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最近のアニメや声優、Magicに対する個人的な鬱憤を晴らすためのメモ程度のブログ。
ほら! やっぱりエンディングで全部ぶっとんだ! 第7話。視聴中は色々と考えてるのに……エンディング見ると全部忘れちゃうんだよ。しかし相変わらずぴかしゃは歌がうますぎるな。きれいなデュエットでしたよ。
さて、今週も可愛かったですね。あなたにとって1番可愛かったのは誰ですか? 1,凛々蝶様 2,かるたちゃん 3,野ばらさん 4,ちのちゃん 5,卍里 6,ウサギ。大穴で6番……いや、個人的にはやっぱり1番かなぁ。1番から2と5に流す感じで。とにかく全員愛嬌たっぷりなんですわ。こういう群像劇っぽい構成になると、賑々しさもよく出て素敵だなぁ。 まずはけいおんメインボーカル2人を要する野ばら組。怪異が発動したときに野ばらさんが真っ先に救ったのは愛しのちのちゃん。そりゃま、より戦闘力の低い方を優先して守るのは当然なのかもしれないけど、おまえさんは誰のSSなんだ、ということを小一時間。別に連勝も気にしてないみたいだからいいけどさぁ。あんな百合百合しい部屋に一緒に寝泊まりしてもぴくりともしない連勝さんマジ不能。ただ、それ以前に野ばらさんの変態レベルがどの程度のものなのかが気になりますけどね。ちのちゃんはずっと妖館に住んでいるわけで、今までもずっといたずらするチャンスはあったはずなんだけど、結局野ばらさんはちのちゃんとか凛々蝶に手は出してないんだよね。妄想するだけして手は出さない正しい紳士なのかもしれない。ちのちゃんのデフォルメバージョンは平沢さんちの娘さんに見えて仕方ないですね。 百合百合しい面子とは対照的に野郎2人で隔離されたのは狸兎コンビ。卍里は本当に愛くるしいね。単なるバカなんだけどさ。ウサギのテンションはいついかなるときもあんな感じなのかしら。そして、無駄にハイテンションなコンビのことなど一切眼中にないのは一人きりで隔離されてしまったかるたちゃん。前回がメイン回だったので今回はそこまで前に出てこないかと思ったのだが、台詞は無くとも存在感は抜群。次々繰り出される食材をことごとく調理し、無駄なセレブ感を演出。いざ食べる段になったら卍里のピンチを第六感で察知し、今回一番のハイパーアクションであっさりと結界の間を飛び越えた。やっぱりがしゃどくろは強いなぁ。でも、多分燃費がすごく悪いんだろうなぁ。何はともあれ可愛いなぁ。 そして最後は、たっぷりの尺でいちゃいちゃしてくれやがったメインの2人というわけですよ。考えてみりゃ、凛々蝶様はここ数話の間ずっと「どうやってお礼をするか」だけを考え続けているんだな。プリキュアやらサザエさんだったら確実に1話で片付く問題だと思うのだが、この作品の場合には「ツンしゅん」が主人公なので、単に一言お礼をいうのにもいくつもの障壁が立ちはだかる。今回の件で凛々蝶様はノルマをクリア出来たと思っているのかどうか……もういいじゃんね、双熾は充分満足しているんだから。幼女と密室に2人きりな状態で、風呂を勧めたりベッドを勧めたり、事情を知らない人間からみたら双熾はやましさ満点の変態野郎にしかみえないところなのだが、その状態から悶々とするのが男でなくて女の子の方だけ、というのがこの作品の特異なところ。現役女子高生が「これだから思春期は!」って自戒するシーンってのはなかなか見られないと思いますよ。凛々蝶様が一人で悶々としているおかげで、里奈ちゃんの息芝居がたっぷりと楽しめるのが実にありがたいです。1クールどころか2クールくらいかけてゆっくりツンの部分を解消していってほしいもんですね。 PR
圧倒的カルタ回、第6話。この手の賑やか長屋ものは個々のキャラの掘り下げだけでも数話カウント出来るわけだが、安易なだけにきちんと作るのには神経を使う。そういう意味では、今回は本当に丁寧な作りで、やるべきことをちゃんとやれたな、という感じ。
これまでのエピソードでも要所要所で存在感をアピールしてきたカルタちゃん。花澤ボイスの天然木訥キャラというイメージは充分に培ってきたわけだが、今回はそうした積み重ねを大々的に見せるお披露目回といえる。理科の実験中に焼き海苔をあぶったり、調理実習の最中に唐辛子をかじり始めたり、謎だらけの彼女の行動だが、基本原理はきちんと存在しており、今回明らかになったのは、「基本的に卍里が好き」というもの。二人とも精神性が幼いので男女の恋愛というところまでは行っていないみたいだが、彼のためには平気で身を投げ出したり正体を明かしたりするし、普段の奇行も卍里のことが気になっての場合が多い。そんなカルタの行動を見て、ちゃんと卍里もナイトたろうと努力しているので、なかなかほほえましい関係だ。まぁ、カルタは卍里じゃなくてあの蜻蛉のSSなわけなんだけど……変態ウサギを蜻蛉にくっつけてこの2人を幸せにする方法はないものなんでしょうか。 今回はカルタのほわっとした性格さえ出せればそれで良かったわけだが、その陰でこっそりと凛々蝶の精神面でも進展があった。若い身空で突然授業中に「発情してたのか」とか言っちゃ駄目。概念としては間違っていないのがまた困りものだが、本当に不器用な娘だこと。そういえば今回初めて気づいたのだが、凛々蝶って鬼の先祖返りだから「天の邪鬼」な性格なのかな? だとしたら……いや、特に何も無いけど。あと、カルタが「頭は悪いが本能的に物事を理解している」っていう性格も、思考能力がほとんどないくせに妖怪としてはビッグネームなしゃどくろの先祖返りとしての能力の一環だと考えると納得出来るような、出来ないような。そもそも死者のありようの一種であるがしゃどくろに子孫がいる時点で謎すぎるんだけどさ。難しいことは考えちゃ駄目。物事の本質は見極めって、カルタさんも言ってましたから。 シンプルな萌えキャラと愛らしい萌え狸のカップルという、全面的に応援したいほっこりエピソードを締めるのは、毎度おなじみ主要キャラの歌うキャラクターソング。そして、花澤香菜に歌わせるときには台詞要素多めにすると破壊力が上がる、というのが「恋愛サーキュレーション」によって得られた人類の叡智。卍里との関係性を優しく歌ったオリジナルソングは、ふわっとした映像とも相まって実にハートフル。先週のエンディングの記憶を優しくケアだ。まぁ、最近の花澤さんは歌唱力もそれなりにあげてきているので、普通に歌わせても面白かったと思うんだけどね。これはこれで。やっぱり「恋愛サーキュレーション」の時と同じようにパステルカラーのイメージになるのよね。
なんかもうほんとひどい、第5話。このアニメさぁ、いいところもたくさんあるし、笑えるところもたくさんあるから視聴中に色んな感想が出てくるのに、最終的に全部エンディングがもっていっちゃうんだよね。コンテ板垣さんかよ、調子に乗りすぎやで。
色々とあった感想をこまぎれにして列挙していくと、まず徹底的に足アニメ。凛々蝶が1人でいるシーンなんかは、やたらと足からなめるカメラワークが多いのである。それが世界の選択なら仕方あるまい。「幼女の足裏にフェティシズムを感じさせるとか倫理的にどうなんだよ!」と思うのだが、そのたびに凛々蝶が実は女子高生であるという事実も思い出したりする。いや、女子高生でもアウトだけども。双熾とのカップリングはやたらと年の差を感じさせるセッティングになっているから違和感があるんだろうか。少しずつ2人の間に積み重ねられる何ともいえない感情も、絶妙な背徳感を感じさせるものである。 そして、そんな女子高生を付け狙うのが、今回メインで登場した、登場してしまった仮面の男、青鬼院蜻蛉である。というか、もう面倒くさいから「杉田」って呼びたい。杉田と中村悠一という「ちょっと油断すると休み時間の男子高校生にしかみえない」コンビが結託して、全力でこの作品を壊しにかかる。いや、別にゆうきゃんが悪いとこはないんだけど……幼なじみ的に絡んでいる2人のキャラを見てると、どうしても中の人のことが透けて見えてしまってね。この2人にぴかしゃも絡むと、ネタ度合いが半端ないキャスティングである。 あとはまぁ、杉田劇場が延々繰り広げられただけで終わり。せっかくAパートなんかは凛々蝶の感情が丁寧に追えそうだったのに、ぶちこわしだよ。でも、これで文句ないよ。「思い出のアルバム」をバックに流された幼い悪ガキどもの回想シーンとか、声出して笑いましたわ。狸のいじられ具合が半端ないな。実は一番の萌えキャラはあいつなんじゃないかという気がする。いや、今回登場したろりちよ様の破壊力も尋常じゃなかったけど。幼女がさらに幼女になって素敵ってのもどうかと思うな。あとはうどんを二杯も駄目にされた連勝さんも良いキャラクター。ゆるいしゃべりのせいでスルーされがちだけど、ひょっとしてこの人、結構大事なこと言ってるんじゃなかろうか。 そして、最大のクライマックスとなるエンディング。今回もすごかったですね。杉田がばっさばっさとアニメスタッフにSM判定を行っていくという、未だかつて無いし、今後二度と無い試み。うちの小さいテレビ画面じゃ確認しきれないのだが、キャスト陣も全員SM分類されているので余力のある人は是非調べてほしい。ぱっと見た感じだとぴかしゃはMだ(知ってる)。江口君はドMだ(個人的にはS寄りな気がしている)。花澤さんはどっちでもいいらしい(ずるい)。里奈ちゃんもMらしいが、たぶん嘘だ(願望)。 なんだこのアニメ。
ウサギがおいしいとこ全部持って行きやがった、第4話。ほら、やっぱり今回でこの作品も本気出してきたぞ。
個性的な面々が集う妖館。これまでも野ばらや連勝など充分面白いキャラクターが出てきていたわけだが、今回は更に、ほぼ館の住人を網羅する勢いで新キャラ(正確には、これまで画面の端々にいた連中もいるけど)が大挙して、予想通りに賑やかな展開になった。「長屋もの」であり、ギャグ多め、チビキャラ多め。そりゃもう、大好きですよ、こういう話。 新キャラは、下手したら凛々蝶よりも(見た目に)可愛らしい豆狸・卍里と、そのSSであるウサギ野郎・残夏。チビキャラになると可愛らしいのは当然なのだが、豆狸なんて、日本妖怪の中でも花形のマスコットキャラですよ。いや、金玉広げるとグロいけどさ。とにかく、この作品でもちょろちょろと動く狸の愛らしさは作品にマッチしていて素晴らしい。そして、そんな狸で遊ぶのがウサギである。丁度「カチカチ山」みたいな取り合わせなのね。基本的に変態宮野キャラはかっ飛ばしすぎてウザくなるのだが、このウサギもご多分に漏れずウザい。ただ、そのウザさが最後に流れたエンディングで全部ネタとして振り切れた感があり、「まぁ、こういうのもいいか」という気分にさせられる。 その他、豊崎ボイスのコロポックルは変化球じゃない真っ直ぐな萌えキャラ。最近は豊崎キャラも色々とバリエーションが増えていたので、真っ正直なキャラ作りは案外久し振りです。これで軽音部員が2人揃ったわけだ。まぁ、RO−KYU−BUメンバーは既に3人いるけどな。その他、だいちゅうボイスのオカマとか、いかつい顔の猫耳キャラ、変なリーマンなど、癖の強そうなキャラがてんこ盛り。これだけでもしばらく引っ張れそうなセッティングである。なんか、「とにかく変なキャラ出してれば何となく話になるよ」っていうシナリオ設計は「ジャングルはいつもハレのちグゥ」とか「荒川アンダーザブリッジ」に通じるものがある気がするけど、ガンガン系作品のスタイルなんでしょうかね。 そして、これだけ色んなキャラが出てくるとどうしても焦点がぼやけてしまいがちだが、この作品の場合には「とにかく最優先で描くべきは凛々蝶」というラインが維持されている。チビキャラになって一番可愛いのは当然凛々蝶だし、野ばらにいじられた時の阿漕な萌え演出なんかも小ずるい。「ツンしゅん」キャラもだんだん定着してきており、悪態をつくのに基本的に良い子、というセッティングが絶妙な味になっている。卍里との初対面挨拶の時とか、散々憎まれ口を叩いておいて険悪なムードになったと思ったのに、自己紹介する時はちゃんと「凛々蝶です」って丁寧語なんだよね。おかげで予測している「平易な」会話パターンから逸脱するので、そのズレがこの娘独特の味わいになっているのです。 そして、最後は原因不明の「不整脈」に悩み1人部屋で悶々とするシーン。文字を織り交ぜてちょっと浮いてるみたいな妙な演出になってたのがいいのか悪いのか分からん(今回の単一エピソードとしてはちょっと合わなかった気もする)が、凛々蝶様の吐息を静かに聞く、というフェティシズム溢れるプレイだと考えると、これはこれで行き届いた心配りである。里菜ちゃんの吐息を延々聞くだけのプレイとか、是非バイノーラルで収録していただきたい。我ながら気持ちの悪い感想だが、声優ファンブログとしては正しい結論だ。
ここまでが1話だな、第3話。ひとまず凛々蝶と双熾の主従関係だけはきっちりと「両者が合意のもの」にしておかなければいけないわけで、これくらいの話数で一旦「契約」を成立させるのが無難なタイミング。
とは言ったものの、今回の顛末は流石にどやねん、と思う部分もある。元々双熾の一方的な献身で成り立っていた契約、そこに1話2話のお話のおかげで「凛々蝶も歩みよってきたのか」というタイミングで、双熾があの騒動を起こす。そして、それが凛々蝶を裏切る行為に見えてしまったという。うーむ、凛々蝶がどの程度の精神年齢なのかっていうのにもよるのだが、結局双熾と凛々蝶の間にある情は男女のそれだったのか、というのがしっくり来ないのである。双熾の献身は「男性が女性に対して思いを寄せる」それとはちょっと違うものであり、凛々蝶は「男性として」双熾を見るよりも、親として、肉親として、友達として見ている部分が強いと思っていたのだが……そのへんはこっちの勝手な思い込みなのかしらねぇ。 実際は、凛々蝶は双熾の振るまいを見て一瞬でも「裏切られた」と思ってしまった。「情愛が偽りだ」と思ってしまった。そのこと自体にも何だか違和感があったのだが、その後、凛々蝶がすぐに自分の「悪癖」絡みでそのことを反省してしまったのもちょっと不思議。単なる一時の激情ということだったのだろうか。「裏切られた」と思って一時でも感情的になったのだとしたら、そのことをきちんと解決して「収める」理由も何か欲しかったところなのだが。パーティー会場での一件は、双熾の今まで通りの「献身」は表しているが、「不誠実」と罵られた部分を解消するようなものではないのでねぇ。まぁ、凛々蝶の持つ性質は「ツンしゅん」なので、そんな上がったり下がったりも含みで彼女の持ち味とも言えなくもないけどね。やっぱり30分1話で「一旦切れて、より強い絆で舞い戻る」っていうくだりをやるのは大変なんだろうなぁ。 というわけで、シナリオ面は何だかぬるま湯みたいな展開だったので今ひとつだった感はあるが、この作品の場合にそこは大きな問題じゃない……ことにしよう。今回だって凛々蝶が適切なタイミングで可愛かったからそれで良し。そして本人も言っていた通り、野ばらとは1対1では初の絡み。カルタとのよく分からない友情パワーも美味しいところだ。次回は妖館の中の突っ込んだお話になるみたいだし、多彩な面子による「長屋もの」としての賑やかさに期待したい。
意外と嫌いじゃない第2話。今期はバタバタしてるせいでなかなか気になる他作品も気合いを入れて視聴出来ていない現状なのだが、この作品は、そこまで肩肘張らずともゆるりと観られて何となく楽しいので、ホッとする部分があります。こういう作品ばっかりだと困るけど、メカとバトル、キチガイアニメが交錯する中に、こういういわゆるスタンダードなものがあっても良いのではないでしょうか。
1話目時点で持った印象をほぼそのまま維持しつつ、ハードな展開などなく、ややギャグ方向の色合いを強めてお送りした第2話。凛々蝶と双熾の関係性の「犬」の部分を強く押し出して、この作品で一番の胆である(と思われる)双熾の無私の奉仕を笑いに変えるついでに、自然な方向性でシナリオに馴染ませてくれる。基本的に「なりふり構わずにご奉仕の姿勢を見せるキャラ」っていうのはいかにも最近のアニメっぽくて辟易する部分が多いのだが、ある程度自虐的に笑って見せることで、「そこの善し悪しは突っ込まないで」という暗黙のお願いみたいなものが読み取れるのが面白いような、あざといような。でも、凛々蝶の場合、双熾以外のキャラとの絡み方は至極普通なので、これくらいのネタ要素が混ざっているのは割と受け入れやすい。 そして、今回割と気に入ってしまったのが、ユルさ全開の一反木綿、連勝。細谷佳正の声ってのはあまりプラスに働くキャラがいないんじゃないかと思ってたんだけど、なるほど、この使い方か。どうしようもなく気怠い感じや、空気を読まずに発揮する適当さなんかは実に良い味になった。どこかで聞いたと思ったら、「会長はメイド様」のクロタツっぽい使い方。見た目にも可愛いし、この一反木綿はアリだ。その他にもメニアックおねーさんなんかのキャラも良いし、「長屋もの」としての賑々しさが今のところはとても好印象なのである。 そして、やっぱり凛々蝶のキャラが一番大事。1話目では「日高里菜の声がやや殺し気味の低音で、無理してる感じが勿体無い」と書いており、実際に今回も「この音域出すのはキツそうだな」と思いながら聞いていたのだが、凛々蝶のキャラクターであるツンデレっぷり(原作者の言葉でいうと「ツンしゅん」らしいが)を発揮するためのギャップである、というのが見て取れると、これはこれで仕方ないのかな、とも思う。連勝とのユルいやりとりのテンポは良いし、何よりも今回のCパートで見せた「しゅん」の後の素直な愛らしさは、なるほど是非とも里菜ちゃんの愛らしい声で欲しいところだ。「ツン」と「しゅん」のギャップの見せ方が凛々蝶を見せるための最大のキーポイントであり、ひいてはこの作品最大のポイントになると考えると、やはり1つ1つのシーンできちんと役のメリハリを付けられるだけの腕を持った役者に任せたのは正解といえるだろう。結論つけると、「凛々蝶様ちょっとイイと思えてきた」ということである。
絵に描いたような大団円、最終話。いや、大団円っていうほど特別な何かがあったわけではないんですけどね。クロードのお姫様だっこがあっただけで、もうこの作品は終わりで良いのではないかと。
湯音がギャルリの人々にもすっかり認知され、街のマスコットとしても受け入れられ始めた矢先の出来事。少しずつ膨れあがっていたクロードと湯音の間の軋轢。些細なことをきっかけに、湯音の不安は爆発し、あらぬ方向へと向かいはじめた。急に姿を消した湯音に、クロードは毎度のようにテンパってしまう。そこらじゅうに湯音の所在を尋ねて回り、うっかり一番聞いてはいけないはずのアリスにまで声をかけてしまったり。そりゃぁもう、罵られるのは当然なわけで。未だ心の交流がうまくいかず、湯音とちぐはぐな様子を見たら、アリスさんじゃなくてもお冠ですよね。 そして、探し求めた湯音はやはりギャルリの中にはいなかった。なんと、ギャルリの上にいたのだ。なんとかして、自分に出来る範囲でギャルリの役に立とうと背伸びする湯音と、そんな彼女の意志をくみ取ってやれなかったクロード。二人のすれ違いは明確に現れ、湯音は一度は屋根から落ちてしまった。しかし、彼女はガラスの上で一命を取り留める。彼女が小さな子供だからこそ、無事で済んだ。 「子供であること」、「何も出来ないこと」。そんな湯音の無力感は、積もり積もってどうしようもない状態になっていた。元々このパリを訪れる前にも、姉の汐音の容態について、自分が何も出来なかったことに絶望していたのだ。遠く海を渡ったこの地でも、自分は守られてばかりで何の役にも立てない。湯音は、子供ながらに必死にその現実に抗おうとしていたが、結局うまくいかなかった。ギャルリの自分、日本での自分、何一つ変わらない現実に、湯音は参ってしまったのだ。 そして、そこに文字通り「手を差し伸べた」のは幼い頃に父を亡くし、同じような経験をしていたクロードだったのだ。ようやく湯音の窮状を理解出来たクロードは、これまでやんわりと拒否してきた自分語りを、屋根の上で始めることになる。父親のこと、グラン・マガザンのこと、そして自分のこと。結局、子供が何も出来ないことは当然であり、「そこにいることが仕事だ」という彼の言いつけは、お為ごかしではなく、本当にそう思っての発言だった。何も出来ないことは辛い。しかし、誰もがみな、それを経験して大人になり、だからこそ子供を見守ることが出来る。湯音はまだ出来ることは少ないが、それでもそこにいるだけで救われる者もいるのだ。クロードも、ギャルリの人々も、そして汐音も。 前回抱えていた汐音とのエピソードも、クロードの自分語りで一気に解決してしまうという、思い切った構成の最終回。これまで必死にあれこれ奮戦してきた湯音に対して「何もしなくていいんだ」と説き伏せるというのはある意味申し訳ないエンディングな気もするのだが、ギャルリを中心とした「人の和」というものは、えてしてそんなものなのかもしれない。1つ目の役割は「まずそこにいること」。一人一人の人間の存在を肯定的に見つつ、明日への希望があればそれでいいじゃないか、というお話。いかにもこの作品らしい、ふわっとして、誰も不幸にならない結論ではないか。 汐音のことや、カミーユとクロードのこと、実をいうとまだすっきりと片付いたわけではない問題は残っている気もするのだが、この作品はこれでいいんだろう。湯音もクロードも、まだまだ明日を生きていくのだし、その中で、問題がわき起こったり、解決したり、色々と経験していくことになるのだ。これからも、ギャルリの人々に幸多からんことを。
予想外の方向から話が重い、第11話。うーむ、私がこの作品に求めたクライマックスはコレジャナイ気がするんだけど……どういう心境で見守ったもんだろうか。
前回に引き続き、商談であまり触れて欲しくない部分に触れられ、ちょいと御機嫌斜めのクロードさん。おかげでせっかくアリスが湯音を誘いに来てくれたのに、勢いでおじゃんにしてしまうくらいのツンケンぶりである。湯音とクロードの関係も随分スムースになってきたと思いながらも、どうしてもこういうときのクロードは頂けない。もう少し「幼女を相手にしてるんだから」っていう優しさをもって欲しいもんである。 もちろん、クロードだって何も学ばないわけじゃない。気合いを入れ直した湯音を見て、必要以上に自分が気を遣わせてしまったことを反省し、代替案としてみんなでピクニックに行くことを提案。めでたく、いい陽気の日を選んで「家族」3人でお外へ出発。そこで「幼女に酒」という禁断の手法を繰り出し、オスカーが一番面倒な状態を残して一時退場。心神喪失状態の湯音は、そのままの流れで今までひた隠しにしてきた姉との事情をポロリと漏らしてしまった。あまりに重たい話にクロードは一旦は話題を逸らそうとするが、ここに来て「湯音を見ない」という選択肢が責任放棄であることに気づき、意を決して彼女の過去話を聞くことに。そして、そこで明かされた姉との逸話は、湯音をボロボロと泣かせるのに充分なお話だった。気落ちする湯音と、慰めるオスカー。クロードは、こんな難しい状態で、最後に湯音に何をしてくれるのか? というわけで、最後のエピソードになるのはクロード・カミーユ間ではなく、意外にも湯音とその姉、汐音のお話だった。日本人には珍しい碧眼に生まれてしまった汐音は、それが原因で回りの人々に迫害されていたが、湯音の慰めのおかげで幸せを掴む。だが、その時に湯音がうっかりいってしまった一言が、湯音に大きな後悔をもたらしている。可哀想なのは、湯音が当時その台詞を言ったとき、当然何の悪意もなかったことだ。ただ子供心に姉を思って漏らした言葉が、結果的に姉の不幸を体現する形になってしまったという、クロードの言葉を借りれば「単なる偶然」である。それでも、信心深い湯音は忘れ去ることなど出来ず、ずるずると傷跡を引きずってしまっている。ひょっとしたら、単身でパリに渡ってきた理由も、姉との生活に息苦しさを覚えたせいなのかもしれない。この心の傷は、ちょっとやそっとで癒せるものではないと思うのだが、さて、クロードたちはどうやって湯音を元気づけるのだろうか。 意外だったのは、クロード同様に、我々視聴者も汐音の現状については全く知らなかったということだ。これまでのエピソードでも度々登場していたはずなのに、「碧眼であること」も含めて、湯音が思い悩むような状態になっているというデータは一切表示されていなかった。そのために、どうしても「幸せな姉妹」の印象が固まってしまっており、今回の悲しいお話が、あまりスッと入ってこなかったのである。どうやらオスカーは知っていたみたいだけど、確かにわざわざ進んで話すような内容でもないからなぁ。 ま、今にして思えば、能登ボイス+和装の令嬢というセッティングで、幸せ一杯の生活なんて出来るはずもなかったんだ。必ず「呪い」的なものとセットになりますよね。おっかない。碧眼は隔世遺伝だと思うんだけど、湯音の家系はどこかで欧米人の血も混ざっているのかもしれないですな。羽衣狐よりかはよっぽどマシだけど。 さて、予想外の方向に行ってしまったが、とにかく次回でなんとか湯音を慰めて、また幸せな団欒に戻ってきてもらわないと困ります。クロード、ここ一番でしっかりしてくれよ。
これこそ異国情緒ファンタジー、第10話。前回までのカミーユ嬢のあれやこれやは既に片付いた問題なんでしょうか、今回はいかにもこの作品らしい、ひっそりとして、それでいてどこか懐かしいような、唯一無二の良さが出ていると思います。
敢えてシナリオ上のトピックをあげるなら、それはクロードが亡き父親に向ける思いだろうか。これまで、クロードとオスカーの2人家族という構成には特に疑問も持たなかったために、その間に位置するはずのクロードの父親ジャンにはほとんど注目が行かなかった。しかし、このお話の重要なポイントを担っているのが「ギャルリの繋がり」であるならば、3世代にわたってギャルリの顔である看板を作り続けてきた職人の存在は無視できないものである。長きに渡り信頼を勝ち取ってきたアンセーニュ・ド・ロアの文字通りの「看板」は、親子3代で繋がって初めて、その価値があるのだ。 しかし、今回クロードは初めて父親という存在とぶつかり合うことになる。湯音は「お父様と勝負する?」と何だか楽しそうであったが、常に先代の亡霊に囚われているような感覚になるクロードからしたら笑い事ではない。伝統は守りつつも、自分は自分、親父は親父。町の人たちにも、そうした努力と信念は伝わってほしいとは思うのだが、伝統と革新というのは実に難しいバランスの上でなりたっている。「親父さんのように」と、つい悪気無く言ってしまうのも致し方ないこと。クロードは、先代を越えて始めて先代と同等に見られるわけで、まだまだ試練は多そうである。 で、そんなお兄ちゃんの苦労話とは全然関係無いところで、湯音が見付けてきた倉庫の奥の幻灯機。今回のお話は、この幻灯機を巡っての、この時代の何とも言えない不思議な「現代感」が最大の見せ場。シーツにうつして単なる影絵を投影させたり、連続写真機でそれを動かしてみたり。現代の技術からすれば本当に取るに足らないお遊びではあるのだが、湯音やアリスから見たら紛れもない「魔術」。そしてそれは、町のたくさんの大人達にとっても同じだったようで。有志で集まって見せた見事な幻灯ショーは、この時代の娯楽の雰囲気や、それを取り巻く町衆の活気なんかが分かりやすく伝わってくる名シーンであった。しかし、ちょっと呼びかけただけで昼日中からあんだけの数の人が見に来るってんだから、随分のんきな時代だったんだろうなぁ。 もちろん、湯音・アリスの可愛さもばっちりアピール済み。今回はなんと言っても、2人の描いた愛らしい猫とミミズのイラストだろうか。アリスさんは、天井画のようなダイナミックな題材の方が真価が発揮出来る大物気質のようですな。お世辞にも「動いている」とは言えないへろへろした連続写真が、一切の容赦無くショボかったのが実に楽しい。それでも2人は喜んじゃうんだから、もう、本当に可愛いったらありゃしない。今宵も素敵な時間でございました。 |
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プロフィール
HN:
Thraxi
性別:
男性
趣味:
声優のこと全般
自己紹介:
関西在住の、アニメを見ることを生業にしてるニート。必死で好きな声優を12人まで絞ったら以下のようになった。
大原さやか 桑島法子 ーーーーーーーーーー ↑越えられない壁 沢城みゆき 斎藤千和 中原麻衣 田中理恵 渡辺明乃 能登麻美子 佐藤利奈 佐藤聡美 高垣彩陽 悠木碧
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