殺の武器に変わる。トリッキーな彼女の産みだす熱を帯びた「木枯らし」が、世界を彼女を中心とした渦へと引きずり込んでいった。

 なんとも強烈な個性を放つライバルキャラクター2人。その紹介だけでたっぷり1話使えるこの構成に感謝である。演奏シーンの迫力もあり、2人の強さ、そして個性が嫌と言うほどに伝わってくるエピソードになっている。特に絵見の持つ歪んだ憧れの念は何とも生々しく、猛々しいものだ。この2人ならば、きっと「聞こえていない」公生にも多大な刺激を与え、新しい世界を進むための原動力になるだろうという期待もある。さぁ、公生はこの2人の先制攻撃に対し、どんな返答を見せるのだろうか。単なるピアノ演奏でこの高揚感は見事である。

 ちなみに、今週一番関心したのは、ロリっ子絵見ちゃんの「マジ泣き」。はやみんの声とは思えないすげぇ声でした。キャスト陣も昂ぶってるなー。

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 どんな悪逆非道なキャラであろうとも、飼い猫を捨てることだけは許されません、第7話。捨てるな、死ぬまで面倒を見るんだ。ちなみに私事ですが、かつて幼い頃に猫嫌いだった祖父が勝手に我が家の猫を捨てる、という大事件があったのです。でも、帰ってきました。負けるな、猫。

 というわけで、サブタイトルの「カゲ」は凛々しい顔の黒猫、チェルシーに象徴される公生の過去の闇である。宮園との出会いである程度は打開出来ていたかと思われた母親との因縁であるが、流石にそう簡単に全撤廃というわけにはいかない。まずは「ピアノを弾く決意が出来る」ところまでの回復であり、そこから更に先、「コンクールでピアノを弾く」となるとまた一段ハードルがあがってしまう。技術的な難しさもさることながら、音楽室で宮園さんと2人だけの空間なら大丈夫だが、コンクールの会場には数々のオーディエンスと、ライバルがいるのである。ライバルたちの目に映るのは、かつての「悪名」である有馬公生。2年前までに培われた母親の残滓である。どれだけ振り払おうとも、回りから次々に過去は訪れる。その重圧を乗り越えるのは、並大抵のことではないのだ。

 チェルシーとの対話において、公生ははっきりと「譜面を追うだけの姿勢」とは決別することを示してみせた。それはかつての自分、つまり母親の幻影と戦っていくことの決意であり、新たな契機となった「宮園イズム」を継承し、初めて手にした「音楽の楽しさ」と改めて向き合う行為だ。未だに演奏中は自分の音は聞こえてこず、ただ演奏するだけでも大きなビハインドを背負った状態から、公生は一体どのような演奏を見せることになるのだろうか。宮園さんの示してくれた「公生の手」の真実はいかに。

 今回はコンクールの演奏開始前で終了するという「タメ」のエピソードだったので大きな動きはないのだが、前回ちょろっと登場した2人のライバルのキャラが大きく取り上げられ、公生にはっきりとした「目指すべき目標」があることを示している。つんつん頭の少年、相座武士は、並々ならぬライバル意識を持っており、それを糧にしたのか、現在では同年代ではトップを走る奏者となっている模様。負けず嫌いでガンガン公生にぶつかっていく姿勢のようだが、はたして「生まれ変わった」公生を見たら何を思うのだろうか。興味深いのは、圧倒的自信に裏打ちされているように見える相座であるが、やっぱり演奏前にはしっかり緊張しているのが分かるところ。そりゃまだみんな中学3年生だしね。そう簡単に演奏を自由自在にコントロール出来るわけではないか。

 そしてもう1人、目力強めの黒髪の女の子は井川絵見。外見はクールだが内面はアツい、なかなか可愛らしい子である。相座とはコンビみたいな立ち位置になっているのだが、この2人だってあくまでライバルどうしには違いない。「有馬公生」という大きな打倒目標が再び眼前に表れたことで、この3人の関係性はどう動いていくのだろうか。

 ちなみに、それ以外の外野では渡が試合に負けて中学校時代の青春に幕を閉じるなんてお話もあった。あの場面で「ヒーローはお前に任せる」なんてサラッと言えるあたりが、やっぱりいい奴。渡は渡で色々と熱意のある良い青春を謳歌してるよなぁ。そして椿と組んだ時のコンビ芸の安定感。今回、コンクールを見るためにいつもように客席に入っていたわけだが、ここで宮園と並んで座るんじゃなくて、間に椿が挟まってるのがちょっと気になる立ち位置なんだよね。普通、椿の立場だったら「一応それらしいカップル」になっているはずの2人は並べるはずなのだが……まぁ、特になにも考えてないだけなのかもしれないけど。前回の一件ですっきりしてしまったためか、今回は椿の内面は一切描かれなかったからなぁ。

 あ、チャーリーブラウンもいいこと言うよね。

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 記念すべき今期初泣き作品、第6話。基本的に涙脆い私ですが、今作を見ているといちいち感極まる。澤部のあまりに良い涙にもらい泣きです。

 前回ちくりと痛んだ澤部の恋心の続き、そして、ついに立ち上がった公生の苦しい苦しい第一歩が描かれたお話。宮園さんは入院していた不吉フラグなどどこ吹く風で元気いっぱい、押しの強さは更にすごみを増し、公生がピアノを弾くようになったのをいい事に、ガンガン注文をつけまくる。あれだけ好き放題やっておきながら、夜の音楽室のシーンでは公生に対して罪悪感を感じたようにして涙を流すあたりは情緒不安定過ぎるのだが、公生がまず聖人君子の優しさでもってそれを受け入れてしまっているので、視聴者側としても彼女の傍若無人っぷりには突っ込みづらい。公生の自宅での一件などを見るに、彼女は徹頭徹尾「音楽の申し子」であり、音が奏でられることを至上の喜びとし、音を奏でることを至上の命題としている。彼女にとって「弾けるのに弾かない」は罪悪であり、「弾けるはずの才能」を眠らせておくことは何よりも苦しく辛いことなのだろう。そのために、何をなげうってでもとにかく公生にピアノを弾かせようとしているのだろう。

 この状態は、言ってしまえば彼女のエゴでしかない。これは最初からずっと言えることだが、公生は彼女の押しに従う必要は欠片も無いはずだし、彼女の理不尽とすら言える振る舞いに怒ってもいいはずなのだ。しかし、公生がそれをしないということは、やはり彼も根っこの部分は「音楽の申し子」としての性質を彼女と共有しているということなのだろう。あれほど恐れていた音楽を、彼女のダイブをきっかけに再開することを決意し、今回はついに具体的なリハビリに着手。苦しみながらも、決してそれを単なる苦行だとは捉えておらず、深夜まで学校に残ってひたすら目の前のドアを打ち破る鍛錬を積んでいる。ここまで積極的に挑戦できるのは、なにも宮園さんに強迫されているからではなく、彼自身がそれをやりたいと思っているからに他ならない。「音楽の申し子」2人は、理屈を越えた部分で感覚を、時間を共有しているということなのだろう。

 そして、そんな人智を越えた関係に苦しんでいるのが、この度のメインヒロイン、澤部ということになる。椿ちゃんは本当に素直で可愛い子である。今回は彼女の何とももどかしい乙女心が前面に出ており、彼女をヒロインとした一本のドラマがとても綺麗に表れている。冒頭、回想シーンの彼女と公生の思い出が「澤部の涙」で幕を開け、ラストシーンはまったく同じ「帰り道」の彼女の涙で締めくくられる。そこには長年の積み重ねである、2人の言葉にならない絆が刻み込まれている。

 澤部の心情、恋心というのは、何とも痛々しくて、切ないものだ。何しろ、公生と宮園さんの間にある絆は、常人ではとても理解の及ばない「天才同士のつながり」であり、どれだけ公生のことを理解出来ているとはいっても、音楽というフィールドで同じステージに立つことが適わない椿には決して共有出来ないものである。深夜の「帰り道」、澤部と宮園は2人で同じ道を歩いていたはずなのに、気付けば宮園は公生の下へととって返し、澤部と2人の間には無情の遮断機が下りてくる。「私たちの中に、私はいない」という次元の違いを、澤部は冷徹な形で強く認識させられる(このシーンで宮園さんが澤部と別れた後に改めて引き返したのって、別に他意は無いんだろうけど、なんだかとても残酷な仕打ちである)。「駄目駄目な弟」だったはずの公生は手元を離れ、宮園が彼を「弟」と呼んでいる。ソフトボールの試合会場では、彼女は焦りのために必死に彼の影を追い求め、がむしゃらに突っ走ってしまう。まるで「お前には絶対届かない」と言われているようで、彼女の気持ちはかきむしられるばかり。

 このまま、彼女は公生と完全に隔たってしまうのかと思われただけに、ラストシーンでの一幕は大きな救いになった。確かに彼女はどうあがいても宮園と同じ立場で公生に接することは出来ないし、永劫に届かない領域があるのは間違いない。しかし、彼女にしか届かない領域も間違いなく存在しており、それは、きっと公生にとってもかけがえの無いものなのだ。入れ替わっていく立場、背負われた側が背負う側に回り、涙を流すその意味も変わってくる。それでも、変化も含めた2人の関係性の積み重ねは、きっと2人だけの大切なものであるのだ。全アニメ作品の「幼なじみキャラ」に幸多からんことを。

 とにかく、澤部が可愛いのが一回りも二回りもこのドラマを盛り立ててくれている。冒頭の幼女時代のぐしゃぐしゃの泣き顔、それに対比するように表れる、現在の身も世もなく泣き崩れる泣き顔。女の子の本心があけすけに出てくる一幕ってのはたまらないものがあります。今回は宮園さんも涙を流しており、2人の「涙の演出」がまったく違う描かれ方になっているのが実に興味深い。また、今回注目したいのは公生の自宅の「埃まみれの部屋」の映像。「埃」なんて描出の難しい要素をあそこまで綺麗に、静謐に描いているアニメーションは初めて見たかもしれない。1秒たりとも目の離せない、素晴らしい作品だと思います。

 あ! あと新キャラ! また梶か! そしてはやみんか! 盛り上がってきそうだぜ!

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